キリギリス哀歌
僕は働きアリの癖に労働が大嫌いだった。
「働きたくないなぁ。あちこち身体も痛いし、上司はパワハラ野郎だし。かといって昇給は雀の涙。正社員になるほど責任が重くて損」
友達のキリギリスくんによく愚痴っていたものだ。満開の桜に下、キリギリスくんは僕の愚痴も否定しない。むしろギターをポロポロと弾きながら、笑顔だった。
「まあ、僕も労働は嫌いだ。こうして毎日歌って奏でて生きて生きたよ」
「でもキリギリス君、冬が来たらどうするの?」
「その時はその時でしょ」
将来のこと、キリギリス君は何も考えていないようだったけど、羨ましい。それに彼は他人の目も全く気にしない。怠け者とかニートとか酷く言われているのにな。
「よし、そんな社畜の働きアリ君に一曲歌おう」
「社畜っていうなー」
綺麗なギターの音が響く。そこに少しハスキーなキリギリスくんの声がよくあう。繊細で儚い感じ。落ち着くし、癒されるなぁ。
こうして春のうちは楽しかった。夏もキリギリス君とフェスや花火大会に出かけて充実してた。まあ、秋になってから僕の仕事も忙しくほとんど会えなかったけど。
そして冬になった。ベトベトした雪が降りつもる。地面は凍りつき、うっかり転びそうだった。
「え? キリギリス君が亡くなったの?」
その知らせは急だった。家の前を雪かきしていたら、キリギリス君の友人が教えてくれた。
「そう……」
驚かなかった。元々キリギリス族の寿命は短いし、そんなもんかなってどこかで知ってた。キリギリス君の曲もいつか消えてなくなるから好きになったのかもしれない。
「キリギリスくん……」
それでも彼の喪失は思った以上にダメージだった。家でキリギリスくんが作った曲を再生する。実はこっそり全部録音していたけど、ダメだ。聞けば聞くほど涙が溢れてしまう。
「キリギリスくんの曲、想像以上に僕の心を支えていたんかな……」
まだ冬だった。雪は溶けない。桜の枝にも雪が降り積もり、折れそうになってた。
それでも季節は巡る。春がきた。雪が解けた。花が咲いた。暖かな風も吹いていた。
僕も前をみて頑張れそうだ。もっと仕事も頑張ろうとしていた矢先、会社が潰れた。寝耳に水だったが、もうずっと業績は悪化していたらしい。
「ハァ……」
ため息しか出ない。せっかく冬を乗り越えられても幸せにはなれないなんて。
「もうなんかやる気ないな。燃え尽きた……」
新しい仕事を探す気も全くなくなってしまった。家に引きこもり、キリギリス君の曲を聞く日々だ。
「働きアリくん、何やってるのさ」
そこにキリギリス君の友人が訪ねてきた。冬を乗り越えただけあり強そうだ。実家も太いらしく、ジャラジャラと派手な時計をつけていた。
「まあ、あの亡くなった彼のことは気にするな」
「でも……」
「こういう時こそ、一曲作ればいいよ。彼を想い、芸術に昇華するんだ。俺もそうしたから。ま、何もならんけどな。じゃ!」
それだけ言い残し友人は帰っていく。
「芸術ねぇ……。そんな僕が歌っても……」
曲は作れないが、キリギリス君との日々を文章にして書くことはできる。
「あ、そうか。書くことなら……」
できるかもしれない。それにキリギリス君が生きていたこと、誰かに伝えたい。覚えていて欲しい。忘れて欲しくない。
胸が熱い。冬の雪なんかでも一瞬で溶かしてしまいそうなぐらいだ。
それからというもの僕は毎日執筆に明け暮れた。新しい仕事なんてどうでもいい。とにかく書いた。書きまくった。
WEB上に公表しても反応は薄い。それでも書いていると、不思議とキリギリス君が側にいるみたいで不思議だ。
「キリギリス君もこんな気持ちで音楽を作っていたのかなぁ……」
初めてキリギリス君の心に近づけた気もした。もうどこにもいないのに、生きている時よりも距離が近いのって不思議だ。
そして全ての文章を書き上げ、最後にキリギリスくんが残した音楽も動画サイトに全てアップした。
「どうか、一人にでも届いてくれ……」
祈るような気持ちだった。
最初は何も反応がなかったキリギリス君の音楽だったが、時々いいねがつくようになった。特に僕をイメージすて作ってくれた「社畜讃歌」という曲は一番再生回数がいい。働きアリに好評らしく、会社に行く前に聞くと元気になるっていうコメントもついていた。しかも一人じゃなく、複数人から。
「ほ、本当か?」
誰かには届いていたらしい。僕の文章は何の反応もなかったけれど、それでいい。
こうしてキリギリス君の音楽はじわじわと再生回数が伸び、今は月数万円ほどの安定収入になってる。僕が働いて得たお金じゃない。キリギリス君の遺産だ。
当然、今の僕には使えないお金だ。でもこれがあるから安心だった。もし労働を再開すて壊れてしまったら、ありがたく使わせて貰うつもり。命綱みたいなものかもしれない。
「さて、新しい仕事を探しに行くか」
今朝も「社畜讃歌」を聞く。笑顔で外に出る。もう春も終わった。夏も始まったことだし、前を向くことにしよう。




