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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百六十四話 源太の諫言 でござる

 俺が水浴びを終えても、太助が口を開く事はなかった。ただただ只管、考えに耽っていた。


 水浴びに使っていない方の手拭いを手に取り、俺は体を拭く。そして新しい着物を着た。生憎、新しいふんどしはここにはないので下は少々気持ち悪いが、それでも水浴び前とは比ぶべくもない。


 その段になって、俺から太助に声をかける。


「俺は部屋に戻るが、お前はどうする?」


「……もう少し、ここにいる。少し考えたいんだ……」


 太助は微かに視線だけをこちらに向け、それだけを言った。


「そうか」


 さっきの件について真剣に考えたいというならば、今はそっとしておいた方がいい。仮にやはり相容れぬと反発するにしても、だ。


 俺はそう答え、一人でその場を去る事にする。


 今は、ただ考えるだけでもいい。


 いずれにせよ、今の太助には、もっと真剣に二水の町の未来と向き合ってもらわないといけない。ただただ正義感に突き動かされているだけだった今までとは、さようならをしてもらわねばならないのだ。それが、今後の二水と水島との関係を決めるのだから。




 井戸端を離れ、この製塩場で働いていた人間の使っていた平長屋へと俺は向かった。今現在、俺に割り当てられた個室もそこにある。


 入り口に警護の人間も立っている上に、隣室は源太が使っているので、まあまず敵意のある者は入って来られないだろう。警備一流、建物三流の寝床だった。


 ちなみに建物は、平長屋が四棟ある。部屋は全部で二十室あり、俺と源太が一室ずつ、十人組長は基本二人で一室、残りが基本三人で一室というように当てられていた。足りない分は陣幕を張って補っている。


 部屋の前に着くと、警備に立ってくれている兵に軽く手を上げ、ちょっと力を入れ間違えるとバキリといきそうな木戸に手をかけた。が、建付けが悪くスムーズには開かなかった。


 俺は、それをガタガタと音を立てさせながら開き、中へと入る。


 そして視界に入る我が寝床。外観も外観だが、中も中々に立派なのだ。


 付け火の犯人らに追い出されたと思われる本来の住人の持ち物が、そのまま放置されており、非常に生活感が溢れているのである。


 ここの所、日々隅々まで埃一つなく綺麗に掃除された藤ヶ崎の自室に慣れていたせいで、最初この部屋に入った時はドンビキしたものだ。俺の部屋を綺麗に保ってくれている、館の侍女さんらに改めて感謝の言葉を述べたくなったくらいだ。ただ侍女さんらは、俺が有り難うと言っても、いつもニヨニヨとしながら「いいええ」と言うだけなのだが。あれの意味は今以て分からない。


 まあ、何にしても、だ。


 とにかく汚い。


 本当に、どこぞの山賊のアジトみたいだった。この部屋が、長屋の部屋の中で一番綺麗な部屋だったくらいなのだ。他の部屋はもっと汚かった。


 ただ、この汚い部屋からもいくらかの情報を得られたので、悪い事ばかりではない。


 そう。元々の住人が追い出された痕跡がはっきりと残っていたのだ。外から持ち込んで部屋を汚した感じではなく、明らかに生活感ありありの部屋を更に汚した感じだったのである。


 となると、いくらか疑問が出てくる。


 為右衛門の依頼で膳兵衛の所の人間が火を付けたのだとすると、二人の間では当然色々と話がついている筈である。当然実行犯の隠れ先についてなんかは、真っ先に話し合っているだろう。


 にも関わらず、前の住人が『追い』出されているのである。


 とすると、いくらあからさまに匿う訳にはいかなかったとは言え、為右衛門は自分のところの従業員を軽く『襲わせた』のだろうと予想がたつ。


 要するに、山賊の真似事を膳兵衛の所の人間にさせたという事である。


 こんな事をしたら、この製塩場を再稼働させるのにどれ程の手間がかかる事か。それでも、やらせたのだ。


 それ故に、その損失をペイするだけの某かの実入りが為右衛門にある可能性が高い――と予測できたのだ。


 太助の証言の他に、こういった状況証拠がいくつもあった事が、今回俺が力技に出ようと踏ん切りを付けられた理由でもあった。もし、これらの事がなかったら、もっとうじうじと悩んだかもしれない。


 だからそう考えると、ここの部屋が汚かったのも悪い事ばかりではないのである。


 俺は部屋に戻ると、水瓶が置いてある方へとまっすぐに向かった。その脇には茶碗が一つ、盆にのせて置いてあった。


 その茶碗を手に取り、乱暴に水瓶から柄杓で水を直接放り込む。そして俺は、その碗をグイと一気に呷った。


 酷くぬるい水は、鼻の奥に残る血臭でどうにも生臭く、不味い。ただそれでも、色々あって乾ききっていた喉を潤すくらいの事はしてくれた。


 ふうぅ。


 ようやく一息をつき、俺はその小汚い部屋の真ん中に大の字になって寝転がる。


…………源太、うまくやってくれているだろうか。


 その事が頭から離れない。尋問そのものは、丸投げしたに等しかったから。時々鼠がトトトと走る天井を見上げながら、その事ばかりが気になった。


 するとしばらくして、


「源太です。よろしいですか?」


 と部屋の外で待ちわびた声がした。


「おお、終わったか。入れよ」


 俺がそう答えると、「はっ」と短い返事がして、建付けの悪い扉が再びガタガタと開けられる。


 そして入ってきた源太は、部屋に入ってすぐ――土間と部屋の間の一段高くなっている所に腰掛けた。少し疲れた顔をしていた。


「お疲れ。面倒をかけたな」


 それを見た俺は、半身を起こして労う。すると源太は、小さく首を横にひと振りし、


「いや、まったく。それにしても武様――――」


 と改まった顔をする。そして、


「今回みたいなのは最後にして下さいよ?」


 と源太は俺の目を真っ直ぐに見て、そう言ったのだった。


「あまりにも乱暴がすぎる……か?」


 多分そうではないと思いながらも、俺は尋ねる。


「違います。まあ、確かに乱暴ではありました。好ましい方法ではないのも事実でしょう。でも、そういう事が言いたい訳ではありません」


 すると、やはりというか、即座に否定された。そして源太は、まったく目を逸らす気配もなく言葉を続けた。


「私が言いたいのは、あれは武様の仕事ではないという事です」


「うん?」


「武様の仕事は、必要な時に『あれ』を私たちにお命じになる事です。自らやってはいけません」


 源太は俺の目を見据えたまま、言葉を濁す事なくはっきりとそう言い切った。


 俺としては、今回のはあまりにもやり方がエゲツないので、汚れ仕事は自分でやろうと思った訳だが、源太としてはそれは認められない――――と、そういう話だった。


「なんとなく、なぜ武様が自らやったのか、その理由は分かります。しかし、それでも言わせていただきます。やはりあれは、武様がすべき仕事ではありません。もう少し、ご自身の名前を大事にして下さい。すでに武様は、水島家家老の神森武なのです。水島の鳳雛――神森武です。あれは、そんな方が自ら手を汚してする仕事ではありません。私たちにお命じ下さい」


 ああ、そういう事か。


 家老が、拷問をおこなう獄吏の様な真似をするなと。


 確かにいただけない。俺の行動が突飛なのは今更にしても、今回のは流石に聞こえが悪すぎる。


 そういう事なのだ。


 俺は源太の言いたい事を理解した。だから、


「分かった。次からはきちんとそうしよう。すまなかった」


 と源太に詫びる。


「はっ」


 源太は俺の返事に、満足そうにしながら短く答えた。


 その様子を見て、俺は改めて仕切り直す事にした。


「それで、あの二人はしゃべったか?」

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