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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第五章

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第三百三十六話 死守 でござる その三

次回の投稿は、5月15日を予定しています。




 ちぃ……キツ……。だが、弱音なんか吐けるか!


 ちょっと多い程度なんぞ……どれ程のものだってんだ。


 重秀らのことを思えば、泣き言なんか言える訳ない。あっちは松倉秀典直接の指揮で、四倍近い数なんだぞ。


「まだいける! まだいけるぞ!! 耐えろ! 耐えられたら必ず勝つ!!」


 自信満々に! 余裕たっぷりに!


 戦場の味方全員に届けと、声を限りに張り上げる。


 俺の声の中に、わずかな不安もあってはならない。そんなものが少しでも混じれば、兵はすぐに感じ取り、そして瓦解する。


 いま兵らの心は、そんな危うい均衡のもと保たれている。


 兵らの期待に応え続けねばならない。強い将を演じなければならない。


 積み上げたいくらかの実績が、俺に力を与えてくれる。そして、その力が兵たちの力となって彼らを支えてくれる。


 だから俺は────、水島の鳳雛・神森武を演じ切る。


 だがそれでも、いつまで保つか。


 敦信……いけるか?


 三森衆でも、さすがに二連発はキツいか。結果の報告は、まだ届いていない。


 ここの兵たちも、必死で圧力に耐えてくれてはいる。


 野原をかける風の音は兵たちの裂帛の気合いの中に消え、飛び散る血しぶきは中空を舞い大地を染める。


 互いに、一歩も譲らぬ戦いになっていた。


 だが、さすがにそろそろ限界だ。


 兵たちは機械じゃない。


 いつまでも今の状態でいることは不可能。


 ここの見極めだけは、間違える訳にはいかない。


 これ程に尽くしてくれる兵は、本当に得難い。こういう兵を無駄に死なせていたら、俺たちに未来はない。


 実力なんか、鍛えればつく。だが、『想い』は簡単にはいかない。


 こうなってくると、俺自身に武がないのが心底歯がゆい。


 一騎当千とまでは言わない。


 せめて、小隊長になれるくらいの武技でもあれば、兵たちをもっと楽にしてやれたはず。もっと自信を持たせてやれたはずだ。


 だが、いまの俺が槍を振るうなどと言い出しても、ただ邪魔なだけ。


 わかっている。わかっているが、鼓舞しかできない己が恨めしい。


 じゃあ、どうする?


 焦燥感に心が焼ける。


 未熟。


 冷静な俺が吐き捨てた。


 だが、溢れ出る不安はそれでも止まってくれない。


 すでに、三番手の八雲に最前線は移行している。


 次の出撃に備えて、太助の部隊も八雲の後ろに上がっている。


 最前線から最後方へ引いた吉次と、その部隊の兵たちは、疲弊きっていて倒れ込まんばかりだ。膝に両手をついて、両肩で息をしている。


 戦は準備がすべて。


 今回、嫌というほど学んだ。


 実地勉強は……沁みる。


 頭での理解など、分かっていないに等しい。骨身に沁みて、初めて学びになる。


 準備をいくらしていても、それを使い切ってしまえば、それでお終いなのだ。あとは、こんな気合いと根性だけの戦が待っている。


 こうなったら、普通は負け。


 いま耐えられているのは、相手側も同条件だからにすぎない。


 もし、相手側に今より少しでも余裕があったなら、とっくに突き破られていた。


 それを思うと、背中を流れる汗が酷く冷たい。


 俺は……、こうならない準備をしていかねばならないのだ。


 頭の中での自分殴りが止まらない。


 その時、後方から伝令兵が猛烈に駆けてきた。人の身で土煙を上げんばかりの勢いだ。


 痛みを伴い、心臓が高鳴る。悪いことばかりが脳裏をよぎった。


 だが、走ってくる伝令兵の表情が見えたところで、それがただの杞憂だと気づく。


 明るい。


「ご報告! 神楽蒼月様、三森敦信様。みごと敵方を打ち破りましてございます!」


 マジか……。あいつら……。


 吉報。


 この上ない吉報だった。


 これは、局地戦の一勝ではない。風向きを決める一勝だ。


 助かったと、深い吐息が自然と漏れ出る。


 だが、すぐに気持ちを切り替える。


 せっかく作ってくれたこの好機。絶対に無駄にするわけにはいかないっ。


「三森に加えて神楽も勝ったぞ────ッ! これで四つの二つが勝利ッ! 俺たちも続け! ここも勝ったらこの戦、我が軍の勝利だぁッッ!!」


「「「おお────ッ!!」」」


 気勢が上がる。


 大声で宣言した言葉に呼応し、味方の士気は一気に跳ね上がった。


 その気炎が槍に載った。踏みしめた足が大地を削り、突き出される槍の鋭さが上がった。


 いける────!


 確信した。


 潜った修羅場の数が伝えてくる──均衡は『今』崩れた、と。


「押せ押せ────ッ。ここが勝負どころだ! 力の限りに押しまくれ────ッ!! あと少し、あと少しだ! あと少し耐えれば、三森も来る! 神楽も来るぞ!! それで俺たちの勝ちだ!!!」


 敵の心を揺さぶるべく、さらに大きく声を出す。山向こうまで届けとばかりに、目いっぱいの大音声で勝利を宣言した。


 おそらく神楽は、最西の空白地の保全を優先するはず。特に、三森が元々担当していた場所の空白を埋めることを考えるだろう。


 蒼月なら、きっとそう判断する。そして、それは間違っていない。


 もう一方の三森は、これで二連戦。消耗具合がどの程度か予想もつかない。さすがに、これ以上は動けない可能性の方が高いだろう。


 だから、俺の言葉はただのハッタリ。


 だが、それでいい。


 ハッタリが力になる──そんな瞬間もある。


 まさに、今がその時だ。


 俺の言葉は敵の士気を挫き、味方の士気を大いに上げる。


 これが、目に見える差となって戦場を揺らす。


 それまで、押し込まれないようにするだけでやっとだった。だが今は、浮足立つ敵兵を、明確に押し返し始めている。


 敵の指揮官が松倉秀典本人だったら、こうはいかなかったかもしれない。もっと粘られた可能性の方が高い。


 だが、幸か不幸か、奴はいま重秀と交戦中だ。


 ここにはいない。


 結果として、この差が俺に勝利をもたらす。


「申し上げます! 仁水様よりご連絡! 『後詰まで突き抜けた。敵方総崩れで壊走を始めた』とのことにございます。仁水様は吉次様とともに追撃に移ると申しております」


 ほう……。太助の奴、動きが早くなった。


 吉次を連れて行くのも良い。冷静な証拠だ。


 魚隣陣形を組んで、頂点の三角を太助・吉次・八雲で回しながら戦っている。


 現在の三角の頂点は、八雲。


 太助と吉次が壊走する敵を追撃するために前に出たということは、今現在、陣形は鶴翼に近い形に変わっている。


 太助と吉次が更に前に出れば、陣形は完全に崩れることになる。


 だが、敵方が完全に崩れている今、優先すべきは陣形の維持ではなく敵への追い討ち。


 太助の判断は間違っていない。


 とはいえ、前がかりになりすぎても、不測の事態に対応できなくなる。


 なら────。


「伝令! 八雲に、太助らの追撃には加わらず両者を補佐しろと伝えろ。陣の左右両翼は一段だけ前! 後方から敵は来ない。八雲の直後に横列し、前方警戒の態勢へと移れ!」


 俺の(めい)に、伝令たちはすぐに散った。


 そこまで終えたところで、ようやく心に余裕が生まれる。


 気づけば、日は天頂を過ぎていた。


 十時前くらいから各方面より接敵の報せを次々と受け、俺たちもすぐに交戦状態に入った。


 戦いの激しさに波はあるものの、二時間以上も直接槍を振っていたことになる。


 兵たちの疲弊もピークに達しているだろう。


 だが今は、勝ち戦の気配に士気が爆上がっていた。


 たとえ肩で息をしていようと、その目は爛々(らんらん)と輝いている。


 この士気なら、体力は保つ。ここを押し切るところまで保てばいい。


 あとは太助たちだが……今の太助なら深追いをすることもないはずだ。すぐに戻ってくる。


 そのタイミングで、重秀らのところに出発だ。


 松倉秀典め……さんざん手こずらせてくれたが挟撃にしてくれる。


 この場の保全は……三森に頼むか。


 さすがにもう動けないだろうが、この場の保全くらいならやってくれるだろう。

お読みいただきありがとうございました。


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【姫様勘弁してよっ! 関連リンクアドレス】

・異世界戦国奇譚シリーズ

 『姫様勘弁してよっ!』の世界観で書かれたシリーズが載っているアドレス。

  :https://ncode.syosetu.com/s5643j/


・姫様勘弁してよ! 短編集

 『姫様勘弁してよっ!』の短編集アドレス。

  :https://ncode.syosetu.com/n8285cu/

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