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ノンデリ男の敗北 ~モテる俺が法学部女子に告白したら「私は好きではありません」と普通に振られた~  作者: アル


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第44話(最終話)「明日も、明後日も、俺はきっと、この人を喜ばせたくなる。」

二〇二八年、九月の終わり。

付き合い始めた記念日に、俺たちは結婚式を挙げた。


扉が開くまで、ちゃんと笑って迎えるつもりだった。


白いドレスを着た凛が見えた瞬間、そのつもりは役に立たなくなった。


ゆっくり近づいてくる凛を見ていたら、目の奥が熱くなった。

まだ、何も言えていなかった。


隣に来た凛が、俺を見上げた。

その目も少し潤んでいたのに、口元は笑っていた。


「……もう泣いてる。」


「だって、すごい、きれいで。」


声が詰まって、そこで止まった。

凛は一度目を伏せてから、小さく「ありがとう。」と言った。


差し出された手を取った。

何度もつないできた手なのに、俺のほうが緊張していた。


指輪を通すときは、落とさないように息を止めた。

凛が俺の指に通してくれる間、その真剣な顔を見ていた。


誓いのキスの前、目が合った。


ほんの少し屈むと、凛が顔を上げた。

唇が触れて、離れたあとも、すぐそばで笑っていた。


拍手の中に、聞き慣れた友人たちの声が混じっていた。


◇


披露宴の席には、白と淡い黄色の花が飾られていた。

いつもの花屋で、二人で相談して決めた花だった。


隣で凛が、そっと花に目を向けた。


「写真で見たときより、きれいだね。」


「うん。頼めてよかった。」


初めてあの店で買った花を渡すときは、もっと適当な理由をつけた気がした。

今日は、二人の前にある花を、同じ気持ちで眺めていた。


料理が運ばれてくると、凛が俺の手元を見た。


「食べられそう?」


「食べる。約束したし。」


「お肉も来るよ。」


「それは絶対食べる。」


凛が笑った。

俺も笑って、ナイフとフォークを持った。


友人たちが写真を撮りに来るたび、手を止めた。

田中には「目、赤いぞ。」と言われ、美奈には「凛を見るたび泣いてない?」と笑われた。


否定したかったけど、隣を見るとまた危なかった。


◇


ブーケトスは、披露宴の途中、庭へ出て行った。


凛が持ったのは、あの花屋に頼んだ小さな花束だった。

白と淡い黄色の花に、リボンが揺れていた。


背を向けた凛が、少し緊張した顔で俺を見た。


「届くかな。」


「大丈夫。みんな、待ってる。」


凛が頷き、合図に合わせて投げた。


花束は思ったより高く上がった。

伸びた手の先へ落ちて、美奈の腕の中に収まった。


「え、私?」


美奈が目を丸くしたあと、花束を掲げた。

凛も嬉しそうに手を叩いていた。


写真を撮り終え、庭の端で六人が集まったときだった。


美奈は花束を眺めて、少し照れたように笑った。


「もらっちゃった。相手いないけど。」


隣にいた田中が、美奈を見た。


「……俺は?」


美奈の指が、リボンの上で止まった。


「え?」


「俺じゃ、だめ?」


さっきまで聞こえていた小川の笑い声も止まった。

俺は口を開きかけたけど、凛の指が袖に触れて、閉じた。


田中は一度息を吐いて、美奈に向き直った。


「ごめん。今のじゃ、わかんないよな。」


美奈は何も言わず、田中を見ていた。


「一緒に出かけるの、友達だからだけじゃない。美奈だから会いたいし、誘ってくれると嬉しかった。」


田中の耳が赤かった。


「好きなんだ。俺と付き合ってほしい。」


美奈が、花束を胸元に引き寄せた。


「……私だって、誰でもよかったわけじゃないよ。」


声が、いつもより小さかった。


「服、選んでって言ったのも。映画に誘ったのも。」


「うん。」


「田中と、二人で行きたかったから。」


田中が頷いた。

それでも待っていると、美奈は少し困ったように笑った。


「私も好き。……よろしくお願いします。」


俺は今度こそ、声を出した。


「よかったな、田中!」


「お前、声でかい。」


そう言った田中まで笑っていた。

凛は美奈と目を合わせて、「おめでとう。」と伝えた。


美奈は頷いてから、俺たちを交互に見た。


「ごめんね。二人の結婚式なのに。」


「謝ることじゃないだろ。嬉しいよ。」


俺が答えると、凛も頷いた。


「今日のこと、一緒に覚えていられるね。」


美奈が、もう一度花束を見下ろした。

その隣で、田中が照れくさそうに首の後ろをかいていた。


◇


「俺たちもさ。」


小川が口を開いたのは、会場へ戻ろうとしたときだった。


「来月、引っ越すことになった。」


「部屋、決まったの?」


凛に聞かれ、詩織が頷いた。


「うん。二人とも、通勤があまり変わらないところ。」


「本棚は?」


俺が聞くと、小川が笑った。


「置ける。俺の机も。」


「寸法、何回も測ったよね。」


詩織の言葉に、小川は「入らなかったら困るし。」と返した。


二人とも、穏やかな顔をしていた。


「落ち着いたら、遊びに来て。」


「今度は俺が飲み物持ってく。」


俺が言うと、田中がすかさず口を挟んだ。


「重いから、玄関ですぐ受け取ってもらえよ。」


六人で笑った。


会場へ続く扉の前で、小川が詩織を待っていた。

美奈は花束を田中に少し預け、ドレスの裾を直していた。


俺も凛に手を差し出した。

凛は慣れた仕草で、その手を取った。


◇


式が終わり、みんなを見送ったあと。

控室で二人きりになると、凛が椅子に座って、ほっと息をついた。


「楽しかったね。」


「うん。……終わっちゃったな。」


俺は隣に座った。

朝から何度も見ているのに、また凛の顔を見ていた。


「何?」


「結婚したんだなって。」


「今日、何回目?」


「まだ言うと思う。」


凛は笑って、左手を広げた。

俺も自分の手を並べた。


二つの指輪が、部屋の明かりを受けて光っていた。


「最初に告白したとき、こうなると思わなかった。」


俺が言うと、凛が顔を上げた。


「あのときは、付き合えないって言ったもんね。」


「『私は好きではありません。』って、はっきり。」


「……覚えてるんだ。」


「そりゃ、覚えてるよ。」


あんなに迷いなく断られたのは、初めてだった。

悔しくて、気になって、気づけば凛に会える日を待っていた。


「今なら、何て言ってくれる?」


凛は少し目を細めた。


「聞かなくても、わかるでしょ。」


「わかってても、聞きたい。」


凛は俺の手に自分の手を重ねた。

それから、まっすぐに見上げてきた。


「愛してるよ、夏樹くん。」


……それは、ずるいだろ。


聞いたのは俺だった。

なのに、返す言葉が出てこなかった。


指先まで熱くなって、目の前がまたぼやけた。

凛は驚いたように瞬きをして、俺の顔をのぞき込んだ。


「また泣くの?」


「……誰のせいだと思ってんの。」


「夏樹くんが、聞きたいって言ったんだよ。」


そのとおりだった。

言い返せることなんて、一つもなかった。


昔の俺は、恋愛でこんなふうになるとは思っていなかった。

たった一人の言葉に浮かれて、落ち込んで。

結婚式が終わったあとまで、泣かされるなんて。


「私は好きではありません。」


あの日、きっぱり俺を振った人が、今は隣にいた。

同じ指輪をつけて、俺の涙を拭おうとしていた。


もう、どうしようもなかった。


俺は目元に伸びてきた手を取り、両手で包んだ。


「俺も、愛してる。凛。」


凛の頬が赤くなった。

それでも目をそらさず、嬉しそうに笑った。


その顔を見た途端、わかった。

明日も、明後日も、俺はきっと、この人を喜ばせたくなる。

かっこつけても見抜かれて、何気ない一言に舞い上がって、何度でも惚れ直す。


完全に、俺の負けだった。


取り返したいとも、思わなかった。


「……一生、凛には勝てる気がしない。」


「私に勝って、どうするの?」


「どうもしない。もう、負けでいい。」


凛が小さく笑い、俺の肩に寄り添った。


「じゃあ、ずっと私の隣にいてね。」


俺はその肩を抱き寄せた。

最後の最後まで、俺がいちばん言ってほしいことを、この人は言った。


「……喜んで。」


挿絵(By みてみん)


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