喧嘩売られたので、誰にも気付かれないように魔法使ったら場が凍りつきました!!
「いや、でかくねぇかここ!!」
思わず声を張り上げてしまった私に、アルトはニシシと鼻を鳴らして自慢げに胸を張った。
「だろ? ルークスは交通の要所だからな! このあたりのギルドじゃ最大規模なんだよ」
誇らしげなアルトに続いて、入り口にある分厚い木製の両開き扉をくぐる。
重厚な扉を開けた瞬間、ドッと体に押し寄せてきたのは、酒を汲み交わす豪快な歓声と、肉の焼ける香ばしい匂い、そして荒くれ者たちの熱気だった。
店内に入ると、真っ先に目を奪われたのは天井の高さだ。
吹き抜けになった広いフロアの左側には大きな酒場が併設されており、木造の長いテーブルには、鎧をつけた大柄な男たちや怪しげなローブを纏った者たちが陣取って宴会を開いている。
正面奥には頑丈な石造りのカウンターが立ち並び、背景の壁一面にはランク別に分けられた大量の依頼書が貼り出されていた。
(活気がある場所だな……それに、この石と木が入り混じった匂い……レオンの城の食堂をどこか思い出す)
私が懐かしさに目を細めていると、カウンターへ向かう途中で大柄な冒険者たちから口々に声をかけられた。
「よおアルト! 今日も無事に帰ってきたか!」
「今日は、ドラゴンに追いかけ回されてないか!」
からかわれたアルトは顔を真っ赤にして叫び返した。
「うるせえな! 今日はクエストミスったけど、冒険者になりたいやつ連れてきたんだよ!」
酒場の大柄な冒険者が周りを見回しながら言った。
「誰のこと言ってんだ?」
「こいつだよ」
アルトが私を指差すと、大柄の男たちは腹を抱えて大笑いし始めた。
「ハ、ハ、ハ、そんなガキがぁ? バカ言うんじゃねぇよアルト! お前、いよいよ頭までやられたか?」
大柄な男は巨大なジョッキをテーブルにドンと叩きつけると、お腹を抱えてさらに爆笑する。周囲の冒険者たちもつられてドッと湧き立った。
「おいおい、そんなちっさい坊主が冒険者ぁ? 剣を振る前に風で吹き飛ばされちまうぞ!」
「ガキの遊び場じゃねぇんだ、早くおうちへ帰りな!」
「まぁまぁ、俺も実力は知らねぇが、風魔法と、闇魔法が使えるらしいぞ!」
「ハハハ! や、闇魔法なんて聞いたこともねぇわ!!」
……言いたい放題言ってくれる。私は、少しぴきっときてしまい、笑われ続けるのもしゃくだから実力で黙らせようと思った。
「ねぇ、じゃあ戦いませんか?」
私のその一言に、先ほどまで爆笑していた大柄な男たちの笑い声がピタリと止まった。
一瞬の静寂の後、酒場全体に再びドッと巨大な爆笑の渦が巻き起こる。
「ハハハハ! おいおい聞いたか!? このガキ、俺たちに喧嘩売ってんぞ!」
「おいおい坊主、マジで言ってんのか? 俺たちはこう見えてもCランク冒険者だぞ!」
「剣の振り方すら知らねぇようなガキが、俺たち大男に勝てるわけねぇだろ!」
(Cランク冒険者とやらは、調子に乗れるレベルなのか?でもそれにしては、気配が私の部下レベルしかないんだけどな?)
大男たちがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、脅すように一歩踏み出してくる。アルトは青ざめた顔で私の袖を必死に引っ張った。
「おいラント、やめとけって! マジで怪我するぞ……!」
すると、それまで静かに見守っていた受付の女性が、困惑した様子で慌てて割って入ってきた。
「ここでの喧嘩はご法度です、やるなら外でやってください!!」
「けっ、シーナさんよぉ! このガキが自分で勝負を挑んできたんだぜ? ちょっと揉んでやるだけだって!」
「そうそう、社会の厳しさを教えてやるだけだよハハハ!」
大男たちはシーナさんの制止も聞かず、完全に私を舐めきった態度で笑い転げている。
「ああ、お嬢さん大丈夫、すぐ終わるから」
「え? お嬢さん……!?」
シーナさんが私の呼び方に呆然とした瞬間――、
「風魔法――『スリープパウダー』+『ブリース』+闇魔法――『メンタルダウン』」
私が静かにそう呟き、右手を軽く前へかざした。
直後、目に見えない風の波が酒場をすっと吹き抜ける。
すると、さっきまで大声で騒いでいた屈強な男たちが、白目を剥いて次々と糸が切れた人形のようにバタバタと床へ倒れ込んでいった。
「ぐは……っ」「あ……れ……?」
ドシン! ドシン! と重い音を立てて大男たちが沈黙し、酒場全体が静まり返る。
「ラントお前……!?」
アルトが驚愕のあまり声を裏返した、その瞬間だった。
バァン!! と重厚な扉が勢いよく押し開けられた。
「今かえったぞーー!!……って、え? どういう状況だこりゃあ」
入ってきたのは、身長2メートルを優に超える巨大な男だった。岩のように隆々とした筋肉に刺すような鋭い眼光、強面でいかつい顔立ち。背中には身の丈ほどもある大剣を背負い、立っているだけで圧倒的な存在感を放っている。
だが、威風堂々とした登場とは裏腹に、男はバタバタと床に倒れている大男たちを見て「は?」と間抜けた声を漏らして固まっていた。
「ギ、ギルマス……!」
シーナさんが困惑した面持ちで声をかける。
すると、隣にいたアルトがヒラヒラと手を振って、呑気に声をかけた。
「よー、グロー!」
「いや、『よう』じゃねぇよアルト! 俺がちょっと外に出てる間に、何が起きてんだ!?」
グローと呼ばれたギルドマスターは、極太の眉をひそめると、床で眠りこける男たちを見下ろした。
「おいアルト……まさか、お前がやったわけじゃねぇよな?」
「いやいや! 俺なら、もうちょっとド派手にやってるわ!」
「いやそれもどうかとおもうけどな……じゃあ、シーナ何があった?」
グローに話を振られ、シーナさんは眼鏡の位置を直しながら、淡々と、しかしどこか信じられないといった様子で報告を始めた。
「それが、酒場の人たちがこの子を『こんなガキが』とバカにして笑ったんです……そしてこの子が『じゃあ戦いませんか』なんて喧嘩を売ってしまって。男たちがそれを受けたら、一瞬でこうなりました」
「……おいおい、シーナ、お前は何を言ってるんだ?」
「本当のことですよー」
シーナさんは溜め息をひとつ吐くと、床で白目を剥いて転がっている大男たちを指差した。
「おい、アルト。何があったかちゃんと説明しろ」
グローは顔をしかめてガリガリと頭を掻くと、アルトへ鋭い視線を向けた。
「あー……いや、まぁ、シーナの言った通りなんだけどさ……」
アルトは気まずそうに視線を泳がせ、それから悔しげに唇を噛んだ。
「俺も正直言って、何が起きたのか完全にはわからない。……ただ、これだけは断言できる。これは間違いなく、こいつ、ラントがやったことだ」
「おい待て。お前レベルで何が起きたかわからないのかよ」
グローの声に、真剣な色が混じり始める。
「あぁ……悔しい限りだよ」
アルトはうなだれた。詠唱も身振りもなしに、魔法の予兆すら感じさせず全員を倒したラントの技術は、アルトの理解を超えていたのだ。
「そうか……」
グローは低く唸ると、腕を組んで私をじっと見つめた。その眼光は、子供に向けるものではなく、未知の実力者に対する警戒と興味に満ち溢れていた。
(この大男かなり強い……気配が、さっき眠らせた奴らとは比べものにならないな……)
私がそんなことを考えていると、重苦しい静寂を破り、どんどんと床を鳴らす足音が近づいてきた。
ギルドマスターのグローが、私の目の前で足を止め、その巨体で見下ろしてきたのだ。
「おい、ラントと言ったな。……お前、何をした?」
「…………」
私は少しの間、沈黙した……
……なぜなら、ここで正直に説明しても変に思われそうだからだ。
(風魔法で眠らせる粉を出す『スリープパウダー』と、それを気付かれずに周囲へ拡散させる『ブリース』……そして睡眠効果を極限まで引き上げるために、昔の知識で禁術の精神操作を独自改良した黒魔術『メンタルダウン』の三重複合発動です……なんて長々と説明してみろ。長年の経験から分かる。絶対に引かれる。間違いなく引かれる!!)
脳内で高速の言い訳と葛藤を繰り広げた結果、私の口から出た言葉は――
「……魔法を使いました!」
ド直球すぎる一言に場が、信じられない空気になってしまった……
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