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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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第百八十八話 早馬? 侵入者? でござる


 皆に今日中に行う後始末の指示を出し終え、祭りの会場を後にすると、俺は伝七郎らを探した。呼び戻されていた内容が気になっていたからだ。祭りの方は何事もなく無事終える事が出来たので、今度はそちらの方だった。


 時期的に、金崎との国境で何か動きでもあったのだろうか。あの後、俺もすぐに来てくれと人が使わされてこなかった所を見ると、緊急にどうこうという話ではないだろうが、もし金崎が今動き始めたとしたら少々厄介である。奴らとも雌雄を決する事にはなるだろうが、その前に準備がいる。こちらとしては、もう少し固まったままでいてもらいたい。


 そんな事を考えながら、油皿の薄明かりを頼りに、暗がりの中を館の方へと歩いて行った。


 館にはすでに夜番の者たちしかおらず、御用部屋に近づくまでは人とすれ違う事はほとんどなかった。皆、それぞれの部屋に戻るなり、帰宅するなりしたようだ。


 そろそろ夜も更けようとしており、祭りの夜でもなければ、多くの者たちは眠りについている時刻である。


 日の出と共に働き始め、日の入りと共に眠りにつく世界だ。油も安くない。だから、夜中は本当に静かなものだった。


 そんな夜の静寂の中を進み、御用部屋へと近づいていく。


 御用部屋の前まで来ると、控えていた者に尋ねた。


「伝七郎や爺さんは中かい?」


「はっ。館へ侵入した者がいたらしく、お二方ともその報告をお聞きになり、今はそのまま中で話し合いを続けておられます」


 侵入者? 早馬とか言ってなかったか? 


 金崎だろうか。それとも継直……いや、他の国だってあり得なくはないか。


「そうか。有り難う」


「はっ」


 俺は質問に答えてくれた男に礼を言い、御用部屋の襖を開けた。




 御用部屋は、そこまで大きな部屋ではない。昼間は二十名ほどが働いているだけの部屋だ。しかし、中の人間がごっそりいなくなると、それなりに広く感じる。


 そんな部屋の真ん中辺りで、行灯の明かりに照らされながら、伝七郎と爺さんの二人は座り込んで何やら話し込んでいた。


 俺が襖を開けた瞬間、二人はまるで鏡面に映った像のように、揃って同じタイミングでバッとこちらを振り向いた。


「よっ。やっぱり何かあったん?」


 俺はその様子をまったく気にする事なく、普通に声をかける。


 二人も、部屋の襖を開けたのが俺だと分かると、すぐに緊張を解いた。


「なんだ、小僧か」


「お疲れ様です。お祭りの方はよろしいのですか?」


「今終わったとこ。千賀の奴、終わりだと言った途端にポテッと眠りやがった」


 俺はちょっとオーバーアクション気味に肩を竦めてみせる。


 二人とも、それを見てうっすらと笑みを浮かべた。


「うむ。姫様もご満足なされたようだな」


「始まった時から、はしゃぎっぱなしでしたからね。本当に武殿には、なんとお礼を言って良いやら。『連れて行けないなら、この館で祭りをやろう』……目から鱗でしたよ。普通思いつかない。万に一つ思いついても、実際にやろうとする者など、まずいないでしょう。勉強させていただきました」


 爺さんは頷き、伝七郎は感心しきりといった感じだった。なんか伝七郎には、遠回しに馬鹿にされたような気がしないでもないが、奴にそんなつもりがない事は見れば一目で分かる。


 とりあえず、適当に流す事にした。


「いや、そこまで感心されるような事では……たかだか祭りをやっただけだし」


「ふふ、そういう事ではありません。やった事はたかだか祭りかもしれませんが、常識に囚われない案を思いつき、実際にそれをやってしまった行動力は万事に繋がります。『たかが』は『されど』ですよ」


 伝七郎は、やはり本気でそう思っているらしく、俺をからかっているような雰囲気はまったくなかった。


 いや、なんつーか。そこまで持ち上げられると、俺もどう反応していいか困るんだが。


 そう思ったが、伝七郎の対面にいる爺さんもそれに異を唱える気配すらない。顎髭をさわりながら、満足そうに目を瞑りながら頷いているだけであった。


 仕方がないので、


「そんなもんかね」


 と再びお茶を濁す事にした。つか、他にどうしろと。


 すると爺さんが片目を開けて、仕方がないと言わんばかりに話の向きを変えてくれる。


「それにしても、珍しい料理が沢山あったな。あれは主の故郷(くに)の料理か?」


 どうやら気を利かせてくれたらしい。空気に戸惑っていた俺は、それに感謝をしながら乗る事にした。


「まあな。完全に再現できた物もあれば、そうでない物もあるが、少なくともこちらでは珍しい物ばかりだったろ?」


 俺が問うと、伝七郎が頷いた。


「食べた事のない味ばかりでしたね」


「二水の町の名物料理にしてやろうって物だからな。お菊さんに感謝だ」


「菊?」


 突然降って湧いた娘の名前に、爺さんは驚いたらしく首を傾げた。


「ああ。実は、あの料理を再現したのはほとんど彼女なんだよ。その後はうちの部隊のみんなを動員して量を作ったんだがね。形にしたのは間違いなく彼女なんだよ。俺は横から、『これこれ、こんな料理で、こんな材料で作られていた』って口を出していただけだ。俺ひとりだけだったら、ああはいかなかっただろうな。どれだけ再現できていたか、怪しいもんだ」


 豆腐とか揚げとかでも……普通に『作って』たしな。それに、できあがった料理の完璧な事。もし俺だけでやっていたら、仮になんとか形にできても味や見た目がもっと荒削りな物になっていた筈だ。間違いなく。


 だが賭けて言うが、俺が能なしだった訳ではない。彼女が凄すぎただけだ。


 いくら女だからって、お姫様な彼女がなんであそこまで料理に詳しかったのか。今以て謎である。それ程に凄かった。あんな娘を嫁にもらえたら、どんな事態になっても一生の幸せを約束されたようなものだろう。


「ほう……、それ程にか。あれも頑張っとるのう。いや、結構結構」


 俺はどれだけ感動したかを熱心に語ってみたのだが、爺さんは意味ありげにニヤリと笑い、ウンウンと一人頷いて何やら納得しているだけだった。伝七郎も口を挟んでこそこなかったが、そんな爺さんと俺を見比べながら、うっすらと笑みを浮かべている。


 俺には何の事やらサッパリ分からなかった。が、とりあえず逸れた話を元に戻す事にした。


「で、なんだったん? 早馬が着いたとか言っていたけど、部屋の前にいた者に聞いたら侵入者がどうとか言ってたんだが」


 すると、二人ともそれまで笑っていた表情を少し引き締める。そして、


「ああ、早馬はいつものですよ。金崎との国境が、またザワついているようです。そして侵入者の方ですが、その報告を聞いている時に、館の警備の者らから何者かが侵入しているとの報告がありましてね。どうやら、いずこかの忍びだったみたいです。残念ながら捕らえ損ねて逃がしてしまったようですが、幸い被害は出ておりません。ただの偵察だったようですね」


 と伝七郎が答えた。


「まあ、それが不幸中の幸いだったの。時期的に見て、これも金崎あたりか。お主が二水の反乱を叩きつぶしたから、こちらの次の動きを見るべく送りつけてきた……そんな所だろうな。このところ、継直の奴めがやたらと大人しいのも少し気にはなるが」


 伝七郎の言葉を引き継ぎ、爺さんが補足してくる。


 やっぱり、そう見るか。他の可能性がない訳ではないが、その可能性が今は一番高い。うーむ……。


「逃がしてしまったのは痛いな」


 捕まえて吐かせられたら色々と楽だっただろうに、逃がした魚は大きかった。


「そうですね。でも、かなりの手練れだったみたいですから、やむを得ない部分もあるかと。兵らが囲みに行ったのに、するするとその囲みを突破して逃げおおせたとか」


 ん?


「そんな手練れが、またなんで普通の兵の巡回で見つかるようなヘマをしたんだ? 自分たちの兵を軽んじたくはないが、そんな手練れの忍びがただの兵に見つかるか?」


 俺は疑問に思い、そう尋ねる。が、それには爺さんがニヤリと口の端を上げて即答した。実に意地の悪そうな顔だ。


「それは……お主のせいだろうな」


「俺の?」


「その忍びが発見されたのは、政務区と館の間の林じゃ。場所は、主が祭りをやっていた庭の南側との接点のあたり。場所柄身を隠すといっても、木の枝に紛れるくらいしかなく、林も深くはないから、政務区からも館からもほぼ丸見えになる。あそこでは中々難しいだろうな。お主が祭りなどを開かなければ、館の屋根裏にでも入れただろうに、忍び込んだ者にとっては災難だったな」


 祭りをやった庭園は、館のある敷地内の北西部にある。


 また、館に隣接する形で、西側に政務棟のある政務区があった。


 館と政務区の間は木製の塀で仕切られてはいるが、その塀は高くない。そして、その塀の館側には、ちょっとした雑木林(俺が木の名前を知らないだけで、普通に観賞用の樹木だとは思うが)があって、政務棟から館の中が丸見えにならないように工夫されている。


 その林の北側は祭りをやった庭園の南西部と接しており、忍びはそこで発見された――と、そういう事みたいだ。


 それは分かった。が、一つ解せん。


「いや、それを言うなら千賀のせいだろうよ。あいつがどうしても祭りに行きたいって駄々を捏ねるからこんな事になっただけで、俺のせいじゃない」


 これだ。


 俺のせいとは何事であろうか。なんでもかんでも俺のせいにするのは、いけないと思います。


「まあまあ」


 伝七郎は眉を八の字にして、俺を宥めにきた。爺さんの方は悪びれずに、ふぁっふぁっと声に出して笑っていたが。


 だが爺さんは、ひとしきり笑うとすぐに表情を引き締め、俺と伝七郎に向かって言った。


「とは言え、だ。今日は大事なく済んだから、とりあえずはよしとするにしても、敵方が乱波をこの館にまで寄越すようになったという事実だけは心に止めおかねばならぬぞ。今回の事で、それが明らかになったのだ。我が不始末ながら、下女に紛れて怪しい人物が入り込んできた事もある。こちらは幸い小僧が見つけてくれたがな。以前ならまだしも、もうここには姫様がおられる。そのような者に簡単に入り込まれるような事などあってはならぬ。それに敵方が乱波を寄越しているという事は、こちらの動きを読もうとしているという事だ。これから大事な局面を迎える中、こちらの動きが筒抜けになっては一大事ぞ。警備を、今まで以上に厳にせねばなるまいて」


 その通りだった。


 千賀の安全。まず、これが脅かされるような事など絶対にあってはならない。


 それに、これから例の塩止めをしている『同影』とやらをなんとかせねばならないし、その後俺たちは自分たちの未来を賭けて戦う事を余儀なくされる。このような状況下では、こちらの動きが丸裸になるような事態は絶対に避けなくてはならない。


「おっしゃる通りですね。早急に手を打ちましょう」


「だな。放っておいていい状況じゃない。警備を強化する」


 伝七郎と俺は、それぞれ爺さんにそう答えた。これは軍務を司る俺の仕事だった。だから、早急に対応しようと思う。

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