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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百五十三話 は? いい加減勘弁してくれないか? でござる その二



 太助は少し俺を小馬鹿にしたような、そして同時に自虐でもしているような笑みを浮かべながらも、そう答えた。はっきりと。


 なんてこった……。


 これには、流石に目を丸くせずにはいられなかった。


 つか、そうだとしてだ。なんで実の息子が親父の物を占拠するは、親父は親父でそれを倒してくれなんて言ってくるんだよっ。ここは修羅の国かなんかかっ。


 そう毒づかずにはいられない。口にこそ出さなかったが、胸の中で俺は大いに罵った。


 が、そのまま呆けている訳にもいかない。


「…………はぁ。で、太助よ。なんで為右衛門の息子であるお前が、ここを乗っ取ろうなんて思ったんだ?」


 俺は呆れ混じりの声音で、そう太助に尋ねた。


 しかし太助は、そんな俺の様子をまったく気にする事もなく、平然とした顔で答えた。


「この町を金崎なんかに売り渡そうとしたからだよ。あの糞親父がっ」


 俺に答えていて感情が爆発したのか、最後は吐き捨てるようにしながら言った。


「は?」


「だから、うちの糞親父は二水の町を金崎に売ろうとしたんだよっ」


 二度も言わせんなとばかりに、太助は眉間に皺を寄せた。


 いや、言葉の意味は分かるんだが。金崎に町を売り渡す……か。まあ継直だろうが俺たちだろうが、水島は水島だしな。この町の過去を考えれば、従いたくないから他に主を求めたいとか考えても不思議はないが……。それにしても金崎かよ。悪手だなあ。


 あそこの統治の悪評くらいは、為右衛門も絶対知っている筈なのだ。すでに風聞として、民の間でも流れているくらいなのだから。


 あ……、いや、待てよ? それもそうだが、それ以前に、なんでこいつはそんな事を知ってんだ?


「なあ、太助。お前、それをいつ、どこで、どうやって知ったんだ?」


「は?」


 今度は太助が突然何を? とでも言いたげな顔を向けてくる。


「いや、為右衛門が俺たちへの帰属をよしとせず、金崎に身を寄せるべく暗躍しようとした。それは分かった。どうやって、それをやろうとしたかは知らんがな。それは後で、また話を聞かせてもらおう。が、まず最初に知りたいのは、なんでお前がそれを知っているのかという事だ。為右衛門がお前にしゃべったのか?」


 そんな事をあの狸親父がするだろうか。しかも、どうも親子関係が上手くいっていなさそうな、この太助を相手に。親子関係が良好でも、用心深く警戒して話しそうにないイメージがあるが。


 すると太助は、先程の合戦前に見せていたのと同じ色を目に浮かべ、少し口ごもるようにしながら言った。


「あの親父が俺にそんな話なんかするかよ。偶然聞いた。あいつの子供は俺一人だし、その俺はほとんど家に帰っていない。お袋は三年前の流行病で死んだ。だから、油断してたんだろう。春頃だったか、金を取りに家に戻った時に、うちの屋敷で女と会っているところを聞いた。女は頭巾で顔を隠していて顔は見えなかったが、金崎のところの使いだと言っていた。もっとも、その後すぐに見つかって追い払われたから、それ以上の細かい話は知らないが」


 ちい。肝心な部分は聞けていないのか。


「もうちょっとないのか? 何でも構わん。例えば、為右衛門が金崎に協力する対価は何だ?」


 俺の食いつきっぷりに、太助はやや引き気味になりながらも、少し考え込んだ。そして、


「ああそう言えば、その女が親父に話を持ちかけた直後に、こうも言っていた。『水島のせいで、この様に町は寂れるままとなり貴方も不遇を囲っておりますが、もう一度力を持ってみませんか? 今我々に協力をすれば惟春様の覚えも良く、きっと重用いただけましょう』と」


 と上目をして思い出すようにしながら、つっかえつっかえしつつ、そう言った。


 具体的な対価は分からなかったが、また一つ分かった事があった。一応聞いてみるものである。


 それは、金崎によるガチの離間工作があったという事だ。


 たぶん金崎の手によるものだろう塩止めの件も合わせて考えてみれば、為右衛門に関しては、そちらがらみでうまい話でも聞かされて、軽い気持ちで金崎の工作に協力したという線もなくはなかった。


 しかし、太助の話でその線は見事に消えた。あの誘い文句に乗ったのならば、完全に造反の意思を固めていると見ていいだろう。


 まあ、その金崎の使いの女とやらが為右衛門を唆した言葉が、さっき太助が言った通りであるならば、もし為右衛門が断っていたら、その場で殺されていただろうから、乗ったふりをしたと言い逃れるかもしれないが。


 なにせ、使っている言葉が具体的すぎる。だからそういった意味では、その場で為右衛門が了承したのは別に変ではない。


 だが……。


「なあ、もう一つ聞いていいか?」


 まだ色々と疑問が残るのはそのままに、俺はもう一つ尋ねる事にする。それは、どうしても確認しておかなければならない事だった。


「なんだよ」


「為右衛門は、お前らの正体は知っていたのか? お前らの正体が、二水の子供たちだというのは知っているのか?」


 これである。これを知っていたかどうかで、為右衛門の意思がはっきりと見える。


 少し表情を引き締めながら尋ねたせいか、太助もよく分かっていないなりに神妙な顔つきで答えてきた。


「ああ、知っている筈だ。俺がここにいる事までは、知っているかどうかは知らないがな」


 再び先程と同じ――なんとも微妙な笑みを太助は浮かべて言った。しかし続けて、


「ま、俺の事に関しちゃ、知っていようがいまいが、あいつにとっては何の関心もないだろうよ。だが匿っていた町の亡八(ぼうはち)どもを、俺たちがここから叩き出したからな。あれからひと月は経っている。その間、町の仲間たちの大半は村に返していたが、それでもいくらかはここに残っていた。うちは兎も角、あいつらの親は騒いでいた筈だ。だから少なくとも、当たりは付いてると思うぜ? 何度か、叩き出した奴らの仲間と思われる人影を、ここで見かけたしな」


 とはっきりと言い切った。


 なるほどな。確かにここに引き籠もって一ヶ月も経とうとしている今、町に帰っていない子供がいるなら、その子らの親は大騒ぎしているだろう。となれば、まず長の所に相談に行くだろうし、長である為右衛門がそれを知らない訳がない、か。


 それにしても報告漏れとはね。


 思わず右手で顔全体を覆う。


 いやしかし、流石にこれであの責任者の男を責めるのは酷というものか。


 なんせ俺は、ここに統治の為にやってきた訳ではない。だから、この製塩施設関連の話は関係ないと思って話さなかったのだろう。


 文句を言いたくはなるが、言ったところでただの八つ当たりだった。


 もしこれをもっと早く知っていたら、こんなに危ない橋を渡る必要がなかった。俺にしてみれば、そう思ってしまう。


 でもそれは、こうして全体図が見えてきたからこそ言える事だった。


 それに、太助のこの話には聞き逃す訳にはいかない言葉があった。いつまでもぐじぐじと愚痴っている訳にもいかない。


「亡八?」


 これだ。これはどこから出て来たんだ?


 亡八って、確か女郎屋の事だった筈。八徳目すべてを失った者って意味だったと記憶している。要するに裏社会の住人で、現代日本で言えばヤクザみたいなもんだ。


 しかもそこの人間らしき者が、改めて様子を探りに戻って来ているだと?


 為右衛門がヤクザもんを匿う理由なんかあるのか?


 頭が混乱してきた。


「ああ。あんたのとこ、あちこち燃やされていたじゃないか。それをやった奴らだよ」


 俺がこめかみの辺りに手をやってもみ解していると、太助がからかうような口調でそう言った。


「は? あれをやったのは、お前らじゃなかったのか?」


「なんで俺らが付け火なんてしなくちゃならないんだよっ」


 俺が真顔でそう聞くと、太助は目を剥いて反論してきた。


 いや、なんでって、お前らにも動機はあるじゃんか。水島大ッ嫌いだろ? 若気の至りっつーか、勢いで火を付けても何も不思議はないじゃないか。


 そう思ったが、太助は心底そんな事を言われるのは心外だという態度だった。


 俺は確認する。その太助の後ろに隠れている女の子に。


「なあ、茜ちゃん」


 茜ちゃんは、太助の背中に隠すようにしていた顔をおずおずと出してくる。


「は、はい」


「だったら、なんであんな嘘を俺についたんだ?」


 俺は顔にやっていた右手を下ろしながらそう尋ねると、太助が怪訝な表情をして言った。


「嘘?」


「わ、私は嘘なんか言っていません……」


 茜ちゃんは弱々しい声で、そう言い返してきた。が、もうその声の力のなさが、それも嘘ですと自供しているに等しかった。


 流石にこれには、大息が漏れた。


「なあ、茜ちゃん」


「は、はい」


「君は、館が燃やされたあの日、寝ていたら騒がしいから起きたと言っていたね」


「はい……」


「そして、館の方が赤く染まっているのを見て、すぐに付け火だと思って、怖くなって家に戻ったと言った」


「はい」


「なんで付け火だって思ったんだ? そこは普通『火事』じゃないか。なんでいきなり『付け火』なんだ?」


「ッ……」


 茜ちゃんは、あっというような顔をして固まってしまう。


「それだけじゃあない。そのあと君は、怖くて逃げ戻ったという家の中で、俺たちの館を襲うような凶悪な『賊』が走り去っていく所を、わざわざ見届けている。今そうして、太助の背中に隠れて怯えているような君が、だ。おかしくないか? 君はそんなに好奇心が旺盛で気が強い女の子か? 俺にはそうは見えないんだが」


「…………」


 俺がそう言い募ると、茜ちゃんはとうとう俯いてしまった。顔も少し青白んでいるように見える。


「これらから考えると、君が賊の正体を知っていて、それを俺たちから隠す為に後からつじつまが合うように話を作ったとしか思えない。まあ、今回は少し綻びがあったが、少なくとも君の意思はそうだったと、俺は思っていたんだが……。なのに、太助は火を付けていないと言う。なら、なんで君はわざわざ嘘をついたんだ?」

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