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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百七十三話 二水の町の反乱劇 決着 でござる

 為右衛門は絶句し、他の者は目を見開いた。結果として本堂は、先程までとうって変わって静寂に満たされた。


 しかし、いつまでもそのままである筈がない。


 すぐに、


「い、いやいや、神森様。ご冗談がきつすぎますな」


 と為右衛門が、頬の筋肉をヒクつかせながら、無理やり笑顔を作って言った。当然その目は笑ってなどいない。


 しかし俺は、そんな為右衛門に冷たく言い放つ。


「いや、冗談なんかじゃあないぞ。お前は今を以て、町長(まちおさ)の座から降りる事になる。その理由が分からんとは言わせんぞ?」


 すると為右衛門は、その顔に張りつけていた笑顔をスッとしまい、


「……分かりませんな。それに、その様な事を貴方様が決められるとでも?」


 と唸るような低い声を出した。怒りのあまりに、口を滑らせたのだ。


 俺はすっと目を細めながら、口の端を持ち上げる。


 為右衛門はそんな俺の様子に、小さく眉をぴくりとさせたが、もう遅かった。俺は口を開く。


「ほう? では逆に聞くが、何故俺がそれを決められないんだ?」


「…………」


 為右衛門に問うが、答えられる訳がない。長い沈黙の後、為右衛門が小さく舌を打ったのが見えた。こちらに気付かれないようにしていたようだが、俺にははっきりと見えた。


 ふん。この問いは効いたか。が、どちらにしろ、もうすでにお前に打つ手は残っていない。すでにゲームオーバーなんだよ。


「金崎の援軍でも期待しているのか? 無駄だ。お前の造反の成功など、奴らは端から期待していない。それに、今ここに国境の兵を送ったら、返す刀でなで切りにされる事くらい奴らも分かっている。そんな危険を冒してまで、お前ごときの為に金崎は軍を動かさんよ。だから、『兵』は来ない」


 これは事実だ。伊達に俺も、仕事に殺されそうになっていた訳ではないのである。


 もともとは四方の砦の改修の為にではあるが、国境線の警備は以前よりも厚くしてある。特に基礎工事中である今は、俺の命令で擬兵を施された兵を大きく動かして、存在を『見せ』ていたりもする。


 こちらの兵力を実数以上に錯覚させる為だ。


 とはいえ、金崎がまったくの無能などというそんな嬉しい事はなく、国境に兵力を偏在させて国力を誤魔化そうとしたのは見破られたくさい。警備がやや薄くなった街道を使う、行商を狙われ続けるのは痛かった。


 しかし、兵力偽装の為の案その二である擬兵の方は、うまく効果を発揮している。金崎の足は今現在はっきりと止まっており、国境は膠着状態だった。


 策を二重構造にしておいてよかったと思う。


 他の国との境も特に問題はない。強いて言えば継直のところとの国境だが、こちらも街道での賊の襲撃こそいくらか起こっているものの、兵の動きとしては不気味なまでに静かなものだ。


 だからとりあえず、四方の砦の工事の為の時間を稼ぐという、最低限の目標はクリアできている。


 そんな状態なので、為右衛門ごときの為に金崎が兵を動かす事だけは、イレブンナイン以上の確率でないと言い切れたのである。


 為右衛門の顔色が変わった。


 しかし俺は、容赦なく更に続ける。


「それとも膳兵衛あたりを当てにしているのか? ご愁傷様だ。ここにやってくる前に、奴の所に寄ってきたよ。奴がお前に協力する事は二度とない。というか、お前気をつけろよ? お前のせいで、奴らは大変な損害を被る事になったぞ? 攫われて殺されないようにな」


 そう俺が言い終わった時には、為右衛門の顔色は白くなっていた。


 奴は俺の体についた返り血を見ていた。俺の言葉の意味は、正確に理解できた事だろう。


 もっとも、為右衛門が膳兵衛に攫われる事はないと思うが。


 膳兵衛にしてみれば、為右衛門を攫って恨みをぶつけたい気持ちは大いにあるだろう。しかし俺が太助を抱えている以上、ヘタに手を出して、再び俺が出てくるような展開は御免被りたい筈だ。


 とはいえ、そんな事を言って、為右衛門を安心させてやる気など毛ほどもない。


 それにこの狸なら、頭を冷やして冷静に考えれば、すぐに気付くだろう。


 その後どうするのかは、為右衛門と太助の話だ。それを親子関係の修復の切っ掛けにでもしてくれれば言う事はないと思っているが、その辺りは俺が口を挟む事ではない。


 なんにせよ、である。


 今の為右衛門は、頼みとする綱を二本ともぶった切られた状態で、奴の手にはもう残っている綱はない。だから、奴のこの反応は当然のものだった。


 それに何より、俺のさっきの言葉は、奴が暗躍していた内容のすべてを、こちらが把握している事を意味している。為右衛門にしたら、むしろそちらの方が致命傷かもしれない。それは、もう俺たちには誤魔化しがきかないという事に他ならないからだ。


 だからこそ為右衛門自身は、顔面を蒼白にしたまま固まってしまっているのだ。


 しかし、奴の取り巻きは違った。


「ご家老様、そのようなご無体な事を。言いがかりにございます」


 為右衛門同様、俺の体についている返り血をチラチラと見てはいたが、自分は大丈夫とでも思っているのか、まだ慇懃無礼な態度をとり続けた。


『ご家老様』に、『言いがかり』などと、ただの商人は普通言わない。言えない。だがこいつらは、もみ手に、やや崩れた作り笑顔で、この期に及んでも尚も平気で、そんな言葉を投げかけてくる。


 明らかに、すべてを知っている人間の取る態度ではなかった。為右衛門から詳しい話を聞かされてはいないのだろう。だから状況を把握できずに、未だにいい気になっていられるのだ。


 だがこれは、俺にとってはむしろ好都合だった。この男のおかげで、為右衛門の罪状をもう一度皆の前で読み上げる事が出来るのだから。


「いや、言いがかりではないぞ? さっきも言った通り、共犯の膳兵衛の所に行って、洗いざらい吐かせてきたからな。それに、為右衛門と金崎家との接触も確認されている。言い分があれば聞くが、もうすでに全部裏付けを取り終わっているから、罪状は覆らんと思ってくれて構わんよ」


 膳兵衛の所に行っては吐かせたと言った時に、男は冷や汗を流した。膳兵衛の奴は、随分とデカいツラをしていたようだ。そして、そんな膳兵衛にどう吐かせたのか。その事に思い至ったらしい。


 男は黙ってしまった。


 しかし、『金崎との接触が確認されている』との言葉に、為右衛門が反応した。為右衛門は、ここに至って、ようやく俺の後ろにいる自分の息子の存在に気がついたようだった。


 ハッとした表情をしたかと思うと、ガクリと肩を落とす。遣いの女と会った時の事でも思いだしているのだろうか。


 俺はそれを見て、言いがかりだと言ってきた取り巻きの男ではなく、為右衛門の方を見て問う。


「何か申し開きはあるか?」


「……ございません」


 為右衛門は奥歯を噛み砕かんばかりに歯を食いしばりながらも、そう答えた。


 チェックメイト。決着だった。


 俺はその解答に、


「そうだな。それが賢いと思うぞ。本来は有無を言わさずに極刑だ。お前の息子の働きを鑑みて、それだけは勘弁してやるが、余計な抵抗をすれば当たり前に裁く事になる」


 そう無感動に伝える。そして、


「まず、巽屋為右衛門。お前の長の地位を剥奪する。御用商人の地位もだ。巽屋も没収。お前は館も持っているらしいが、その館と資産は勘弁してやろう。改めて商売を始めたければ始めてもいいし、そのまま隠居するのもいい。好きにしろ。まあどうするにしろ、お前にはもう権力を与えない。地道にやるんだな」


 と冷然と言い放つ。


 為右衛門はその言葉を聞いて、ゆっくりと頭を垂れた。


 しかし俺はそれを無視し、為右衛門にではなく、その場にいる全員に向かって告げる。


「それと奪還した塩の泉だが、これはしばらくは水島家の管理となる。太助には、いずれこの二水の長となってもらうべく俺の下で経験を積んでもらう事になっているが、こいつが二水の長になった時に、泉は町に返してやる。もちろん以降の所有者も水島家という事にはなるが、管理は任せる。もっとも、それまでの間も太助たちに管理を頼む事になるから、実際は何がどう変わると言うほどの変化はない。為右衛門が専横していたものが、正しい所有者の下へ返るだけだ。……これが今回の騒動に対する、水島家からのこの町への沙汰だ。確かに伝えたぞ」


 俺がそう言い終わると、塩泉の所有権を奪われる事に対して、特に為右衛門の取り巻き連中の商人たちが色めき立った。事実上為右衛門が独占使用してきた形ではあったが、それでも町の財産だとの思いが奴らの中にはあるのだろう。だからこそ、塩の件で水島を強く恨む事もできるのだ。他人の財産だと思っているならば、それがどうなろうと腹もたたない。


 しかし当の為右衛門は、心底忌々しそうに鼻に皺を寄せながらも、口を開く事はなかった。


 小さな町の――ではあるものの、そのトップとして君臨し、あまつさえ専横を押し通す力も持っていた男である。他の者たちは別として、ここで俺に逆らう事の愚くらいは理解できているようだった。


 だから俺は、『皆の前』であえて尋ねる。


「為右衛門。異存はないな?」


 すると為右衛門は、歯ぎしりをするようにしながらも、


「…………はい。ご恩情、感謝致します」


 と低い声で唸るように答えたのだった。


 それを聞き、為右衛門の取り巻きたちは慌てた。更に騒ごうとした。子供たちの親は、あまりにもあっさりと俺に伏した為右衛門に驚き、目を見開いたまま大人しくなってしまった。


 一方、落ち着き払っている者もいた。


 慈恵和尚は表情を動かさず超然と沈黙を貫いたし、金屋達吾郎は「ほう……」と一瞬鋭い視線を放ったものの、すぐに元の商人然とした笑顔に戻った。


 その様子を見て、沙汰を伝えて以降、皆を注意深く観察していた俺は悟った。


 どうやら、あのやかましい取り巻き連中を黙らせれば、この件は終わる――――と。


 だから俺は、騒いでいる取り巻きたちに向かって、冷たい視線で上から問うてやる。


「……お前ら、何か不服でもあるのか?」


 一人一人と視線を合わせていくと、俺の視線とぶつかった瞬間に、皆すぐに視線を逸らして黙っていった。


 為右衛門の威を借りて威張っていただけの小物ばかりのようだった。俺の視線を真っ向から受け止めて、論を張ろうとする者は一人もいなかった。


 大した重役たちだな。二水が寂れる訳だ。


 俺は内心嘆息しながら、念の為に歳だけを無駄に食っている馬鹿どもに、とどめを刺しに行く。


「ま、お前らの言いそうな事など一つか。だが、現状お前らが思っているようには、話は動いてはいかない。この町の統治者は、すでにお前らではないからだ。統治者は、ついこの間までは『継直』だったし、今は『俺たち』だ。泉が『町』のものならば、取り返せば『現在の町の統治者』の下に戻るのが筋というもの……故に『俺たち』の下に戻るのだ。お前たちは何かを勘違いしているようだが、今までは管理する事をその時々の統治者に認められていただけに過ぎない。どこかの陣営に属した時点で、お前らのものではなくなっている。だからお前らが今どれだけ喚こうとも、為右衛門の首が落ちるか落ちないかの差しか生まれない。お前らは町の重役のくせに、その程度の分別もつかぬ程に自惚れているのか? 為右衛門が黙っている理由は、そういう事だよ。なあ、為右衛門?」


 俺は冷ややかな視線を向けたまま、取り巻きたちをそう激しく叱責し、最後にわざと為右衛門へと話を振ってやった。町の者たちに、現在の為右衛門の身分をはっきりと知らしめる為に。


 為右衛門も俺の考えは分かっただろうが、どうする事も出来ない。ただ一言、


「……はい」


 と力なく答えただけだった。


 それを聞き、為右衛門の取り巻きどもも、ようやく諦める。ガックリと肩を落した。


 ようやくここに、二水の町を舞台とした造反劇が終わったのだった。この町に来て、そんなに日数は経っていないが、もう随分と経ったように思えた。


 何とか未然に防げはしたものの、正直もう少し来るのが遅かったらと思うとゾッとする。事なきを得たのは、まさに天運だったと言えるだろう。


 目の前で膝を着き項垂れている為右衛門を見下ろしながら、俺はこっそりと背中を冷たい汗で濡らしていた。

2014.9.12

とはいえ、金崎がまったくの無能などというそんな嬉しい事はなく~


あたりから、少しだけ加筆・修正をしました。

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