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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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幕 鬼灯(三) 祭り当日――潜入――



 その後しばらくの間は、水島の館でも動きらしい動きはなかった。もっとも庭園を幕で囲って櫓を組んだり出店を作ったりと、本当に『祭り』の準備をしてはいたが。


 やはり、そのままの言葉の意味なのかねぇ。二水で客寄せのネタがどうとか言っていたし、それでも何もおかしくはないんだが……。


 永倉平八郎や佐々木伝七郎は、まったく動いていない。


 その事も不気味すぎた。だから危険を承知で、私は何度も館に忍び込んだ。


 しかしこの件に関して、二人が関わっている様子は一切見られなかった。神森武主体で、すべてが動いているように見えた。作業をしている者たちの雑談に耳を傾けていても、神森武の名はいくらでも出てくるにも関わらず、二人の名前を聞く事はついぞなかったのだ。


 どう見ても、本気で祭りの準備をしているようにしか見えなかった。怪しい動きはないかと目を光らせていたのだが、物の見事に、そんな気配は毛ほどもなかったのである。


 ただそれでも、私は気を抜く事なく館の観察を続けた。三幻茶屋でいつも通り町の噂話に耳を傾けたりしながらも、それでも、なるべく館に赴いて、その様子を探るように努めた。


 無論相応に危険を冒す事にはなったが、神森武が主導しているような事を放っておく事などできないから、やむを得なかった。あの男は危険すぎるのだ。あれを相手に油断するなど、とんでもない事である。


 ただ、なんども館内に忍び込んだ甲斐もあり、どうやらこの『祭り』は、館内だけで行われるらしいという事が分かった。手伝いに駆り出されているのであろう兵たちが、楽しそうに話しているのを聞く事が出来たのである。


 そうこうしているうちに、祭りの準備は着々進んでいった。


 そして、その終わりも見えてきたのかもしれない。


 食材が大量に館内へと運び込まれている所を見たのだ。今までにも何度かは持ち込まれている所を見たが、今回の量はこれまでとはまさに桁違いだった。


 まず間違いなく、祭りに出す為の食材が運び込まれたのだろうと予想が出来た。祭りの日は、もう間近だと思われたのだ。


 だから、私は中に忍び込むのを止めた。以降は、少し離れて館への人の出入りを見張る事にしたのである。あとは、祭りがいつ行われるのかが分かれば良かったからだ。




 予想は当たり、その翌日すぐに祭りの日を迎えた。


 今朝、館の様子を見に行った時に、法被(はっぴ)姿のいなせな若い男たちが、『今夜の祭りの……』と話していたのを聞いた。


 それを聞いた私はすぐに店へと戻り、今日はいつもよりも少し早く店を閉める事にする。


 時は、あと半刻ほどで日没を迎える昼七つ過ぎ――私は、いつもの枯茶色の忍び装束を纏って、その上から町娘の着る着物を羽織った。


 横には、同じ忍び装束の上に着物を羽織った紅葉もいる。今回は留守を銀杏に頼んで、私と紅葉で潜入するつもりだった。もっとも、私も紅葉も茶店に出る格好そのままなので、ぱっと見は今はまだ『葉月と由利』にしか見えないが。


「じゃあ出る。後は頼んだよ、銀杏」


 銀杏は、私の言葉にコクンと一つ頷いて見せた。


 そんな銀杏の頭に、紅葉はそっと手をやっている。紅葉は、すでに『紅葉』に入っており、視線はすでに忍びのそれとなっていた。が、それでも妹の頭の上に置いた手は、とても優しく動いていた。二人して無言で頷き合っている。意思疎通は、それで十分出来ているのだろう。


 そんな紅葉の手が銀杏の頭から離れるのを見て、私は店の表口へと向かう。


 目の前の大通りは、店を閉じ始める大店、料理の下準備などに追われている出店の者たち、本日最後の投げ売りだとばかりに声を張り上げる行商たちなどで、酷く慌ただしい様相を呈していた。


 客の方も、それを待ち構えていたとばかりに、どこからともなく湧き出てきている。


 道は、人、人、人で、陽の入り前の大混雑状態だった。


 そんな大通りを堂々と通り、私と紅葉は水島の館へと向かう。


 しばらく進み、市街地から武家町の方へと入ると、途端に通りの人影は激減した。この辺りから、見慣れぬ町娘が歩いていたら、それだけでも不審がられる。注意が必要だ。


 陽も暮れ始めた中、私と紅葉は裏通りに入り、町娘然とした着物を脱ぎ、装束と同色の頭巾と覆面をした。ここから先は町娘の格好のままでは動きづらいし、夜の闇に紛れて動き回るのなら、これに勝る格好はない。


 町娘の着物を脱ぐと、私は紅葉に確認をする。


「紅葉、いいかい?」


「はい」


「先に話した通り、今回は二人一緒の行動だ。ただ、人が大勢動いている中を、こちらも動かなくてはいけないから、最悪の場合はあんたがおとりになって見回りを引きつけて欲しい。そして、もしそうやって二手に分かれるような事になったら、あんたは追っ手を撒いて先に茶屋に帰っていい。大丈夫だね?」


「はい。お任せ下さい」


 小声ですばやく言うと、明るくよく笑う『由利』の顔からは想像もつかない程に怜悧な瞳で、『紅葉』は頷いた。


「うん。あんたの力量は知っているさ。よろしく頼んだよ」


 そう言うと、紅葉は今度は小さく頭を下げてきた。


 最後の確認をし終えると、私と紅葉は裏道から林の中へと入っていった。道なき道を駆けて、館へと近づいていく。そして、館の西にある政務区画から館の中に侵入した。


 いつもなら、ここらは比較的人が多い。だから本来は、真っ先に避ける場所である。


 しかし人の少ない方を探しながら侵入できる場所を探っていたら、今日はなぜかここになってしまったのだ。罠かと思ったくらいだ。だが、今こうして実際に潜入してみても、その様子もない。見た目通りに、かなり楽に動けている。


 どういう事だ?


 政務区に入った私たちは、白塗りの壁の側を避けて木々や大岩の陰を利用して庭園のある方へと進んだ。


 その途中、それなりにはいる見回りの者らを一組見送った所で、紅葉が口元を覆っている覆面を指先でちょいと下げた。そして、潜めた声で呟くように言う。


「鬼灯様。それにしても楽過ぎはしませんか? こうまでだと、逆に不安になります」


 その気持ちは、私にも分かった。確かに、気持ち悪いくらいにするすると忍び込めている。これ程に多くの人が起きて動いている場所を進むなど、本来ならば容易ならざる事なのだ。


 でも今日に限っては、人がいるようでいない。


 普通に、見回りをしている者たちの姿はある。が、それだけだった。まだ、この時間帯にはここで働いている筈の者たちの姿が見えない。まったくいない訳ではないが、ほとんどいない。確かにここは大国の本拠地という訳ではないが、それでもこれは明らかに異常だろう。


 紅葉が不安がるのも、当然の事だった。


「まあね。まるで誘われているみたいだね。でも、安心おし。これは多分、そうじゃない。まあ、絶対という訳じゃないがね。神森武は、『損益がトントン』とか言っていた。そして、館が庶民に開放されている様子はない。つまりは、そういう事だと思うよ」


「……なる程。皆、祭りが開かれているという庭園に行っていると」


 私の説明に、紅葉は納得がいったとばかりに、小さく一つ頷いた。


 その様子に、私は一応念を押す。


「そういう事さね。でも、気を抜くんじゃないよ。見回りは、いつも通りにいるんだ」


「はい」


 紅葉は無論とばかりに小さく一つ頷くと、下げていた覆面をついと上げた。


 そして私たちは再び口を噤むと、見回りの影に注意をしながら、水島の館の中を更に奥へ奥へと進んでいった。

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