12. カナとレイラ
引き続き堂々亭で飲んでいると、堂々亭の入り口付近より、何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ~~~~!!ダウンズ!!やっと姿を現したわね!!」
「そんな妖怪を見つけたみたいに言わんでも」
堂々亭に入ってきたのは、レイラの服を買った時にお世話になった服飾屋のカナであった。彼女も堂々亭の常連の1人である。
「エミーが心配してたんだから!ちゃんと顔出しなさいよね!!」
「別に心配してません!!」
カナの言葉に遠くから強めに突っ込むエミー。カナとエミーは友人で、お互いに知った仲なのである。
「あら、レイラちゃんじゃない。お久しぶり」
「お久しぶりです。カナさん」
レイラと挨拶を交わしたカナは、その様子の変化に少し驚く。
「レイラちゃん、表情が柔らかくなったわね。何かあったの?」
「はい。カナさんの言う通り、ダウンズさんを信じてみることにしたんです」
「そっか、良かったわ。今のレイラは一段と素敵よ」
「ありがとうございます」
よくわからないやり取りをしているレイラとカナに、疑問符を浮かべるダウンズ。
「何の話だ?」
「えっと、それはですね………」
「何でもない!何でもないわ!」
「モゴモゴ………!」
話そうとしたレイラの口を塞ぎ、照れたようにはぐらかすカナ。それを見て一段と疑問が深まるダウンズ。
「何なんだよ。隠し事か?」
「女の子同士には1つや2つくらい、秘め事があんのよ」
「女の子って歳かよ」
その瞬間、ゴスッ!と腹をぶん殴られるダウンズ。
「ぐぉ………!」
「殴るわよ?」
「殴ってから言うなよ………!」
そんなコントみたいなやり取りを見て、控えめに笑うレイラ。
「レイラちゃん、本当に明るくなったわね」
「はい。ダウンズさん、それにカナさんのお陰でもあります」
「う~~~~~ん、いい子過ぎるわ!!ねぇダウンズ。レイラちゃん私にくれない?」
「はぁ?ダメだが?」
「いいじゃない!こんなにいい子なんだもん!」
カナはレイラを抱き締めると、頭をわしわしと撫で始めた。レイラは困ったような、嬉しいような、そんな微妙な表情を浮かべている。
「いい子なのは否定しないが………」
「でしょ?あんたには勿体ないわ!」
「いいや。お前よりはレイラに相応しいね。なんせこんなにもイケメンなんだし」
「このナルシストめ!いいからレイラちゃん寄越せ!!」
「いやだ!レイラは俺が保護するんだ!!」
そんな子供みたいにレイラの取り合いをするダウンズたちを見かねて、レイラがある提案をしてくる。
「あ、あの!じゃあ、カナさんもダウンズさんと、一緒に住んだらどうでしょう?」
「「―――――――――は?」」
「い、いえ、あの………一緒に住めば、2人と一緒にいられるかなって………」
レイラのそんな言葉に、ダウンズとカナは顔を見合わせ、同時に顔をしかめた。
「レイラちゃん!なんてことを言うの!?ダウンズと一緒に住むなんて、死んでもいやだわ!!」
「はぁ~~~~??俺の方が10倍くらいやだし!!」
「だったら私は100倍よ!!」
「じゃあ俺は1000倍だ!!」
ダウンズとカナの言い合いは、レイラの言葉で更にヒートアップしてしまった。
「ど、どうしよう………」
火にガソリンをくべてしまったレイラは、2人の醜いやり取りを、見ていることしかできなかった。
ようやくダウンズとカナの醜いやり取りが終わり、2人とも落ち着きを取り戻した所で、カナも加えて酒を飲みかわす。
「カナ。今度ちょっと用事で家を空けるんだが、1日だけレイラを預かってくれねえか?」
「レイラちゃんなら大歓迎よ。一日と言わず、ずっとでもいいけど?」
「1日だけだ、ボケェ!」
おおよそ頼みごとをする方の態度ではない。
「また例の貴族様からのご依頼?」
「ああ。隣町に用があるらしい」
「例の貴族様?」
レイラが何のことかわからず、疑問を口にする。
「あんた言ってないんだ?こいつ、どっかの貴族様のお抱えの何でも屋みたいなことしてるらしいの。どこの貴族様かは知らないけど、それでお金稼いでるのよ」
「あ、偉い人からの依頼って、貴族様だったんですね」
貴族という単語を聞いて、レイラの顔が少し曇った。レイラは奴隷時代に、主人である貴族に虐待を受けていた。その経験から、貴族というものが苦手なのだろう。
「どこの貴族なのか教えなさいよ。私もご相伴に預かりたいわ」
「ダメだ」
「ケチ~~~~!」
カナがダウンズへの依頼主を知りたがるが、それがミスト王国の騎士団長であるとは流石に言えない。
「んで、いつになるの?私は明日でも全然かまわないけど?」
「そうだな、早い方が良いのは確かだし………レイラは明日でも大丈夫か?」
「はい。私は大丈夫です」
アプヒズからは2週間以内とは言われているものの、騎士団長が暗殺の依頼を出すのは、基本的には悪徳貴族である。依頼を遂行するのは早い方が良い。
「じゃあ明日お願いできるか?」
「寧ろ明日とは言わず、今日泊りに来なさいな。おもてなしするわよ?」
「えっと………」
レイラがダウンズの顔色を窺う。行きたいと思っているのが丸わかりだ。
「行ってきていいよ。楽しんできな」
「はい!」
とりあえず騎士団長からの指令の決行日は決まった。決行日は翌日と猶予は無いが、自分であればまあ問題は無いだろう。
ダウンズと別れてカナの家に来たレイラは、カナに色んな事を根掘り葉掘り聞かれた。主にダウンズの事であるが、何をされたのとか、ダウンズの家の様子はどうだとか、なんだかんだダウンズの事を気にかけている様子である。
「そう。レイラちゃんも、ダウンズに助けてもらったんだ」
「”も”って、カナさんもそうなんですか?」
「不本意ながらね」
カナさんはそう言葉では言いつつ、少し嬉しそうにダウンズのことを話し始めた。
「私、昔は冒険者だったの。4年位前だったかな。1人で村を飛び出して、この街に来て、1人で冒険者になった。友人や知り合いもいなくて、その時の私はプライドもあった。村で一番腕っぷしが良かったから、奢ってたの」
田舎の村での生活に嫌気がさし、カナは冒険者になるためにマンタンの街に来た。だが、当然そこには知り合いは誰一人としていない。人一倍プライドが高かったカナは仲間などは作らず、1人で活動していた。
「ある日、少し難しめの依頼を受けた時にね、目的の魔物に囲まれちゃったの。10匹くらいの、狼の魔物だったわ」
自分の力を過信していたカナは、1人で依頼をこなせると信じて森の中に入って行った。そこで待ち受けていたのは、凶暴な魔物が闊歩する世界だ。
今までの自分は運が良かっただけだと思い知らされた。森に住む凶暴な魔物に囲まれ、絶体絶命のピンチに陥ったのだ。
「何もかも諦めかけた。その時だったの」
カナはその時の光景は今も鮮明に覚えている。忘れられない、自分の大切な思い出の1つだ。
「ダウンズが颯爽と現れて、あっという間に狼の魔物を全部、倒しちゃったの」
数日前に2回もナンパしてきた、失礼な男。そんな彼が、今ほどは長くなかった金髪をなびかせ、颯爽とカナの前に現れたのだ。騎士が持っているような剣を右手に持ち、カナを守りながら、襲い来る狼たちを次々と、一振りで屠っていく。そんな彼の姿は、今でも鮮明に目に焼き付いている。
「あの時のダウンズはカッコよかったわ。――――――あ、これ、ダウンズには内緒ね?」
「はい。わかりました」
カナがダウンズの事を他の女性ほど嫌っていない理由が明らかになる。カナはダウンズに一度救われているのだ。レイラと同じなのだ。
「レイラちゃんは、ダウンズの事好き?」
「はい。大好きです」
このレイラの大好きは、異性に対する大好きとはまた別種のものなのだろう。だけど、あのビクビクとしていたレイラが、こんなにはっきりと自分の気持ちを話せるようになっていることを、カナは嬉しく思う。
「レイラちゃん。ダウンズの事、逃がしちゃダメよ?」
「えっと、逃がすって?」
「ちゃんと首輪つけときなさいって事」
「よくわかりませんけど、わかりました!」
ダウンズという男は、少し危うい存在だとカナは感じている。どこかで儚く消えてしまいそうな、そんな存在なのだ。
時折見せる悲しそうな目。その奥底には一体何があるのだろうか。カナとレイラは、まだ彼の事をほとんど知らない。