第百七十六話 後始末――藤ヶ崎の館にて―― でござる その二
俺がそう言うと、伝七郎も爺さんも正に「お、おう……」といった顔をした。
人サマに大変な苦労をさせたのだから、このぐらいの悪戯には笑って付き合いたまえ。それぐらいの要求はしても、許されて然るべきである。
まあ、とはいえ、いつまでも巫山戯ている訳にもいかず、二人の顔を見て満足する。そして、咳払いを一つした後に横の四人を紹介し、二水に塩を買いにいって関わらざるをえなかった今回の一件について、そのすべてを詳細に語っていく。
どういう事態になっていたのか、それにどう対処したのか。そして、今後どうするべきで、どうするつもりなのか。
事実と案を、隠す事なくすべて話していった。
「――――という訳だ。こいつらは俺が陪臣として抱える事にした。この娘は下女だ。こいつらの面倒を見てもらう人間が必要だからな。そして二水の町の方だが、今話した通り少々いじらないといけない。が、今後も領地を増やしていかねばならない中、水島家が二水の町だけに集中して直接公金を落とすのはあまり好ましくない。不平等を感じられても、第二、第三の二水の町をつくりかねん。まあ、地理的に二水は重要な拠点だから落とす理由はあるんだが、民がそれで納得してくれるかどうかは分からない。だから二水は、俺が個人的に手を出そうかと思っている。で、そうなると資金をどうするかという話になるが、これを今回の塩で稼ぎだそうと思うんだ」
伝七郎と爺さんの顔を交互に見ながら、俺は説明していく。爺さんは「ほう……」とうっすらと笑みを浮かべ、伝七郎は静かに目を閉じたまま、何度か小さく頷いていた。
「二水の塩泉は、約束した通り太助の二水の町長就任とともに二水に返すつもりだ。その頃には俺たちも、二水の塩をそれ程必要とはしなくなっていると思うしな。というか、そうなっていないとヤバイ。だから、なんとしてもそうする。と言うことは、その時には前回二水の恨みを買った時と似たような状態になっているという事だ。だから二水の町が再び同じ轍を踏まないように、今度は別の稼ぎ口を用意しておこうって話だな。それを生かすも殺すも二水の町の民次第ではあるが。まあなんにせよ、次も同じように只嘆くだけなら、今度は見捨てる。それで滅ぶなら、それは自己責任だ」
この言葉に俺の横の四人がびくりと肩を震わせるのが、目の端に入った。場違いなところにいる自覚はあるようで、四人とも口こそ挟んでこないが、それでも俺の言葉にまじまじと、こちらを見ている。
これが脅しでもなんでもない事は、四人とも理解している筈だ。必要ならやるという俺の姿勢は、太助は直接見ているし、残りの者たちも太助から話くらいは聞いている事だろう。
俺は太助らが顔に緊張感を走らせた事に満足し、そのまま話を続ける。
「ちょっと話が逸れたな。とにかく、そういう訳で、あの塩の泉は、とりあえず俺――神森武個人の所有物という事で認めて欲しいんだ。論功行賞で、ツケになっている分があったろう。それで相殺してくれても構わない。で、俺が商店を立ち上げるから、そこから塩泉の塩を買って欲しいんだよ。町をさわる為の資金をそこで捻出しないといけないから、べらぼうに買い叩いてもらっては困るが、それでも現状の塩の値と備蓄量を考えると、水島家としても乗れる話だと思う。どうだろう、伝七郎。お前はどう思う?」
「今の話で、武殿へのツケを削る訳にはいきませんよ。まあ、形の上ではそういう事にしておいた方がいいかもしれませんが」
考えを問うべく見つめた俺の目を見返し、伝七郎はそう言って笑った。しかしすぐに伝七郎は、少し困ったような表情を浮かべて、
「うーん、そうですねぇ。良案だとは思うのですが、それって武殿が二水の町に掛かり切りになるという事ですよね? それはちょっと認められませんよ?」
と言ってきた。
そりゃあ、そうだろう。それぐらいは、俺も理解しているぞ?
「バッカ。いくら俺でも、今それが認められるとは思ってないって。俺は大本締めにはなるけれど、実際に元締めとして動くのは、こいつだよ」
俺は太助の方を、クイッと顎で指す。急に振られた太助は、伝七郎の視線に若干の動揺をみせたが、それでも真っ直ぐに伝七郎を見返していた。
「で、この太助も勿論自分自身が体を動かす訳ではなく、その手足となって働く人間を雇わせるつもりだ。とりあえずさっきも言ったように、ここにいる三人までが俺の陪臣で、あとは塩を売って得た利益から太助に雇わせる。雇う者の選別は太助に一任するつもりだが、まあ、こいつの子分だった子供たちを含む二水の町の人間になるだろう。これでも駄目か?」
そう尋ねると、伝七郎は再び俺の方を見た。そして、ツボにはまったかのように笑った。
「ぷっ、くっ、あはは。いつもの事ながら強引で周到ですねぇ」
なんで、そんなに笑うのさっ。
俺はそう言おうとする。しかし爺さんにも、
「こやつの気性なのだろうな。あきらめろ、伝七郎」
ヤレヤレとばかりに、わざとらしく溜息など吐かれて黙らざるを得なかった。そんな爺さんに「そうですね」と返しながら伝七郎は、
「分かりました。武殿が今の役目から動かないなら、いいですよ。認めます」
と承知した。
それを聞いた爺さんも頷く。しかし、すぐになんとも言えない複雑な表情をつくりながら、
「それにしても小僧。無茶をしてきたものだのう。まあ、儂らのツケを払わせたようなものだから、文句を言えるような立場ではないが……」
と腕を組んだ。
まず間違いなく、攫ってなぶり殺しにした事や、膳兵衛のところに討ち入りを掛けた事『そのもの』の事を言っている訳ではないだろう。それも含めた、今回の策全体の事を指している筈だ。
遠からず、この件は外部へも漏れるだろうし、漏れれば継直の軍に対して仕込んだ『藤ヶ崎は投降者を厚遇する』という風評への影響も少なくない。
とはいえ、当然あのまま放っておく訳にもいかなかったし、別のやり方するにしても、一度某かの刺激を要した事は想像に難くない。現実的な路線では、どうやっても五十歩百歩だった筈だ。痛みを伴わないやり方をしようとすると、どれ程の労力と時間がかかったか分かったものではない。
おそらくこの辺りは爺さんも考え至っている筈なので、それ故の表情と苦言だろうと思う。
「……言ってくれても構わんよ?」
「全部承知の上で尚やった奴に言っても、仕方がなかろうが。でもお主、これは利用されるぞ?」
真っ白の眉を片方つり上げるようにして、爺さんは言う。
「ある程度は仕方ないさ」
「ある程度ですむかのう。儂なら、これ幸いと殊更喧伝するぞ?」
爺さんは、継直との決戦までの道のりを考えて心配している。
どれ程かき集めても、現状の領土から計算すると、俺たちには継直を圧倒するような戦力を用意する事は出来ない。故に、どうしても細かく破っては、それをその都度教育しなおして組み込んでいくという戦略をとらざるをえない。
だから、敵兵の投降に悪影響を及ぼしそうなのは勘弁願いたいというのは、実に真っ当な意見だった。
要するに、爺さんが問題にしているのは『やった事』ではなく、『やった結果起こる事』なのだ。
爺さんの言葉を聞き、伝七郎も笑顔を引っ込めて真顔で頷く。
「ですねえ。これは私でも利用します。敵方もやってこない訳がないと考えておくべきでしょう。もっとも、私は平八郎様以上に武殿に文句など言えませんが。すみませんでした。これは、明らかに私の仕事でしたね」
領内の政の頂点は伝七郎だ。それ故の言葉だろう。
伝七郎は、自分の代わりに名前を汚させたと思っているのに違いなかった。それはもう申し訳なさそうに、こちらに深く頭を下げてくる。
「ただの巡り合わせだろ。片付くなら誰がやってもかまわんさ。俺の越権行為という見方もできる。だから、互いにそれを言うのは止めておこうぜ。詮ない事だ」
俺は笑って、伝七郎に向かってそう答えた。伝七郎も納得してくれたようで、頭を上げてくれる。
それに安心し横の様子を見てみれば、太助ら四人は黙って興味深げに、俺たちの話を聞いていた。関係ないと聞き流しているようには見えなかった。
皆、目に驚きの表情を浮かべている。多分、庶人との視点の違い、判断基準の違いを見たせいだろう。
俺はそんな四人から、再び伝七郎へと視線を戻して尋ねる。
「ま、二水の件をざっくりと話すと、そういうこった。とりあえず二水に関しては、俺の構想通りに進めていいか?」
最後に、しっかりと確認しておく。こういう部分の意思疎通を親しいからとなおざりにしておくと、積もり積もって互いの不信の元になる。だから、締めるところは締めておかなくてはならない。
「はい、承知致しました。あ、でも、一応今回の件も含めて、報告は出して下さいね」
「勿論。承知しているよ」
「助かります。では、それで進めて下さい」
「了解。ありがとさん」
伝七郎は軽い調子で了承した。
もちろん今話している内容は、その口調ほどに軽い内容ではない。そんな事も分からないような人間は、俺たち三人の中にはいない。
が、俺たち三人が集まって話をする時は、いつもこんな感じだった。相手の能力を信じているので、話がすごく簡略化されるのである。その結果こうなるのだ。トップの会談ってのは、意外にもこんなものなのかもしれないなと、最近俺は思うようになった。
俺は何か他に話し忘れた事はないかと指折り数えて確認する。とりあえずはなさそうだ。
だから今度は、俺が気になっていた点を伝七郎に尋ねる事にした。
「えーっと、そういや、商人を襲っていた賊の方はどうなっているんだ?」
こちらは俺が塩を買いにいっている間に、伝七郎があたる事になっていた。何か新しい情報でもあるかと思ったのだ。