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無双少女よ、刀を振るえっ!  作者: 速水 心太
第3章:『翠の神』楽園編
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第25話 「翠の絶対防衛」

 翠の領土は大陸から孤立した島であり、島全体に巨大な森が広がっている。俗世から隔絶されており、その森にはエルフと妖精以外の種族の侵入が許されていない。


 魔力が多く戦闘能力の高いエルフは、大陸へと渡り他種族と交流する者もいるが、妖精は非常にか弱い存在の為翠の領土を出る事は無い。


 「――――♪ ――――――――♪」


 だというのに、俺の肩の上で楽し気に鼻歌を歌っているこの妖精は何を考えているのだろう。もう少しで死ぬところだったのには気づいているのだろうか?

 すでにムーラリアの港を発ち3日が経過している。この期間、俺は船酔いで死にそうになりながらも何とか耐え続けている。


 「――――!!」


 海の中からピシャンッと、羽の生えた魚が飛び出し妖精がビクッと俺の髪をひっつかむ。

 う~ん、和む。

 ずっと見ていたいこの感じ。小さな悩みなんてどうでも良い気持ちにさせてくれるな。この妖精の女の子は、出発してからずっと楽しそうだ。


 「あっ、あれが翠の領土じゃないかしら?」


 水の魔石の動力を停止させ、離れた位置からベアが水平線にポツンと見える黒い点を指さした。まだかなり距離があり、肉眼ではなかなか見辛い。


 「ベアさん、もう少し近づこう」

 「でも大丈夫かしら。この距離でもエルフの弓の射程圏内ギリギリよ。私たちの接近が察知されたらあっという間に海の藻屑になるわ」


 うげっ。エルフの弓ってそんなに凄いのか。だがこの海の上で立ち往生していてもどうしようもないのは事実。

 さて、どうしようか。


 「――――?」


 急に船を止め空を仰ぎながら悩み始めた俺とベアを、妖精が不思議そうに小首を傾げながら見つめてくる。俺は妖精の女の子と目を合わせながら、そのつぶらな瞳に頷いた。

 

 「そうじゃなぁ。お主の故郷があの森なんだし、行く以外に選択肢はないのう」

 「――――!」

 「よし、ベアさん。魔石は使わず帆を広げて風力でゆっくり近づくのはどうじゃ? 魔石の力で高速で突っ込むより多少はマシじゃろう。こちらに敵意が無いことを向こうに分からせれば、いきなり沈められるなんて自体は回避できるかもしれん」

 「……それしかなさそうね。それじゃあ、行くわよ」


 意を決し、俺たちは白い帆を広げた。風を受けた帆は大きく膨らみ、それに続いて船がゆっくりと翠の領土に向かって動き出した。


 水の魔石の力を使っていた今までとは、雲泥の差があるほどに遅い。だがこの速度なら、エルフたちも俺たちが何者かじっくり観察できるだろう。


 「うぅ~。弓撃たれませんように……」


 心配そうにベアが翠の領土を見つめる。

 じっくりと船は動き続け、俺たちはとんでもない緊張感の中静かに船を進めていった。


 「――――♪」


 ……妖精の女の子以外は。



 ♢♦♢♦



 「えっと、どういう事?」


 なんと俺たちは、至極あっさりと翠の領土の沿岸沿いにまで到達してしまったのだ。弓矢の1本も飛んでこなかった。

 ウワサでは遠くから正確に射貫かれると聞いていたのだが。


 「……逆にこれ、上陸して良いのじゃろうか?」

 「わ、分からないわ。誰か来てくれたら嬉しいんだけど……」


 翠の領土からのアクションが何も無く、俺たちは逆に困り果ててしまった。

 領土を見ると、小さな浜辺の先はかなり深い森が広がっている。だが鬱蒼とした薄暗い感じではなく、どこか優しい光に包まれている綺麗な、落ち着く印象を受ける。


 なるほど、楽園と呼ばれる所以が少し分かった気がする。この美しい森の中に、美の頂点とも言われるエルフ族や神秘的な妖精たちが暮らしているのだ。

 それはまるでこの世のものとは思えない天国のような光景だろう。


 だが、今はとにかく誰か来てほしい。もう弓矢で撃たれてもいいから!


ヒュンッ! と、俺が心の中で叫んだ瞬間弓矢が俺の真横をすり抜け、船の甲板へと突き刺さった。

 見上げると巨大な森の大木から伸びた枝の上に、1人の女性が弓を引きながらコチラを睨んでいた。


 「貴方たち、なぜこんな所にいるのです!? 全く、妖精たちから警告は上がって無かったというのに……、何かあったのでしょうか……」

 「わらわたちはお主たちに敵意は無い! 少し話しをさせて欲しいだけなのじゃ!」

 「我々は貴方たちに話す事などなにもありません! 死にたくなければ、すぐに引き返しなさい! 次は当てます!」


 俺たちに叫ぶ女性が、更に強く弓を引いた。その弓矢の先は、確実に俺の心臓を狙っている。どうやら脅しではないようだ。

 女性が弓を引いたその瞬間、彼女の桜色の髪から長い耳が見えた。どうやら彼女はエルフらしい。非常に端正な顔立ちをしており、あの蒼の女神と同等なくらいに美しい。


 だがその美しい顔も、今は怒りによって歪んでいる。


 「――――――――!!」


 緊迫した状況の中、妖精の女の子が俺を庇うようにエルフと俺の間に躍り出た。小さい体で一生懸命に腕を横に伸ばし、フルフルと涙目の顔を横に振る。

 

 その妖精を見たエルフが、驚愕し弓を下ろす。


 「リリィ! 無事だったのですか!?」


 枝から飛び降りたエルフが、こちらに駆け寄ってくる。その顔は今にも泣きだしそうだ。この妖精の女の子を知っているのか?


 駆け寄ったエルフが両腕を広げると、ピューッとリリィと呼ばれた妖精がその腕の中に飛び込んだ。


 「あぁ、リリィ! 本当にリリィなのですね……! もう2度と会えないのかと、……私は……!」

 「――――♪」


 エルフの女性とリリィが互いに優しく抱きしめ合っている。その後、エルフは妖精の背中にある俺の魔力で創られた羽に気付き若干顔を赤らめた。


 「リリィ、貴方その羽はどうしたのですか? まさか私以外の魔力供給を受けられる相手が見つかったのですか? ……そ、それはどこのエルフの殿方なのです?」

 

 顔を真っ赤にし、まるでうら若き恋する乙女のように儚い顔で、ヒソヒソとエルフの女性はリリィに質問している。

 ん? リリィの魔力供給はあのエルフが行っていたのか。でも何でリリィを助けたのが男だって分かったんだ? エルフって部分は間違っているが。


 「――――! ――――♪」

 

 エルフの女性の質問に、満面の笑みでリリィは俺を指さした。その瞬間、ピシリとエルフの顔がこわばる。


 「……え? じ、冗談ですよね、リリィ」

 「――――? ――――♪♪」

 

 更にニコニコ笑顔でリリィが俺の肩に飛び乗ってくる。その光景を見た瞬間に、エルフの女性が絶望顔で立ち上がる。


 ど、どうしたんだこのエルフ……。


 「お~い、ルンレッタ~! だいじょーぶ?」


 俺たちが何とも言えない気まずい空間に包まれていると、その空気を引き裂くように森の奥から茶髪の新たなエルフの女性が姿を現した。エルフは俺たちを見た途端一瞬驚いた顔をしたが、桜色の髪のエルフの絶望顔に気付き更に驚く。


 「ル、ルンレッタどうしたの!? あの人間に何かされたの?」

 「リ、リコ。……リリィが、リリィが私の魔婚相手を……相手をぉ……」

 「えっ!? ルンレッタ魔婚相手見つかったの!?」


 耐え切れなくなったのか、ルンレッタと呼ばれている桜色の髪のエルフはダーッと森の奥へと走って行った。魔婚相手ってなんだ?

 

 「あ、ちょっとルンレッタ! ……リリィ! 貴方無事だったのね!?」


 走り去ったルンレッタに置いてかれたリコと呼ばれたエルフの少女は、俺の肩の上にいるリリィを見つけ笑顔を浮かべる。


 「貴方たちがリリィを見つけてくれたのね! ルンレッタに変わってお礼を言うわ! 船から降りてきてよ!」

 「え、上陸してよいのか?」

 「えぇ! 妖精たちから悪意を持つ人間の接近は報告されなかったもの! 貴方たちは良い人って事でしょう?」


 リコの言葉を聞く限り、どうやら盗賊などの船が翠の領土に接近する前に沈められていた理由は、妖精がいち早く悪意に気付き森のエルフに知らせていたのだろう。その知らせを受けたエルフが、弓で船を沈めていたのだ。

 

 それが、翠の領土が不可侵領域として君臨している仕組みの正体なのだ。


 海底に錨を下ろし浜辺に降りた俺たちの元に、リコが駆け寄ってくる。ルンレッタに比べると少し地味めな雰囲気だが、それでもエルフらしく端正な顔立ちをしている。


 「それにしてもルンレッタったらどうしたんだろう。リリィを助けてくれた人相手にあんな失礼な態度とる子じゃないのに……」 

 「そのルンレッタが言ってた魔婚相手? って何のことかしら」

 「そう、それ! リリィに魔力供給したの誰なの!? 仲間に男前エルフでもいるの!?」


 ベアの質問に、リコが目をキラキラさせながらズイズイと身を乗り出し聞いてくる。このリコってエルフはやけに距離感が近いな。イメージ的にエルフはみんな閉鎖的な性格をしているもんだと思っていたが、リコはかなり社交的な性格をしているらしい。


 「リリィに魔力をあげたのはわらわじゃが」


 はい、と俺が挙手をする。瞬間、ルンレッタ同様ピシリとリコが固まった。すぐさま顔に手を当て困り顔を浮かべた。


 「……あちゃあ。こりゃルンレッタも大変だわ。魔婚相手がまさか女の子だとは」

 「だから、その魔婚相手って何なのよ!」


 ベアがしびれを切らし声を上げると、リコが頬をポリポリ掻きながら俺を見つめてきた。


 「……魔婚相手ってのは、そっちの大陸の言葉で言うと『結婚相手』の事なんだけど」

 「け、結婚んんーっ!!?」

 

 俺とベアの絶叫が、森全体に響き渡った。

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