第24話 「親子の愛」
ムーラリアの港では中型の船が一隻停泊していた。太陽の日差しに照らされた海がキラキラと光を反射し、はるか先には水平線が一面に伸びている。
「わぁ~! 立派な船ねサクヤちゃん! 天気も良いし、絶好の船旅日和だわ!」
船を見たベアが、楽しそうにはしゃいでいる。この船は従来の帆に風を受け進んでいくタイプなのだが、特別なのは風力とは別に魔石の力で動く事も可能であるトコロだ。動力部にAランク以上の水属性の魔石が仕込まれており、その力を利用し船を高速で動かす。
この技術が生み出されて以降、海戦ではどれだけランクの高い水属性の魔石を所持しているのかが、一種の基準となっている。
魔石で動くのと風で動くのとでは、その性能に大きく差が生じる。魔石で動く船が多ければ多いほど、海戦においては有利になるのだ。
「船の操舵の仕方はパパがベアちゃんに教えてあるから安心してくれ、サクヤちゃん」
港まで見送りに来てくれたクラウディオが、グッと親指を立て笑う。そんな喋り方したらまたベアが怒りそうなものだが、肝心のベアは船に夢中で気付いていない。
そんなベアの様子を楽しそうにクラウディオが眺めている。
「ベアちゃんは小さい頃から船が好きでな。俺が騎士団の仕事で船に乗る時はいっつも、一緒に乗せてくれとわがままを言っては泣いてたんだ。あ~、懐かしい」
「ほぉ、ベアさんにもそんな可愛らしい過去があったのじゃな」
「そうなんだよ! よし、サクヤちゃんにだけとっておきのベアちゃんエピソードを聞かせてやろう。これはまだベアちゃんが5歳の時の話なのだが」
「ほうほう」
「俺と一緒に寝ていたベアちゃんが――」
「……お父様」
「!?」
俺とクラウディオが身を寄せ合いヒソヒソ話をしていると、突如殺気を感じたクラウディオが後ろに振り返った。
そこには案の定、怒りをあらわにしたベアが腕組をし立っていた。突如クラウディオが滝のように汗を流し始める。それに詰め寄る様に、ベアが腰に手を当てクラウディオを睨む。
「お父様、サクヤちゃんに変なこと吹き込むのは止めて! サクヤちゃんもお父様に無理に付き合わなくて大丈夫だからね。私さきに船に乗り込んでおくわ」
「あぁっ、ベアちゃん……」
クラウディオの伸ばした手は虚しく空を切りぷいっとベアが船に乗り込んでいき、ガクッとクラウディオがうなだれた。
その後顔を上げたクラウディオの顔は、どこか切なげな瞳で船の上にいるベアを見つめており、その横顔が何やら複雑そうな心境を抱えているように見え、俺は思わず声をかけてしまう。
「クラウディオ殿? どうしたのじゃ?」
「……いや、あの子、随分と明るくなったと思ってな」
明るくなった? ベアは出会った頃から明るかった気がするが……。
そんな俺の心の中の疑問が聞こえたのか、クラウディオが話し始めた。
「ベアトリクスは幼い頃に病気で母親を亡くしているんだ。俺に心配をかけまいと気丈に振る舞っていたが、ずっとどこか寂しそうだった。だが、サクヤちゃんと出会って以降、あの子は前を見て歩き出し始めた」
病気で母親を……。どうりでクラウディオがベアの事をやけに気にかけていた訳だ。亡くなったベアの母親の代わりに、彼女を守ろうとしていたのだろう。
だが、ベアは【神技】使いの父親の強さに嫉妬し距離を取っていた。そこに親子同士の心のすれ違いが生じていたのだ。
それを蒼と赤の戦争をきっかけに解決できたのなら、あの時ベアに出会えて良かったと思える。
「ありがとうサクヤちゃん。俺とベアトリクスとの懸け橋になってくれて」
クラウディオはそう言うと、深々と頭を下げてきた。俺は慌てて両手を振りクラウディオの顔を上げさせる。
「わ、わらわの方こそベアさんに色々助けてもらっているのじゃ! お礼されるような事は何も……」
「ふっ、黒の領土の子らしい謙虚さだな、サクヤちゃんは!」
ハハハッ、とクラウディオが笑う。
「まぁとにかく、だ。俺は娘の安全を切に願っているという訳だ。すまんすまん、サクヤちゃんみたいな若い子にはオジサンの話は退屈だっただろう。早く船に行ってあげなさい」
クラウディオの言葉に、俺は両手をギュッと握りベアそっくりなクラウディオの青い瞳を真っすぐに見据えた。
「ベアさんのことはわらわが命に代えても守るのじゃ。だから、クラウディオ殿は安心して――」
俺が言いきるよりも前に、クラウディオは俺の頭をポンポンと優しく叩きほほ笑んだ。
「俺が安全を願っているのは、ベアトリクスだけじゃない。サクヤちゃんも同じだよ。俺にとっては、ベアトリクスもサクヤちゃんもかけがえのない大切な娘だ。必ず2人とも無事で戻ってくること、いいね?」
「――う、うん、ありがとう。……なのじゃ」
思わず素で返事をしてしまい、俺は思い出したかのように後から「なのじゃ」をつけた。俺の頭の上にあるクラウディオの手は大きくて頼りがいがあって、そして暖かい。
彼が本気で俺の事も大切に想ってくれている事が伝わってくる。
――父親の愛情って、こんな感じなんだろうな。
俺は顔も知らない自分の父親を想いながら、クラウディオにその姿を重ねていた。
クラウディオと別れ俺が船の甲板に上がってくると、すぐさまベアが駆け寄りガッシリと俺の体を掴んできた。
「サクヤちゃん、お父様に何かされなかった? 頭に手置かれてたけど、嫌なら振り払って良かったんだよ?」
「あ、あはは。何もされてないのじゃ。待たせて済まなかったの」
肝心のベアの方には、まだまだクラウディオの愛情が届いていないらしい。でも、きっとベアとクラウディオは心の奥で繋がっているだろう。
お互い相手に伝えるのが下手なだけなのだ。
過剰に近づいてしまうクラウディオと、気恥ずかしさから突っぱねてしまうベアトリクス。
……やれやれ、この親子のすれ違いの道のりはまだ先が長そうだ。
ひとしきり俺を心配した後、ベアは何時まで経っても乗り込んでこないジークフレンを不審に思ったのか、船のへりから顔を出し港から俺たちを見上げているジークフレンに声をかけた。
「ジーク、もう出発するわよ!」
「私はここでお別れだ。軍から『インフィニティ・ギャングスタ』討伐に参加するよう命令が来た。ゴルガ帝国の将軍として、命令に従わなければならない」
軍人モードのハキハキとした話し方で、ジークフレンが言う。
……そうか、『インフィニティ・ギャングスタ』は巨大盗賊組織。ジークフレンの力が必要だと赤の神も判断したのだろう。相手は得体の知れない盗賊たち、ジークフレンのことだから無事に切り抜けられるとは思うのだが、少し心配になってしまう。
「ジーク姉! 翠の領土から帰ってきたらまた会える?」
俺もへりから顔を出しジークフレンに問う。俺の顔を見た瞬間、ジークフレンの顔が歪む。
「……サクヤ、必ずまた会える。私もサクヤも、決着がまだついていないからな」
そう言い、ジークフレンは口はしを吊り上げ俺と戦った際に見せた笑みを向けてきた。それに対し、俺も思わず笑みを浮かべてしまう。
俺とジークフレンは本質がよく似ている。互いに強者と戦うのが喜びであり生きがいなのだ。俺とジークフレンとの決闘は勝負がつかずに終わった。ジークフレンはあの時の決着をつけるまで、死ぬことはないだろう。
彼女はそういう人物だ。
要らぬ心配だったと考えを改め、俺たちはクラウディオとジークフレンに見送られつつムーラリアの港を出発した。
舵を切るのはベアだ。その見事な舵捌きを俺はまじかで観察する。
「ジークが抜けちゃうのは寂しいけど、気を取り直して頑張りましょうね。サクヤちゃん」
「うむ、そうじゃな。ベアさんと2人旅も懐かしいのじゃ」
すると、クイクイッと俺の髪の毛が引っ張られた。そこにはムッとした表情で抗議してくる妖精の女の子がいた。
「――――! ――――!」
「ははっ、すまぬ。お主とわらわとベアさん、3人での旅じゃ」
「――――♪」
船の上で海の風を受けながら、気持ち新たに俺たちは翠の領土へと船を進めていくのであった。




