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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百四十九話 逆落とし でござる

「来るな――ッ!!」


 声変わり前の少年の声が、俺の耳に届く。


 怒声の発生源である門の右あたりを見てみれば、勢い余って柵を越えて飛び出してきた子供に向かって、うちの兵二人が槍の穂先ではなく石突きの方を前に構えて突撃しているところだった。


 少年は廃材やら、桶、荷車などで作られた防御壁というか柵の近くで、鋤をぶんぶんと振り回している。うちの兵を威嚇しているのだろう。


(たけ)ッ! 早く戻れっ! 外に出るなっ!」


 鬼面の坊主は、すぐにその子供に向かって叫んだ。


 すると、タケと呼ばれた少年は一言二言何かを言いながら、すぐに鋤を振り回すのを止めて施設を囲む柵に飛びつき、よじ登り始めた。


 上ってきたタケ少年の頭の上に、鬼面の坊主の拳骨が落ちる。少年は頭を押さえてしゃがみ込みぷるぷると震えていた。なんというか、戦場にそぐわぬほのぼのとした光景だった。


 ぱっと見た感じで、タケ少年は施設に籠もっている子供らの中でも特に幼い方だと思われる。しかしそれでも、こうして必死の抵抗をしてみせていた。


 我が精鋭たちは、そんな子供たちの必死さの前にかなりの大苦戦をしていた。当然だった。向こうの方が数が多い上に、普通に戦えないのだから。


 開戦以降、俺たちが門なり柵なりに近づくと、鬼面の坊主の指揮の下、その数の差を頼りに効果的な十字砲火の投石が繰り返されている。


 もうまさに『戦争ごっこ』の様相を呈していた。ただ相手の子供たちも、そして俺たちも、この上なく真剣であった。


 それにしても、うまく抵抗をする。


 思いの外に統率が取れている事に、俺は感心していた。指揮を執っている鬼面の坊主も、そしてその指揮に従っている子供たちも、想定したよりもずっと見事な戦いぶりを見せている。


 特に人員の運用がフレキシブルなのがいい。適度に連携がとれていて、適度に柔軟で。理想的だった。


 素人ゆえ子供ゆえという側面もあるだろうが、形に囚われない戦い方や戦術をとっている。それ故に俺にとっては、この世界の固い慣習に染まった正規軍の方が戦いやすいくらいだった。


 むろん、本気で殺し合いをするという意味においてではなく、戦術的な意味合いにおいての話である。正規軍とこいつらでは、単純な戦闘力では比較にならないのは当然の事だ。


 だが俺にこのガキチンチョどもを殺す意思がない以上、単純な戦闘力の差は埋まり、その柔軟な発想は俺たちと戦う為に有効な武器となっていた。


 この世界の人間らしく施設から出て来て、ただ単純に数の差で押そうと考えてくれていれば、俺たちの兵はもっと簡単に制圧できていただろう。その場合は、後ろに回って貰った源太の出番はなかったかもしれない。


 やっている事は遊びの延長みたいなものだが、子供らは存外きちんとした抵抗をしてみせていた。


 そんな事を考えている間にも、いくらかの怒声が聞こえてくる。


()ぇれ()ぇれ()ぇれぇ――ッ!」


「こっちに来んなーッ!」


 戦いが始まった時には、子供たちはどこか恐々とした様子だったが、思っていたよりも通用しているじゃないかと思ったに違いない。子供たちの抵抗ぶりも腰が定まってきている。なかなか堂に入ってきていた。


 開戦から、すでに十五分くらいは経っているだろうか。


 源太もすでにこの場にはいない。予定通りひと当てしたあと陣まで引いてきて、俺とバトンタッチをしていた。今頃は、後ろに回り込むべく静を駆っている最中の筈だ。


 そして俺は、引いてきた兵たちを率いて再度施設の門前へと赴き、戦っていた。もちろん、源太が回り込むまでの時間稼ぎと目線そらしが目的である。


「右翼、突っ込みすぎんな。石が飛んでくるぞ」


 俺はゆったりと構えながら、兵たちに指示を出す。


 石といっても握り拳大の石である。子供の腕力とはいえ、そんなものを力一杯投げつけられたら、当たり所が悪いと痛いだけでは済まない。大変な事になる。


 決して、その態度ほどに余裕がある訳ではなかった。


 しかし統治者として、子供らに慌てている様を見せる訳にはいかなかったのだ。


 子供たちは鬼面の坊主の指揮の下、相も変わらずに統制の取れた投石戦術を繰り出してきている。ヘタに近寄ろうとすれば死傷者を出しかねないと、見ていて思える程だった。


 盾がない今、迂闊な事は出来なかった。


 だからこちらも、まずは飛んでくる石を避けるなり槍の柄を使って打ち落とすなりして様子を見ていた。しかし石はしっかりと溜め込まれているようで、弾切れを起こす気配は一向にない。


 あの坊主、思ったよりもやりやがる。


 声を張り上げながら、まるで大将軍さながらの存在感で子分たちに命令を出し続けるガキ大将に、俺は少々感心していた。それ程に見事な指揮をしてみせていた。


 そして感心すると同時に、心底安堵もしていた。


 数をぶつけなくて良かった、と。


 押し潰すつもりなら、それ自体は容易に出来ただろう。今見ている限りでも、それは疑いようがない。


 ただ、まず間違いなく死傷者が出た筈だ。


 盾も用意していない今回、密集陣形をとった所にこれをやられていたら、まず無事では済まなかったのは明白だった。


 もし数頼みで行くならば、散開して囲みに行くか、密集陣形をとり一点突破か、俺ならいずれかを選んでいたと思う。だから数をぶつける事を選択していたら、密集陣形を選んでいた可能性は決して低くはない。


 そうなれば、俺はこの子らを捕らえた後で処刑しなくてはならなくなり、なんとか『子供の悪戯』でおさめたいという俺の願いは叶わぬものとなっていたに違いない。


 それを考えると軽く身震いがした。しかし、俺たちはツイている――そうも思えた。


 実際の戦況は、どちらにも死人も怪我人もなく、且つしっかりと膠着状態だ。俺の望み通りになっていた。時間稼ぎと目線逸らし――どちらも、この上なく自然に成功していた。


 俺はそれに満足し、施設の向こう――――『洞窟の上』を見る。


 そろそろだろうと思ったからだ。そして正に、そろそろだった。


 製塩施設の向こうにある塩泉が湧いている洞窟。その洞窟は山肌が崩れ落ちてできたような崖にぽっかりとその口を開けているが、その崖の上に源太と思われる騎馬武者の姿が見えた。


 再び視線を落しても、目の前では子供たちの必死の抵抗が続いている。鬼面の坊主も、源太の事にはまだまったく気づいている様子がない。


 まだ何の変化もなかった。子供たちは、完全に俺の陽動にひっかかっていた。


 我が策なれり――それを確信した瞬間だった。


 そしてその時、崖の上の源太は動く。


「はあッ!」


 俺のいるところまで届くような、大きく鋭い掛け声一閃。俺から見て洞窟の右側を、源太は静に跨がったまま駆け下り始めた。


 崖の高さは二十メートル弱。洞窟の両脇あたりは比較的斜面がなだらかだった。ただし、その意味する所は『直角』ではない、ではあるが。


 しかし静は、源太の手綱捌きに応えて、まるでカモシカのように足場を選びながら、おそろしく器用に駆け下りてくる。右に左にと跳びはねながら。


 その様子見て、思わず笑みが漏れた。


 俺がこれを見るのは今日で二回目だ。初めて見た時は、開いた口が塞がらなかったのを覚えている。


 少し前に騎乗訓練の一環だと、山に連れて行かれたのだ。少し俺が乗れるようになってきた頃の事だった。


 そのとき源太は、いま目の前で源太が駆け下りている崖ほどではなかったが、十分に傾斜のきつい山の斜面に俺を連れて行き、「ではそのまま静に跨がって、ここを降りて下さい」と宣った。


 源太の頭を一つぶん殴った事は言うまでもない。


 やっとなんとか馬の背に跨がれるようになったばかりの男に、いったい何をさせようというのか――そう思った俺を誰も責められないだろう。


 しかし源太は、一発殴った後で「アホかっ」と言った俺にシレッと言い返してきた。


「いや、これぐらいはやっていただかねば」


 と。


 そしてそのすぐ後に、神業としか言いようのないこの騎乗技術を、俺の目の前で披露したのだ。しかも俺にやれと言った山の斜面ではなく、それよりも遙かにキツイ斜面に移動してである。


 崖に等しかった。傾度については、いま源太が駆け降りているものよりもキツかったと思う。


 ど肝を抜かれたどころではなかった。


 源太にしてみれば、せめてこれくらいはという感覚で戦場で使える騎乗技術を教えようとしてくれたのだろうが、俺には「流石にこれは無理」と言う事しか出来なかった。


 天才はこれだから……という奴である。


 その時の事を思い出したのだ。


 そして思った。あの時は、阿呆扱いをして源太を殴ったが、あれを見ておけたのは実に僥倖だったなあ、と。


 流石に、こんな真似は誰にでもできる訳ではない。だから見て知っていなければ、間違いなく『出来たらいいなあ』で終わっていた筈だった。


 だが義経の逆落としみたいな事ができる奴が、こうして実際にいるのだ。そして見ていたおかげで、施設の裏に見える崖を見た時に何の抵抗もなくこの策を選ぶ事が出来た。


 これを僥倖と言わずして、何を僥倖と呼べば良いのだろうか。


 そんな事を俺が思っている間も、崖をまるでピンボールの玉のようにジグザグと方向を変えながら降りてくる源太と静。もうすでに崖の半ば辺りに差し掛かっている。


 そしてようやく子供たちも、一人また一人と崖を駆け下りてくる源太の姿を見つけて慌て始めていた。

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