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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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幕 鬼灯(三) 偽装遁走




 枝の上で、にっこりと笑う。


 覆面の下なので、当然今こちらを見上げているあの男には分からないだろう。でも、そんな反応しか出来なかった。


 迂闊――――。


 そうとしか言いようがない。多分、気配を漏らしてしまったのだ。


 この場所は、確かに『ここ』だけを警戒できる。しかし、木の枝ぶり自体は悪くない。不十分である事は否めないが、それなりに身は隠せている。何よりももうすでに陽も暮れており、『ここ』は十分暗かった。


 だから、注意深く目をこらされでもしないかぎりは、それなりには隠れていられる筈の場所だった。


 それにも関わらず、目と目が合うなどいう事故が起こったのは、勘が働いた――つまり某かの気配を感じたという事に他ならない。先程まで回ってきていた者たちの中にここを重点的に警戒している様子の者はいなかったのだから、指示はされていない筈だ。


 見回りの男は、信じられない物でも見たような目をして固まっている。しかしすぐに、その手に提げていた提灯を持ち上げて目を凝らすように細めながら、こちらを再確認しようとした。


 男がその動作に入った所で、私もすぐに動く。躊躇うことなく、枝から真下に飛び降りた。


 下は、枝どころか幹も人の指の太さもない――人の背の高さほどの低木がいくらか生えていて、わずかばかりの陰を作っている。


 そこに向かって飛び降りたのだ。


 そしてそこには……紅葉がいる。


「!? くっ、曲者だっ!」


 こちらを見上げていた男は、私が枝から飛び降りた動きで疑心を確信に変えて、そう叫んだ。一緒に見回っていた男三人も、その声にすぐさま反応し、見上げていた男の方を振り返る。そして、男が見上げていたこちらに、すぐ視線を向けた。


 でも……遅いよ。


 私は飛び降りながら、ほくそ笑む。そして、下にいる紅葉と視線を交わした。


 紅葉もこちらを見上げていた。おそらく男が叫ぶと同時に、すぐさま私との呼吸を合わせる準備に入った筈だ。



――――――神楽忍法 変わり身の術。



 茂るように生えている低木の枝の中に、そのまま飛び込む。その後一拍をおいて、これ見よがしにガサガサッと大きな音を立てながら、『紅葉』がその茂みから飛び出していく。そして姿を見せつつ、政務区のある西方面へと全力で駆けていった。


 その間、私は茂みの中で屈み込み、気配を完全に殺し続けた。


 男たちは紅葉を私だと思い込み、西へと駆けていく紅葉の背中を必死に追い始める。ピーピーと、呼び子笛の音も鳴り響き始めた。


 そしてしばらくして、男たちがその場から十分に離れるのを確認してから、私は低木の枝の茂みの中から転がり出る。


 先程の騒ぎを他所に、今ここは静かなものだった。


 ただ、このままここにいるのは危険である。紅葉に逃げられた者たちが、某か残っていないかを確認しに、ここまで戻ってくる可能性が高いからだ。


 だから私は、他の見回りの目に注意をしつつ、物陰を探しながら紅葉が逃げ去った方角に背を向けて、小走りでこの場を去る事にした。




 しばらくの間は、紅葉を追う者たちが吹き鳴らす呼び子笛の音が何度も何度も鳴っていたが、程なくその音も聞こえなくなった。時間の経過と共に、笛が鳴る間隔も開いていった。おそらく無事逃げ切ったのだろう。


 紅葉はあの容姿ではあるが、体の切れは非常によい。足も速く、とかく体術に優れている。不覚を取っている事は、まずない筈だ。


 私も他人事ではないのだが、あの乳がよく邪魔にならない物だと、いつも感心する。まあ、サラシで固めれば多少はなんとかなるものだが、あの娘の乳は私のものよりも更に大きい。だから、あの乳を見て、あの体の切れを見ると、毎度感心してしまう。


 それに、それを置いておくとしても、あの娘のおかげで私はこうして偵察を続けられるのだから、ここは素直にあの娘の能力に感謝をしたい。


 変わり身の術は、身体能力に優れた者と偵察能力に優れた者が組んで始めて意味のある技だ。私だけでも駄目、あの娘だけでも駄目なのである。相棒が優れていてこその技なのだ。


 そして今、私は紅葉に逃がしてもらって、先程までいた場所から少し東に行った所にある――庭に置かれた大きな岩の陰に身を潜めていた。


 感謝しなければ、罰が当たるという者である。部下であろうと、なかろうと、それは関係ないのだ。


 目と鼻の先には館があり、その外廊下を警備の者たちが見回っているのが見える。忍びの訓練された目ならば、夜闇の中でもはっきりとその顔を見分ける事が出来る距離だった。


 そして、ここは神森武の部屋の前だった。


 庭園は館の北部全面、それこそ千賀姫の部屋の前にすら繋がっている。だから庭園の縁を館方面に走れば、神森武の部屋の前に出ても不思議ではないと言えば不思議でもないが、正直偶然だった。


 落ち着いて周りを見たら、そうだったのだ。もう何度も忍び込んで部屋の位置は分かっている。部屋変えでもしていない限り、間違いない筈である。


 つまりここは、本来は非常に危険な場所なのだ。一国の重臣の私室前なのだから、当然である。今までも、神森武の部屋の天井裏に忍ぶ時は、屋根裏から入っていた。


 しかし今は、不思議と静かだった。


 見回りの者は一定時間ごとに外廊下を歩いてやってくるが、それだけだ。その数も、普段よりもずっと少ない。ここらに部屋のある面々の顔ぶれを考えれば、普段の状態が正しい状態だろう。


 ここも祭りの影響か。


 政務区同様、今日に限っては人がやたらと少なくなっているのかもしれない。


 他に考えられる理由は紅葉だろうか。紅葉を追う為に、館の警護の者も駆り出されているというのも考えられる。


 まあ、いずれにしても、である。


 そんな訳で、今ここはとても静かなものだった。


 とは言え、いつまでもこんな場所でぼうっとしている訳にもいかない。


 わざわざ変わり身の術を使った意味がなくなってしまう。それどころか、今こうして危険を冒してここにいる意味すらなくなる。


 だから私は、祭りの会場を見ることが出来る場所を探すべく動く事にした。


 しかし、これが困難だった。


 まずは少しでも近づこうと努力してみたが、先程見つけられてしまったせいもあり、祭りの会場周辺の警備が非常に厳戒になっていて、とても近づけるような状態ではなかった。


 千賀姫がいるのだ。その中で侵入者ありという報があれば、こうなっても当然と言えば当然だった。


 もう変わり身の術も使えないし、そもそもどこから湧いたのかと言うほどに警備兵が沢山いて、見つかったら術が使える使えない関係なく包囲捕縛される気がしてならない。それ程に、会場周辺だけ警備がきつくなっている。


 諦めるしかなかった。


 私は来た道を辿り、元の神森武の部屋の前まで戻る事にする。


 変わり身の術を使ってまで残った意味がなくなってしまった。かといって帰ろうにも、この中心部を離れると、おそらくは警備がきつくなっている筈である。紅葉が外向きに逃げた事もあって、現時点では外周辺りはまだ人が多いだろう。今動くのは、危険だ。


 元いた大岩の陰で、ボウッと無駄に時間を潰すしかなくなった。


 それにしても、私らが忍び込むと知っていた訳でもないだろうに、よく考えてある……。


 意図する事なく出来てしまった無駄な時間に、この状況を作ったであろう男の顔が頭に浮かぶ。


 あの祭りの会場は、思っていた以上に偵察がしづらかった。もう少しなんとかなるかと思ったが、そんな事は全くなかった。


 何かを隠したければ、人はどこかに籠もったり、周りを囲ったりしたがるものである。それが、自然な心持ちというものだ。


 だがあの男は、とても見晴らしの良い場所に、隠したい物――いや、この場合は守りたい者だね――それを置いた。


 最悪である。


 どこぞに隠れてコソコソやってくれる方が、遙かにやりやすい。何もない原っぱのど真ん中で口元を隠して密談されたら、私たちにはお手上げなのだ。探る術がない。


 今回のこれも、はっきり言って、それと同様だった。流石は神森武。流石の千里眼と褒めるしかない。


 あれは、千賀姫を会場で自由にさせる為に、ああしたのだろう。只それだけの為に、そうしたのだと思う。


 本当に恐ろしい男だと、冷静に考えれば考えるほど思わずにはいられなかった。

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