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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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第百八十九話 祭りが終わって…… でござる その一

 警備の強化――――それを結論として、今日の話合いは、とりあえずそこまでとなった。俺は御用部屋を出る。


 警備の強化か……。とりあえずは警備の穴探しからかな。


 また神経を使う細かい仕事かよと、ウンザリしながら頭を掻きむしる。


 祭りの成功を受けて、今のうちに二水の方をなんとかしておきたいと思っていたのに。最低限でも『神森屋(仮)』の立ち上げや『試験牧場』の開設の指示は終えておかないと、時間を無駄にしてしまいそうな気配濃厚すぎる。金崎あたりとガチガチやり始めたら、流石にそんな事をやっている余裕なんかないし。やはりどんだけ忙しくても、今のうちに指示だけでも出しておかないといかんだろうなぁ……。


 薄暗い廊下を歩きながら、色々検討してみるが、やはり二水に手をつけるなら今だった。『順番に』ではなく『同時進行で』にするしかない。


……くそっ。やっと一つ片付いたばかりだってのに、全然一息もつけねぇぞ。これは何よりも先に、労働基準監督署の設置を目指すべきか。マジでいつか仕事に殺されそうだ。あり得ないくらいにブラック過ぎるだろ。


 心の中に、ありとあらゆる文句の言葉が浮かんだ。


 そうこうしているうちに自分の部屋に到着した。すでにきれいに敷かれた寝床の上に、ドカッと大の字になって寝転ぶ。


 ふぅ。ま、それでも、今日の所はこれで一息だ。


 そう思うと、なんというか大きな開放感に満たされて、気持ちが和らいだ。別に特別気負っていたつもりはないけれど、それなりに緊張していたようだ。


 自分でもびっくりである。解き放たれた感覚が、とても気持ちよかった。


 すると、スゥと肌の周りで緩やかに風が動くのを感じた。祭りの間は気が高ぶっていたらしく気がつかなかったが、今こうして落ち着くと周りの空気が存外冷たい。


 なんとなく風が流れてきた方向を見る。


 部屋の北側になるが、そこの障子が少し開いていた。


 俺は布団の上からもぞもぞと這いだし、障子を閉めに向かった。が、ふと気が向き、その障子を大きく開いてみる。


 そこは先程祭りを開いた庭園に面しており、縁側の向こうには、すでに祭りの火が落ちて真っ暗になった空間が広がっていた。そして、


「……すごいね。大したもんだ」


 見上げた先には、ガラスの砕片をこれでもかとまき散らしたかのような、煌めく星々があった。地上の明かりに白んでいない――まさに漆黒と形容したくなる程に真っ黒な夜空に、それはよく()えていた。


 こちらの星空は、何度見ても圧倒される。


 この空が、向こうの世界のそれと同じ物かどうかは分からない。残念な事に、俺はあまり星座には詳しくないのだ。


 しかし、仮に詳しかったとしても判定できたかどうかは疑問だ。


 何せ、どの星がどの星なのか分かるような状態ではない。


 あちらの世界でも昔の星空はすごかったと聞くが、これはきっとそれに匹敵するか、或いはそれ以上だろう。少なくとも俺が知っている――くすんだ黒に、ポツポツとお情け程度に白点をうったような星空とは比べものにならない。


 とはいえ、


……まあそれでも、あの都会のくすんだ空も、あれはあれで悪くはないけどな。


 と、やはり少し疲れているのか、それとも少し肌寒い秋の夜風に、ちょっぴりセンチメンタルになってしまったのか……そんな気持ちにもなったが。


 すると――――


「もし……武殿? まだ起きておられますか?」


 閉じた襖の向こう――廊下側から、お菊さんの俺を呼ぶ声が聞こえた。


「どうしたの? まだ起きているよ」


 開け広げた障子を閉めながら返事をすると、スーッと音もなく襖が開いた。


 彼女は廊下に正座をしたまま、脇に置いた何かをごそごそとさわっている。襖の陰で、それが何かは見えない。しばらくして、彼女が『その何か』を持って立ちあがった時に、それが何かが分かった。


 朱塗りの杯と銚子、白い小皿にのっているのは……味噌? ――それらがのった、杯や銚子と同じ塗りの膳だった。


 彼女はその膳を持ったまま、こちらに向かってソソと歩いてくる。そして、縁側近くに立っていた俺のすぐ側まで来て、腰を下ろした。慌てて俺も、その場に座る。


 緊張してうつむき加減になってしまうが、やや上目遣いでお菊さんの様子を探った。


 すると彼女は、少しはにかみながら言った。


「あの……今日は本当にお疲れ様でした。そして、有り難うございます。姫様、本当に楽しそうにされておられました」


「そりゃあ良かった。やった甲斐もあったってもんだ。約束がずっと放りっぱなしになってたしな。千賀に言われた時にはドキッとしたよ。頑張ってよかった」


 馬鹿みたくアハハと笑ってみせる。


 ぶっちゃけ照れ隠しだった。彼女がもじもじと恥ずかしそうにしている様に、どぎまぎさせられていた。


 しかしお菊さんは、そんな俺を


「そんな。確かに約束を果たされておられなかったのは事実ですが、あれだけ忙しくては約束を果たす暇もなかったではございませんか」


 と言って庇ってくれた。


 そう言ってもらえるのは男冥利に尽きる。感無量だった。でも……。


 その言葉に、俺は首を横に振る。


「それでもだよ。子供に、そんな理屈など通用するもんか。そして、通用しなくて良いんだ。子供の世界では約束は守らなくてはならない物――――ただそれだけでいい。だろ?」


 そして微かな笑みを浮かべたまま、そう答えた。


 すると彼女は、なんとも暖かみのある表情を浮かべ、


「……はい」


 と、小さく頷いた。


 やべ……この表情、むっちゃそそられる。


 いよいよ俺は、衝動との戦いを始めなくてはならなくなった。


 しかしなんとか耐えて、


「コホン……」


 と咳払いを一つすると、妙な雰囲気を元に戻す事を試みる。


 それにはなんとか成功した。


 折角あの生真面目なお菊さんが、こんな夜更けに部屋を訪ねてくれるほど信頼してくれるようになったのに、ここで暴走するのは不味すぎる。


 とはいえ、このままでは、俺の理性はすぐに限界を迎えてしまう。


 どうしたものだろうか。


 つか、どうもこうもない。なんとかしなくてはならなかった。


 周りに視線を走らせ、何かないか探す。この雰囲気を正常なものにできれば、ネタはなんでもよかった。


 すると、ふと視線を落とした先に丁度良い物を見つけた。


「ああ……うん……それで、それは?」


 お菊さんが持ってきてくれたお酒だった。多分俺の為に持ってきてくれたのだと思う。今日の俺を彼女なりに労ってくれようとしてくれたのだろう。


 それは察しがついた。が、わざと尋ねる事にした。俺の中の狼を再び大人しくさせる為に。()が欲しかった。


 すると思った通りお菊さんは、


「お酒です。今日、武殿はずっと姫様のお相手をされていましたから、まったくお酒は召されていなかったでしょう? だから、もしよろしければと思いまして、ご用意してきました。お一つ如何ですか?」


 お菊さんはそう言い、脇に置いた膳から朱色の杯をそっと両手で持ち上げると、ゆるりと流れるような仕草で差し出してきた。手の平よりも少し大きいくらいの杯だった。


 よろしければも何も、彼女からのこんな厚意を無にする事など、俺に出来る訳がないではないか。つか、むしろ有り金はたいてでもお願いしたいところです。


 彼女がホステスじゃなくて、本っ当によかった。もし彼女が、あちらの世界のその道のプロだったら、俺の預金通帳は大変な事になっていた事だろう。


 そんな愚にもつかない事を思いながら、


「わざわざ持ってきてくれたんだ。いいね、有り難う。いただくよ」


 と杯を受け取る。


 すると彼女は、無垢な幼女のような、混じり気のない、なんとも愛らしい笑みを浮かべた。明確に『愛らしい』より『美しい』にステータスの傾いている彼女の、こういう表情は破壊力が違った。


 ヤバイくらいに、心臓がドキドキとし始める。


 そして、


 イケメンどもなら、ここからスマートに話を持っていけるんだろうな……


 と、そんな考えが脳裏を過ぎった。


 とは言え、それは無い物ねだりである。


 イケメンはイケメン。俺は俺。俺は経験豊富なイケメンではないのだ。羨んでも仕方がない。


 それに彼女は、そんな『俺』にわざわざお酌をしに来てくれているのだ。


 経験値がなかろうと、非モテであろうと、この俺自身がなんとかしないといけないのは言うまでもないのである。


 冷静を装ってはいるが、じわりと手の平に汗が滲んだ。先程肌寒いと感じた空気も、今ではやたらと暑く感じた。


 クソ……、いかん。自分に活を入れてはみたものの、次どう反応して良いか分からねぇぞ。このままでは、俺が迷惑に思ったとか変な誤解をされかねん。


 駄目だ駄目だ。それだけは、死んでも避けなくては。


 焦ってきた。心臓が爆ぜそうになっているのは最初からなので置いておくとして、額にもじわりと汗が浮かんできた。ヤバイ。


 頭の中が、幸福感と焦燥感でぐちゃぐちゃだ。まともに思考回路が働いていない。自分でも分かる。つか諦めた笑顔で、俺自身が元気に白旗を振っている幻影まで見えてきたぞ。これはアカンだろ。


 幸いお菊さんは色々と準備をしてくれていて、まだこちらの様子に気付いている様子はない。今のうちに落ち着けば、なんとかなる。


 お菊さんは銚子を自分の近くに下ろすと、膳ごとこちらに差し出そうとしていた。味噌はおつまみという事なのだろう。


 そういや徒然草だったっけか、味噌で酒を呑む話があったなあ。今日は祭りだったし、何もなくて急ごしらえだったのかな?


 そんな事を俺が考えている間に膳を俺の前に置き終わり、お菊さんは先程自分の横に下ろした銚子を再び持ち上げた。そして、スッと先程までよりも身を寄せてくる。比喩ではなく、本当に膝同士が触れあっていた。


 そしてお菊さんは、俺の顔をじっと見つめて言ったのである。


「さ、どうぞ」

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