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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第四章
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第百八十二話 二水の町再生計画 でござる その二

「まったく勝機のない事をやれと言うつもりはない。確かに俺たちは施政者で、税という形で民から搾取をする。しかし領土が育つように図るのも、また仕事でな。それをしてこそ始めて統治と言える……本来はな。俺たち水島は『統治者』だよ」


 向こうの世界の俺がいた時代の人間が聞けば、俺のこの発言に特に真新しい部分は見出せない。しかし、こちらの世界の今現在においては、どうもこういう考え方の元に統治はされていないようだった。


 領民から富を吸い上げ、その富で兵を養い、それを持って正面から力比べをし、勝った方はより多くの領民を得て搾取できるという――すべてにおいて『消費』を主体としたシステムで世の中が動いているらしいのだ。


 最初この話を伝七郎から聞いた時、通りで金崎筆頭にどう考えても頭が良いとは思えない統治をしている領主が多かった訳だと妙に納得したものだ。


 そして、この伝七郎の話からも容易に想像がつくが、長期的な都市計画のもとに日々の経済活動を行っている町など、はっきり言って極少なのである。


 それぞれの勢力のお膝元や、すでにかなりの人口を有しており経済効果の高い町、あるいは周辺に某かの資源があるような町――そういった限定的な条件においては、計画的に発展させているような町も存在はするらしい。しかし、意識的に一から作り上げられている町というのは本当に少ないと、伝七郎は言っていた。


 それは、大半の町・村・里が、無計画無秩序に、日々成長したり、廃れたりしている事を意味する。延いてはそこから、この世界の大半の施政者が『領地とは収穫をする対象であって、育てるものではない』と考えている事が見て取れる。


 少し前に御用部屋で爺さんや伝七郎とこの件について話をした事があるのだが、二人とも「嘆かわしい話だ」と自嘲気味に溜息を吐いていたのを覚えている。それが印象的だったので、強く記憶に残っていた。


 確かに嘆かわしい。


 しかし、これから二水の町の再生に着手しようという俺にとっては、これは間違いなく追い風であった。話を聞いた時には「駄目駄目じゃん」と呆れたものだが、立場が変われば話は別である。


 敵は弱い方がいいに決まっているのだ。


 強い敵に会いに行くなどというのは、格闘ゲームの世界と変人に任せておけばいい。俺は楽がしたい。


 周りが何もしていないならば、やり方さえ間違えなければ、すでに勝ったも同然ではないか。皮算用には違いないが、賭けとしてみても決して分は悪くない。


『二水の再開発』という策の成功を俺が確信している理由は、そこにあった。正直、二水の民が本気でこの案に乗ってくれれば、勝ち方を考えるだけのイージーゲームだと俺は思っている。


 だから、この策における俺の最大の役割は『モチベーター』なのだ。


 いかに二水の民をやる気にさせるか――そこに全力を注ぐべきなのである。


「でも、ならなんで水島は、俺たちの町を切り捨てるような真似をしたんだよ」


 太助は面白くなさそうに、吐き捨てるようにして言った。


「言っただろ? 『領土』だと。領土とは、統治下の特定の町の事だけを指す訳ではない。統治下の町すべてを含めた土地の事を言うんだ。それに、『育つように図るのが仕事』と言ったんだぜ? 実際に『育てる』のは、その土地の民だよ。太助、お前たちはきちんと二水の町を育てていたと、胸を張って俺たちに言えるか?」


 俺は茶を飲むために傾けていた茶碗を戻し、太助の目を真っ直ぐに見て尋ねる。皮肉などではなく真摯に問う。


 すると太助は、「うっ」と言葉を詰らせた。そして、


「いや、そう言われてしまうとなあ……」


 と言葉を濁して、助けを求めるように吉次、八雲の方を見た。しかし、二人とも悔しそうな顔をしたものの、はっきりと首を横に振った。


「だろう。でも、それが認められるようになっただけでも成長したってもんだ。次は失敗しないようにな。俺も協力しよう。今度こそ、きちんと自分たちの手で二水の町を育てて見せろ」


 俺自身もまだ町を育て上げた事など当然ないが、ここは自信を持ってそう言わなくてはいけなかった。


 人の上に立つというのは、本当に大変だ。


 特に、これほどに演技力を求められるとは、ついこの間までは思ってもいなかった。しかし最近は、それを思わない日の方が少ない。


 とりあえず俺は、そんな気持ちを誤魔化しながら太助の肩をバシバシッと叩く。激励のつもりでもあった。


「痛ぇよ」


「そりゃそうだ。痛いようにやっている。愛の鞭だよ」


「なんだそりゃ。気持ち悪い」


 太助の奴は、真に失礼な事に、そんなセリフを吐きおった。


 でも今の奴は、本当にきちんと考えるようになったと思う。少なくとも今の俺の言葉に対し、キモいとは言っても反発はしていない。以前なら、キモいと言う前に強く反発していた筈だ。


 俺は与平の方を向いて、「なんつー無礼な奴だ。お前これどう思うよ?」などと愚痴って見せたりしたが、その実こっそりと嬉しかった。


 与平はその隠している方の俺の感情を読み取ったようで、「あはは。そりゃ武様が悪い」と笑う。


 そんな時間を少し過ごし、俺たちは三幻茶屋を出る事にする。帰りしなに、葉月さんと美空ちゃんが奥から見送りに出て来てくれた。


 すると、さっきはへばっていてよく見ていなかったらしい三人が、二人を見て「うおっ」と声を上げる。


 馬鹿どもが。金玉ついてんなら、美女は匂いを嗅いだ瞬間に気付かんかい。修行とハングリー精神が足らんわ。……つか、少なくとも一人は飢えていませんね。首を絞めてもいいかな?


 太助の奴には茜ちゃんがいる。吉次、八雲も、面構えからして女に不自由しそうにない。俺のイケメン順位は、俺の周りに人間が増える度に下がりっぱなしであった。


 底辺は、どこまでいっても底辺なんですね。分かりたくもありません。


 俺は、頭の中の太助らに上から目線で見下ろされながら、拳を握りしめた。もっともその間、現実の太助らは葉月さんに釘付けになっていた訳だが。


 それを見て俺は、とりあえず溜飲を下げる。そして葉月さんらに、「有り難う。また来るよ」と礼を言って、店を後にした。


 俺たちは大通りを通って、以前鳥を焼いていたおっちゃんに教えてもらった獣屋へと向かった。祭りに備えて、それなりの量の手配を頼みたかったからだ。


 それにメニューの試作の為に、いくらかは今日持って帰りたい。


 しかし猟師の持ち込みの獣肉を売っているという話なので、今日の今日という話だと必ずあるという保証はなかった。だから、


 あるといいな。


 そう思いながら、道を歩いて行く。


 その後ろでは、先程見た葉月さんらの容貌について盛り上がっていた。


 大いに損をしたと嘆く太助と吉次。困ったような顔をしながらも、それでも二人に話をあわせている八雲。皆あれだけへばっていたのに、すっかり体力も回復しているようだった。細身の八雲でさえだ。やはりこちらの人間は、基本的に俺とは体のつくりが違うようだった。


 そんな事に感心している俺の耳には、何度も何度も「目の前まで来ていたのに気がつかなかったなんて、なんたる不覚」という太助の言葉が届いた。すでに何回目だろうか。


 確かに葉月さんはすこぶる美人だが、これはどうなのだろう。お菊さんに会わせた時にもなんか固まっていたし。そのうち茜ちゃんに刺されないかと、本気で心配になってくる。他人事ではあるが、他人事ではないので、心配せずにはいられない。こいつは、水島と二水の関係において、真に遺憾ながらも希望の星なのである。


 俺ほどの勝ち組なら、そんな身の危険なんかまったくないぞ。見習えよ。


 そう言ってやりたい。俺は超安全だった。『色恋沙汰』が原因で刺される可能性なんか零である。絶対的な、安全に対する確信があった。……ヤベ、ちょっと涙出て来た。


 俺は込み上げてきたものをグッと堪える。


 大丈夫。俺にも希望はある。


 もしお菊さんを落とせたら、負け惜しみではなく正真正銘の超勝ち組になれるのだから。自称年収五千万から、正真正銘の億万長者にクラスチェンジするに等しい。


 しかも、なんか最近、マジでそんなドリームが起こる可能性が出て来たように思うし。


 まあ、所詮恋愛カーストの底辺の感ですから、ただの思い込みの可能性も多分にあるのは事実ですが。それでも、以前よりもググッと距離が近くなったとは思うのだ。


……頑張ろう。


 俺は未だ後ろで盛り上がっている三人の話を聞きながら、そう自分に活を入れた。

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