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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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第二百十四話 一難去ってまた一難? でござる



 ちっ。対応はえーな。


 俺たちが方形陣を敷いて後退を始めると、神楽の忍びらもそれに対応するかのように脇の森の中を駆けてくる。神楽の里の方を向いて右の森の中だ。


 自分たちの罠にかかるような間抜けも当然いない。何もないかのごとく速やかに回り込んでくる。


 そして、それと同時に槍兵隊を押し出してきた。こちらの弓兵は、その対応に追われている。


 ただ幸いなことに、忍者忍者した奴らの数は思ったより少なかった。それ故に、一撃離脱してゆく忍びによる被害はそこまで嵩んではいない。


 とは言え、このままでは不味いのは言うまでもない。こちらが一方的に削られている。早いところこの山道を出て、奴らの土俵からは降りたかった。


 と言うか、与平らを助け出してこの山道を出てしまえば、奴らを無視してそのまま神楽の里に襲いかかってやればいい。ゲリラ戦さえさせなければ、奴らはせいぜいがただの精兵止まりだ。いま程の脅威ではなくなる。普通の精兵対精兵の戦いならば、数の劣る奴らに負けるようなうちの兵たちではない。こちらが負ける可能性はほぼなくなるだろう。


 さっきから見ている限りでは、敵は槍隊が百程度に、森の中を走っているのがやはり百程度。


 こちらには、精鋭部隊だけでも朱雀・白虎のニ隊で二百いる。


 どう考えても、普通に戦えばこちらの方が有利だ。


「この道をを抜ければ、もうこちらのものだ。分隊とも合流できる。森の中から攻撃してくる者に気をつけながら、速やかに進軍せよっ」


「「「「応っ!」」」」


 兵たちは俺の指示に応えてくれる。士気は、まったく落ちていない。


 俺は隊の先頭で、そして与平は方形陣の中央で指揮を執った。


 その与平が飛ばす懸命の檄も、ここまで届いてくる。奴は弓兵たちを鼓舞しながら、時折こちらに突進してこようとする敵の槍隊に牽制の矢を浴びせている。


 必死に頑張ってくれていた。


 俺もヘタレてなどいられない。


 そんな事を考えながら、この状況をなんとかするべくあちこちを見回していると、


「神森サマッ、左だっ!」


 と太助の鋭い声が響いた。


 俺はその声に反応し、左を向こうと首を回す。だがその時、視野の端に黒い影が走ったのだった。


「っ!?」


 俺は咄嗟に頭を振って位置をズラした。


 するとその直後――――


 ピュン。


 鋭い音を立てて、顔のすぐ横を何かが通過していった。それと同時に、頬に熱が走る。鋭い痛みを覚えると共に、たらりと頬を伝う生暖かい感触が伝わってきた。


 あっっっぶねーっ。ぶねーっっ。


 洒落にならない。


 マジで肝が冷えた。だが、正直それどころではなかった。


 俺はすぐに崩れた体勢を元に戻す。そして、先ほどの何か――おそらくは手裏剣が飛んできた方向を振り向いた。


 すると案の定、先ほど手裏剣を投げてきた奴がいると思われる一団が、更なる接近を試みて俺を護衛している朱雀隊の者たちと戦闘になっていた。


 俺も、俺を護衛してた朱雀隊の者たちも、『右』の森の中を走る忍者たちに気をとられていて、『左』を抜けてきた少数の部隊に奇襲を許してしまっていた。左側には崖がそびえ立っているがその直下にはわずかに林があり、そこの木々を利用しながら忍びたちは近づき襲いかかってきたのだ。


 太助らはその戦闘には加わらず、俺の周囲をがっちりと固めに入る。右からくる敵に備えて右側に大きく偏らせた護衛位置を、俺を中心に二人で挟むように変えていた。


 俺は、そんな太助に礼を言う。


「助かった。よく気づいてくれたな。有り難う」


「偶々だったがな。後ろを見た時に、森の中で動く影が目に入ってさ。肝が冷えたよ。いや、本当によかった」


 太助の奴も、いつもの毒のある台詞ではなく、ずいぶんと素直な台詞を吐いてきた。ホッと小さく溜息なども吐いている。護衛として、心底冷や汗ものだったようだ。


 太助ばかりではない。吉次も目を大きく見開き額の汗を拭いながら、


「それにしてもこいつらは……」


 と忌ま忌ましそうに口を開いた。言葉が最後まで出てこない。乱戦になっている左側から目を移して、右側を見ている。こちらも、奇襲をかけてきた部隊に呼応するように攻勢に移っていた。そのせいで、こちらも護衛の朱雀隊と乱戦になっている。


 これで俺たちは、完全に足を止められてしまった。隊列の頭である俺たちは遊撃部隊の挟撃によって、そして方形陣中央の与平たちも押し迫る敵槍隊の圧力によって応戦を余儀なくされてしまっている。


 残念ながら手詰まりだった。


 もう敵の土俵から降りる事はできない。この状況からの進軍は難しいだろう。いま無理にこの窮地を抜けようとして慌てると隙が大きくなりすぎる。


 その結果は火を見るよりも明らかだ。被害を拡大である。


 だから俺たちには、この場でスタンドアンドファイトで打ち勝つ道しか残っていない。口惜しいが、奴らの術中に填まった事を認めざるをえなかった。




「こなクソッ! 近寄ってくんじゃねぇーよッ!」


 吉次が吠えながら槍を振り回す。


「ちぃッ!」


 太助も愛用の剣を振り回し、時折俺を狙って飛んでくる手裏剣をはたき落としてくれていた。


 二人とも、俺への攻撃を最優先で防いでくれている。


 本当に頼もしい。俺自身も周囲への注意は怠っていないが、その必要もないほどにしっかりと護衛してくれている。ほんの五メートル先まで敵が押し寄せ乱戦となっているこの状況でだ。よほどに信吾ら三人に仕込まれたようである。


 おかげでこの乱戦の中でも、俺には全体を見渡す余裕が残されていた。おかげで指揮も執れている。


「右翼釣られているぞ! 追うな! 森の中は罠だらけだ。絶対に入るなッ! 左翼もだッ! 常に俺の位置を確認しろッ! 敵だけを見ていると、知らぬ間に引きずりだされて各個撃破されるぞ。気をつけろ!」


 一撃離脱していく忍びたちに、忍耐を切らせて深追いを始める兵が出る。ただ、その兵を責めようとは思わない。見ていると、むしろ忍びたちの釣る技術を褒めてやるべきだとさえ思える。巧妙に、こちらの兵を少しずつ少しずつ釣りだしていっているのだ。兵たちも、俺が声を上げるまで自分が釣り出されている事に気がついていないのである。気がついた時にはもう遅いという戦法のようだ。


 道理で先発隊がやられた訳だよ。ほんと厄介な奴らだな……。


 胸の内で独りごちる。


 百人隊長たちでは、どう考えてもこいつらの相手は荷が重すぎる。この分だと、何がどうなったのか分からないうちに兵を減らされ討ち取られたに違いない。こんなのに彼らをぶつけてしまった事を俺が反省するしかない。


「神森サマどうするッ? このままじゃあ……ッ!」


 太助の奴が、目の前まで入り込んできた忍びを一人切り倒しながら叫ぶ。


「今考えている……って、チィッ」


 キィン。


 俺は刀で飛んできた手裏剣をはたき落とした。太助も吉次も頑張ってくれているが、段々と手が間に合わなくなってきている。そろそろゆっくりとはできなくなってきた。


 スタンドアンドファイトと言っても、このままでは大変な被害が出てしまうだろう。数から言って負ける事はない筈だ。だが、後のことを考えると実質は負けに等しい結果になってしまう。それは許容できない。


 どうする……。


 喉が渇く。額に張り付く前髪がうっとうしい。


 イライラした。


 だが、ここが分岐点だった。ここで判断を間違えると後々まで祟る事になる。だから、渦巻く様々な感情を無理矢理にでも抑えつける必要があった。


 ……口惜しいが一旦引くしかない。


 俺の中の冷静な部分は、目の前の状況を見てそう判断していた。




「駄目だ、神森様ッ。回り込まれるっ!」


「与平さんの方もマズイぞ。敵槍隊がかなり接近してきている。このままじゃあ、完全に囲い込まれる」


 神楽の忍びたちの流動的な動きを見て吉次が吠え、神楽の槍隊がこちらの最後尾に接近しつつあるのを見て、指さしながら太助も大声で叫んだ。


 確かに森の中を素早く移動してくる神楽の忍びたちに朱雀隊の皆も苦戦していたし、太助が言うように与平らの放つ矢を払いのけながら接近してきていた。


 とは言え、現状耐えるしかなかった。この状況で焦れば確実に自滅する。だから俺は、あいつが来てくれるのを信じてひたすら守りを固めさせる。


「分かっている。だが、絶対に陣形は崩すなよ? このまま耐えるぞ。慌てるな。このまま耐えるんだッ!」


 周りで飛び交っている怒号に負けないように、俺も腹の底から叫んで指示を出す。


 まだか?


 俺は森の出口の方を見る。


 すると、待っていたものがようやくやって来るのが見えた。


 ワ――ッと声が聞こえてきて、


「神森様ッ!」


 と俺を呼ぶ。八雲だった。念の為にと残した兵たちを引き連れてやってきてくれたのである。


 ナイスタイミング!


 俺は胸の内でパチリと指を鳴らす。


「絶妙だ! よくやった八雲」


 突然の増援に、神楽の忍びたちは一瞬怯んだ。そして、俺の朱雀隊も精鋭だった。それを見逃したりはしない。増援部隊との間で挟める敵の囲いの一部を集中して叩き、敵の包囲に穴を空けたのである。


 すると神楽の忍びたちは、相変わらずの統率の取れた動きでその穴を塞ぐべく動き始めた。


 だが……。


 それは悪手だぜ?


 俺はその一瞬を見逃さなかった。と言うか、ようやく敵が見せた隙らしい隙である。見逃す訳にはいかなかった。


「今だッ! 全軍全速転進ッ! 撤退だッ! 敵は無視しろッ!」


 俺は『左手』を挙げながら、これ以上でないという程の大声で指示を出す。


 すると朱雀隊の者たちは、『俺の指示には従わず』周囲に残っていた忍びたちを今まで以上に苛烈に攻撃し始めた。ひたすら耐えていた状態から、深追いはしないが林道上だけで明らかに攻勢に出たのである。


 これは乱戦に備えて仕込んでいた策の一つだった。


 俺が左腕を上げて指示を出した時は、指示と反対の動きをするように伝えてあったのである。訓練もした。だから俺の朱雀隊の者たちは、常に俺の一挙手一投足を観察する癖がついている。


 そして、その訓練が功を奏したのだ。


 敵の忍軍は、この為に更なる混乱へと陥る事になった。


 もちろん一瞬の事ではある。だが、その一瞬が致命傷だった。


 俺の指示と全く違う動きをする朱雀隊の兵たちに、敵の大将格と思われる忍びもキョロキョロと辺りを見回しているし、他の忍びたちも今までの統率の取れた動きを崩していた。


 そしてそれを、俺もそして朱雀隊の精兵たちも見逃さない。


 一気に攻勢を強める。


 だが、吉次や太助は其れには参加しない。周りの動きに惑わされれず、きっちりと俺の守りを固めている。やはり、先輩たちの教練がよほど良かったようだ。


 そして、こいつだ。


「先にやった兵のうち、半数は先に送りました。里は目と鼻の先。ここでこいつらを押さえれば我々の勝ちですッ!」


 聞いてもいないのに、八雲の奴が大声でそう叫んだのである。


 ぱっと見た感じ、八雲が率いてきた兵は八雲に預けた兵全部だったと思う。少なくとも預けた兵の半分などという事だけはなかった。


 つまり、八雲のこの発言は『はったり』だった。


 誰に似たのか、実に良い性格をしている。


 俺もニィッと笑みを浮かべ、それに乗った。


「ご苦労ッ! よくやったッ! 皆の者ッ、あと少しだッ! なんとしても、こいつらをこの場に押しとどめろっ!」


 今度は左腕を上げずに指示を出す。


 朱雀隊の皆は、


「「「「応っ!」」」」


 と裂帛の声で応えてくれた。そして、逃げ遅れている忍びを連携しながら追い詰めていく。


 その朱雀隊の皆の本気の迎撃に、忍びの大将格の男は俺の策に嵌まった。


 他の忍びたちにも命じて、いくつもの煙り玉を俺たちに向かって投げつけてきたのである。そして忍びたちに引くように命じたのだ。


 そんな敵の様子に、


(やった。これでなんとかこの窮地は逃れられる。撤退も可能になった)


 と俺は胸をなで下ろしたのだった。


 しかし、ホッと出来たのもそこまでだった。話はそこで終わらなかったのだ。


「神森武。お主……この様な場所にいて良いのか?」


 敵の忍びの大将格は、去り際にそんな言葉を残していったのである。

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