働きアリ、専業主夫になる
「暇だなぁ……。毎日やることがない」
僕は野原に寝っ転がり、青い空を見つめていた。それぐらいしかやることはないから。
働きアリの僕にとっては苦痛な時間だ。
「あーあ、ベーシックインカムなんて誰が考えたんだ……?」
今の世の中、ほとんどの仕事がAIによって自動化されていた。結果、僕の仕事も消えてしまい、ベーシックインカムで生きていたってわけ。毎月働かなくても最低限の収入がある。国が定めた制度だった。職を失った若者がテロを行いようになり、治安維持の目的もある。かといって治安は別によくもない。僕のような失業者たちがアル中になり、中には薬物に手を出す者もいるからだった。
「あーあ。暇。何もやっていないで何しろっていうんだ?」
こんな時、前々から働かないで遊んでばっかりのキリギリスはいいなぁ。ベーシックインカムの世の中になったら、さらに音楽や漫画、動画作成に力を入れて成功しているキリギリスもいるらしい。いくらAIが発達しても、芸術は簡単には再現できない。
「そうか。キリギリスに会えば、暇な時間の潰し方や遊び方を知っているかもしれない」
そう思いった僕。さっそくキリギリスの家に走った。
「キリギリスくん、こんにちは。暇で暇で困ってるよ。何か遊ぶ方法を教えてよ」
「はー?」
出てきたキリギリスは派手な服装だった。目がチカチカする。アクセサリーもジャラジャラうるさく、いかにも遊び人って感じ。
「なんで君に遊び方なんて教えないといけないんだよ。遊び方なんて若い頃に身につけるもので、中年の君はもう遅いんでは?」
「ぐぅ……」
正論だ。確かに仕事、節約、投資なんかに夢中になりすぎた。将来、ベーシックインカムの世の中になることも知らずに、ちょっとの息抜きさえ無視していた。
「でも、かわいそうだな。遊び方か……。とうっても一長一短で身につけられるもんじゃないし、とりあえずうちで家事でもやらんか?」
「家事?」
「そうさ。家事ロボットもなんか偉そうで味気ないし、君に専業主夫になってもらう」
「は? 専業主夫!?」
それは予想外。そもそも家にいる主夫(主婦)だなんてキリギリス以上に楽そうに見えた。働いていないくせにってどこか見下していたし。
「どうせ時間が余ってやることないんだろ。だったらうちで専業主夫やってくれよ。何か問題でも?」
意外とキリギリスは意見を曲げない。その上、正論しか言ってこないし、もう折れた。結局、この日から専業主夫をやることになってしまった。
朝は早く起き、朝食と弁当つくり。キリギリスを起こすと洗濯、掃除、買い物と大忙しだった。
「あー、今日はスーパーで卵が安い日だ。買いに行かないと!」
意外とやることも多い。洗剤の詰めかえとか、風呂の排水溝の掃除とか。ご近所さんとの付き合いもある。騒音問題も昔はあったらしいし、愛想よくニコニコ笑顔。
「あー、疲れた」
夜になるとぐったりした。通勤時間はないはずなのに、働いていた時よりも疲れるし、時間もない。
「お、このベーコンはキリギリスくんの好物やん。お弁当に入れておくか」
そんな風に気を遣ってやっても特に感謝もされない。「あ、そう」という反応。専業主夫になって一度も「ありがとう」と言われたこともなく、給料も0円だ。もちろん、昇給やボーナスだってない。
専業主夫一週間目。早くも挫折しそうだった。働いていた時、そんな事情は想像もつかなかった。
それに……。キリギリスもそうだった。
「あー、新曲が書けない! メロディが降ってこねぇ!」
曲作りをしているキリギリスの声は渋かった。時には数日部屋から出てこない時もあった。壁伝いにすすり泣く声が響いている日もあった。
そんな日々にだんだんと耐えられなくなってきた。ある意味、暇な時間よりも苦しいから困る。
「なあ、キリギリスくん。僕、専業主夫やっぱり辞めようと思うわ」
「へぇ。なんか俺の家が不満だったかい?」
「いや……」
働いていても働いていなくても、どっちにしても生きるだでけっこう大変なのかもしれない。それに気づいてしまったら、暇で暇で仕方ない今までの生活も悪くなかった気がする。結局はないものねだり。いつだって隣も芝生を羨んでいても無駄かもしれないって気づいてしまった。
「うん。またぼーっと青空見ながら生活したくなってきた」
「そっか。ま、人生にはそんな時間も必要かもね。音楽もそういう時間の方がインスピレーションがわいてくるし」
キリギリスはここで力無く笑う。
「でも君の家事は丁寧だった。ありがとう。お弁当のベーコンエッグ、また食べたいなぁ」
そんなお礼を今更言われても困る。この家から出て行きにくいじゃないか。
「さよなら、働きアリくん」
それでも別れの言葉は容赦なく耳に届いた。まあ、コレからのことは青空を眺めながら考えるか。何か良いインスピレーションが降ってくる気がする。




