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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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第二百十三話 体勢を整え直して でござる

 与平たちを置いてそのまま駆け抜けていくと、すぐに前が開けた。左右を林に挟まれた山道を抜けて開けた場所に出たのだ。


 左手にある小さな丘の上には、先に行かせた足軽隊の姿も見える。


 与平は弓隊を敵槍隊から守る為に一部の足軽隊は残したようだが、大半はこちらに送ったようだ。


 そこに俺と朱雀隊も合流した。すると、


「神森様っ」


 足軽隊百人組の組長の一人が俺に声をかけてきた。


「ご苦労だった。と言いたい所だが、与平たちがまだ交戦中だ。すぐに体勢を整え直して引き返すぞ」


 俺はその組長を含めた兵たちの労を労いながらも、次の指示をすぐに出す。


 組長も予想しておりましたとばかりに、


「はっ」


 とキレの良い応答を返してくる。


 その返事に頷きながら俺は尋ねた。


「いま全部で何人だ?」


「百人組一隊は三浦様の命で、先程の場所に残っております。ここには百人組五つで、四百六十八人です」


「分かった。では、百人組三つは俺と共に来てくれ。残り二つは朱雀隊五十と共にここで待機。指示は……そうだな。おいっ、八雲っ」


「はい!?」


 突然呼ばれた八雲は声を裏返らせながら返事をして、こちらに近寄ってくる。


「いいか? 朱雀隊五十と足軽隊――槍隊を二百ここに残していく。基本待っていれば良いが、小まめに偵察を出してこちらの戦況を把握するように努めろ。そしてこちらの状況次第では、お前が指揮を執って俺らを助けに来い」


「なっ!? 正気ですか? 無茶言わないで下さい。そんなの無理ですよっ!」


 八雲は俺の言葉に慌てた。


 だが俺は正気だし、本気だった。この程度なら、今のこいつでも出来ると思っている。何をするにせよ、誰にだって最初という物はあるのだ。


「大丈夫。出来る。少なくとも、この程度ならむしろ喜ぶべきだ。俺の初陣の時よりは遥かにマシな条件だぞ? 問題ない」


 俺は自信を持って頷く。


 だが、


「全然、問題ない事ないですよお……」


 八雲は涙目になって情けない声を上げた。勿論、俺は華麗にスルーしたが。


 とはいうものの、ちょっと可哀想かなと仏心も出てくる。


 自分でも甘いなとは思うが、厳しければ良いというものでもない。大事なのはこの件が八雲の血肉になる事であって、無駄にスパルタしても意味がないのだ。耐えきれずに潰してしまったら元も子もない。せっかくの才能なのだ。きっちり伸ばして使うのが正しい選択というものである。


「大丈夫だって。朱雀隊の十人組長らにも補助してやるように、しっかり言っとくから。なあに、お前の負担が少なくなるよう俺が捌いてみせるさ」


「本当にお願いしますよ?」


「分かった分かった」


 いきなりの俺の無茶振りに、八雲の奴は完全に腰が引けてしまっている。まあ無理もない。口にする訳にはいかないが、それが普通の反応なのである。


 だが俺としては、ここで八雲に経験を積ませておきたかった。


 八雲の奴は俺が思っていたよりもずっと頭の回転が速かったし、血の巡りも良かった。腕っ節が売りの連中ばかりの中で、本当に異色の人材だった。


 これから先、こいつの手を借りねばならない時も絶対に来る。その時に、指揮童貞であたふたされないように手を打っておきたいのだ。だから、「不安? 分かった。じゃあ勘弁してやる」という訳にはいかないのである。


 太助や吉次にも、近いうちに二人に合った適切な機会を与えてやるつもりではいる。だが今回のようなケースならば、八雲が一番相応しいだろう。


 これが兵を引き連れて敵に突っ込むような話であれば、俺は太助や吉次に話を振る。しかし、今回はそうではないのだ。そうなる前の判断が要なのである。


 太助や吉次も、いずれはそういう判断も自分で出来るようにならなくてはいけないが、今回はそういうのが得意そうな八雲の方を先にしよう――とまあ、そういう訳だった。


 本当の所は、あの細い道に六百もの兵を全部入れたら敵の思うつぼなので半分残したいだけなのだが、折角の機なので一石二鳥を狙いたい。


 だが、そんな俺の腹の中など知る由もない八雲は、突然降ってわいた重責に大いに動揺していた。




 俺はすぐに兵を纏めて、三百五十の兵と共に来た道を引き返す。山道に入ると、すぐに乱戦になっている現場が見えた。


 与平の奴は槍隊を盾にして弓隊で応戦していた。実に、基本に忠実な戦い方をしていた。俺が教えた通りにやっている。


 しかし、残念ながら敵忍軍には有効な打撃を与えられずにいた。


 理由ははっきりしている。与平のせいではない。


 ここが山の中で、相手がゲリラ戦術大得意の忍び連中であるせいだ。完全に相手の土俵で戦っている訳だから、後手も踏む。むしろこの状況でこの程度で済んでいるのだから、よくやっていると褒めてやるべきだろう。与平を責められる訳がない。


「左に回り込んでいるぞっ! 左翼、斉射! すぐに次の矢を番えろよっ。この敵は待ってはくれないぞっ!」


 そんな与平の命令に従い放たれた矢だが、ほとんど敵の体には届いていない。木々に阻まれていた。敵の忍びたちは、こういう所は流石に巧みだった。


「与平っ!」


 俺は馬を駆り、与平の側までやってきた所で声をかける。


 与平は俺の顔を見て目を丸くした。


「え? なんで戻ってきたんです?」


 手詰まりでイライラとした様子をみせていた与平だったが、俺が戻ってきた事が余程に想定外だったらしく、平常時の与平の顔でキョトンとしながら尋ねてきた。


「話は後だ。このまま下がるぞ。この山道で戦う限り俺たちに不利だ。だが、そんな場所でわざわざ戦ってやる必要はないだろう。さっさとズラかる」


 そう言って俺は、やってきた道の方を指さす。そして、


「このまま一塊になって山道を出る。方形陣を敷くぞ。弓隊は中央に入れ。そして、こちらを攻撃するべく体をはっきりと晒した奴らを集中して狙え。林の中で誘っている敵は無視しろ。結果的に、『倒せる敵』に降らす為の矢の数が減らされている」


 と続けた。


 この方法だと、どうしても一方的に敵の矢を浴びる事にはなる。しかし、敵の槍隊が相も変わらず俺たちから微妙に距離をとって待機している以上、槍隊は守りに集中する事ができる。敵がゲリラ戦――遊撃戦を得意としているように、槍の技量ではこちらが勝っている。そのため敵の歩兵がこちらに近づけなくなっていた。これを有効に使わない理由はないだろう。これならば、おそらく最低限の被害でこの戦場を離脱できる筈だ。


 それにこの状況で一番脅威なのは、木に隠れながら放たれる弓矢、投げつけられる手裏剣ではない。


 油――――である。


 一塊になっている所で油をぶっかけられて火をつけられたら、尋常ではない被害がでるだろう。


 だが、ここまで移動しながら戦闘を行った。隊列を詰められた後の火計を警戒して、俺は常に隊列を動かし続けていた。だから、神楽の者たちが計画していた火計ポイントはズラせている筈である。つまり、俺たち全員をこんがりと焼く為に必要な油は、遥か後方に置きっぱなしという事だ。先ほどの落石計の石ではないが、今奴らの手元にある油の量はたかが知れているだろう。持っていても十分な量ではない筈だ。


 ただ、これは俺の推測である。だから与平にも、攻撃する為に姿をはっきりと晒した者だけを集中して叩けと命じたのだ。


「え、でも……」


 与平は一瞬考える仕草を見せた。


 与平の心配は俺にも分かった。無駄弾でも牽制がなくなれば、敵からの攻撃はより苛烈になるのが必定だからだ。だが、時間がないので俺は大丈夫だと急かす。


「いいから。この場所では、残念ながら相手の方が上手だよ。まったく、とんでもない相手がとんでもない所にいたもんだ。消えた兵たちには、本当に申し訳ない事をしてしまった」


 おそらく、消えた兵たちはもう生きていないだろう。こいつら相手に、この場所でただの足軽が五十では話にならなかった筈だ。為す術もなく一方的にやられたに違いない。


 だから俺は、先に神楽へと送った計百人の兵たちに心の中で詫びた。やむを得ない話ではあったが、それでも彼らにとってはやむを得ないでは済まないだろう。すまんと一言詫びずにはいられなかった。


 だが、いつまでも後ろを向いている訳にもいかない。現実の脅威として、問題の忍びの軍団が襲いかかってきている真っ最中なのだから。


「さ、急ぐぞ。兵たちを配置につけろ」


 俺は大将として与平に命じる。


 与平もすぐに頭を切り換えて、


「は、はいっ」


 と命じた通りに、弓兵を中心におき周囲を槍兵で固めた方形陣を敷いた。


「よし。このまま敵を警戒しつつ移動するぞ。いつも以上に集中しろよ。敵さんはこちらの隙をうかがっている。おまけに奴らは、それが大得意だ」


 俺がそう言うと、与平ではなく太助と吉次が、


「神森サマみたいだな」


「神森様みたいだな」


 と呟いた。見事なまでにハモった。


「五月蠅いよ、お前ら! いま集中しろと言ったばかりだろうがっ!」


 俺は二人を叱責する。断じて、二人の言葉が俺の繊細な心を傷つけたからではない。

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