■■■ Step056 戦場で勝利を得るよりも難しい事があると学習した
王家との打合せを終え、そのまま昼食を摂る。
昼食も朝食に引き続き、タニアと一緒だ。
ただ、朝食と違うのはタニアの様子だ。
対面に座る私の顔を、チラチラと上目遣いで見てくる。顔も少し赤い。
一応、女性がこういう反応をするのは、どういう理由かは分かっている。
分かっているが、どうしてこうなったのか、そのタイミングが分からない。
「タニアさん?顔が赤いが大丈夫ですか?」
何故か丁寧語になってしまったが、まあいいだろう。
「ん!?いや、大丈夫だ。そもそも複数形になっていたので、そこはかとなく気落ちしたが、そこはちゃんと理解しているから大丈夫だ。それよりも私がそこまで思われているというのは以前も聞いたのだが、改めて聞くとなかなか落ち着かないと言うか、胸が熱いというか、顔も耳も熱いのだが、いや、それよりもリョウが本気なのは分かっているし嘘ではないのは承知しているが、何がどこまでなのか分からないんだが、いや、今はそれでもいいんだ。うん。大丈夫」
一気に早口で語りきり、タニアは自己完結で納得した。
うん。間違いなく「全てにおいて優先されるべき存在の内の一人」と言った事に対する反応だな。
軽く分析してみよう。
ここに愛を語る文章は...ない。
「優先」はどう考えても「恋愛」には結びつかない。
では「大事にしている」という風には取れるか?
「全てにおいて優先」と言っているので、「大事にしている」というのは伝わるはずだ。
じゃあ、「大事にしている」は「恋愛」に繋がるか?
...これ、微妙じゃね?
落ち着いて考えたら、隣の家に行くのに、世界を一周するぐらいの遠回りをするけど、「恋愛」に繋がりそう。勘違いはされそうだな。
うん...ここは「大事にしている」で押し通そう。
だが、タニアは「どこまでか分からない」と言っているから、ここで下手に言い訳すると地雷を踏み抜きそうだ。
とりあえず、ここはスルーだな。
「そうなんだ。大丈夫なら良いんだ。うん、大丈夫なら...」
タニアが嫌いとかではない。好きか嫌いかで言えば「好き」と言える。
だが、女性として好きかと言われれば...「それは無理」だ。
そしてそれは...ユリにも言える。
明らかに好意を向けられているにも関わらずだ。
輝と葵は年齢が離れているから、そういう目では見ていない...「好き」である事は否定はしないが...。
彼女たちも明らかに私を男性として見ている。
恐らく、タニアもそうだろう。
どこかで、決着をつけないといけないんだが...この関係を壊すのは怖いな。
だが、私は女性を幸せに出来ないんだ。不幸にしか出来ない。
シャルのように...。
「お兄様、どうされましたか?」
レミが私の顔を覗き込むように、顔を近づける。
その顔は心配そうだ。
少しだけ、顔に出ていたのかな?
「大丈夫だよ」
ちょっと昔の事を思いだしただけ。と言いかけて止める。
この娘にとっての「昔の思い出」は凄惨すぎるからな。
軽く頭を撫でて、その場を取り繕った。
昼食が終わり、タニアはキャリーを伴って自分の部屋に戻った。
さて、あの白い服装に着替えるのだが、あれは夜霧にあるからな。とりあえず取りに行くか。
「カラー、今から夜霧に服を取りに行くんだが、誰かが訪ねてくる事になっているんだ。だからセミアとレミと一緒に留守番しててくれ。ルーヴと一緒に取りに行くよ」
「承知しました、ご主人様」
う~ん。いつになったら「ご主人様」が取れるんだろうな...。カラーはもう仲間なんだけどな。
「じゃあルーヴ。ちょっと道案内を頼むよ」
「は~い。では行きましょう」
夜霧までの道順は覚えているが、王城の中で1人で動くのは問題があるだろう。
そもそも、私は王城では客扱いだ。招かれざる客ではあるが、客である事には変わりはない。
その客が1人で城内を歩くのはダメだろう。
なので、ちゃんとルーヴを連れているのだ。
無事に衣装を取り、ついでにいくつかの物品を持って部屋に戻ると、思った通りお客様が待っていた。
「タニアの為にエスコートの作法を知りたいとは、なかなか見どころがありますわね」
と、私にニッコリと笑いかけるのは、全く可能性を考えていなかった人物だった。
シャーリー・ホラン・バルバクス様...。
マークお兄様とタニアとリアのご母堂にして、皇后陛下である。
なんでやねん...なんでこんな大物が出てくるんよ...。
「衣装を取りに行っていたそうね。待ってあげるから着替えていらっしゃい」
「ありがとうございます。少しお待ちください」
「手伝いましょうか?」
と少し悪い顔で声を掛けてきた。
その顔は、タニアによく似ている。
「いえいえ!自分で出来ますので、お気になさらずに!!」
慌てて隣室に飛び込む。
タニアの年齢からおそらく30代後半から40代前半と思われるが、見た目は20代後半にしか見えない。
美魔女だ。これはヤバイ。
何がヤバいかは伏せておくが、とにかくヤバイ。
脳内で「煩悩退散」と唱えながら着替えたのだった。
ちなみに、ちゃんと退散出来たぞ。
「では参りましょうか」
着替えた私を見て、ソファーからすっと立ち上がるシャーリー様。
立ち居振る舞いが綺麗だな。
これはあれだ...「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」っていう奴だな。
「え?どちらにでしょうか?」
エスコートをする練習であれば、ここでも出来ると思ったんだが?
「夕食会の会場は階段があり、主賓は階段から降りて登場します。なので、タニアをエスコートしながら階段を降りなければなりません。分かりますか?」
「えっと、はい。何となくですが、普通のエスコートよりも難しいと思います」
「はい。正解です。なので、階段で練習しましょう」
「あ...あの~...講師はシャーリー様なのですよね?」
「はい。そうですよ」
「あ~...はい。分かりました」
国内最高位の奥様が講師とは...有難いが非常に困るんだけど?
で、シャーリー様について行くと、近くの階段まで案内された。
そこには侍女が2人立っていた。
よかったぁ~...シャーリー様をエスコートするって事になったらどうしようかと思ったんだ。
これで最大の懸案は払拭された。集中してエスコート方法を覚えられるぞ。
シャーリー様の指導は言葉は優しいが内容は厳しかった。
「それでは女性を階段から突き落としてしまいますよ?女性をしっかりと敬う気持ちで導いてください」
「女性に集中しすぎです。女性に恥をかかせるんですか?女性にしっかりと自分をアピールする事も大事なのですよ」
「敬うという事が分からないのですか?そのような怖い顔では女性は近づきませんよ。笑顔です。誰がそのような嫌らしく笑えと言いましたか?」
「リョウは男性なのですか?どうしたのですか、その気持ち悪い動きは?」
そんな言葉に挫けかけながら、着実に習得していった。
てか、エスコートってこんなに難しいものだったのか?それこそ想定外なんですが?
心身ともにボロボロになり...真っ白な灰になりかけた頃、シャーリー様が合格を伝えてくれた。
「頑張りましたねリョウ。これで安心してタニアを任せられます。私も安心ですね」
「はい。ありがとうございます。全てはシャーリー様の温かいご指導のおかげです」
なお「激熱」を「温かい」に自動変換しております。
しかし、これで私も安心してタニアをエスコート出来る。私はやったんだ!!
「では、最後の確認です。私をエスコートして、階段を下りてください」
え?今、なんて言ったんだ?「私をエスコート」?
「え?シャーリー様をエスコート?階段を下りる...ですか?」
「そうです。私の娘をエスコートするんですから、私を満足させる事が前提です。分かりますよね?」
いや、分からないですよ!
「先ほど合格で、安心してタニアを任せられると...」
「『私も安心ですね』と言ったら『はい』と言いましたよね?」
そんな所に罠が...。いや、確かに聞いたし、確かに言った。
え~...マジかぁ~?
「は...はい...分かり...ました...」
何とか気を取り直し、返事をする事が出来た。
「では、階段まで進み、階段を下りて下の階までエスコートして下さい」
さっきまでしていた事をすれば良いだけだ。問題ないはず...だ...。
「本当にもう...しっかりしてくださいな。貴方はタニアに恥をかかせない為に頑張ったのでしょう?今、私はタニアです。そう思ってエスコートしてください」
タニアと思って?タニア...か。タニアに恥をかかせる事は出来ないな。
タニアにするように手を差し出し、手を取ろうとする。
が、手を取らせてくれない。
なぜ?
「違います。貴方はタニアの何なのですか?単なる男ですか?友人ですか?親友ですか?タニアをどう思っているのですか?タニアをちゃんと見ていないのではないのですか?しっかりしなさいリョウ。貴方はタニアと一緒にエルセリアを統治するのでしょう?私は皇后です。立場的には貴方の副官と同じでしょう。私は法皇である夫をサポートします。命を懸けて、その歩みに寄り添います。貴方はタニアを裏切らないのでしょう?一緒に進むのでしょう?そこに躊躇はないのでしょう?」
シャーリー様はタニアを『愛せよ』とは言ってない。
ただ単に『覚悟』を問うているだけだ。
単なるエスコート。だと思っていたが...女性は不思議だな。
「貴方のエスコートの作法は問題ありません。が、それはただ単に作法です。あとはそれをタニアに向けて表現するだけです。もう分かるでしょう?」
「はい。では、参りましょう」
今度は私の手を取ってくれた...。
「まぁなんとか及第点ですね」
「お厳しいですね...」
だが、なんとか一発合格は出来た。
「まだ私をタニアだと思い込めていないようでしたね。まぁそれは仕方がないとは思いますが...」
う...それは仕方ないじゃないですか...。
「ですが、もう誰でも大丈夫でしょう。いずれ、私の事も公の場でエスコートして下さいね」
「それこそ恐れ多い事でございます。ご教授いただきありがとうございました」
「はい。お疲れ様でした」
やっと、スタートラインに立った気がするな。
部屋に戻り、少し休憩。
正直、精神的にかなり消耗した。
だが、自分で「エスコートの作法」と言ったので文句はない。
しかし誰だ?シャーリー様を担ぎ出したのは...。
いや、あの方は私がタニアの為にもエスコートの作法を教わりたいという話を聞いて、自分で立候補されたんだろう。そんな気がするな。
そんな事を考えていたら少し寝てしまったようだ。
肩を軽くゆすられて、現実に戻る。
目の前に、鼻がくっつきそうな距離にキャリーの顔がある。
「うぉ!!」
「もう...なんですか?女の子の顔を見て驚かないでください。泣いちゃいますよ?」
「待て!そもそもあんなに近くに顔を寄せるのが問題だろう!?普通に驚くわ!!」
「どうしてですか?いつもあれぐらいの距離で見つめ合っているじゃないですか...」
「そんな事実はないわ!!」
はぁ...毎回キャリーには驚かされるな。
「で、どうしたんだ?」
「お迎えに上がりました」
とキャリーに聞いたのだが、背後から返事が返って来た。
聞き覚えがある声が聞こえたので振り返る。
そこにはルーヴが立っていた。
「そろそろ就任式が始まります。他の方々はすでに謁見の間に入っていますので、こっそり入りましょう」
「え?そんなにギリギリになったの?」
「リョウ様のエスコートの習得に時間がかかったからです」
「あ...そうなのね...」
謝って早々に謁見の間に向かう事になった。
いくつかある入口のうちの一つから、ルーヴと一緒に入る。
前回は謁見してもらう立場でここに入って来たが、今日は見物人の一人として入っている。
あの時は緊張しまくっていたので、周りを見れてなかったな。
確かに神々しい雰囲気はあるが、あの時程ではない。
どうやら、あの時は魔法の影響下にあったようだな。
明確な魔法ではなく、ふんわりとした魔法であれば、悪意がなければレジストする認識がないので、うっすらとかかってしまうのかもな。
「エルセリア新領主、タニア・ソフリート様、ご入場です」
正面の扉が開き、タニアが入って来た。
おぉ~...光沢のある水色のドレスの上に鮮やかな紫の外套を羽織っている。
頭部にはいつか見たティアラをいただき、薄く化粧もしている。
いつもは光を反射して輝いていた金髪は、今は自ら輝いているようだ。
そして、その青色の瞳は淡く揺らめき、まっすぐ前を見ていた。
ゆっくり歩いていたタニアが不意にこちらを見る。私と視線が合った。その瞬間、タニアが微笑む。それを見た私が頷く。
すぐにまっすぐ前を向き、伯父である国王の前に進み出た。
式典は短い。短いやりとりを終え、最後に国王が宣言する。
「タニア・ソフリート嬢。貴殿をエルセリアの新たな領主に任命する」
「拝命いたします」
つつがなく式典は終わった。
国王たちが退席した後、タニアも来た道を進み、謁見の間から出て行った。
今からまた部屋に戻って、お色直しだったはず。
もうしばらく会えないが、問題ない。
とりあえず、自分の部屋に戻り、また少しだけ眠った。
夢は見なかったが、心地よい雰囲気の中で心身ともに寛げた。
「お呼びに上がりましたわ」
後ろから声を掛けられ、目が覚める。
慌てて振り返ると、そこにはサファイアブルーのドレスを纏ったクウィルお兄様が立っていた。
「これは、クウィル様。そこに華が咲いたようで驚きましたよ」
「あら?急に台詞が変わったわね。正直気持ち悪いのだけれど?」
ちょっとだけトーンが下がった声が怖い。
いや、クウィル様をおちょくっている訳ではないんだが、変に取られちゃったな。
「それは...大変失礼しました。先ほどシャーリー様に色々とご教授して頂いておりましたので、少し女性を敬うような言動に拍車がかかったようで...言葉に他意はございません」
「そうなのですね。分かりましたが、以後気を付けてくださいね。貴方はどちらかというと歯に衣を着せる物言いが似合っているのです。が、女性を敬うのは良い事ですから、頑張ってくださいね」
「ありがとうございます」
「では、行きましょうか。タニアが貴方を待っていますよ?」
「はい」
クウィル様に連れられて、夕食会の会場の上の階に到着した。
それにしても、ここの王族は忙しいはずだが、本当にあちこちに出没するんだよな。
待合室と思われる部屋にはタニアが待っていた。
お色直しをしたタニアは、今度は真っ白だった。
レースで意匠を凝らし、金をあしらったその衣装は女神もびっくりなんじゃないだろうか?
思わず立ち尽くす私を、タニアは悪戯っぽく笑いかける。
「リョウ、遅かったな。どうしたんだ?」
その一言で我に帰り、言い訳をしながらタニアに近づく。
「タニア、待たせて済まなかったな。ちょっと色々あって遅れちゃったんだ」
「色々?まぁ良い。エスコート頼むぞ」
「任せろ」
そう言って優しくタニアの手を取った...訳はなく、がっちりと握手をした。そして、お互いがニヤリと笑う。
が、私とタニアはこれで良い。
「じゃあ、私は下で先に座って待っているからね」
「え?皆様は既に座っておられるのですか?」
「一緒に入場すると思った?今日はタニアの晴れ舞台ですからね。ここから入場するのはタニアとリョウだけよ」
マジか?
扉の向こうは夕食会の会場で、人のざわめきが聞こえてくる。
まだもう少し時間があるようだ。
隣に立つタニアが横目で私を見ながら声を掛けてきた。
「さて、ここから本当に勝負だな」
正式に国内にエルセリア領主タニア・ソフリートが発表されたからな。
もう後戻りは出来ない。
「まぁ実際急な出来事が起こりすぎていたから、今更な感じではあるが、確かに今からだな」
「その初回が夕食会になるな。簡単で良い」
「食べるだけなら簡単だけど、その前に入場があるぞ?」
「その為にエスコートの練習をしたんだろ?リョウ」
「その為って事ではないんだが、まぁそうかもな」
「実は私もエスコートされるのは初めてだ。頼りにしているぞ」
「マジか?」
「あぁ、マジだ」
「責任重大だな」
「まぁ失敗した所で死にはしない。気軽に行こうか」
タニアが苦笑いをしている。
まぁ恥をかくだけだな。死にはしない。
しかし、タニアに恥をかかせない為にシャーリー様にご教授いただいたからな。
だが、その考えは嫌いじゃない。
「あ~...死にはしないか。確かにな。コボルド討伐に比べたら簡単か」
「ふ...懐かしいな」
と、話をしていたら傍に控えていた侍女が声を掛けてきた。
「タニア様、リョウ様、ご準備ください」
どうやら、入場の時間だそうだ。
「行くか」
「行こう」
私が差し出した手に、タニアがそっと乗せる。
普通の女性であれば、伏し目がちに微笑むのだろうが、タニアは鋭い目つきでニヤリと笑う。意図はおそらく「戦闘開始」だな。
対する私は少し困った顔で笑う。意図は「お手柔らかに」だ。
「エルセリア領主、タニア・ソフリート様のご入場です!」
扉が開き、会場の明かりが入り込む。
さて、戦闘開始だ。
タニアをエスコートし、階段手前の踊り場に出る。
一瞬すべての音が止まり、次の瞬間、おぉ~っという感嘆の声が聞こえた。
全ての視線がタニアに集まっているのを感じる。
うんうん。おかげで私は目立ってないな。
タニアが私から手を外し、優雅なカーテシーをした。
そうか、挨拶しなきゃな。
内心では焦ったが、表面上は慌てずに私も右手を前に、左手を後ろに回して腰を折る。
改めてタニアの手を取り、ゆっくりと階段を降り、侍女の案内に従って席に着く。
タニアは国王近くのテーブルの端に座り、私はその隣だ。
ちなみに、私の隣はクウィルお兄様。
対面はタニアの前から順に、ゼルヴァン騎士兵団将軍、ローディス騎馬兵団将軍、フリュリー魔法兵団将軍だった。
ゼルヴァン将軍が静かに睨んでくる。
うわぁ~...なんて居づらい状況なんだ...。誰だよ、こんな配置にしたのは...。
夕食会は国王が乾杯の音頭をとり、夕食会が始まる。
このような夕食会では席を立って話をしに行く。事は無いので、周りの人とだけ会話をする事になる。
そういう意味では、タニアに話しかけるのはほぼ私だけだ。
将軍たちは自分たちだけで会話をしているしな。
クウィルお兄様は黙々と食事をしている。
本当であれば話しかけるべきなんだろうけど、どう話を振れば良いか分からないからな。
あ、そう言えば1つだけ聞きたい事があったんだ。
「クウィル様、一つお伺いしたい事があるのですが良いですか?」
「なんでしょう?」
「剣はどのような物をお使いですか?」
「?...どうしてそのような事を聞くのですか?」
「いえ、クウィル様が剣を嗜んでおられるのは、手を見て分かったのですが、どうも使いづらいのかな?と思いまして...」
正直、少々痛々しく見えたので、気になっていたのだ。
「私の手を見ただけで、それが分かったのですか?」
「はい。実は私も自分の剣...刀というのですが持っておりまして、その時に自分の手に馴染むようにするのに苦労をしまして...」
「自分で自分の武器を作ったのですか?」
「その...ちょっと憧れみたいなものがありまして、興味本位で作ってしまいました」
「あら、男の子なのですね。それで、私の手を見て苦労しているのではないか...と、思った訳ですね」
「おっしゃる通りです。不躾な質問で申し訳ございません」
「いえ、それが貴方らしくて良いですよ。で、私の武器ですがレイピアです。ご存じか分かりませんが、これは切るよりも突く事を目的にしており、握りが難しいのです」
レイピアか。確か特殊な握りをすると聞いた事があるな。
「もし、よろしければですが、クウィル様の手を見せていただけますか?」
「なぜですか?」
「合わない武器は怪我の元です。握りが合うだけでも技量は劇的に向上します。先日戦闘に参加しましたが、少しの差が命運を分けます。クウィル様がそのような場に出向く事はないと思っておりますが、出来れば手に馴染むものをお送り出来ればと思いまして...」
「...私への贈り物にしては物騒なものですね?」
笑顔が怖いのですが?
「失礼いたしました。ですが、武器を握るだけで怪我をしそうになるのは本末転倒でしょう。お嫌でなければ...」
「ふふっ...冗談ですよ。貴方の贈り物、有難く受け取り...あぁ、今から作るのですよね。楽しみに待っております」
「はい。少しお待たせする事になると思いますが、必ず最高のものを用意させていただきます」
良かった。正直、聞いて良いものかどうか悩んだんだけど、聞いてよかったよ。
クウィル様とはなかなか会う事がないからな。
問題は、次来るまでに制作できるかだが、問題はないだろう。
あとで手を3Dスキャンさせてもらおう。
タニアを見るとニコニコしていた。
クウィルが浮いている事が気になっていたんだろうな。
「お前は武器を作る事も出来るのか?」
ゼルヴァン騎士兵団将軍が声を掛けてきた。
「はい。武器職人ではないので、どこまで満足のいくものを作れるか分かりませんが...」
「自信がないのにクウィル様のレイピアを作ろうというのか?」
この人、何かと突っかかってくるよな。まぁ良いけど。
だが、いちいち突っかかって来る奴は面倒だ。
「クウィル様の為に全力を尽くす事に偽りはない。その上でクウィル様が気に入るかは別の話というだけだ」
「そうね。私が気に入らないって言う可能性はあるものね」
否定的な事をクウィル様が言うが、その言葉にはトゲは無い。
「はい。その場合は『どこが気に入らない』のかを教えて頂けますと助かります」
「じゃあ、私が気に入るまで、何度も作ってくださるという事ですか?」
まるで華が開いたかのような笑顔だな。それほど嬉しそうにしてくれるのであれば作り甲斐があるというものだ。
「クウィル様がご迷惑でなければ...」
「分かりました。そういう話であれば是非もありません。よろしくお願いしますね」
ゼルヴァン将軍はまだ苦々しい顔をしているが、知らん。
こういう人は相手にするだけ無駄だからな。
その後もタニアとクウィル様と楽しい会話に終始し、夕食会は無事に終わった。
この後は舞踏会との事なので、さっさと逃げ出す。
敵前逃亡と言うなかれ。無理なものは無理なのだ。
タニアをエスコートしながら部屋を出る。
「今日は大人しかったな、リョウ」
「お爺様から『大人しくしてくれ』と言われてたんだ。言われた通りにしただけだよ」
「その割にはゼルヴァンとやりあってたではないか?」
「あれは将軍が突っかかって来ただけだろ?」
「あら?私の手を鑑賞してくださるのではなくって?」
そんな話をしていたら、後ろから声を掛けられた。
振り返るとクウィルお兄様だ。
彼も舞踏会には興味はないのかもな。
「はい。もちろんです。今、よろしいでしょうか?」
「お願いしますね」
了承を得たので、懐から3Dスキャナーを取り出し撮影を開始する。
「それは何ですか?」
「これはクウィル様の手を詳細に記録する...魔工です」
魔工ではないけど、魔工って言うしかないよね...。
「そのような魔工があるのですね。世に出す予定はありますか?」
「ありません。そもそもこれだけでは使い物になりませんので」
「使い物にならない?」
「この後、記録を整理して、クウィル様の手を再現して、今度はレイピアの持ち手をクウィル様の手にあわせて再現...という風に、いくつもの魔工が必要なのです」
クウィル様の手のデータを3Dモデリングにして、作成したモデルを元にレイピアの柄を考案、3D上で実際に組み合わせて確認、3Dプリンタで柄を生成しクウィル様に持っていただく...。最後にレイピアを作る訳だ。
思った以上に面倒な作業になりそうだな。
「はぁ~...想像も出来ませんが大変だという事は分かりました。私は簡単に考えていましたが大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですよ。内容はかなり面倒ですが、こういう事には慣れておりますので。そうだ!レイピア本体に対して、何か希望はございませんか?例えば出来るだけ軽くとか、刃は真っ直ぐとか」
せっかくなのでクウィル様の好みに合わせてみよう。どこまで出来るかは知らんけど。
「希望...ですか?そうですね...軽いと戸惑いますので、重さは普通で良いです。あと、突く方も大事ですが切る方もちゃんと機能して欲しいですね」
「なるほど...では、明日の朝にでも少しだけお時間いただけませんでしょうか?」
「構いませんが、何かあるのですか?既にレイピアがあるとかではないですよね?」
「流石にレイピアは無いですが、私の刀があります。一度それを持ってもらって、感想を教えていただければ調整は簡単になりますので」
打刀「星砕丸」を持って感想を言っていただければ、かなり調整しやすいはずだ。
「刀...というのはリョウの武器ですね。私もその刀に興味があります。是非、明日見せてください」
「承知いたしました」
「では、また明日の朝に」
「お待ちしております」
クウィルお兄様は軽くカーテシーをして、静かに去って行かれた。
ドレスを好んで身に付けられて、言葉も所作も女性だけど、どことなく男らしさを感じるのは何故だろうな。
でも、「男らしいですね」って言ったら間違いなく死刑になりそうなので、絶対に言わないけど。
ともかく。気になっていた事が一つ解消した。仕事は増えたけど、これはそれほど大変でも...いや、大変だが問題はない。
「リョウ...お兄様にかなり親切だったな」
タニアが正面に回り込み、軽く睨んでくる。
言いたい事は分からなくはないが、ここは逃げに一手だな。
「そうか?至って普通だと思うが?」
「あ~...そうか...そう言えばリョウは誰にでも優しいんだった...」
「いや?誰にでもではないぞ?仲間までだ」
「お兄様は仲間なのか?」
ん?仲間か?仲間...ではないよな...。
「ん~...仲間ではないかもだけど、タニアの親族だからな。明確な敵対心を持っていないのであれば親切にしたいと思っているよ」
「分かりやすいのか、分かりにくいのか...考えても無駄か」
「どういう事だ?」
脳内マップでは現在位置と私の部屋のマーキングは完了している。
タニアも居る事だし、一旦私の部屋まで行こうか。
横にはルーヴとキャリーが大人しく控えている。
軽く手で「行くよ」と合図して、タニアを促して歩き出す。
タニアは一瞬怪訝な顔をしたが、意図がすぐに分かったのか、素直について来た。
「何でもないさ。ただ、クウィルお兄様は、ほら...あんな感じだろ?王族以外では誰からも相手をされていなくてな...」
タニアが言いにくそうにしているが、言いたい事は良く分かる。
日本でも敬遠されがちだものな。この世界では猶更だろう。
ひょっとして、そういう事もあって私に色々と接触しているのかも知れないな。
それはそれで問題はないし、正解ではないにしろ、個人的には腑に落ちた。
「あぁなるほど。私の世界ではクウィルお兄様は『一つの個性』として扱われる。もっとも、誰も彼もが普通に接するかは別だが、特別に敬遠する事はない」
「そうなのか...すごいな大阪」
「大阪というより日本なんだが...まぁ今は良いか」
「今度大阪に行ったらしゃしょうしゃんに会いたいんだが?」
「善処しましょう」
部屋に到着するまでの間、他愛もない事をしゃべりながら歩いた。
こういうのは平和で良いよな。




