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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百五十一話 小さな叛乱の終わり でござる

「よしっ。まかり間違っても押し負けるなよ。このまま押し込んでしまえっ」


 源太と太助の一騎打ちが始まった事を確信し、俺は兵たちに指示を出す。すると、


「「「「おうっ!」」」」


 施設正面の門に突っ込んでいる兵たちから、俺の号令に対する力強い応答が返ってきた。六人程の子供らと押し合いになっている真っ最中にもかかわらずだ。


 兵たちの、真剣に戦いながらも余裕のあるその態度は、約束された勝利を更に確信させた。


 いま目の前で繰り広げられている戦いだけをみれば、こうまで一方的に戦えるなら、最初から五十人の精兵で押しつぶせた――――などと思えてしまう程に戦況は傾いている。


 でも、それは錯覚だった。


 あいつらは、幼さや経験不足といった未熟さを露呈してしまった結果として今でこそこの有様だが、始めは見事な抵抗ぶりを見せていた。パニックを起こして、心を折られかけているからこそ、開始直後と異なって一方的にやられているだけの事だった。


 もし最初から兵の実力差と数の差に頼んで全軍をぶつけていたら、確かにもっと早く片付きはしただろうが、間違いなく死傷者を出してしまった思う。


 だからこれは、これまでの間よく戦ったと子供らを褒めてやるべきだろう。


 少なくとも開戦直後は、こいつらを相手に善戦して見せたのだから。子供である事を考慮すれば、大健闘も大健闘だ。


 そう俺が思える程に、子供らは頑張ってみせていた。


 正直、余裕ぶっこいて全軍ぶつけなくてよかったと、内心冷や汗を掻いている。間一髪だったと思っていた。太助との舌戦がなかったら、全軍をぶつけていた可能性は十分に高かった。


 相手の子供らにとってもラッキーだっただろうが、俺たちにとってもこれは本当にラッキーだった。


 こういう言い方はあまり好かんが、運命というものはきっちりと存在しているようだ。


 今も子供たちは、「ちきしょうっ!」とか「来るな来るな、来るなぁーッ」とか叫びながら、鋤や木の棒を振り回して頑張っている。こちらの兵らに、槍の柄できれいに捌かれてしまってはいるが。


 それでも、パニックを起こしているなりに、未だ必死になって抵抗していた。


 そして何よりも目を見張るべきは、そんな状況下にありながらも、誰一人仲間をおいて逃げだそうとしていない事がすばらしい。


 これは、それだけで褒め称えるに足る。


 実際に戦場に立った今、俺はそう思う。戦場を経験した事のある者ならば、おそらくは誰もが同じ感想を抱く事だろう。


 それ程にリアルの戦場というものは怖い。


 恐怖に負けずに負け戦で踏みとどまるという事が、どれほど難しいか。


 口で言うのはたやすいが、現実には容易ならざる事なのだ。ましてこいつらの中には、あきらかに子供と言い切れそうな者までいるのである。


 それで敵前逃亡者ゼロというのは、立派という他ない。


 しかし未だ熟しきっていない英雄たちがどれ程に頑張ろうとも、歴然とある実力差は埋めきれない。それも現実だった。


 戦局はどんどん動いていた。じりじりとではなく、はっきりと。


 数の少ないこちらが、あきらかに押し込んでいっている。


 たとえば門の前。仁王立ちになって、鋤を振り回して特に頑張っていた子供の手からその鋤が掬いあげられ飛んだ時、施設門前の戦いの決着はついた。子供らは押し負け、門前で戦っていたこちらの四人の兵がすべて施設の中になだれ込んでいった。


 四人の兵たちは中に押し入るとすぐに、その場で正方形をつくるように散って、施設への進入経路の確保した。


 それを見て、俺は次の指示を出す。


「よし、よくやった。――――左右の者たちは、そのまま目の前の子供らを、そこに張りつけにしておけっ。もう突破しようとは考えなくていい。いいか、確実にそこに張りつけにしておくんだっ」


 見た感じ、正面担当の兵たち同様に右も左も圧倒的にこちらが優勢だった。ともすれば、正面よりも先に守りを突き破っていてもおかしくなかったと思える程に。


 だが幸いにも無事正面を突貫できたので、もう左と右の兵たちに穴まで開けさせる必要はなくなったのだ。


 この状況なら、入り口は一つで十分だからだ。


 だから、そう指示した。


 そして兵たちはそれに従い、いままでのように前掛かりでなく、やや引き気味になりながらも攻勢を保つような形に切り替える。俺はそれを見届けてから、兵たちが作ってくれた安全な『進入路』を通って施設の中へと入っていく。


 施設の門を潜りながら、俺は苦笑いをかみ殺す。


 足下には、先程まで子供たちが振り回してた竹の棒きれなどが転がっていた。


 刀も槍も振るっていない俺が、こうしてドヤ顔で安全な道を進むというのは、正直羞恥を覚えずにはいられない。でもそれが、俺の心得違いだという事も十分に認識しているつもりではあった。役割というものはあるのだ。


 授業のさなか妄想に耽っていた頃には、実際にそういう立場になると、こんな気持ちになるなんて思いもしなかった。


 妄想の中でただただ偉そうにふんぞり返っていた俺の方こそが、ある意味いま俺がとるべき態度とすら言える。あの時の妄想の中の俺は、こんな事に一々羞恥を覚えたりなどしなかった。実に堂々としたもんだった。


 厨二病のピークを越え、妄想の中の自分の姿を多少客観視できるようになって、「あの頃の俺は若かった」などと考えていた俺は、一体何だったのだろうと思わずにはいられない。


 何事も、頭だけでは分からないものだと痛感させられた。そして、そんな事を考えながら周りを見回してみる。


 門の内側左右には、源太が見せてくれた絵に描かれていた小山が見えた。他にも柵の内側全域に、膝丈くらいの高さの小山が幾つもあった。そして未だ散発的にではあるが、その石を拾ってはうちの兵に投げつけている子供らの姿も、その周りにある。


 はは。あれは櫓じゃなかったってか。道理で弾が尽きない訳だ。


 笑い事ではないのだが、思わず笑ってしまった。準備はバッチリだった訳だ。籠城戦という概念のないこの世界で、子供たちも必死で考えて戦おうとした事が窺える。


 そして肝心の太助の方だが――――事実上、もう勝負はついていた。


 門から十五メートル程の所で、源太は太助の前に立っていた。静はそこから少し離れた所で源太の方を見ながらじっとしている。太助との一騎打ちに持ち込んだ所で、源太は下馬したらしい。


 源太は、兵たち同様に槍を逆に持ち、泰然自若と構えていた。


 軽く肩幅に足を開いて立ち、石突きを前にした槍の柄の半ば辺りを片手で持って、それをやや突きだすようにしている。槍の構え方ではなかった。まるで小太刀か何かを構えているかのようだった。


 そしてもう一方の太助の方だが、すでに肩で息をしており、その荒い呼吸音は俺の耳にまで聞こえてきていた。体の前で構えている馬鹿デカイ剣鉈のような武器の先は、その息に合わせて忙しなく上下している。そのせいか、先程見た時ほどには凶悪な印象は受けない。


 汗一つ掻く事なく涼しい顔をしている源太と比べ、太助の方は顔も手足も着ている物も、転がった時についたのだろう土と自身から吹き出した汗でグチャグチャになっていた。


 少し土汚れただけで、さっきとまったく変わらぬ表情の鬼の面が、その姿をより哀しく感じさせた。


 でもそんな太助を見て、笑う気にはまったくなれなかった。


 太助の思いは本人に聞いてみなければ分からない。


 俺たちへの憎悪は小さくはないのは見て取れる。しかし動機がなんであれ、太助は立派に戦っていた。その心持ちは、今までに見てきた継直の所の将などよりも、むしろずっと将に相応しいとすら思えた。


 だから今の太助の姿を笑う気には、とてもではないがなれなかった。失笑であれ、苦笑であれだ。


 そのまま二人の戦いを見守る。


 源太も実力差は十分に感じているだろうが、そんな太助を侮る気配は微塵もない。その目はまっすぐに太助を見据えていた。


 そんな源太に向かって、太助は荒い息をつきながらも、まだ挑もうとしていた。


 しかし、どれ程に思いが強くとも、それだけではどうにもならない。実力差がある相手を打ち倒すためには、それを埋める為に他の何かが必要になってくる。


 だが今の太助には、その何かがなかった。


「ちくしょ――ッ!!」


 太助は吠えた。そして、ただ愚直に源太へと突っ込んでいく。その手の大鉈を振り下ろした。


 だが源太は、その剣筋を見切り、スッと(タイ)を捌いてしまう。もうこの時点で、その一太刀は絶対に源太に当たる事はない。まさに、『どれ程凶悪な武器だろうが、当たらなければどうという事はない』という言葉を地でいくものだ。


 そして源太は、空振りをして大きく(タイ)を崩してしまった太助の肩を、槍の柄で打ち据えた。いや、打ち据えるというよりは崩した(タイ)を更に打ち崩すといった感じだろうか。


 太助は「うっ」と小さく呻き声を上げて更にヨレ、そこに容赦のない源太の足払いが放たれる。足首を小さく刈る程度のものではあった。しかし、完全にバランスを崩した今の太助には、それで十分すぎた。


 太助は顎の辺りから、土がむき出しの地面に倒れ込んだ。それでも太助は、すぐに横へと転がり立ち上がる。


 そんな事を繰り返していた。少なくとも俺が二人の戦いを見られる状態となってからは、もうずっと繰り返していた。


「俺は負けないっ! 水島なんかには、絶対に負けないっ!」


 太助は、己や仲間を鼓舞するように、割れんばかりの大声で叫んだ。


 その心意気は、疑う余地もなく本物だった。


 だが残念な事に、そんな太助の気迫を持ってしても子供らの戦意は甦らない。俺たちに完全に圧倒され、もう心が折れてしまっていた。日をおくならば兎も角、今すぐに闘志を再燃させる事はもうできなくなってしまっていたのだ。その多くが立ちすくんだまま、呆然とした表情で、源太と太助の戦いを眺めている。


 そしてそれを見て、軍師としての俺の思考が一つの冷酷な答えを出した。


 これならば、予定通りあの太助を落してしまえば、すべてが片付く――――と。


 だから俺は、すぐさま源太に指示を出す。


「終わりだ、源太。抑えこめっ」


「はっ」


 源太はすぐに動き出した。


 そして――――。


 五つ数える間もなく、大鉈が空に向かって打ち上がった。それが、子供たちによる小さな叛乱が終わった瞬間だった。

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