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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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幕 鬼灯(三) 継直動く

「……となると、しばらくは二水に手を出しても無駄だな。少なくとも、神森武が何かしくじらねば、下手に手を出すと逆に後押ししてしまいそうだ」


 同影は、心底忌ま忌ましそうに顔を歪めている。


 彼の呟きは、私の考えとも一致していた。


 このまま二水をとられるのは、こちらにとって決して良い事ではないのだが、今は手の出しようがないのである。本当に旨い事やられてしまった。


「だと思います。かといって、いま塩止めを止めるというのも……」


「いや、止めんよ」


 私の言葉を遮るように、同影は言う。


「効果の程は事の前ほど期待できなくなったとはいえ、藤ヶ崎にゆとりを与えないくらいの効果は已然としてある」


 同影は、真顔で続けると言い切った。


 この男が本気で金崎に忠誠を捧げたとは思えない。だから、金崎に益はもたらすが明確な成果を誇示できない状態での作戦の続行は渋ると、私は思っていた。


 それ故に、同影のこの言葉は本当に意外だった。


 なにせ、藤ヶ崎の連中の国境での警備は、これから厳しくなっていく一方である。今後は、せいぜいが金崎領内で藤ヶ崎に向かう荷を止める程度の活動になっていくだろう。


 なのに、続けると同影は言う。


 この男がそんな仕事を好むような人間だとは、私には到底思えない。だから、この言葉には驚かされずにはいられなかったのである。功だけを求めるなら、これは間違いなく割に合わない仕事になるのだから。


 あまりにも、らしくない。


 率直にそう思った。しかし、とりあえずは無難に流しておく。


「……そうですか」


「うむ。少なくとも、藤ヶ崎の連中は慌てておるようだしな。御館様より、次の戦では朽木の軍に合流する許可もいただいておる。お主には悪いが、功はそこで立てればよい。今は、藤ヶ崎を安定さえさせなければ、儂としてはそれだけで価値がある」


 ……なるほど。目的を変えたか。


 同影の腹が読め、少し安心した。何をするのか分からない状態で動かれると、こちらが貧乏籤を引かされかねない。それだけは避けたかった。


 私は、微かに笑みを作ってみせる。そして、


「いえ。私の方は二水を失敗した時点で、この件で功を立てる事は諦めております故、おかまいなく」


 と、同影の目を真っ直ぐに見つめたまま答えた。


「ふん。女狐め」


 同影は、私の返事にニヤと笑い鼻を鳴らす。


 蟻だ、狐だと言われて、私も忙しい女だった。


 ただ、今の会話で分かった事が一つある。


 この男の目的は復讐――――。これが大本命のようだ。


 金崎に降ったのは、最初からその為の手段だったのだろう。その他は、おまけと言わんばかりの態度だ。だから、そのおまけが多少変わる分には、この男にとっては大した問題ではない――そう見て取れる。


 だからこそ私の二水における失敗にも、こうも平然としていられるのだ。


 私を女狐と言いながら相棒に選んだのは、そういう事なのだろう。その大目標を達成する為の邪魔にならない存在ならば、他はどうでもいいに違いない。


 水島を――もっと言うならば、神森武が殺せるならば、それでいいのだ。


 同影の腹の中をそう斟酌しながら、黙ったまま彼の目をじっと見つめる。すると、


「まあ、よい。それはお互い様だしな。それに、儂としてはむしろ、お主がそういう女であって助かっている」


 と、私の頭の中を読んだかのような言葉を、同影はまるで世間話をするかのような気安さで発した。そして、やはり平然とした態度でゆったりと自分の碗を手にとると、すでに湯気を立てていない白湯を呷った。


 やはり、そういう事かい。


 互いに腹を隠しながらの会話を続けているが、同影のこの言葉だけは本音のように私には聞こえた。


「…………」


 私がなおも黙ってじっと同影の目を見つめていると、同影は再び鼻を一つ鳴らし、話題を変える。


「ところで、お主。五日ほど前に、継直が西の津田に攻め込んだのだが、何か知っているか?」


 ……なんだって?


 寝耳に水だった。継直から、そんな話は聞いていない。


「どういう事です?」


「どうもこうも、今言った通りよ。継直の奴め、このところ大人しくしていると思ったら、時を計っていたようだな。相変わらず、そういう所は抜け目がない。我々と藤ヶ崎の国境がきな臭くなるのを待っておったのだろうよ。で、時来たりと動き出した――そんな所ではないか。……どうやら知らなかったようだな」


 なるほどね。あの男の考えそうな事だ。


 それにしても、少々藤ヶ崎に集中しすぎていたようだ。反省しないといけない。


 藤ヶ崎の様子を探るのも、確かに私の仕事ではある。しかし、元々は継直の所の様子を探る為に金崎から出されている身だ。それがこの有様では、役立たずの烙印を押されかねない。


 ただ、藤ヶ崎に注力していたのは間違いないが、もちろん継直の近辺の情報も富山の草から集めてはいた。だからおそらくは、私が藤ヶ崎を出た後、継直が津田を攻めたという情報は三幻茶屋に届いている筈である。


 偶然が重なってしまったのだ。……もっともこの事を惟春に知られて、あの者がそれを考慮してくれるとは思えないが。


 いや。今考えるべきは、そういう事ではないね。


 私はすぐさま頭の中を切り替える。


 ――――今回の継直の動きは、前兆なく機敏なものだった。


 今までにそれらしい報告はなかったし、それらしい動きも見られなかった。その上で迅速に動いた。


 となると、これはどちらかというと藤ヶ崎を警戒したというよりも、惟春を警戒したものだろう。だから当然、私にも報されなかった。


「……それで、この件について御館様は?」


 私はそうとだけ尋ねる。


「検討はされたようだがな。予定通り、藤ヶ崎に決められたようだ。継直の奴め、しっかりとこちらとの国境を固めているらしい」


 クックックッと、同影は小さく声に出して笑う。


 なるほどね。それにしても同影の奴……あれだけで私の聞きたかった事を察して答えてきたねぇ……。


 どうやら、私の本性に関しては確信を持っているようだ。そして……、それは間違っていない。変わった変わったと思っていたが、やはり前とは大分違う。注意を払って付き合わないと、どう利用されるか分からないくらいには頭を使うようになった。


 そんな事を思いながらも、表情には一切出さずに尋ねる。


「なるほど。それで、戦況はどうなっているかご存じで?」


「津田の奴めも、酷く泡を食ったようだ。まあ、宣戦布告もなしの不意打ちで開戦だったようだしな。為す術なしで、次々と砦や町を落とされている。津田領がなくなるのも、時間の問題だろう。継直は、相当追い込まれているようだな」


 ……ほう。


 やはり侮れない。この男は、継直が『追い込まれている』とそう言った。誰に? むろん藤ヶ崎の者たちにだろう。


 国力はまだまだ継直の方が圧倒的に有利である。普通は、この状況で『追い詰められている』とは言わない。


 だが、私もそう見ている。


 なぜなら、反旗を翻して以降継直は、勝っていなくてはならない戦を全敗しているからだ。だから、口でなんと言おうとも、あの胆の小さい男が藤ヶ崎の力を恐れていない訳がない。


 だからこそ、私を側から引き離すと同時に藤ヶ崎の情報を探れる――私の今の状況を許している。


 もっともこれは、惟春が継直をなんとか利用しようとしている事や、藤ヶ崎を狙っている事を継直が承知しているというのも、大きな要素ではあろう。


 私が藤ヶ崎の連中に通じる事だけはないと、確信しているに違いない。私の主が惟春である以上、私自身が継直をどう思っていようと、それは正しい。


 これらをすべて検討した結果、継直は今回の動きに出た――そんな所だろうか。


 思案に耽る私の顔を眺めながら、同影は楽しげだ。うっすらと笑んでさえいる。


 だが私は、それを無視した。もう少し考えておきたい。だから己の思考に没頭する。どうせ私がどう芝居をしたところで、同影が自分の確信を変える事はないだろう。だから、私も無駄な演技はしない。


 継直がこの機を選んだのは、やはり同影の言う通りだろう。


『追い詰められている』


 今のままでは、負けかねないと考えたに違いない。


 将の質では、継直配下の将たちでは藤ヶ崎には到底及びそうもない。継直もそれは認めざるをえなかった筈だ。


 それ故に継直は、本来ならば外に打って出る前に潰したかっただろう藤ヶ崎を後にした。丁度よい事に、惟春が野心を剥き出しにもしていたからだ。だから、惟春を藤ヶ崎にぶつけておいて、その間に国力の更なる増強――具体的には形振り構わぬ領土拡大策に打って出た。


 質でひっくり返せぬ、圧倒的な量を揃える為に。


 そして、まず始めに津田に白羽の矢が立った。


 津田は、あわよくばの漁夫の利を狙っていた。継直は外に打って出る前に先に藤ヶ崎を潰そうとする――そんな常識的な判断をしていた節がある。


 継直の非常識さを舐めていたとしか言いようがない。


 せめて継直が体面を少しでも気にするような輩だったならば、津田はもう少しマシな対応もできたかもしれない。しかし実際は、そうではなかった訳だ。結果、完全な不意打ちが決まってしまい、津田は国家存亡の危機と。


 間抜けな話といえば間抜けな話であった。


 同影は、私がそんな事を考えている間も薄ら笑いを浮かべながらこちらを眺めて、しかし邪魔する事なくじっと待っていた。


 そんな同影の視線を、真っ直ぐに受け止めながら思う。


 どうやら『刻』は動き始めたらしい、と。


 まだまだ初手も初手の段階だが、確かにその動きを感じる。まず始めに動いたのは、継直。これに合わせて藤ヶ崎も惟春も動き始めるだろう。


 となると、だ。私はどう動くべきかねぇ。


 それが重要になってくる。金をもらっている以上惟春に利するように動きはするが、それ以上に重要視すべきは里の生き残りだ。


 その後もいくらかの情報交換をして、私は同影の隠れ家を去った。そして、藤ヶ崎への帰路を急ぐ。


 仕事が待っている。


 まずは里への報告。そして、『彼ら』との接触を急がなくてはならない――――。

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