第百五十二話 は? いい加減勘弁してくれないか? でござる その一
捕らえた――というか、もうすでに大半の者が戦意を喪失していた。そんな茫然自失状態の子供らを、門から入ってすぐの一画に集め、俺はその前に床几を置いて足を組んで座った。そのすぐ後ろには、源太が護衛として立ってくれている。
兵たちのうち、施設攻略戦に参加した十人は休ませた。その他の待機していた者たちで、施設の制圧作業に入っている。具体的には潜んでいる者がいないか確認をしたり、不審な仕掛けがないかのチェックしたり、他にもどんな施設があるのかを見て回ったりと、色々している筈だ。細かくあげればキリがない。
俺自身は、ひとまず目の前の子供たちの事を片づける事にした。
全部で二十三人。
報告よりも一人増えているが、多分茜ちゃんの分だろう。彼女は塩水を煮詰める釜のある建物に隠れていたとの事で、戦闘には参加しなかったようだ。女の子は彼女一人だった。
もしかすると、もっと仲間はいるのかもしれない。ただ、女の子だったり、幼すぎたりで、太助が参加させなかった可能性は十分にあり得る。
何せ、戦いが終わった後、全員の覆面をとらせてみれば、大半が予想しなおした年齢よりも更に一、二歳は下だったのだ。もしかしたらと下方修正した平均年齢を下回られ、思わず噴きそうになった。「元気があってよろしい」とか、お約束のセリフすらも出てこなかった。
まあもっとも、これだけの事をやらかした以上しっかりと罰を与えなくてはならない。よろしいとか、よろしくないとかの問題ではなかったが。
「……で、太助よ。いいかげん、こっち向けや。ここで往生際の悪い真似をしても、みっともないだけだぞ?」
太助に向かって、俺はそう声をかける。
太助は源太との一騎打ちに敗れた後、この場所に移動してきた所までは素直なものだったのだが、座った後は少し顔を背けるようにしながら俯き、黙り込んでしまっていた。
鬼の面もそのままである。実際の表情は見えないが、肩を落しているその仕草と、怒れる鬼の面が俯いている様が、その面に隠れた中の表情を俺に教えてくれていた。
「お前は大将だろ? 率いた『軍』の大小に関わらず、大将には大将としての責任ってものがある。源太との一騎打ちにまで応じてみせたお前だ。言葉で理解していなくとも心はそれを知っていると、俺は思っているんだが。だから言ってやる。ここで無駄に名を汚すな。意地は張るべき所で張れ。今ここで俺にささやかな抵抗をしても、お前たちが得をする事は何もない」
こいつはまだガキだとはいえ、立派に戦ってみせた。他人の事を言えるほど歳を食っている訳ではないが、それでも俺は太助の戦いぶりは認めていた。
だから諭したかった。
ひたすらに水島を恨んでいるようだが、それとこれとは別の話である。こいつは、最後まで大将として振る舞わねばならない。それが大将としての、最低限の責任というものだからだ。
どれほど自身が水島を憎んでいようが、すでに子分たちは全員その水島に捕らわれてしまっている。こいつには、ふて腐れている暇などないのだ。
太助は、『お前たちが得をする事はない』という言葉に反応した。
一つ肩をぴくりとさせ、ゴリッという音が俺の耳に届くほどに奥歯を噛みしめた。そして右手を自分の顔の前に持ってくると、鬼の面を外してみせたのである。
太助は、信吾らほどにはガタイも大きくはないし。また付いている筋肉の量も奴らと比べれば少ない。しかし、俺よりはあきらかにガタイが良い。持っている筋肉の量も上だった。そんな太助だが、仮面をとってみると顔つきにまだかなりの幼さが残っていた。ちょうど大人のそれに変わり始めようとしている所ではあったが、あきらかに幼さの方が目立つ顔つきだった。
どちらかと言えば、まだ少年の顔と言えるだろう。
ただ、グッと真ん中に寄せられた太い眉や、引き結ばれているやや大きめの口は、少年らしからぬ意思の強さのようなものを感じさせた。
ほう。
そして俺は、その態度に更なる好感を抱いた。多少意固地な所もあるようだが、男なんて大概誰でもそんな所があるものである。まともな人間は、潔さとか理性がそれを上回っているだけだ。
「うん。それでいい」
だから一つだけ頷き、その一言だけを口にする。太助は何も答えなかったが、今はそれでいいと思った。
そして俺は、もう一人の気になっている人物の方に視線を移した。茜ちゃんだ。
彼女は発見されて以降、特に抵抗する事もなく、こちらの指示すべてに素直に従っていた。小さく震えながら。
「やあ、茜ちゃん。しばらく」
とりあえずどう声をかけたものかと迷いながら、そんな言葉を投げかけてみたが、当然のように返事はなかった。というか、「ひっ」と怯えられた。
もう少し、他に言葉がなかったものかと、自分を責めたくなった。
ただ、俺のこの間抜けな言葉も、まったくの無意味という訳ではなかったようだ。というのも、今まで分からなかった部分に答えを得たからである。彼女の言葉ではなく態度で。
茜ちゃんは俺の言葉に怯えると、ちょうど彼女の斜め前に座っていた太助の背中に、飛びつくようにしてしがみついたのだ。
そんなの見れば、男女の機微に疎い俺でも「あー、そういう事なん」と分かる。
太助は感謝すべきだった。
普段の俺なら、「貴様もリア充か」と暴れていたところだ。しかし今は、そんな気になれなかった。一苦労させられたからだろうか。女のここ一番の強さってものをまざまざと見せつけられ、むしろ感動すら覚えていた。
こんなに怯えながらも、惚れた男の為ならば戦えるのか、と。
施政者に偽証をし、俺たちの話の中から有用なものを太助たちに伝えて、彼女は彼女なりに戦ってみせた。そりゃあ、もっと強い女は他に沢山いる。が、あきらかに弱い部類に見える彼女がそこまでやった事に、俺は所謂『女の強さ』というものを見た気がしたのだ。
大したものだなと、素直に思った。
今もまだ太助の背中にしがみついて顔を隠すようにしている茜ちゃんを見ながら、俺は小さく笑んだ。
「まあ、いいさ。で、太助よ」
俺はその笑顔を引っ込めて、太助に声をかける。
それはそれとして、こいつらは皆『罪人』なので、裁きは裁きでしなくてはならない。それに確認したい事も山のようにあった。
「……なんだよ?」
地面を睨みつけるようにして俺と視線を合わせずにいた太助が、俺の呼びかけに応じてしぶしぶこちらに目を向けてくる。
「大将として、お前が俺の問いに答えろ。聞きたい事があるんだ」
俺は組んだ足の上に肘をつきながら、ダラリとした雰囲気を演出した。そして、太助にそう告げたのだ。
太助は「ふんっ」と一つ鼻を鳴らした。返事こそしなかったが、俺の方に耳は向いていた。一応承知したという事らしい。
「じゃあ、始めるぞ? まずはただの確認だ。今回の乗っ取り騒動に関わったのは、ここでいるので全員か? 他の……例えばどっかの賊徒と手を組んでいたりはしないな?」
「ここにいるので全員だ。うちの糞親父じゃあるまいし、俺はそんな事はしない」
「うちの糞親父? どういう事だ?」
「あんたも甘いな。あの親父にいいように使われるなんて」
いいように使われるって……。じゃあ、こいつの親父ってのは……。
「太助。お前の姓は? 俺が許す。名乗ってみろ」
「別に許しなんかいらねぇよ。もうすでに水島からは許されている。俺の名は『仁水太助』だ。あんたにここの奪還を頼んだ、巽屋為右衛門こと仁水為右衛門の息子だよ」