第7話「俺、お前のこと好きだわ。」
六月上旬。
昼休み。
俺は田中、小川と三人で学食にいた。
「そういえばさ。」
唐揚げを口に放り込みながら、ふと思い出した。
「俺、凛ちゃんと連絡先交換してねえわ。」
田中が箸を止めた。
「……今さら?」
「今さらって何だよ。」
「お前、あれだけ冬城さんに話しかけてるのに。」
「大学で会えるし。」
「わざわざ探しに行ってるだろ。」
「まあ。」
図書館まで探しに行ったこともあった。
美奈に居場所を聞いたこともあった。
なのに、連絡先は知らなかった。
「次に会ったら聞こ。」
そう言って飯を食べようとすると、田中が俺を見た。
「ていうか、お前、最近冬城さんの話ばっかりだな。」
「そう?」
「そう。」
今度は小川が答えた。
「この前のバーベキューの帰りも、ずっと冬城さんのこと気にしてたし。」
「寝てたからだろ。」
「肩で。」
「そう。」
「嬉しそうだった。」
「そう?」
「そう。」
小川が淡々と答えた。
田中が俺をじっと見た。
「……お前、冬城さんのこと好きなんじゃねえの?」
「え?」
思わず箸が止まった。
好き。
凛ちゃんを?
田中がすぐに笑った。
「いや、ないか。夏樹が女の子を自分から好きになるわけないもんな。」
「なんだよ、それ。」
「今までそうだっただろ。告白されて付き合うとか、かわいいから付き合ってみるとか。」
「まあ。」
確かに、それまで彼女は何人かいた。
でも、付き合う前から一人の女の子のことを、こんなに考えたことはなかった。
大学で凛を見かければ、話しかけた。
いなければ、探した。
笑っていれば気になった。
知らない顔を見つけると、もっと見たくなった。
花を見ただけで、凛を思い出した。
「…………。」
頭の中に、凛の顔が浮かんだ。
無表情で俺を見る顔。
呆れた顔。
クレープを食べていた顔。
友達と笑っていた顔。
俺の肩で眠っていた顔。
すずらんを持って、少しだけ柔らかく笑った顔。
「あ。」
「何?」
田中が聞いた。
俺は箸を置いた。
「……好きかも。」
「は?」
田中が固まった。
小川は驚きもせず、水を飲んでいた。
「やっぱり。」
「やっぱりって何だよ。」
「前からそうだと思ってた。」
「マジ?」
「お前、冬城さんの話ばっかしてる。」
田中が俺と小川を交互に見た。
「ちょっと待て。マジで?」
「うん。」
口に出すと、急にしっくりきた。
俺。
凛ちゃんのこと好きなんだ。
「俺、言わなきゃ。」
「何を?」
「凛ちゃんに好きって言わなきゃ。」
「は?」
田中がさらに大きな声を出した。
「おい、早まるな!」
「なんで?」
「今、気づいたんだろ!?」
「うん。」
「せめて一日くらい考えろよ!」
「好きなら言ったほうがよくね?」
「そういう問題じゃ――。」
俺は立ち上がった。
「じゃ、探してくる。」
「おい、夏樹!」
田中の声を背中で聞きながら、学食を出た。
まず、法学部棟。
いなかった。
中庭。
いなかった。
図書館。
いなかった。
「……どこだよ。」
スマホを取り出した。
凛ちゃんに連絡――。
「連絡先知らねえじゃん。」
さっき自分で言ったばかりだった。
なんで交換してなかったんだよ。
何度も喋った。
二人でクレープも食べた。
バーベキューの帰りには、肩で眠られた。
花まで渡した。
なのに、連絡先すら知らなかった。
美奈とのトーク画面を開いた。
『凛ちゃんどこ?』
送った。
けれど、既読はつかなかった。
「美奈までつかまんねえ。」
俺はスマホをポケットに突っ込み、また歩き出した。
それまで女の子の連絡先なんて、向こうから聞かれることのほうが多かった。
自分から連絡したい。
会いたい。
話したい。
そんなふうに思ったことも、たぶんなかった。
「……マジで好きじゃん。」
自分で言って、少し笑った。
それからしばらく、大学中を歩き回った。
そして。
「あ。」
校舎の向こうに、見慣れた黒髪が見えた。
小さな後ろ姿だった。
「凛ちゃん!」
凛が振り返った。
俺はそのまま走った。
「……どうしたんですか。」
「探した。」
「なぜですか。」
「言いたいことあったから。」
「何ですか。」
凛が俺を見た。
走ったせいで、息が少し切れていた。
でも、言うことはもう決まっていた。
「俺、お前のこと好きだわ。」
凛は数秒だけ、俺を見つめた。
少しくらい驚くと思っていた。
もしかしたら、照れたりするかもしれない。
そんなことを考えていた。
だけど。
凛は、いつもの無表情で言った。
「そうですか。私は好きではありません。」
「……え?」
一瞬、意味が分からなかった。
「今、振った?」
「はい。」
「俺を?」
「他に誰がいるんですか。」
「…………。」
振られた。
俺が。
好きだと言った女の子に。
しかも、ほとんど迷いなく。
「……マジ?」
「はい。」
それまでの俺なら。
合わなかった。
じゃあ、次。
それで終わっていた。
なのに。
目の前の凛を見ても、離れようとは思わなかった。
むしろ。
「じゃあさ。」
「何ですか。」
「どうしたら俺のこと好きになる?」
凛が黙った。
その日初めて、少しだけ困った顔をした。
「……知りません。」
「そっか。」
分からないなら、仕方ない。
俺にも分からなかった。
誰かを好きになったのだって、初めてだった。
だから。
これから考えればいい。
どうしたら、凛ちゃんが俺を好きになるのか。
俺はこのとき、初めて知った。
好きだと言えば、相手も好きになってくれるとは限らないらしい。
――俺の初恋は、告白したその日に振られた。




