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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百六十六話 躾 でござる その一

 赤の提灯、白の提灯――――。


 交互に並ぶ紅白に派手派手しく飾られた店先は、朝になって火が落されていても、殺風景な路地裏で一際異彩を放っていた。大きく開かれた入り口と、格子窓の向こうで小さく開いた障子から甘い香りが流れてくる。香の匂いだろう。男の本能を刺激する。多分夜は障子が大きく開かれ、格子の向こうから遊女たちが流し目で誘うように、こちらを見つめているに違いない。


 そんな『三上や』の建物の大きさは、かなり大きかった。二水程度の規模の町で、これ程の女郎屋は破格の規模と言えた。


 女郎屋などというものは、こちらの世界でも決して世に認められた存在ではないが、どの町にも大なり小なり存在する、らしい。しかし、この規模の女郎屋はそうそうない筈だ。


 そこの領主と余程に強く繋がっていないと、こんなにど派手に営めば、すぐに目を付けられて潰されてしまうからだ。


 それ故に、それ専用の町だというなら兎も角、二千人いるかどうかといった小さな町で、小屋とは言いがたい規模のこの様な女郎屋があるというのは、それだけで十分異常な事なのである。


 それどころじゃなかったとは言え、うちも結構ザルだよな。


 そう思う。


 ここの存在自体を知らなかったのは、多分俺だけだろう。


 にも関わらず、好き勝手にやらせていたのはいただけなかった。やらなくてはならない事がありすぎたという実情は重々に承知しているが、そう言わざるを得ない。


 その事が、こいつらの増長にも繋がったと思う。間違いなく今回の一件を引き起こした原因の一つとは言えるだろう。


 俺は、女郎屋自体を否定する気はない。好ましいものではないのは確かだが、世の中必要悪というものは間違いなくある。だから適正に運営されているならば、目の敵にしても総合的に悪い事態にしかならないと、個人的には考えている。


 しかし、悪質な運営をするなり、今回のように身の丈を越えるような真似までするとなれば話は別だ。身の程を弁えてもらう必要がある。これは為右衛門に関しても同様の事が言えるが、その躾を怠っていたのは、水島の怠慢としか言いようがない。


 周囲が二階建てばかりの中にそびえる、立派な三階建ての建物を見上げながら、俺はその様に少々反省していた。


 それにしても、である。


 この立派な建物……。あの狸の店を彷彿とさせる。多分ずぶずぶなんだろうなあ……。


 溜息が漏れた。


 そうして眺めていると、店からすぐに、見るからに人相の悪いオッサンが飛び出してきた。これだけ大人数で押しかけているのだ。そりゃあ飛び出しても来るだろう。


 それを見て、俺もさりげなく腰の物の鯉口を切っておく。


 他の若衆も、十人ほどが店の入り口付近まで出て来た。ただそいつらは、最初の男と違って店の中から、こちらの様子を窺っているだけのようだ。


 怒鳴る気満々で飛び出してきた男は、俺の顔を見て吸い込んだ息を止めた。そして、


「…………これはこれは神森様……。本日は一体どのような御用にございましょうか。このように沢山の武士(もののふ)を引き連れて……。随分と物々しゅうございますが」


 と、その人相に似合わぬ丁寧な口調で尋ねてきた。


……ほう。俺の名と顔を知っているか。確かに俺は、顔を隠すような事はしていないし、この二水の町中も堂々と歩いている。だが、俺の名と顔が一致する奴は、うちの家中の者以外では、まだそうはいない筈なのだがな。


 俺はニッコリと笑って、その男に告げる。


「如何にも。水島家家老、神森武だ。膳兵衛に会いに来た。膳兵衛は奥か?」


 俺はそう言いながら、建物の中に入るべく一歩踏み出すが、その男は俺の進路を塞ぐように体を移動させた。


「……いえ。主はただいま出かけており、今はこちらにおりません」


 一瞬俺を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、なおも慇懃な口調でそう言ったのだった。


「いつ戻る?」


「さあ……。あっしは存じておりません」


 そしてニヤニヤ。埒があかないとはこの事だ。……まあ、予想通りの展開ではあったが。


 そしてこの頃には、騒動に気付いた町の衆が結構な数集まってきていた。遠巻きに人垣を作って、こちらの様子を窺っている。


 目の端に、その姿が入る。『観客』の準備の方は整いつつあった。


 そろそろ……か。


 また源太に怒られるかもしれないが、ここは一度シャキッとさせないと、舐められたままではどうにもならないからな。


 俺は頭の中で損得の天秤を揺らし、最終判断を下す。


 膳兵衛は、この分なら中にいる。やるなら、このタイミングだ。


 俺は大きく息を吸い、


「俺は膳兵衛に話がある。ひと月ほど前、ここの者がうちの館に火を放ったらしくてな。待たせてもらおう」


 と俺は少し声高に、周りの野次馬どもにも良く聞こえるような声で言い放った。そして、再び女郎屋の中に入るべく動く。


 すると男も再び、


「……ですから主は――――」


 と言いながら、俺の進路を阻もうと動いた。


 しかし、言葉の方は最後まで言う事ができない。


――――シュカッ。


 俺がいきなり男の懐へと飛び込み、刀を抜いたからだ。


 腰を落として振るった俺の刀は、一直線に男の首へと向かう。


 男は突然の抜刀に、目を剥いた。しかし、体はおろか指一本動かす事もできなかった。その結果、


 ブシャ――――ッ。


 そのまま首を失った。


 目の前で首なしの体から血が噴き上がり、俺も幾らかかぶる。と同時に、


 ボテッ。ゴロゴロ……。


 切り落とした首が男の足下に落ちて、こちらに転がってきた。


 俺は返り血を一顧だにせず、足下に転がってきた首を足で踏みつけ止める。そして、それを店の中へと蹴り飛ばして、大喝した。


「二度も、誰の行く手を遮っておるのかァッ!」


 蹴り込まれた首は店の奥の方まで飛んだ。


 そして壁に当たり廊下を転がり、二階へと繋がっている階段の一階部分で、こちらの騒ぎの様子を窺っていた遊女の足下で止まる。


「キャ――――――ッ」


 絹を裂くような遊女の悲鳴が上がった。


 先程まで店の中でこちらの様子をニヤニヤと見ていた男たちも、この突然の惨劇に驚き固まっていた。しかし、そういう世界の奴らだけに、そこから我に返るのも早かった。


 すぐに腰や懐から、合口を引き抜こうと動いたのである。


 しかし――――。


「槍――ッ、構えッ! 抵抗する者には容赦なく穂先を突き入れよっ。情けは無用ぞっ! いけっ!!」


 源太の号令が、その場に響く。


 そしてそれと同時に、後ろに控えていた青竜隊の兵たちが槍の穂先を店の方へと向け、腰を落しながら小走りで前に出てきたのだった。


 あっという間に槍衾が出来上がった。


 それは、目の前のチンピラどもを全員串刺しにしても、なお余るほどのボリュームを誇っていた。


 その様子に、目の前のチンピラどもはおろか、周りの野次馬たちも動揺してざわめく。


 この一件は、すぐに町中に広まるだろう。そして、二水の町の民の水島家への認識を、良くも悪くも変える事になるのはほぼ間違いない。


 俺の予想通りに。


 憎悪を掻き立てすぎても駄目。かといって、甘い顔をしすぎて舐められても駄目。


 その辺りを調整し直す必要があったから、膳兵衛とその一派は、その為の生け贄として打って付けの存在だった。だから、俺はこいつらを利用する事にした。


 非道なやり方だと思う。それは認める。


 だが、改めるつもりはない。必要ならやるまでだ。何度でも。


 そのように覚悟を再確認していると、源太が近づいてきて俺の横に立った。護衛に付いてくれたようだ。これでいよいよ、目の前のチンピラどもでは俺に毛ほどの傷を付けるさえ出来なくなった訳である。


 そして俺は、それを確認すると後ろを振り返る。


 すると、太助の姿が目に映った。


 太助が俺の過激な行動を見るのは、これが二度目ではあったが、今回は唖然としながらも、チンピラどもが兵に槍を向けられる様子を食い入るように見ていた。


 先日のなぶり殺しの件といい、そして今のこれといい、太助らの時とは俺たちの対応が違いすぎる。多分その事を考えているのだと思う。


 太助は今、ともすると俺の存在すらも忘れたかのように、五十本の槍の穂先が膳兵衛の所の若衆に向けられているのを、凝視し続けていた。


 それを見て、微かに笑みが浮かぶ。


――――それでいい、と。


 見て、考えろ。


 胸の中だけで、俺は太助にそう声をかけた。


 今の太助に答えを尋ねるつもりはない。きちんと考えてくれれば、今はそれだけで良い。


 そう思っている。

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