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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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第百九十七話 起死回生の一手 でござる その四

 静かに俺は、そう言い直す。


「は? いえ、でも」


「…………」


 伝七郎は困惑した表情を浮かべる。一方爺さんは、とても面白そうに、口角を上げながら俺を見つめていた。


「一時ではあるが、継直の動きは止められる。いや、遅らせられると言うべきかな?」


 俺は自信満々の笑みを浮かべて、思わせぶりな調子で、そう言った。


 勿論、失敗する可能性はある。だが、それを微塵も見せない。


 これは軍師の宿命だった。失敗を恐れては、何も提案できない。不安げに提案しても、将兵はもっと不安になる。だから不安は飲み込み、自信満々に告げるのだ。


 俺が間を置いた一拍の間に、


「どうやって?」


 と伝七郎は、困惑の中にも、俄に期待の光を灯しながら尋ねてきた。爺さんも口こそ開かなかったが、その目は俺の次の言葉を待っている。


「三浦と現・継直領、および徳田と現・津田領との国境に、『水島継直、侵攻の意思あり』と噂を流す」


 いま継直に攻められている津田領は、継直領の南西にある。三浦領はその津田領の北西にあり、現、継直領の西。徳田領は津田領の西だ。故に徳田は、津田が継直に呑まれた後、継直と国境線を有する事になる。


 今、三浦・徳田に継直が手を打つ前に流言をしてやれば、両者ともに何の疑いもなく即座に反応するだろう。両者とも、津田領を呑み込んだ継直と、単身でまともにやり合えるほどの力はない。だから、まず間違いなく過敏なくらいに反応する。


 つまり、ここに流言をすると、継直は自分が俺たちに仕掛けた計略を、そっくりそのまま返される事になる。


 三浦・徳田の両国は、継直が津田を攻めているうちに――つまり、継直の兵をすべて相手にしないでも済むうちに、継直領へと攻め込むだろう。余程の腰抜けか、間抜けでさえなければ。


 だから継直は、それを相手しなくてはいけなくなる。し、津田攻めそのものも完了するまでに、予定よりもずっと時間がかかるようになる。


 それは、俺たちとの時間の勝負になる継直にとって、とんでもない足枷となるだろう。


 俺の策が採用されれば、俺たちと継直との戦いは、至極シンプルなものになる。


 俺たちが金崎を併呑する前に、俺たちを攻められれば継直の勝ち。津田が継直に呑まれても、三浦・徳田が残っているうちに、俺たちが金崎を併呑できれば俺たちの勝ち。


 そういう戦いになる。


 俺たちが金崎を呑む前に、継直が津田・三浦・徳田家の攻略を完了させてしまうと、俺たちは継直・金崎、そしておそらくは佐方も相手しなくてはいけなくなり、それには流石に耐えられない。故に負けて滅ぶ事になる。逆に、継直が俺の仕掛けた策に手こずっている間に俺たちが金崎を併呑できた場合は、東西別れて三浦および、徳田もしくは津田のいずれかと継直を挟撃できる形になり、それだけで俺たちと継直の間の形勢は一気に入れ変わる。


 それ故に、だ。


 継直には、誰に策を仕掛けたのかを思い知らせてやらねばならない。


 奴は、あわよくば俺たちか金崎の滅亡、少なくとも俺たちと金崎の力をともに削ぐ気でいただろう。そして自身は俺たちが食い合っている間に、残った方を確実に仕留められる力を得ようとしていた、いや、『いる』筈だ。あるいは、奴は相当に小心らしいから、俺たちの食い合いが不十分に終わった場合に備えて、それにも対応できるようにと考えているのかも知れない。


 どちらにせよ、こちらの武将にしては、なんともこすっ辛い。脳筋世界の人間にあるまじき、小賢しさだ。


 だが、この程度でドヤ顔なんかさせてやるつもりなど、俺にはまったくない。神森家のご子息様を舐めてもらっては困る。俺は、あの不良親父の血を引いている。小賢しさでは、誰にも負けん。


 俺の目は、奴のその用心深いというか、小心な性格がもたらした一筋の光明を見逃さなかった。死中に活ありとは、正にこういう事を言うのだろう。金崎との戦を高見の見物されたあと普通に襲われた方が、俺たちにとってはずっと厄介だった筈だ。策を弄する隙がなくなるから……。


 でも、そうはならなかった。だから、その隙はできてしまった。あいつは動いてしまったから――――。


 その事が高くつく。


 奴には、それを教えてやろう。お勉強の時間だ。


 ここまでの策をすべて実行し成功させると、俺たちや、常に目の端で継直の隙を窺っている金崎、俺らや津田の南に位置しており今頃恐々としているだろう霧賀、そして件の三浦・徳田と、津田・継直の領土と国境を有するすべての国が継直を睨む形となる。


 つまり、非同盟ながらも五国共同の継直領包囲網が出来上がる。


 本来ならば、今の情勢だと金崎領方面が継直にとっては救いとなる。そちら方面の防衛戦力を、他所に回す事も出来る筈からだ。しかし今回、それは出来ない。なぜなら、金崎領の領主が金崎惟春という人間だからだ。


 改めて調査もした。が、その結論が変わるような結果は得られなかった。


 惟春は、俺たちを潰せる気でいる。そして、その次は継直の領地を狙っている。代々の金崎家が襲いかかってきていたように、奴が欲しいのは旧・水島領である『大和の国』である。つまり、俺たちの領地および『継直の領地』だ。


 だから惟春は、継直が隙を見せたら、その好機を逃さない。


 惟春の頭の出来は今ひとつのようだが、野心――欲だけは一流みたいだからな。


 継直の形勢の悪化を感じとれば、惟春はその瞬間、表面上すらも継直の手助けになるような動きは止めるだろう。俺たちを滅ぼした後に、なるべく楽に継直を滅ぼす為に。


 無論、これは俺の予想…………。


 だが俺には、確信に近い形で自信がある。まず、そう動くと。


 だから今の状況は、俺たちにとって最悪であるのは間違いないのだが、ついに巡ってきた『時』でもある。


 俺はそう思っている。


 この状況を放置すれば継直の持つ戦力との間に致命的な差が生まれ、まず間違いなく藤ヶ崎・水島家は滅亡する。


 だから、今動くしかない。そんな酷い状況だ。どう言い繕っても、厳しいのは間違いなく事実である。


 しかし、俺たちがとる行動一つで、一気にここいら一帯の情勢をひっくり返せる好機でもある。そこに至るまでの筋道が、まるで誘導灯に照らされているかのように、俺には光って見えている。


 だから俺の勘は、勝負に出るべきだと、そう強く叫んでいた。


 流言で継直は固まる。その間に金崎を討ち取り、奴の領土をこちらに取り込む。


 そうして金崎の領土を手に入れる事が出来れば、津田を手に入れた継直とも、兵力差は五分。どう少なめに見積もっても、今よりも兵力差はずっと詰る。


 つまり、現状とは天と地の差の状況になるのは間違いないのだ。おまけにタイムアタックに勝てば、非同盟ながらも三浦・徳田両家との挟撃というおまけまで付いてくるのである。


 そんな状態で継直との決戦に臨む事が出来れば、今とは比較にならないレベルで勝算も出てくる。というか、余程に想定外の事態でも起きなければ、そこまで行ければ勝負ありとすら言える。


 だから、危ない橋を渡るだけの価値は十分にある。


 しかも、それだけではない。この継直との決戦に勝てれば、それだけで俺たちは、自動的に地方の勝利者にもなれるのだ。


 今この情勢の中で金崎惟春、水島継直を破ってその領地を併呑できれば、この地方における俺たちの地位は安泰の域にまで突き抜けるだろう。


 継直の領土に加えて金崎領・津田領まで丸々手中にするという事は、最盛期の水島家の倍の領土を有するという事になる。つまり、その時点で残っている小領主どもでは、俺たちに手も足も出なくなるのである。そしてその時の俺たちの国力ならば、東の佐方や、北東で接する事になる安住とも、正面から互角に戦えるようになる。だから奴らも、安易には手を出してはこれなくなる。


 その意味するところは、更に外に打って出るにせよ、専守防衛に入るにせよ、今とは比較にならない程に、こちらの都合で決められるという事――すなわち新生・水島家が、地方の小領主の身分から一国の主を越え、地方の雄となるという事に他ならない。


 これを『時』が来ていると言わずして、何をそう呼べばいいのか。


 だから、まずは最初の障害である――金崎惟春。奴を打ち破り、その領土をいただこう。


 そういう訳である。


 塩の問題も片づく上に、水島の未来もグンと開ける。


 残念ながら、ど初っぱなから勝てる保証などない戦にはなる。でも、やるしかないし、やらない手もない。


 これが、この神森武渾身の策――名付けて『十虎閉檻』である。そして俺たちは、その中で最強の虎となってみせる。




 三浦・徳田への流言を提案し、そこからの展望予想を説明し終えると、静寂が御用部屋を包んだ。


 伝七郎も爺さんも目を見開き、俺の目を驚愕したような目の色で見つめている。


 しかしその止まった時間は、


「これは……伝七郎の戯れ言も、存外本当だったのかもしれぬな」


 との爺さんの呟きで破られた。


 俺は、首を傾げざるを得ない。困った事に、俺にはその言葉の意味が分からなかった。


 すると爺さんは、難しい顔から一転、いい歳して悪戯小僧のような表情で、


「姫様は本当に天に選ばれたのかもしれぬ――と、そういう事よ。瑞鳥(ずいちょう)殿」


 と言って、わっはっはっと豪快に笑い出した。


 あかん。訳わかめ。


 馬鹿笑いを止めた爺さんを藪睨みしても、気にする気配はまったくない。一人で何やら頷き、まさにニヤニヤといった感じで俺を見返してくるばかりだ。


 爺さん、ボケたか。一人だけで納得するのはよしなさい。


 そんな思いを乗せて更に眉を顰めて見せもするが、目の前のジジイは変わらずどこ吹く風。


 駄目だ、こりゃ。


 俺は援軍を頼む事に決める。爺さんの横で、目を見開いたまま呆けたように俺の顔を見つめ続ける伝七郎に、視線で訴えてみた。


 しかし、


 ――――コクリ。


 俺と視線が交わった瞬間、なぜか自信満々の顔で伝七郎は頷いた。


 馬鹿やろー。コクリじゃねぇーんだよ、コクリじゃっ。何とかしろと言ってんだっつーのっ。大体さっき爺さんは、お前の戯れ言だと言っていたぞ。お前が説明しろっ!


 俺は心から、そう思った。しかしその思いは伝わらず、伝七郎は爺さんの方を向いて、


「そうでしょうとも。そんな気持ちにさせられるのですよ、本当にね」


 と爽やかな笑みなどを浮かべている。俺の味方になるどころか、堂々と爺さんの陣営につきおった。


 伝七郎と爺さんは、二人だけで納得し合って笑う。どうやらまたしても、俺はボッチのようだった。


 ちくせう。


 いい加減、俺にも裏切らない仲間が必要だと思うのだ。


 俺はこんなにも頑張っているのに、なぜいつもいじられるのか。世の不条理を嘆かずにはいられない。


 まあ、いいけどね。ボッチになった甲斐も、どうやらあったようだし。


 ひとしきり笑い合った後、二人は重臣の顔に戻った。そして首を縦に振り、それぞれの立場で俺の策に同意したのである。


 この瞬間、伝七郎、爺さん、俺の三人の意思は統一された。水島の大方針は決定されたのだ。




 その後の話は、より細かなものとなっていった。


 まずは、いつを目処に金崎領へと侵攻を開始するかから、議論に入った。


 朽木の様子からは、いつ奴らがこちらに攻め込んできても不思議はない。それ故に、すべての作業を急がなくてはならない。今回は、こちらに誘い込んで戦うのではなく、向こうの領土を奪う為に戦わなくては『塩』が手に入らないからだ。現地調達を繰り返さねばならないのである。だから、塩を奪える――というか購入できる土地から遠い場所で戦が始まるような事態は避けねばならなかった。


 かといって、今回は戦一つで終わるような話でもないので、それなりに慎重な準備を要する。その辺りを調整して、時期を決める必要があったのだ。


 結果として、兵は半月である程度揃える事になった。いつでも迎撃できる体制だけは、早急に整えておこうという事だ。


 金崎家としては、雪が降る前の秋の内に一戦したいだろう。だから、そう動く可能性に備えて、一応の迎撃態勢は早い内に整えておく必要がある。


 その一方で、そこから二ヶ月を目処に金崎領侵攻に向けての増兵もしていく事を決めた。これがどこまで出来るかは、朽木の出方と、周辺の情勢次第だ。


 今から二ヶ月というと、冬まっただ中だが、金崎領との国境あたりは、それなりの降雪量はあるものの、まったく行軍できない程ではないらしい。


 しないに越した事はない、という話ではあったが。


 ここらの地域では、可能かどうかという話ならば可能ではあるものの、冬の行軍が大変である事は間違いなく、定石としては避けるべきだと爺さんは説明してくれた。


 それでもこの時期を選んだのは、一つの重要な理由があったせいだ。


 それは、金崎が用意している藤ヶ崎攻略用のあの二千二百の兵をどうにかしようと考えると、一季節近くはかかりそうだという『読み』である。


 この兵は朽木にいるので、東の砦経由で金崎領の南から攻め上がれば、初戦でそれだけの兵とぶつかる事は避けられる。しかしその場合は、この二千二百は遊兵となってしまい、内地に攻め込んだ俺たちの背後に襲いかかってくる事になる。内地に入り込んだ俺たちの軍は、退路も断たれてしまうだろう。


 だから、この二千二百は、国境突破の段階で何とかしておく必要がある。


 しかし、この数の兵を突破しようと思うと、それは容易な事ではない。まして、三森敦信がいるのだ。容易である筈がない。攻略できても、それなりの時間を要するだろう事は、ほぼ確実である。なにせ三森敦信は、東の砦で苦い思いをしている。だから、こちらの戦の定石通りに戦ってくれるかどうかすら怪しいのだ。


 そしてそれが故に、今すぐに戦を始めようとするのは、どう考えても下策なのである。


 継直との戦いは、タイムトライアルである。だから、時間を無駄にする事は、わずかでも惜しい。戦自体も、まだ雪が降っていない今なら、確かに楽に出来るだろう。しかしそうしてしまうと、仮に国境を突破できても、その頃には季節が移り変わり、雪が邪魔になって内地への速やかな侵攻が出来なくなっている。


 そう予想されるのである。


 そして、もしそうなれば金崎を利してしまうだろう。体勢を立て直す時間を与えてしまう。


 だから、慌てて国境を食い破るよりも、食い破った後の内地への侵攻速度を重視する事にしたのだ。


 最初俺がこの案を口にした時には、二人は再び難色を示した。冬場に戦を仕掛けるのは、流石に戦の定石から外れすぎたせいである。それぐらい、冬場の戦という物は厳しい。しかし、俺がその理由を説明すると二人は納得してくれた。この二人の頭が柔らかくて、本当に良かったと思う。


 そうして攻め込む時期を決めた後は、役割分担を決める。やらねばならない事が多すぎて、とてもじゃないが俺一人では回せない。


 しかし、これはすんなりと決定した。


 俺は侵攻計画の作成と、三浦・徳田領への流言。爺さんは防衛戦力の準備、および侵攻の為の兵力の増強。そして物資の準備と兵站網の構築。伝七郎は霧賀との交渉、および今回の侵攻計画に要する資金の捻出。


 ざっくりと、そう決まる。それぞれの得意分野を受け持つ事で、三者意見の一致を見たのである。


 その他にも、細かい部分を互いに確認し合いながら、計画の外枠だけは決定していった。だが残りは、後日改めてという事になった。これだけの話だ。詳細を詰めるのは、とてもこの場だけでは出来なかったのだ。


 そういう訳で、一旦解散となった。


 朝から行っていたこの話合いだったが、終わった時には昼を大きく回っていた。

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