第百五十四話 為右衛門の思惑 でござる
俺が問いかけてからしばらく経つ。茜ちゃんは俯いたまま何事かを考えていた。かと思えば、何度も太助の顔を見ては俯くという仕草を繰り返す。
一方の太助は、茜ちゃんのその様子にやや困惑気味のようだった。彼女の行動の意味が分からず、困惑しているように見えた。
しばらくして、茜ちゃんは太助に問う。
「太助さん? 本当にされていないのですね?」
それに対し太助は、実に堂々とした態度で、
「ああ、あれは俺たちじゃあない」
とはっきりと答えた。
すると茜ちゃんは、覚悟を決めたといった感じで顔を持ち上げる。俺の方を向き、しっかりと視線を合わせた。そして、
「…………太助さんたちがやったんだと思い込んでいたからです」
と言った。
「思い込んでいた?」
「はい……。あの日、寝ていたら騒がしくて起きたのは本当です」
「うん」
「何かあったのかなと外に出てみたら、館の方角が赤く染まっていました」
「うん」
「おっしゃるように、最初は火事かなと思ったんです。でもしばらくして、馬が走る音が聞こえてきました。何頭もの……」
「それで?」
「私はびっくりして、足が動かなくなってしまいました。家の玄関の所で立ちすくんでしまったのです」
そこまで話すと、彼女はいよいよ大事な部分を口にしなければならないとでもいった感じに、大きく息を吸った。そして、それを口にする。
「するとしばらくして、館の方から太助さんたちが馬に乗って走ってきました。そしてそのまま私の前を通り過ぎ、大通りで巽門の方へと曲がっていきました。私があの日に見たのは、それで全部です」
「……なる程。それで太助たちがやったと思ったと。その後ひと月あったのに、それを確認する暇はなかったの? 俺たちが北の砦から兵が来るという偽情報を君に話して聞かせた時は、すんなりとその話が太助に伝わっているが……」
「太助さんがやったと思いこんでいたので……」
確認するまでもないと思っていた……か。
「それに、北の砦から兵が来るという話をすぐに伝えられたのは、決まった日に町の状況を竹蔵くんに話すことになっていたからです」
「竹蔵?」
俺が首を傾げると、彼女の代わりに太助が答えた。
「あいつだ。身が軽いから、町の様子を探ったり、直接戦いには参加していない仲間たちから話を集めたりする役をやってもらっていたんだ」
太助は、左端の方にいた歯抜け顔の少年の方を指差した。
そいつはクビを竦めるようにしながら、こちらから視線を逸らす。どこかで見たなと思えば、さっきの戦いで柵の内側から飛び出して、太助に拳骨をくらっていた奴だった。
「たまたまその日が、君がいなくなったあの日だった?」
「はい。でも、話の内容が内容だったので、今までみたいに話すだけなんてできなくて、あの、その、側にいたくて……」
あー、なる程。覚悟決めちゃった訳だ。猛烈に太助の首を切りたくなってきたぞ……やらないけど。
言われた太助も顔を真っ赤にしている。
(もう好きに幸せになりやがれ、こんちくしょう)と、俺はひっそりと嫉妬の炎を燃やしたのは言うまでもない。が、今はそれどころではないのでグッと堪えた。
こちらに来てから、俺の忍耐力は随分と鍛えられたと思う。
「はぁ……、それにしても随分と思いきったものだな。茜ちゃん、分かっているのか? これ、俺の判断次第では下手すると君も死罪になるんだぞ?」
死罪という言葉に、茜ちゃんは肩をぴくりと震わせて反応する。太助は渋い顔を作って見せたが、口を噤んだままだった。他の子供たちも怯えて、そわそわとした雰囲気を発する。
そんななか茜ちゃんは、意外にもしゃんとしていた。肩を震わせた後、すぐに背筋を伸ばして、俺の顔を見据えて言ったのである。
「はい……。でも、太助さんには昔助けてもらいましたので、今度は私が助けたかった。後悔はありません」
むしろ茜ちゃんは、どこか満足そうな顔すらしていた。
……やれやれだ。こりゃどうにもならん。分かっていてやったんだから。いまさら道理を説いても何の意味もない。
一途ですごいな。
そう感心してしまった。俺も若いが、ここまで無鉄砲ではない、筈だ。
その茜ちゃんの言葉に、俺は軽く二、三度首を振って、手の平で顔をごしりと一つ擦る。そしてもう、この件はとりあえず横に置いておこうと決めた。
「なあ、太助」
「なんだよ?」
「今の茜ちゃんの話だと、館が燃やされた時、お前はあの館近くに居たんだよな。それは間違いないか?」
太助に真顔で尋ねる。俺はその顔以上に太助から発される言葉に注意を向けていた。ここは大事なところだからだ。
しかし太助はあっけらかんと答えた。
「ああ、茜の言う通りだ。俺たちはあの場にいた」
その答えに、俺は内心ほっとした。どうやら、本当にやっていないようだと。もし某か後ろめたいところがあれば、こうもあっけらかんと『いた』とは言えないだろう。色々と言い訳じみた事を口走った筈である。
「また、なんでそんな所にいたんだ?」
俺がそう尋ねると、太助は仲間たちの方を見ながら、
「親父が金崎との裏取引をしていた話は、さっきしただろ。あの後、俺はこいつらを使って親父をしばらく探っていたんだ。そして親父が、女郎屋の膳兵衛の所に何度か足を運んでいるのを突き止めた。親父が膳兵衛とつながりがあるのは知っていたから、別にそれ自体は不思議でも何でもなかったんだが、その時から膳兵衛の所のもんがあんたのところの館の周りをうろうろするようになったんだ。だから、俺たちは今度はそっちを見ていたんだよ。まだ小さいのも仲間にいるから、どこで遊んでいても怪しまれずに見張る事ができたよ」
まるで探偵ごっこのノリだな。
「で、そうして探っているうちに、膳兵衛のところのもんらが話しているのを聞く事が出来た。『次の闇夜の晩、館を燃やす』ってな。水島は大嫌いだが、それを許して金崎に町に入られても困る。茜の所みたく親父に借金をしていて、親父に協力せざるを得ないのは置いといて、町の者の大半も金崎に統べられるのはもっと嫌だと思っている筈だぜ? あそこから聞こえてくる話は酷すぎる」
ああ、それで。
田村屋に俺たちが泊まれたのも、ぜんぶ為右衛門の画策だった訳か。力で言う事聞かせる訳にはいかない奴らは反水島で煽っておいて、確実に自分の言いなりになって、こちらの様子を逐一報せてくれる場所に俺たちを置いた。
そんな所か。
そういう事ならば、確かにここに籠もっていた『賊』が子供らであるという事も知っているだろうし、こうして俺たちが今日ここに攻め込んでいるのも、もう知っているだろう。
何せ、茜ちゃんを騙したのも、その後の報告を受けていたのも、田村屋の部屋でだ。俺たちを探るためにわざわざ押し込んだのに、こちらの情報を取っていないなどという事はあり得まい。
『あんたも甘いな。あの親父にいいように使われるなんて』
さっきのセリフの信憑性も更に増してくるな、あの糞野郎が……。
奴は太助たちにこの施設を奪われて、その後俺たちがここに来た時点でシナリオを修正したんだ。
子供らの暴走を利用する方向に。民の反水島の心情を更に煽って、あの金崎でも水島に与するよりはマシだと思わせる方向に。
だから俺たちに、わざわざこの施設の奪還を頼んだんだ。
――――町の子供たちを俺たちに殺させる為に。
為右衛門の考えていた事が読めてきて、胸糞が悪くなってきた。
いや、もっと正直になろう。俺は、噴き上がってくる怒りが抑えきれなくなってきていた。