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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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第二百一話 二水再建に向けて でござる

 そんな妙なテンションのまま、太助たちを藤ヶ崎の市に送り出す。三人とも『お、おう……』みたいな顔をしていたが、俺は気にしていない。『いーから行くんだよ。ほれほれっ』と尻を蹴り、無理やり行かせた。


 そうして得た庶民たちの反応は、あの祭りで得た部下たちの反応同様に上々のものだった。


 特にバターが効いたみたいだ。太助ら三人が口を揃えて、そう言った。


 結果は、俺の狙い通りのものだった。


 その日用意した品は、串焼きと汁物。うち、串は蛙、ザリガニ、猪肉、鹿肉で、味付けは塩、醤油、バター醤油の三種。汁物は鹿肉と根菜数種の味噌汁。


 この中だとバター醤油は、特に強力である。


 今まで嗅いだ事のない匂いだろうが、あの匂いは無理やりに唾液腺を刺激する。そして、そういった者たちの中には、一人二人ぐらいは好奇心の強い者も当然いる。


 その者たちが食って旨いと叫んだら?


 尻込みをしていた客たちも、その言葉と匂いに釣られて、財布の紐を解きだす。


 そんな好循環の発生を期待していたのだ。そして、それが期待通りに起きたみたいだ。俺が想定していた倍近い売り上げがあった。


 店そのものは太助と吉次に任せて、八雲は記録と客の観察、そして『接客』を中心にやれと命じていた。


 その甲斐があった。どれがどれだけ売れたのか、はっきりと記録されていたからだ。どの品も想定よりも良い売り上げを叩き出していたが、想定の倍近くまでいった原因は間違いなくバター醤油の串焼きだった。


 八雲の言によると、はっきりと『この匂いは何なのか』と興味を持って尋ねてくる者も少なくなかったとか。


 そして尋ねられた八雲は、俺が予め言い含めていた『製法以外は、すべて教えてやれ。特に、どこで手に入るのかは必ず説明の中に入れろ』という命令を忠実に守ってくれた。


 俺たちから見て、一見商売敵にみえるような――いわゆる食い物関係のプロたちも、集まってきた者たちの中には相当数混じっていたそうだ。


 しかしそれらにも、指示通りに『きちんと説明した』と、八雲は笑顔で俺に語った。


 その指示の細かい理由については、八雲にはきちんと説明していない。が、どうやら八雲は、俺の狙いをしっかりと把握できていたようだ。伊達に、太助ら三人の中で頭脳労働を担当していないらしい。


 そう。八雲はきちんと『接客』をしてくれたのである。


 突然市にやってきて、客たちの目を大いに引いている者がいれば、同業の者――それも、より他人より繁盛したいという野心の持ち主ほど、偵察に来るものである。それがプロ根性というものだ。


 彼らは見る。


 客の目を引いているが、一体何をどのようにして売っているのかと。


 目の前で、次々と飛ぶように売れていく。


 すると、彼らは考える。


 これで儲けられそうだと。


 つまり俺にとって、近い将来のお客様になるのである。きちんと接客してもらい、売り込みをかけて貰わない手はなかったと、そういう訳だ。


 彼らに、二水に来て貰おうと、そういう目論見だった。たった一日のテストでも、チャンスは最大限に生かすべきだ。生き馬の目を抜く商売の世界だ。そのぐらいの心構えでなくては勝ち抜けない。


 それに、この一連の計画における最大の目的は、『肉食文化の定着』と『二水の町の再建』である。


 もちろん俺も、これで儲ける気は満々だ。だが、目先の小銭稼ぎに走るつもりはない。だから『製法を除いて』、すべて教えてやれと指示を出したのである。もっとドカッと儲ける為に。


 教えろと言ったのは、ただの善意などでは当然ない。下心満載だった。


 しかし、だ。銭になりそうなネタを教えて貰って悪感情を抱く人間などいない。故に遠慮無く、『色々な意味』でおいしい思いが出来るように、種を撒かせて貰ったのである。


 あとは、どんな芽が出るのか楽しみに待つだけだ。


 まあなんにせよ、そんな打算だらけの指示だったが、八雲は見事やり遂げてくれたようだ。おかげで祭りに引き続き、今回の挑戦もあらゆる意味で大成功を収める事が出来た。


 そしてそれと同時に、これならば二水再建の最初の一手として十分に使えそうだと、再確認も出来たのだった。




 その後は、自信を持って計画を進めていった。


 もっとも、金崎領侵攻に向けての計画作成と領内防衛の為の戦力の配備の方が優先なので、どうしても空いた時間をぬっての作業にはなったが。


 それでも、一歩一歩なんとか進んでいった。


 かつての自分を思うと、こんな糞真面目な性分ではなかった筈なのだが……と思わずにはいられない。人間尻に火が付くと変わるというが、それを切に感じる今日この頃だ。やっぱ死にたくないしな。


 伝七郎の方も霧賀に出した使いが戻り、いよいよ伝七郎自身が乗り込んでの交渉に進むようだ。準備が整ったと言っていた。


 爺さんも防衛戦力の配備が終わり、侵攻の為の兵の増強と兵站の準備に取りかかっている。一応俺は軍務のトップなので、爺さんが主導してやってくれていても、その類いの報告はきちんと届けられる。


 不思議な事に、朽木の金崎軍はここまでまったく動きを見せていない。俺なら、今がチャンスとばかりに、こちらの準備が整う前に襲いかかっただろう。


 朽木にいるという金崎軍の大将の川島朝矩とやらは、いったい何を考えているのだろうか。正直、よく分からなかった。


 ただはっきりしている事は、奴が何もしなかったおかげで、爺さんは迎撃準備を整え終わったという事だ。爺さん自身も首を傾げていたが、まあ労せずして計画を達成できたのだから、俺たちにとってはいい事だった。


 俺も、三浦・徳田の領地に放った者たちが朗報をもたらしてくれる事を信じ、更に侵攻計画を煮詰めつつ、館の防衛計画の見直し案を作りながら、二水の件を進める。そろそろ死にそうになってきていたが、ここでぶっ倒れる訳にもいかなかったから頑張った。


 まずは太助ら三人を二水へと派遣した。


 太助は神森屋開店の準備と、塩の安定製造に向けた準備――――。


 吉次は牧場の開設――――。


 八雲は牧場で育成する牛や鶏の買い付け――――。


 と、それぞれに命じたのだ。


 神森屋は、塩を取り扱う為に御用商店となる。それはつまり、俺こと神森武が、御用商人になるという事である。


 俺が、である。


 当然、清く正しく商売しようなんて、まったく考えてなかった。思いっきり立場と職権を利用する。官民の癒着なんて、生やさしいレベルではない。神森屋の神森武は、官の力を自由に振りかざせる民なのだから。でも、もちろん外っ面は清く正しく、だ。そんなものである。


 つか、そうでもしないと、時間が足りないしね。他の御用商人たちには申し訳なく思うが、あきらめて貰うしかない。


 塩の取り扱い許可を得る為に伝七郎の下を訪れた時に、「取扱品目はどうします?」と、奴は聞いてきた。


 俺は当然のように、満面の笑顔で「全部」と応える。


 三つ子の魂百まで。どうせ俺は、今も昔も、そしてこれからも、ヨゴレ担当なのである。


 まあそれは半分冗談にしても、これから色々仕掛けていくのに余計な枷があるのは不都合だった。最初から自由がきく状態にしておいた方がいいというのが、本当の理由だ。もちろん金儲けもするつもりだが、俺の目指すところはその先だからだ。あまり悠長にやっていられないのである。


 とは言え、『全部よこせ』と言った時の伝七郎の苦笑いは、なかなかの見物だったが。


 塩の方も急ぐ必要があった。


 安定して、それも出来るだけ安価に大量生産しなくてはいけないのである。


 だからその為に、俺は流下式塩田法『もどき』を採用する事にした。


 ただそれでも、元々の製塩方法が泉の水を汲んで直接煮詰めるという超原始的な方法なので、これには著しい改善が期待できる。


 今回採用した流下式塩田法は、実際に使われた期間は短かったと記憶している。つまり、すぐによりよい方法にとって変わられた方法という事だ。


 しかし、今俺たちが塩造りをしようとしている場所は山の中にあり、乾いた風もよく吹く。


 だから泉を制圧した後は、『あれ? 行けるんでね?』と思っていた。それ故に今回、その知恵を使う事にしたのだ。


 とは言え、いつも通りに中途半端な知識が頼りなので、どこまでうまくいくかはやってみないと分からない。


 いずれにせよ、流下式塩田法の胆は、『流下盤』と『枝条架』にあったと思う。どちらも、塩水から水を飛ばす為のセクションである。


 粘土でゆるい傾斜を作り、そこにゆっくりと塩水を流す事により自然蒸発を利用して塩分濃縮を行う『流下盤』。


 竹の枝を組んだ十メートル近い装置に、流下盤を通った濃縮した塩水を流しながら風に晒し、更なる濃縮を促す『枝条架』。


 確か、こうだったと思う。どこまで効率が上がるかは、やってみなくては分からない。しかし理屈を考えただけでも、今までよりは必要な労働力は少なくなるし、直接煮詰めるよりは製造コストも下がる。塩が出来上がるまでの時間も劇的に短縮できるだろう。


 だから、どの程度かはやってみないと分からないが、某かの成果は出せる筈である。


 牧場を担当する吉次にも、きちんと指示を出した。


 牧場をやると一口に言っても、色々と問題がある。それを少しでも解決しておきたかったからだ。


 真っ先に思い浮かぶのは、悪臭と水の汚染だ。


 町に人を集めようというのが目標なので、これを無視する事は出来ない。というか、人の生活圏に牧場なんかを作ろうとすると、どちらも本当にヤバいレベルの問題になるので考えざるを得ない。もし何も考えずにやれば、今いる町の人間が生活出来なくなってしまう。


 例えば、鶏舎における鶏糞由来のアンモニアは超高濃度で致死レベルだと、何かで読んだ記憶がある。そんな物が風に乗って町を直撃したら、笑い話では済まないだろう。


 放牧をすれば、その土地に家畜の糞尿が大量にまき散らされる。その糞尿から出た細菌類や化学物質が浸透して地下水を汚染したらどうなるだろうか。


 こちらは、あちらの世界のように上水道完備の世界ではない。井戸水など――つまり地下水を使って生活しているのである。


 なにも考えずに牧場なんかを作れば、それらの水の水質が、地上になにもない状態のものとはまったく変わってしまう。放牧によって大量に放置される牧畜の糞尿は、人体に害を及ぼすレベルの化学物質や、各種大腸菌群やらサルモネラ菌やらをたっぷり含んだ水へと変えてしまうだろう。そんな水を飲んで生活しろと二水の民に言えば、暴動が起こるに違いない。


 もちろん、肥だめなどもあるこちらの生活レベルを考えると、どちらも元いた世界ほどには気にする必要はないだろう。が、それでもしっかりと考慮に入れて計画しておいた方が、何かと無難である事は間違いない。事が起こってから、さあどうしようというには、どちらの問題も大きすぎるのだ。


 そういう訳で、出来るだけ郊外――それも出来るだけ山から離れるように、そして町の風下になるようにと、細かく指定した。きちんとデータどりやら、分析やらするのが本来だとは思うが、こちらにはそんな技術はない。二水で長く生きている爺サマ婆サマの話を聞きながら風の流れや水脈の流れを予想して、『だいたい、ここらあたり』と決めて進めてもらうしかないのが辛いところだ。


 そうしてガラを作れば、今度は当然、肝心要の商品となる家畜の選定が待っている。もう、この辺りで頭から湯気が出そうになっていたが、それでも俺は頑張った。


 これは、牛と鶏をチョイスした。


 牛は肉と乳。鶏は肉と卵を求めてだ。


 これから品種改良を重ねて特化した物になっていくと思うが、まあ、それは先の話だ。今は、こいつらを健全に飼育して食材を得る――まずはそのレベルからである。


 正直、知識も経験もありとあらゆる物が足りない。まったく何も分からない状態からの手探りのスタートになる。畜産は決して楽ではない。はっきり言って専門知識の塊みたいな分野だ。それを思うと不安が募るばかりだが、それでも誰かが始めなければ始まらないのだ。


 そういう訳で、まずは贅沢を言わず、とにかく家畜を入手する所からだった。


 出来れば、そのうち猪とかもとっ捕まえてきて、家畜化してみたい。品種改良を重ねていけば、そのうち豚に行き着く事だろう。もっとも、豚は本当に難しいと何かで読んだ記憶がある。だからそれは、もっと事業が軌道に乗った後の話だ。難しいと書かれていた物に、いきなり挑戦する必要はないだろう。手を出すのは、もっと余裕が出来てからでいい。


 だから、まずは牛と鶏だ。かといって、牛と鶏が簡単な訳ではないだろうが、それを言いだしてしまうと知識のない俺に飼育できるものなどなくなってしまうので、ここは思いきるしかない。


 だから、この二つを探せと八雲に命じた。繁殖が出来るように、ちゃんと番いで手に入れてこいよと言うのも忘れない。


 まあ、なんにせよである。楽な物など一つもないが、この切羽詰まった状況下でも、やるだけの価値のあるものばかりなので、俺は頑張った。

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