第百四十八話 いざ『戦場』へ でござる
俺はニィッと口の端をあげて、そう言ってやった。源太はそんな俺を見て、フムと一つ頷く。
「それで俺は、どこから攻めればいいんです? 子供らが陣取っている門の入り口は北側になりますから、南は山。施設の周りはご丁寧にも柵で囲われている。やっぱり、あれですか?」
源太は顔色一つ変えずに、目の前の門を見ていた視線をあげた。
なんだ。分かっているじゃないか。
「その通り。ちゃんと後ろに攻め入れる道があるだろ? お前にしか通れないかもしれないが、お前が通れるなら俺たちにはそれで十分だ。立派な『道』だよ」
俺も真顔で答えてやる。
源太はその俺の言葉には応えず施設の奥の方に目をやりながら、二度ほど静の首筋をポンポンと叩いていた。その顔はすでに戦士のものになっていた。
そのあと俺たちは、すぐに行動に移った。
まず真っ先に偵察を出し、おそらくは山の南側に伏せられていると思われる、残りの子供たちの様子を探らせた。
間違いなく南に人員を割いていたという確認をしておかねばならなかったし、読み通りに南に残りの子供らがいた場合は、先程の鬼面の坊主に俺が言った言葉通り、施設の門前へと移動しているかどうかを見届けておく必要があった。
南に人員を割いていたかどうかは茜ちゃんの関与を決定づける状況証拠になるし、南にいる子供たちに源太の動きを見られて鬼面の坊主に報告されると策は失敗に終わり、力攻めをしなくてはいけなくなるからだ。
これだけやったのにバレた挙げ句力押しとか、格好つかないにも程がある。
つか、俺の格好がつかない程度で済むならばまだいい。その後の展開が洒落にならない。二水と水島の関係が絶望的になる。
なんとしても、それだけは避けたかった。
時間が来たら、俺と源太は今いる五十人から選抜した十人の兵を連れて一旦前に出る予定となっている。
こちらの陣容が、間違いなく先程俺が口にした通りである事を施設に籠もっているやんちゃ坊主どもに見せてやらねばならない。これは、負けた後で速やかに納得してもらう為でもあるし、もう一つ、源太がこの場にいる事を坊主らに見せておく為でもあった。
だから開戦直後は、俺は後ろに下がり源太に指揮を執ってもらう事になっている。
そこで負けたフリをして、さっさと陣へと下がってもらうのだ。そして俺と指揮を代わって、源太はそのまま施設の裏に回り込むべく別行動をしてもらうのである。
たぶん四半刻もぐだぐだと攻めるでもなく攻められるでもなくの状態を保っていれば、源太は後ろに回り込めるだろう。
そしてそこまでいければ、もうほぼ勝負ありだ。
これが俺の用意した策だった。
開戦直後の源太の偽装敗走で子供たちが連られて出て来てくれたら、こんな楽な事はない。しかしそれを期待するのは、あまりにも子供たちを舐めすぎだ。
だから多分、こんな感じにこの戦は進んでいく事になると予想している。
なんとか成功して欲しいと心から願っていた。
塩の為に、俺たちの為に……それは勿論の事だが、施設に立て籠もっている子供たちの為にも、そして二水の町の為にも、である。
つか、成功して欲しいではなく、なんとしても成功させなくてはならなかった。
立て籠もっている子供たちや二水の民が、俺たちに従属する事を心から望んでいないのは理解している。しかし俺らを拒絶しても、現状彼らの未来に光は見えない。ここで俺らが失敗すれば、彼らの未来は閉ざされる。それは、俺の目にはほぼ間違いのないものとして映っていた。
だから、だ。
偵察に出した者の一部が戻るのを待ち、約束の刻を迎える頃、俺と源太は兵を連れて再び施設の門へと向かう。俺と源太は馬の背に跨がって、残りは全員下馬させた。
南側への人員の配置は読み通りだった。山の南側で、来る筈のない北の砦からの増援に備えて伏せていたそうだ。
その報告に、とりあえず俺はホッとした。状況的に九割九分間違いないとは思っていたが、もしここを読み間違えていたら少々面倒な事になったところだ。
もちろん俺も格好がつかなくなる訳だが、その程度では当然おさまらない。今回の策に大きな影響が出てしまう。その可能性がなくなっただけでも、俺の心の荷は随分と軽くなった。
「おう、源太」
門へと向かって馬の足を進めながら、横の源太に声をかける。
「はい」
「確認しておくぞ? 今回は絶対に相手を殺すなよ。そしてもし命の危険を感じるようならさっさと引くよう、兵ともども徹底してくれ。まー、お前らの技量考えたら子供相手にこれはないだろうが、一応念を押しておいてくれよ」
「はっ」
「それと後ろからの攻撃は、裏手に回り込んだらすぐに始めてくれて構わない。呼吸はこちらが合わせる。お前がするべき事は、一刻も早くさっきの坊主の元へと辿り着く事だ。殺すなと命じる以上、あの坊主だけは兵たちには荷が重い。でも逆の言い方をすれば、あれを抑えこんでしまえば、それで終わりだ。頼んだぞ」
「はっ」
俺の確認に、源太は一つ頷き覇気溢れる声で応えた。その目も、いつもの何を考えているのか分からないようなものではなく、ただ真っ直ぐに『戦場』を見据えていた。
施設の門の前に到着すると、さきほど気配を感じた人数よりも、ずっと沢山の人影があった。今回は気配でない。気配を探るまでもなく、その姿を見せていた。偵察の報告通り、きっちり南から移動してきたようだった。
ただ一つ、想定外の事もあった。
姿を見せてくれた事ではっきりとしたのだが、立て籠もっている子供たちの平均身長が、思っていたよりもずっと低かったのだ。みな覆面をしているのではっきりと顔は見えないが、あきらかにまだ幼いだろうと思われた。
これには少々驚かずにはいられなかった。
俺は青年と少年の間くらいの者らが大半で、いくらかそれより少し幼い者も混じっているようなイメージを、報告から抱いていた。しかし目の前の者たちの体格からみて、一部幼い者がいるのではなく、幼い者たちばかりの中にちらほらと大人並みの体の持ち主が混じっているという感じだった。
大きさだけでなく体の厚みもないのだ。とてもではないが、こんな山賊の真似事をするような者たちの体つきではなかった。
小学校の高学年くらいじゃないのかという体つきの者が大半だったのである。
あの鬼面の坊主の体つきは別格だとは思っていたが、流石にこれ程までの状況は想像もしていなかった。
それを見て、俺はますます分からなくなった。
こいつらは一体何の為にこんな事をしでかしたんだと。
そして困惑をしながら、俺は思わざるを得なかった。
やはり、こういうのは本物の山賊よりもずっと厄介だ――――と。