第百六十一話 生け贄 でござる その二
「……ほら、もっと啼けよ。もっと俺を楽しませろ!」
俺は無理やりに作った笑みを浮かべながら、男の無くなった足首のついていた辺りを、更に体重をかけて踏みにじる。
「ヒギャァアアァッ。わかっらッ。もうわかっらからやめれくれぇ」
男は涙と鼻水でグチャグチャの顔を、痛みと恐怖に顔を引き攣らせて俺に哀願してきた。すでに最初の頃の面影はない。舐めた様子は欠片も残っていなかった。
だが俺は止めない。
握っていた刀を、逆手に持ち替える。そして、
ニタリ――――。
更に歪んだ笑みを造り、その切っ先を力任せに男の右足の太腿へと突き刺した。切っ先は腿を貫通し、男を地面に縫い付けた。
「がああァァあァ―――ッ!!」
再び、言葉になっていない悲痛な叫び声が、洞窟に木霊した。
俺は張りつけ状態の男を更に踏みつけ、腹の辺りを力一杯蹴り飛ばす。そしてしばらくそのまま男に暴行を加え続け、最後に突きたった刀の柄を握り直し、更に傷口を抉るように動かしながら問うた。
「分かったって、何が分かったんだ?」
「ぎゃあああぁぁぁッ! やめ、やめれくれ。もうやめてくれェッ!!」
男はとうとう我慢が出来なくなったのだろう。今まででもっとも激しく暴れて、最後の抵抗を試みた。
痛みで、刀に縫い付けられていない左足を男が振るたびに、無くなった足首から、血がこれでもかと飛んでくる。すでにいい加減血を被ってはいたが、おかげで顔、腕、体問わず、本当に満遍なく血まみれになってしまった。
それでも俺は止めない。
血まみれの手は、ぬるぬると滑る。しかし俺は、滑るままに柄を握る手に力を込めた。ニチャリ、グチュリと生々しい音が手元から聞こえてくるが、そのまま捻り、男の傷口を更に抉り続けた。
「があああああぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!」
それを見た奴の弟分の一人が、とうとう声を上げる。固まったままだったが、ようやく我に返ったようだった。
「な、何やってんだ、おめー……。あ、兄ィはもうやめてくれって――――」
でも、最後まで言えなかった。
俺が振り返り、ニタァとした狂気の笑みをつくって見せたからだ。
俺を止めようとしたその男は、すぐに「ヒィッ」と短い悲鳴を上げて身を竦めてしまう。その表情は青を通り越して白く染まり、目も見開いたまま瞬きも出来ずに引き攣らせていた。
弟分の男が黙ったのを見て、俺はゆっくりと足下で暴れている男に視線を戻した。
男の顔は、もうただただ恐怖で彩られていた。そして、とにかく少しでも、その恐怖から逃れようと、体をバタつかせていた。その度に、刀を突き刺した腿から血が噴き出しているが、それすらもお構いなしだった。
その様を、俺は笑みを浮かべたまま見下ろし続ける。
だが、すぐにそれも収まった。当然だ。ただでさえ体力を失っているのだから。こんな状態でこれだけ暴れれば、残っている体力も、あっという間に尽きる。
とうとう動かなくなった。胸はまだ激しく上下しているが、それ以外には体を動かそうとしなくなった。
男は、見下ろす俺の視線と目が合うと、再び哀願する。
「…………なんれも話す。話すから……らからもう……もうやめれくれ…………」
その言葉に、俺は無表情で答えてやった。
「いや、話さなくていい。もう聞かないと言った筈だ」
あまりにも無情な俺の言葉に、男の表情は恐怖から絶望へと変わった。股間の辺りを、血とは別の液体で濡らすのが目に映った。失禁したようだった。
そして、再び暴れ出す。まるで残っている力を振り絞るように。
「あアああアァァッッ!! やめれッ! もうやめれくれッッ!!」
男は激しい抵抗を試みた。刀の刺さった傷口が更に広がるのも構わず、めちゃくちゃな動きで暴れた。
しかし、それも一瞬の事。
「ああああぁぁぁ…………、やめれ……、もう……やめれ………………」
すぐに動かなくなった。心が壊れた様だった。
その様子は、まるで線香花火の終わりの様だった。
その後、心焼き切れて動かなくなった男を、俺はどれだけいたぶっただろうか。男はすでに、焦点の合わなくなった目で「はやく殺しれくれ……」としか口にしない。
しかし俺は、笑みを作ったまま急所を外して、何度も何度も刃を落とし続ける。それでも男はもう暴れもせず、「はやく殺してくれ」と虚ろな目で繰り返した。
この男の人生はもう終わるが、その人生の中で、おそらくこれが最悪の経験だった事だろう。だが、それをやっている俺にとっても、生まれてから今までで、文字通りに最低最悪の経験だった。
嫌な事、苦しい事――――今までにもそれなりにあった。しかし、それらでは比較にもならない。もう圧倒的に、最悪な気分を味わう事になった。
それでも俺は、この狂ったような暴行……いや蛮行を続ける。どれ程に懇願されようとも、あっさりとは殺さず、なぶり続けた。
そしてそれを、男の弟分二人に見せつけた。
男はほどなく呻き声も発する事がなくなり、上下していた胸の動きもなくなった。失血死か痛みによるショック死かは分からない。が、正しく肉の塊となったのだけは間違いなかった。
男は、ようやく解放されたのである。
だが俺は、肉の塊となった男を、しばらくの間なおも切り刻み続けた。
そしてその手を止めた時、俺の体には、乾いている部分がどこにもなかった。
俺は血まみれの肉の塊から目を離し、ゆらりと弟分二人の方を振り返る。そして、二人に向かって尋ねた。
「『次』に俺を楽しませてくれるのは……どっちだ?」
二人の男は顔を引き攣らせて、腕を縛られ不自由な体を、必死で俺から遠ざけようとした。すると、それまで黙っていた源太が前に進み出てきた。
「……武様。もうそれくらいで……。体中血まみれにございます。後は俺がやりますので、水浴びでもなされた方がよろしいでしょう」
あらかじめ伝えていた通りに、源太が俺を止めに入ってきたのだ。しかしその目は、
これ以上なされては、本当に心が壊れてしまいます――――
そう言っているかの様だった。
そんな源太を見て、俺は腹から力を抜く。そして、
「……そっか。分かった。じゃあ、後は頼もうか」
と応えながら、血まみれの刀からいくらかでも血を払うべく、刀身を一振りした。
ビシャッ。
刀身から飛んだ血が、顔面蒼白になってガタガタと震えている二人の男の下へと飛んだ。
「「ヒッ」」
二人とも、目の前に飛んできた血から遠のこうと尻を引きずった。揃って、腰が抜けてしまっているようだった。
俺はそんな二人に一瞥をくれながら、しかし何も言わずに背を向ける。
ここまでに十分『見せた』からだ。
これ以上、『俺』がこの二人に口を開くべきではない。植え付けた恐怖は、あとは勝手に育つ。肥やしも過ぎれば、作物を枯らしてしまうのだ。
だから、ここまででいいのである。
俺は放った鞘の下へと歩いて行き、拾った。しかし、刀身は血と脂でグチャグチャで、とてもではないが仕舞える状態ではなかった。だから、拾った鞘はそのまま腰に差した。
そして、先程まで太助がいた方向へと目をやる。
そこでは、太助が耐えきれずに吐いていた。まあ、当然の反応だろう。
俺は、そんな太助の下へとゆっくり歩いていき、
「太助、いくぞ? 一緒に来い」
と声をかける。
太助は顔を上げた。男たち同様に、怯えた目で俺を見た。そして、すぐにまた吐いた。
ただ、もうほとんど空嘔吐だった。たまに吐いている液は黄色い。胃液を吐いているのだ。胃の中のものは、もうとっくになくなっているようだった。
そんな太助の様子を見て、俺は先に行く事にした。少し落ち着かないと、俺が側にいる事自体が辛そうだったからだ。
だから、
「先に行っているぞ」
とだけ声をかけて、俺は洞窟の出口の方へと向かう。
二人の男の側にいるだろう源太に、
――――じゃあ、あとは頼んだぞ
と、胸の中で声をかけながら。