第一話『さいあくないちにちのはじまりはじまり』
一話『さいあくないちにちのはじまりはじまり』
――嗚呼、またここか。
見慣れた景色。
何度も夢に見ている。
見慣れているはずなのに、ここだけは、いつまで経っても慣れない。
あの日。
あの子を失った場所。
「どうして、あなただけが生きているの?」
……目の前に、幼い少女が立っている。
「ねぇ、どうして?」
――お願い。
もうやめて。
その声で。
その姿で。
私を惑わさないで……。
「やめるわけないでしょ」
少女が笑った。
幼い顔には似つかわしくない、歪んだ笑み。
「あなたのせいで……こうなったんだから」
少女の手が伸びる。
私の腕を掴む。
――熱い。
次の瞬間、炎が噴き上がった。
「っ……!」
炎は腕を焼き、胴へ、足へと広がっていく。
そして――頭へ。
――熱い。
――痛い。
分かっている。
これは夢だ。
ただの夢。
そう分かっているはずなのに――
逃げたい。
逃げたくてたまらない。
けれど、身体が動かない。
声を上げようとしても、喉が焼けて声が出ない。
足を動かそうとしても、焼かれた脚はもう動かない。
涙も、頬を伝うそばから熱に消えていく。
ただ、炎だけが広がっていく。
――熱い。
――痛い。
――嫌だ。
「どうして、あなただけが――」
やめて。
「生きているの?」
やめて……。
「ねぇ――」
「――っ!」
*
「……めん……さ……、……リ……ゼ」
掠れた声をこぼしたところで、目が覚めた。
白い天井。
見慣れた部屋。
机とベッド。
必要最低限のものしか置かれていない、味気ない部屋。
ここはもう夢の中じゃない。
……私の部屋だ。
「……また、か」
額に手を当てる。
嫌な汗がこめかみを伝っていた。
――私のせいだ。
私が、あの時失敗したから。
あの子を失った。
あの子は、あんなことを言う子じゃなかった。
いつも笑っていた。
いつも私の側にいてくれた。
……だからこそ。
私は、私を許せない。
「……」
目を伏せる。
考えても仕方がない。
考えるだけ、時間の無駄だ。
いつもそうやって切り替えてきた。
今日もそうする。
いや。
そうしなければならない。
――失敗は許されない。
「……最悪な夢」
そう呟いて、ベッドから身体を起こした。
身支度を整える。
顔を洗い、髪を整え、服を着替える。
いつも通り。
何も変わらない朝。
……それでいい。
いつも通り、完璧に……。
*
コンコンコン。
――誰だろうか。
まさか……?
嫌な予感がしながらも、ひとまず扉を開けてみる。
そして――
「やあ、少し話した――」
「……ッ!」
――バタン。
――カチッ。
すぐに扉と鍵を閉めた。
「またか!」
扉の向こうから、何やら声が聞こえる。
……何もいなかった。
そう、何もいなかったに違いない。
きっと、悪い子にだけ見える化け物か何かだ。
そうに違いない。
けれど、ドアを閉められたというのに、懲りていないらしい。
扉が、外側から開けようとする力で揺れている。
しばらく眺めていると、狭い隙間から銀髪と紫の瞳がちらちらと覗いた。
……まあ、気のせいだろう。
「なに見なかったことにしてるんだ?」
扉越しに声がする。
「今回は話したいことがあるって言ってるだろう?」
「……」
「あー、マジで君に話さなきゃいけないんだ….。これ以上待てやしない……。
もう破壊してでも入るぞ? いいんだな?」
余程大事な用があるらしい。
普段なら、この辺りで諦めて帰るというのに。
ドアを壊されて、プライバシーまで失うのは嫌だ。
……仕方ない。
本当に仕方なく、鍵を開ける。
「どうぞ、お入りください」
あくまでも不服そうに告げる。
すると、待っていたとばかりに扉が大きく開いた。
男がズカズカと部屋へ侵入してくる。
――フィガロ。
人を安心させるような顔をした好青年。
ただし、黙っていればの話だが。
「はー、やっと入れたよ……。君は本当に意地悪だねー」
「君『は』? あなたの方がよっぽどでしょう?」
「え?」
「……? えっ? 逆に心当たりがないんですか?」
思わず眉をひそめる。
「気を張り詰めている時に脅してきたり、イラついている時におちょくってきたり……。あなたと話すのは時間の無駄なんですよ」
フィガロはきょとんとした顔でこちらを見た。
そして――
「ハハハッ」
楽しそうに笑った。
「それは確かに悪いとは思うよ?」
一度、言葉を切る。
「思うけど、それ以上に君の反応が面白いからね」
紫の瞳が、こちらをじっと見つめる。
「君の人形みたいな顔が、どう変化するのか……とかね?」
「チッ」
そもそも、何をしに来たんだ。この男は。
「……話がずれました。もう戯言には付き合いきれません」
ため息をつく。
「それで? 話したいこととは何ですか?」
「あー、それね……」
フィガロが、わざとらしく間を置く。
「それはね……」
異常なまでにもったいぶっている。
めんどくさいこと、この上ない。
――気づけば、先ほどまでのヘラヘラとした鬱陶しい笑みが消えていた。
いつになく神妙な顔をしている。
そして、ようやく口を開いた。
「先生がお呼びだよ」
「……」
瞬間、身体がこわばった。
――失敗は許されない。
その言葉が、頭の中を巡る。
フィガロはそれを見て、再び笑顔を顔に貼り付けた。
「わ、かりました」
どうしても、声がつっかえる。
「おや? 怖いのかい? ついて行ってあげようか?」
「……結構です」
「遠慮し――」
「結構です!」
最後まで言わせず、彼を押し退けて部屋を出た。
先生の部屋へ向かう。
ただ、それだけのことなのに。
胸の奥が、嫌なほど重い。
――失敗は許されない。
その言葉が、何度も頭の中を巡っていた。
「あー、最悪な一日だ……」
※第一話・第二話は投稿後に修正・更新しています。現在掲載しているものが最新版です。
以前読んでくださった方には申し訳ありません。
今後はこちらを正式版とします。




