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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百五十五話 太助の思惑 でござる


 頭が沸騰しそうだった。だが抑える。所詮まだ推測だ。それに、怒り狂っていられるほど暇でもない。


 冷静にならないといけなかった。考えなくてはいけない事が他にもあるのだから。


 まずは、金崎の使いという女――――これだ。


 太助の話しぶりだと色仕掛けだったという訳でもなさそうだ。だから、使者が女である必要性を感じない。となれば、通常ならその役目を務めるのは、ほぼ間違いなくおっさんの筈である。


 こちらにやってきてから見てきたのは、完全なる男社会だ。昔の日本のように、女が表舞台にでてくる事がほぼない社会だった。


 だからこれには、少々驚かされた。


 金崎の臣下には女がいる。これは覚えておかねばならないだろう。物事を判断する上で、女だからと対象外にしてしまうと、隙を突かれる可能性が大いにある。


 次にこれだ。


「で、親父がこの町を金崎に売ろうとしたのが気に入らないから、お前はそれを妨害するべく、ここの施設をぶん取った……と、そういう解釈でいいのか?」


 ここを押さえた所で、為右衛門に与えられるは微々たるものだ。水島領内への塩止めが行われている今、ここの塩で利益を出す絶好機であり、その機を逃す事になるという事。滑り止め的な――俺たち水島への見せかけの貢献ができなくなるという事。と、これくらいである。


 小さな損得の話はあっても、為右衛門の大目標と思われる金崎への貢献に関しては、影響と言えるほどの影響はない。むしろ塩止めをアシストする様な形になり、太助の方が貢献しているくらいだ。


 そしてその金崎だが、為右衛門が成功しても失敗しても、どちらでもいいと考えているだろう。成功すれば儲けものといった感覚の筈だ。だから為右衛門が失脚しても、なんだ失敗に終わったのか程度にしか思わないだろう。


 もし金崎が本腰を入れてこの陰謀に取り組んでいるとしたら、もっと金崎の人間の陰がチラチラしている筈だ。なのに、為右衛門に投げっぱなしになっている。


 金崎から見れば、うちに侵攻しようとするならば、この二水の町は地理的に重要な土地である筈なのに、だ。


 となると、為右衛門に造反させる事に関しては、おまけ程度の要素でしかないのだろうと推測できた。


 俺はそう思ったから、太助に尋ねてみたのだ。


 にも関わらず、こんな真似をしてまで危険な橋を渡ったのか、と。いや、その辺りくらいまでは考えてやっていたのか、と。


 しかし、この問いかけに対して太助は、


「…………ふんっ」


 と、少し口の先を尖らせながら横を向いただけだった。


 やはり、そういう事らしい。


 なんつー短絡的な……。


 こいつはこの後、一体どうするつもりだったのだろうか。いや、そもそもあの狸親父が、こんな事で考え直して自分との交渉に乗ってくると、本気で思っていたのだろうか。


「……はあ。無茶苦茶だ。お前は阿呆か。息子がこんな事をしたくらいで、あの親父が考えを変えるようなタマだと、本当に思っているのか?」


「だからあいつは、俺がここにいる事は多分知らネェって」


「そりゃあさっき聞いたよ。だが、それなら尚のこと考え改める訳ねーだろうがっ!」


 俺は思わず語気を強めてしまった。太助は再び横を向いてしまう。俺は胸の中で、大きく溜息を吐かずにはいられなかった。


「……分かった。もう一度話を最初に戻そう。兎に角お前は、親父が金崎にこの町を売り渡そうとしたのが気に入らなかった。そうだな?」


 もう一度同じ事を確認する。


 すると太助は、渋々といった感じではあったが再びこちらを向いて、


「ああ。水島が憎いからといって、よりにもよってあの悪評高い金崎にこの町を渡そうなんて、断じて認められない。親父はそれでもいいかもしれない。でも、町の他の人たちはどうなる? 確実に今とは比べものにならないくらい不幸な事になってしまう」


 と言い切った。


 そして、その陰に隠れる様にして、太助の着物の袖をきゅっと握りしめた茜ちゃんの姿が見えた。


 あっ、そういう事か。


 こいつの動機のメインはそういう事なのか。でも、だからってなあ……。


 根は多分いい奴なんだよ。さっきの戦いぶりみても、真っ直ぐだし、正義漢っぽいし。ただ、少々アンポンタンなだけで……。


 と言っても、こいつの言う事もまったくわからない訳ではない。報告で聞いている金崎領の統治は、確かに酷い。金崎の家中に入り込み力を持っていないと、あそこで生きる事は地獄だ。


 領民などは牛馬に劣る。少なくとも金崎は、領民を『人』などとは思っていない筈だ。一揆が多発していてもおかしくないような圧政を敷いている。


 ただ現実には、いくらかは一揆が起きてはいるが多発という程は起きていない。


 もちろん、意外にもきちんと統治しているというオチなどではない。その気力すらも奪われているという、救いのない話なのだ。


 だから、金崎の下につきたくないというのは分かるのだ。


 とはいうものの、こいつは先を見ていなさすぎる。


 水島がイヤ。金崎がイヤ。


 それで一体どうしようというのか。


 これでは、(絶対に認められないが)太助よりもまだ為右衛門の方が理にかなっているだろう。主を変えようというのだから、まだ町も含めた未来を見据えていると言える。


「為右衛門が、二水を金崎に売ろうとしていたのは分かったよ。でもお前、この後どうするつもりだったんだ?」


 だから、俺は問わずにはいられなかった。


 太助はそれに、


「この町だけで――――」


 と、すぐに答えようとした。しかし、俺はそれをさせない。


「阿呆……」


 と言葉の途中で一蹴した。


「そんな事ができる訳なかろうが」


 藤ヶ崎でも無理だ。だから俺たちは、生き残る為に知恵を絞っている。


 しかし太助は、


「そんな事はないっ。やってみなくちゃ分からねぇっ。他所に頼らなくたって、俺たちはやっていけるっ」


 と、そう強弁した。


 もちろん根拠なんてないだろう。少しでも物を考えていれば、それが不可能な事は自明だからだ。考えずに、感情だけが先走っているからこそ言える戯れ言である。


 しかし、根拠のない戯れ言だから無視すればいいという訳にもいかなかった。他のどうでもよい部分と違って、ここは徹底的に叩き潰しておかなくてはいけない部分だからだ。次の騒動に繋がっていってしまう。


 だから俺は、太助が大した事を考えないで言った事は承知の上で、その心をへし折りにいく。


「やらなくても分かる。お前らの生活のすべては、この町だけで成り立つのか? 成り立たないよな? 現にお前は水島を憎んでいるじゃないか。なぜだ? 水島が海を得て、領内に安価な塩が出回った結果、この町の塩の重要性が下がって町が衰退していったからだ。しかし、もしこの町がここだけでやっていけるような町ならば、そんな事で町が衰退したりはしない。他所から流入する富など不要である事が、その土地一つでやっていく為の絶対的な条件だからだ。しかし、お前は俺たちを憎んでいる。なぜだろうな? それがすべてを証明しているだろう。違うか? 言いたい事があれば聞くぞ? 言え」


 畳みかけるように、一息に『それはあり得ない』と明確に突きつけた。


 反論はなかった。


 というか、真っ当な反論など出来る訳がない。もう現実に、結果が出ている話なのだから。少なくとも、『やってみなくちゃわからない』などと言っている太助が、真っ当な反論などできる訳がない。


 太助は口を開く事も出来ずに、奥歯を噛みしめるようにしながら黙り込んでしまった。


 太助は太助なりに、この町の未来を考えての行動だったのであろう。が、残念ながら具体的なビジョンはまったく持てていなかった。


 そういう意味では、為右衛門の方がまだずっとマシだった。理にかなっている。主を変えようというのだから。為右衛門についていって幸せになれるかどうかは別の話だが、一応生き残る事は出来るだろう。しかし今の太助についていっても、詰む未来しか存在しない。


 ただ、その心意気と性根だけは認めてやりたかった。為右衛門なんぞよりはずっと熱くて真っ直ぐで、好感が持てる。


 為右衛門の奴は狸だとは思っていたが、想像以上に腹黒い。ようやく奴が何を考えているのか見えてきた。


 太助の話を全面的に信じれば、まず間違いなく為右衛門が書いたメインシナリオは、二水を金崎に渡すというものの方である筈だ。俺たちに協力するフリをしているのは、いわゆる滑り止めみたいなものだろう。万が一失敗した時の為の保険と思われる。


 しかし金崎に主を代えるという話となると、流石の奴でも一存ではどうにもならない。町の民の支持が必要になってくる。


 だから奴は、俺たちに施設を取り戻してくれなどと言った。俺たちに町の子供たちを『賊』として討伐させ、町民の反水島感情を更に煽る為に。それに、仮に”失敗”した時でも、施設が戻ってくる。


 為右衛門はどちらに転んでも損をしない。儲けの多い少ないがあるだけだ。


 奴の胸の内はそんな所だろう。


 要は為右衛門の権力欲こそが、今回の騒動の主原因なのだ。


 その為に、亡八(ぼうはち)なんて、裏の者まで使って悪さを働いた。長ならば守ってやって然るべき町の子供たちも、贄として捧げようとした。


 随分とまー、俺たちを舐めてくれたものである。


 だがこれは、あの狸にとっては致命的だった。よりにもよって、『俺たち』を相手にこれをやってしまったのだから。


 これは、千賀を生け贄にしようとした水島の旧家臣と、まったく同じやり方である。つまり俺たち相手にこれをやるのは、逆鱗に触れるに等しい。


 考えれば考える程、胸の奥で暗い炎が燃えさかる。冷静な自分を気取るのにも段々と疲れてきた。


 そんな時、ふっと目の前が少し暗くなった。


 いつの間にか地面に落ちていた視線を持ち上げると、後ろにいた源太が前に回り込んでいて、少し心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「あ、あの武様?」


 源太が恐る恐るといった感じで、俺に声をかけてくる。


「ん? ああ、源太か。どうしたんだ?」


「どうしたって……、それはこちらの科白です。武様、いま凄い顔をして笑っておられましたよ? 口元だけ釣り上げて……。皆が怯えております」


「あ?」


 源太にそう言われて、目の前のガキンチョたちの方を見る。


 子供たちの大半は、確かに怯えたような目でこちらを見ていた。


 茜ちゃんなどはキュッと目を固く閉じて、再び太助の背中に隠れてしまっていた。茜ちゃんにしがみつかれている太助も、カッと目を見開いて、まるで何かを警戒するかのように俺の一挙手一投足に注意を払っているように見えた。

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