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海辺のふたり

   海辺のふたり   ―――見守る、夏の1日―――


 その格好は反則。もう、俺になにされたって文句言うなよ。



「お願いお願いお願―い」

 長期休暇も中盤。今日も変わらず暑いのに、更に温度が上がりそうな玲の“お願い”攻撃は飽きることなく俺に向かって一心に繰り出されている。

「やだ」

「お願いお願いお願―い」

「無理」

 何の“お願い”で何が“いや”で“無理”なのかといえば・・・。

「海くらい行ってくれたっていいでしょ!すぐそこなんだから!」

 そう、海に行くこと。

 確かに海はすぐそこだ。ここは神奈川県藤沢市で、湘南の海を眺めながら育ってきたんだから。とはいえ、俺は別に海が好きなわけではない。夏になれば混んでるし、浜辺はごみも多いし、潮風はべたつくし、あの潮の匂いもあまり好きではない。総括すると、俺はどちらかといえば海が嫌いだという結論に達する。が、しかし。

「いいでしょ!ちょっとだけ、ちょっと波打ち際で遊んだら貝殻とシーグラス拾ってすぐ帰るから!」

 貝殻とシーグラス拾い始めたら玲は日が暮れて足元が見えなくなるまで帰らない。子供の頃からそれに何度付き合わされてきたことか。

「貝殻とシーグラスはもうちょっと涼しくなってから行こう。なにもこの炎天下の人混みの中でいくことない」

 すっかり氷の解けてしまったアイスコーヒーを飲みつつ、玲を軽くあしらう。

「・・・せっかく水着買ったのに・・・」

「はっ?」

 そばのソファーでクッションを抱えて丸くなる玲の小声の一言に、俺の耳はしっかり反応した。

「この前ゆずはちゃんとお買い物に行って水着買ったの・・・一緒に海に行く予定だったんだけど、いけなくなっちゃって・・・」

 玲はせっかく買った水着を着る機会がなくてがっかりしているらしい・・・って、待って待って待って!そこじゃない!問題はそこじゃない!

「海って、水着きてく気?」

「海で着ないでどこで着るの?」

「いや、市民プールとか?」

 言いながら思ったけど、玲は大して泳げないからプールは嫌いだ。

「市民プールにビキニ着てる人なんかいないもん」

 そりゃそうだ。市民プールにくるのは健康目的のおじいさんおばあさんおじさんおばさんとちっちゃい子供連れの家族くらいなんだから。間違っても俺や玲と同じ年頃の人なんか、いるわけない。っていうか、そうじゃなくて!

「水着って、ビキニなの?」

「・・・だって、可愛かったから」

 玲はクッションに埋もれてむすっとしている。

「玲には似合わないよ、やめときな」

「ひどい!着たとこ見てもないのに!」

 着たとこ見たら俺、何するかわかんないよ?

「もういい!」

 俺があしらい続けたせいで、玲はついにぷぃっと怒って隣の家へ帰ってしまった。

「・・・・・・」

 まあ、玲が一人で海に行くとは思えないし、基本的に日焼けすら気にして登校するのにも制服に日傘差さしてたくらいだから、放っておけば海に行きたいことも水着きたいことも忘れるだろう。


 なんて思ってた俺が甘かった。


『待ってるから、大丈夫だよ』

 夕方、洗濯物をおろしていると、隣の家のほうから聞こえてきた聞き覚えのある声に、俺は驚いてベランダから身を乗り出した。

「!」

 洗濯物そっちのけで財布とiPhoneだけ持って家から出ると、ちょうど玲も家から出てきた。

「あ、宗ちゃん」

「お、三井」

 玲は大き目のバックを肩にかけて、もう一人は、Tシャツ・デニムにサンダルという何ともラフな格好で今にも玲の手を取りそうなところだった。

「佐木!」

「よう」

 にっこりと微笑んだ相手は、高校時代から俺のライバルともいうべき佐木だった。とはいえ、今は同じ大学に通っているおかげでライバルからチームメイトになってしまったが。

「玲、佐木とどっかいくの?」

「海いくの!」

「は?」

 玲の説明によれば、海に行くのを俺に断わられた玲は海辺でぼんやりしているところで同じく海辺でぼんやりしていた佐木に声をかけられた。そして俺に海へ行くのを断られたことを話すと、佐木が玲を海に誘い(ふたりはもともと海辺で出会ったのに)玲は念願の水着を着るべく家へ取りに戻ってきた、というのだ。

「俺もいく」

「へ?」

「三井、どっかでかけんじゃねーの?」

 俺だって、ポロシャツ・チノパン・コンバースの超絶ラフスタイルだ。しかも、持ち物は財布とiPhoneのみ。行けて近所のコンビニくらいだ。

「もう午後だし、暗くなるから玲帰り危ないだろ」

「さすがにそこは俺が送るよ」

 にっこり笑った佐木は、明らかに玲狙い。高校時代に初めて練習試合で佐木と玲が会った時から佐木は玲を狙っている。あの時は俺の彼女だ言って遠ざけたけど・・・。

「いいから。佐木、家こっちじゃないだろ」

「こっちじゃなくたって女の子は送るよ」

 高校時代から佐木はそのルックスから女のうわさが絶えない奴だ。

「じゃあ、3人でいこ」

 火花を飛ばしそうな俺たちの間で、玲はご機嫌に笑って俺たちそれぞれの手を取った。


「うわー、混んでるね!」

 ビーチは夕方でも人だらけ。夏だから、まだ日が落ちるのには時間がある。

「来る前からそんなことわかってただろ」

「まあ、夏休みだからねぇ」

 海の家も何件かあって、更衣室やシャワーも完備。湘南の夏は完璧だ。

「ほら、玲ちゃん着替えておいで」

「うん!ここで待っててね!」

「はいはい」

 すぐそばの更衣室前の階段に佐木とふたり、腰かけて玲を待つ。っていうか、こんなことなら最初から玲とふたりで来ればよかった・・・!なんて、後悔してももう遅い。俺は割と要領がいい方ではあると思うけど、時として生来の面倒くさがりと玲への意地悪がたたってこんな境地に陥ることがある。あまりの暑さに、今朝はそんなことすっかり忘れてたけど。

「女の子の水着姿って可愛いよね」

「じゃあ、なにも玲じゃなくていいでしょ」

「玲ちゃんは特別可愛いからね。楽しみだよな」

「そういう目で見ないで」

「三井のものじゃないだろ?」

「俺のものだよ!」

 こんな不毛な会話。もう、最悪だ。暑いし、塩っぽいし、玲は遅いし。

「あはっ」

「なに?」

 むすっとして黙り込めば、佐木が急に笑い出した。

「っていうか三井、必死すぎ」

「はぁ?」

「さっき俺、会った時に玲ちゃんに訊いちゃったんだよね」

「なにを?」

「『彼氏はどうしたの?』って。そしたら、『彼氏なんかいませんよ』って」

 ったく。玲のやつ。ナンパなんだから空気読めよ!空気読んで断れよ!

「・・・だったらなに?」

「俺、あんま他人に興味ないんだけど、三井と玲ちゃんには興味あるわ」

「興味持たなくていい」

「あ、あと、ほら、高校のときバレーしてた綺麗な男の子」

「・・・瀧かな?」

「身長165cmくらいの小柄で、マネージャーと仲良かった子」

「瀧だね。なに、佐木ってそっち?」

「いやいや、なんか、その瀧くんとマネージャーの感じが、三井と玲ちゃんの感じに似てるなーって思って」

 瀧と似ているといわれたのは初めてだ。

「俺、あのマネージャーと付き合ってたよ」

「嘘ぉ?」

「ほんと」

 もう今更時効。俺がマネージャーと付き合ってたことも、玲と付き合ってるって先に嘘を吐いたことも。

「なんか、三井って楽しいな」

「は?」

 断っておくけれど、俺は人から楽しいといわれるような人間ではないし、今まで言われたこともない。

「俺、三井のことが好き」

「残念、俺は佐木が嫌い」

 こんな会話をして、玲が更衣室から出てきて佐木が歯が浮きそうな甘い言葉で玲をほめちぎるのは10秒後のこと。


 もう、二度と玲の頼みを断らないよ。だから、今すぐさっきのワンピースに着替えてきて!


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