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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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幕 鬼灯(三) 祭り当日――偵察――


 ちぃ……少し遠いね。


 会場の明かりの見えた所で、大岩の陰に隠れながら舌を打つ。


 祭りの会場となっている庭園の片隅まで無事来られたのはよかった。しかし、肝心の会場が少々遠い。会場は庭園にある池の畔に作られているのだが、私たちがいる位置から見ると、その池を挟んで丁度対岸である。そしてこの池は、ただの館の庭園にある池にしては、かなり立派だ。


 周りを見る。


 高いと言えるほどの木もほとんどなければ、その枝に隠れられそうな場所は見受けられない。おまけに、ぽつんと立っているので、あんな所に登ったら確実に見つかる。


 もう少し近づきたい。


 しかし、それも叶わない。やはり身を隠せそうな場所がない。


 池の畔に会場はあるのだ。その会場からの景観はいいだろう。つまり水辺方面の視界は大きく開け、遮って邪魔をする物など何もなくなる。そのうえ会場の周りには、よく手入れの行き届いた木々が見た目よくまばらに配されている程度である。


 私たちにとっては、最悪の条件だった。


「鬼灯様。どういたしますか?」


 祭りの会場と、その周囲の環境を、真剣な目で眺め回していた紅葉が問うてくる。紅葉の目にも、隠れられる場所はまったく見つからなかったようだ。


「あまり好ましくないが……あそこしかないだろ」


 私は会場の南の方を、静かに指差す。その指の先に向かって、紅葉の視線は動いた。


 そこにはちょっとした林がある。


 政務区と館の境であり、おそらくは館を政務区から隠す為の林だろう。その林の北側で木に登れば、なんとか祭りの会場全体を見渡す事ができると思われた。距離的には今いる場所よりも離れる事になるが、登ってなおかつ身を隠せる高い木があるのは大きな差であった。


 祭りの会場を探るには、おそらく『そこ』しかない。


 そして、好ましくない理由も、まさにそこにあった。『そこ』しかないのだから、警備をするのはさぞ楽だろうという事である。あの枝ぶりならば身を隠せはするだろうが、それでも集中的にじっくりと眺められれば、いつ見つかっても不思議はない。目の前にある葉の茂っていない木よりはマシという程度だ。


 思っていたよりも出会う人の数こそ少なかったが、見回りは普通に回っている。それらの巡回路に、あの辺りが入っているのはほぼ確実である。


『そこ』が酷く危険なのは、私らの目には明白だった。


 指差した先を見た紅葉も当然その事には気づいたようで、私の考えを探るように少し目を細めながら、じっと見つめて、


「しかし危険では? あそこでは敵方に見つけてくれと言っているようなものです」


 と、明確な反対こそしなかったものの遠慮気味に尋ね直してくる。


 如何にももっともな話だった。これで難色を示さないならば、忍び失格である。


「承知の上さね。……まったく、本当に厄介な奴だよ、神森武は」


 あの男の事だ。千賀姫の我が儘も合わせて聞くと決めた段階で、抜け目なくその安全を絶対のものにしたに違いない。


 こちらが危険を犯さずに、その様子を探る事は不可能な状態になっているだろう。それは容易に予想できた。


 だから私は、大きく溜息を吐いてみせながらも敢行する意思を示したのである。虎穴に入らずんば、という奴だ。


 今度は、紅葉は何も言わなかった。ただ一つ、無言で頷く。


 私はそれに満足し、言葉を続けた。


「だから、絶対油断するんじゃないよ。店で見るあの男とは別人だからね。どちらも神森武には違いないが、公人としての神森武は間違いなく鳳雛などと呼ばれるだけの才を持っている。油断などしようものなら、あっという間に足を掬われるよ」


 自分自身、痛い目に遭わされているだけに自信を持ってそう言えた。絶対に舐めてはいけない相手なのだ。


「心得ております」


 異存はないというように、紅葉も深く首肯した。




 その後、定期的にまわって来る見回りの目を盗み、私と紅葉は先程目をつけた場所へと移動した。万一に備えて、私は木の上、紅葉は屈み木の幹の影へと隠れる。


 私も紅葉も、十分とは言い切れない陰に身を隠す。


 だが、私の方は兎も角、紅葉の方が酷かった。ほとんど伏せるようにして身を屈めて、木の幹と背の低い雑木の影を利用して、辛うじてといった状態で身を隠していた。陽が暮れていて幸いである。周りが明るい昼だったら、身を隠しきれなかったかもしれない。


 でも、ここしかないのだ。やむを得なかった。


 そんな状態なので、私たちはより一層、慎重に気配を消す事に尽力しなければならなかった。なにせ、怪しい気配を感じられて目をこらされたら、簡単に見つかってしまうのだから。そうなれば大事(おおごと)である。


 だから兎に角、周りの気配に自分を溶け込ませた。祭りの会場の方を、じっと見つめて待つ。


 そしてしばし―――ついに動きがあった。


 佐々木伝七郎に手を引かれながら、千賀姫が祭りの会場に向かう姿をとらえたのである。千賀姫の侍女衆らの姿も見えた。筆頭のたえや、菊姫らの姿もある。


 いよいよかい。


 会場を見る目にも力が入る。


 神森武がどんな祭りを開くのか、大いに興味があった。叶うならば、直接参加したかったくらいである。もっとも今回は内輪の催しのようなので、こうして遠くから眺めている事しかできないが。


 それに、そんな単純な私の興味を横に置いておいても、今回のこれは見ておかなくてはならないだろう。


 なにせ神森武は、この祭りを二水の町復興策の試金石とするつもりでいる。人の反応を見るつもりなのだから。




 会場に千賀姫が到着すると同時に、太鼓が打ち鳴らされて笛の音が響き渡る。


 祭りが始まった。


 千賀姫はそれと同時に、神森武や侍女らの手を引っ張って、会場にいる大勢の大人たちの間をあちらこちらと連れ回し始めた。跳んではねながら、自由にちょろちょろと動き回っている。


 それを見て、なるほど……と一つ得心がいった。


 この為に、神森武は館の中でやろうとしたのか、と。


 会場にも、兵装を纏った兵たちはそれなりの数がいる。しかしこの会場まで来る途中、政務区で妙に人が少なかったりしたのは、このせいなのだと気が付いた。


 人が、『ここ』に集まっていたのである。


 今、千賀姫の周りには身元の怪しい者はただの一人もいないのであろう。客も呼ばずにどうするのかと思っていたが、なるほど、こういう訳だったのだ。遠目にも客たちの腰に大小はないが、まず間違いないだろう。


 まったく、よく考えるものである。思わず感心してしまった。


 だが感心しながらも、仕事は仕事できっちりやる。当然だ。こちらも命がけでやってきているのである。手を叩いて、感心しているだけで済ます訳にはいかない。


 とりあえず出だしは好調のようだった。祭り自体は、実に順調そうに見える。


 最初は遠慮がちに様子を見るようにしていた客たちも、時間の経過と共に緊張が解けてきたのか、それぞれ普通に楽しみだしていた。


 池の畔で語り合う男女の姿も見える。


 笛や太鼓に合わせて櫓の周りで踊り出す者も出始めた。


 そして――――


 目的の屋台の料理だが……実に好評のようだった。


 最初は一人二人の好奇心旺盛な者たちが、おっかなびっくりな様子で挑んだといった感じだったのだが、あっという間に行列を作り始めたのだ。


 二水の試金石にしようとしただけあって、今回出ている屋台では金銭をやり取りしている。それにも関わらず、この状態だ。客の総人数から見てこの列の作り具合は、十二分に成功と言っていい範囲にあるだろう。


 残念ながら、ここからでは竹の葉のようなものに載せた串物や、碗によそわれた汁物を細部まで観察する事は出来ないが、ここまで漂ってくる屋台の匂いだけでも、かなり変わった物が出されているのは容易に分かる。


 なにせ、肉の焼ける匂い一つとっても、ただ塩を振って焼いただけの、過去の自分が食べた物とは違っていた。なんというか、口の中にじわりと唾が滲み、胃を刺激してくるのである。


 それに、いま千賀姫が満面の笑みで受け取っている――あの白い綿の塊みたいなものはなんだろうか。そこかしこで年若い女官たちもつまんでいるようだが……。


 あんなものは見た事も聞いた事もない。世に食べられる綿があるなんて、今この時までついぞ知らなかった。


 でも神森武は、当たり前のような顔をして知っていた。


 やはり神森武の知識は、まことに底が知れない。あの男の頭の中には、一体どれ程の知識が詰っているのだろう。それを想像すると、身が竦みそうにすらなる。


 あの男を、相手にしなくてはいけない。それは、この上なく不幸な事と言う他にないだろう。ましてここには、神森武の相棒、伏龍――佐々木伝七郎もいる。世に有名轟かす名将――永倉平八郎もいるのである。


 さっさとこの地を離れたいというのが、本音だった。


 どう考えても相手が悪すぎる。永倉平八郎一人でも荷が重いと思っていたのに、想像以上に手強い敵が二人も、しれっと増えたのだ。冗談じゃなかった。


 そしてその一人が、食べられる綿の中に夢中で顔を突っ込んでいる千賀姫を、今もとても温かい目をして見守っている。あの姫に手を出そうなど正気の沙汰ではないなと、目の前の光景を見て改めて思った。あの表情を見れば、それ以外の感想など抱けないだろう。


 己の不運に苛立ちすら覚えた。


 しかし、それが不味かった。いや、偶然かもしれないが……。


 いずれにせよ――――


 気配を漏らしてしまったのか、見回りに回ってきていた者の一人がふいっとこちらを見上げてきた。そしてその者と、しっかり目が合ってしまったのである。

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