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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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幕 伝七郎(四) 朽木の町攻略に向けて

『いいか、伝七郎。朽木の二千二百の兵と、まともにやり合おうなどとは考えるなよ? 特に三森敦信が出て来たら、これは絶対だ。そんな事をすれば、仮に勝っても、そこで終わりだからな。こっちも只では済まない』


 武殿は、私にそう忠告をした。そしてその忠告と共に、戦い方もいくらか提案してくれた。


 あの人は間違いなく本物だ。いや、本物偽物以前に、私が考えていた以上の存在だった。あれ程の人物など、普通ならばどれほど望んでも迎えられまい。


 まさに聖天子の出現を告げに――姫様を聖天子とすべく遣わされた天の遣いそのものである。そう評するに相応しい知謀を誇っている。鳳雛と彼を評した自分を褒めてやりたくなる。


 彼ほどの切れ者がいた事も奇跡だが、そんな彼が私たちのような弱小勢力と行動を共にしている今は、なんと表現すべきなのだろう。適当な言葉が思い浮かばない。


 彼が示した十虎閉檻の策……あれなど非凡の極みだ。


 もし成れば、両親を失い国を失い流浪の身にまで身を落とした姫様を、群雄の地位にまで押し上げる事になる。まるで物語の中の話だ。それを現実になすなど、とんでもない事である。


 でも、彼はそれを成し遂げようとしている。そこに至る筋道を、先の見えぬ闇のなか見つけ出してみせた。


 まさに鳳凰の雛……いや、鳳そのものだ。


 そんな彼が、朽木は配備兵力の多さと三森敦信の存在があるから、正面から突破するのは難しいと、そう言った。


 私たちが朽木の兵と戦おうとするならば、定石としては三沢の辺りに陣取る事になる。私たちが姿を現わせば、朽木からも町へと兵が出てくるだろう。そして、三沢と朽木の間くらいで、示し合わせた時間にぶつかる事になる。


 そうしてはならないと言ったのである。そして、


『では、どうすべきでしょうね?』


という私の問いに、彼は躊躇いなく答えたのだ。


『朽木を落とすのは、俺たちが回り込むのを待て』と。


 戦は机上では出来ない。だが彼ほどの知者ならば、何か良い知恵でも出てこないかと思って聞いてみただけなのだが、返ってきた答えは、そんな私の期待を遙かに超えるものだった。


 現場を見てみないと確信を持って提案する事は出来ないが……などと前置きをしながら、


『陣は御神川にかかる大橋の手前――ここに敷くといい』


 と三沢――朽木周辺の地図を開き、トントンと指先でその位置を指して見せた。


 最初は困惑した。そこで何をさせようというのかと。


 私が困惑していると、武殿は『守れ』と一言だけ言葉を足した。


 その言葉が、先程の『回り込むのを待て』という言葉と繋がる。そして、その意図が私にも理解できた。


 思わず、「ああ……」などという間抜けな声を漏らしてしまった。


 すると武殿は、いつもの悪戯小僧のような笑みで、


「そういう事。だから、普通に戦う事など考えるな」


 と再度同じ言葉を繰り返したのである。


 その他にも、彼は決定的な策を一つ与えてくれた。お前なら出来るよという、信頼の言葉と共に。


 兵を率いた戦で、この人に勝てる人物はいない――改めて、そう思ったものである。そして、そんな彼に信頼してもらえる事が、とても嬉しかった。


 だから私は、


「では、お持ちしていますので、宜しくお願いします」


 と答え、彼の提案した策に乗る事に決めたのである。


 その後、『東路』を進む武殿や与平の出発を見送って、私は信吾や源太と『北路』を進むべく藤ヶ崎をでた。姫様や平八郎様に見送られての出陣だった。


 そして、もう間もなく三沢の町に着こうとしている。


 陣は武殿の提言に従って御神川にかかる大橋の手前に敷くつもりだが、そこに行く前に次郎右衛門殿らに会わねばならなかったからだ。




「では、私は藤ヶ崎へと戻ります。ご武運を」


 三沢の町と三沢に配していた兵の大半を私に引き継いで、次郎右衛門殿はそう言って、木村殿と共に三沢の町を発っていった。


 これは武殿の指示だ。


 私たちが朽木の兵と三森敦信の相手をする以上、次郎右衛門殿らを平八郎様の下へ帰したかったようだ。佐方の侵攻を気にしての事だろう。おそらくは、平八郎様の懐刀を戻したかったのだ。『負担をかけるが、三沢の町も合わせて面倒を見てくれ』と言っていた。


 三沢の町には七百の兵が配してあった。そのうち二百を、次郎右衛門殿と木村殿が連れて行ったので、ここに元々配していた兵は五百残っている。その兵と連れてきた兵を合わせて、今回私が率いる事になる北路軍二千となる。


 朽木の兵二千二百には若干及ばないが、どうにもならないという程の差でもない。


 富山以降の私たちの戦いを思い返せば、比較にならないほど恵まれているとさえ言える。十分戦えるだろう。


 私は迫る戦いに昂ぶる心を落ち着かせながら、三沢の町の様子を眺めた。


 この三沢の町は、元は二水の次にある宿場として栄え発展した町だ。そうなる前までは小さな村だったと記憶している。


 ただ……。


 あちこちに視線を走らせる。


 人影のほとんどない大通り。人が出入りしなくなってどれ程経っているのか分からない――おそらくは店舗だったと思われる建屋。少し町の中心を離れると、すぐに目につくようになる田畑……。


 まるで、村から町へとなった過程を戻っているかのような光景だ。


 完全に、二水の衰退の煽りを受けていた。むしろ、状況はあちらより酷い。


 施政者である私たちの姿を見て道端に平伏する人々の、目の力のなさも異常だ。何もかもを諦めたような目をしている。


 武殿も、二水の町でこんな目を見て、自ら介入する事を決心したのだろうか。


 ただこの町は、私が介入するまでもなく、すでに救いの手が伸びている。まだ、民らは気がついていないが。


 武殿の二水の町再建計画だ。


 あの人ならば、大なり小なり必ず結果を出すだろう。そうすれば、二水が甦った分だけ、この町もその恩恵を得る事になる。丁度この町が、上り調子に発展した時のように。


 武殿は二水に人を呼んで、町を立て直すつもりだ。となれば、その時に二水に入ろうとする者、出ようとする者共に、二水の東を行き来する者は、この三沢の町を使う事になる。そうすれば、二水の町同様に、この町にも銭が落ちる。その銭は、この町を潤してくれるだろう。


 十虎の策にも言える事だが、あの人の目は一体どれだけ広く遠くを見ているのだろう。想像もつかない。


 ここまで来ると、その才を妬む気持ちすら起きない。ただただ、身内で良かったと思うばかりだ。


 そんな事を考えながら、幾人かの護衛と共に私は三沢の町を見て回った。なかなか直接見に来られないので、この機を無駄にしたくなかったからだ。


 私がそうしている間に、信吾と源太が兵を再編してくれている。その作業が終わるまで、まだしばらくはかかるだろう。


 だからそれが終わるまでの間、もうしばらく町の様子を見ておこうと思う。

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