表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
265/454

幕 鬼灯(三) 朽木の町

 その後、日が沈みきった後も話合いは続いた。


 里に大きな影響を及ぼす話だ。むしろ早く済んだ方だと思う。


 長と半次様は、私の話を聞いて唸った。


 この二人をしても、最近の藤ヶ崎の動きとその成果……とりわけ神森武の事は驚嘆に足るものであったらしい。話を聞いた後、『近いうちにも里に影響を及ぼしかねない』という私の言葉に大いに同意した。


 そしてその結果として、私は里の命も帯びて藤ヶ崎の偵察をする事になった。今までは主に藤ヶ崎の町の情報の一環として水島家の情報も送っていたが、今後は情報の主従が逆になる。


 勿論、対水島家の策謀に関して、里の協力も約束してもらえた。これで、無茶振りも良いところだと思われた水島家への工作についても、いくらか選択肢が増える事になる。里の協力がなければ、とてもではないがあの者たちに相対する事などできはしない。


 長のこの決定には本当に安堵した。


 ただ、それ以上に長や半次様が、あの藤ヶ崎の連中の能力を見誤らなかった事は、本当に有り難かった。もし惟春のようにあの連中を軽く見ていたら、この里は遠からず藤ヶ崎の連中に、為す術もなく討ち滅ぼされる事になっていた可能性は低くない。いや、おそらくそうなっただろう。それが避けられただけでも、危険を冒してでも里に帰ってよかったと思える。 


 半次様には、


「いや。惟春に会う前に、この話が聞けて良かった。とんでもない貧乏籤を引かされていたかもしれん。大手柄だ、鬼灯」


 と、お褒めの言葉までいただいたくらいだ。やはり最近睨み合いが続く水島との国境の件で呼ばれているようだ。もしそうなら、確かにこれは手柄と言えるだろう。


 何にせよ、里に危険が及ぶのを少しでも防げたなら本望だ。甲斐があった。とりあえず、私の『本当の任務』は果たせたと言えるだろう。




 その後、話を終え長の屋敷を出ると、すでに空には星が輝いていた。遊んでいた子供たちの姿も、当然もうない。少し寂しい気がしたが、私はそのまま里を出た。そのまま三沢の町の北にある同影のねぐらへと向かう。


 二水の策謀に失敗した為、その件で今後の作戦に修正を加えねばならなくなったからだ。折角苦労して国境を越えたので、一度顔を合わせて打ち合わせておきたかった。


 惟春には、逆に今まで通り、書状で報告をしておけばいいだろう。


 現状では、藤ヶ崎に動きがあると言っても、はっきりと目に見えた形としてあるのはせいぜいが二水の件ぐらいである。あの男は、そんなものは些末事としか考えていない。


 本当ならば本腰を入れて対応して貰いたいものだが、それは期待できないだろう。今あれこれ警告しても一笑に付されて、逆に私の能力に疑いを持たれかねない。それは不味い。あれは、まだ自分が狩る方だと信じて、何も疑っていないのだから。余計な事は言わないに限る。いざ事が起こった時に責任を追及されないよう、私や里に不都合のない情報だけを正確に入れておけば、それでいいだろう。


 問題は継直の方だ。しかし、こちらも今はまだ顔を出さない方がいい。


 二水の件への私の関与は、そもそも継直に知られてはいけない。かといって、現状ではいつもの定期報告以上に出来る話もない。この状態で会いに行っても、痛くもない腹を探られるだけだ。


 当然と言えば当然だが、あの男は私を警戒している。だから、詳しい話は何も話さない。それ故に、継直が今どう動いているのかも私は知らない。そんな状態で迂闊な事をしゃべるのは愚かの極みだ。だから、大した意味もないのに富山には行くべきではないだろう。


 それにあの男にとっては、私との関係は今の状態こそが最良の筈だ。私は、継直が惟春の協力を得るために呑まねばならなかった毒なのだから。


 だから、私自ら藤ヶ崎の偵察を申し出たのは、あの男には渡りに船だったと思われる。本拠から私を離し、必要な時に必要な分だけの情報を吸い上げられるのだ。奴にとっては、望むところだっただろう。


 うん。やはり、こちらも放置でいい。


 今のところ、惟春も継直の前に藤ヶ崎を片付ける気でいるようだし、わざわざ虎の巣に飛び込む必要はない。


 これら現在の状況を整理し検討しながら、私は朽木の町を越えて更に西へと向かった。




 街道を歩きながら、先程通った朽木の町の事を思い出す。


 朽木の町は、現在水島に対して最前線となる町だ。その朽木と、藤ヶ崎の連中の最前線・三沢は御神川を挟んである町だが、藤ヶ崎のように御神川の港町として発展した町ではなく、両町共に川岸からは若干離れた場所に開けている。山間の盆地に開けた町ではあるが、藤ヶ崎同様に四方に道がのびており、交通の便はすこぶる良い。


 その上、周囲の環境から林業が栄え、普段は切り出し作業に従事している者らや材木商人、職人などで溢れている。立ち食いの飯屋でも、一杯呑み屋でも、普段はいかにもな者たちで一杯だ。そのおかげで、藤ヶ崎ほどではないにせよ、この周辺では大きな町の一つと言える程の町になったのだ。睨み合いになっている三沢と比べても、はるかにこちらの方が大きい。


 私が知っている朽木の町はそんな町だった。


 しかし、今日見た朽木の町はそれとは異なり、異様に物々しかった。私の気のせいなどでは断じてないだろう。記憶の中の、活気はあっても平和な姿とは、明らかにかけ離れていた。


 あちこちに兵装を纏った者たちがいて、まるでこれからすぐに戦だと言わんばかりであった。どこもかしこも足軽どもの姿で一杯だった。


 いつからこうだったのかは知らないが、これでは水島が警戒心を抱かぬ訳がない。最近藤ヶ崎でも国境の噂は良く聞くようになったが、これでは当然である。


 惟春は一体何を考えているのだろうか。


 あの男は、私や同影がやっている事を知っている。にも関わらずこれでは、同影がわざわざ野盗のフリをしていた意味が全くなくなる。野心を剥き出しにするなら、最初から金崎家として塩止めをすればよかったのだ。


 それに、同影も同影だ。


 止めて止まるものとも思えないし、あの男にそんな力がない事は承知しているが、それでも愚痴の一つも言ってこないとはどういう事なのだろうか。あれだけ藤ヶ崎の対応にはぶつくさと文句を垂れていたのに、惟春のこの行為について愚痴を言ってきた事は一度もない。


 かといって、あの男がこれを知らない訳はない。どうにも解せない。


 惟春はただの間者にすぎない私などに、命令はすれども細かな状況などは伝えない。そういう意味において私の扱いは、金崎家においても継直のところでの扱いとそう大差はない。その理由は変われども。


 だから自前で情報を集めていたので、国境近辺がきな臭い状態になっているのは知っていたのだ。もっとも、正直今の朽木の状態は思っていた以上であったが。


 今すぐ、どこかに出陣したと聞いても、何も不思議に思わないだろう。それぐらいの兵力が集められているように、私の目には見えた。


 本当の所は、今現在どういう事になっているのか……。


 分からない事だらけで、孤独感と猜疑心に苛まれる。しかし、考えても仕方がないので、その思いを振り切ってそのまま足を前に運ぶ。


 街道を外れ、山道を登って行く。そろそろ目的地も近い。この辺りまでくると、道の手入れはまったくされておらず、段々と歩きづらくなってくる。


 当然だった。同影がねぐらにしているのは、廃村である。日頃この道を使っていた住人達は、もういないのだ。荒れ放題である。道の両端に広がっている雑木林も野趣に富み、色々な草木が重なり合うように生えている。


 ただそんな道ではあるが、道の真ん中に向かって伸びている枝などは、にわかに払われている。


 それは、この先に何者かがいる事を教えてくれていた。無論、やったのは同影らだろう。


 そんな道を、私は黙々と奥へ奥へと進んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ