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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百四十六話 戦争ごっこ でござる



「さて、そろそろ口を開かんか? 男同士で見つめ合う趣味は俺にはないぞ」


 ジッとこちらを見つめてくるだけの鬼の面に、そう言ってやる。いっそ睨んでいるとかならばまだ分かるのだが、どことなく悲しそうに見える瞳で見つめられると落ち着かない。


「……帰れ。ここは俺たちの土地だ。水島も金崎もいらない」


 鬼の面は、やや低い声で声をくぐもらせながら、そう言った。声変わりはしているようだが、明らかに青年と少年の間の声質だった。


 体はデカいが、やはり子供か……。よくて俺らとタメ、多分それよりは下だ。それに金崎だと?


 饒舌とは言いがたいその言葉が、いくつもの新たな情報を俺にもたらしてくれる。


 なぜ金崎がここで出てくる? 例の商隊を襲っている賊は、やはり金崎がらみなのか?


 そして、疑問も新たに膨らんだ。


 あちらは、継直か金崎がからんでいる可能性が高いと思ってはいた。しかし、この施設の占拠にも絡んでいるのか? 塩がらみで十分あり得るが、これに絡むとなると、あの館の付け火も奴らって事か?


 答えの出ない疑問が次々と湧き出してくる。が、のんびりと考えに耽る時間も今はない。


 俺は軽く首を振って、とりあえずはその疑問は頭の隅に追いやる事にした。そして、もし答えてくれれば儲けものぐらいの期待度で、肝心な部分だけを単刀直入に聞いてみる。


「ま、俺たちはお前らには恨まれているみたいだからな。だが、解せん。継直と俺らがいらないと言うならば、まだ話は分かる。だが、金崎もいらないとはどういう事だ? どうして今ここで金崎の名前が出てくる? 何故だ?」


 だがやはりというか、鬼の面は心底忌々しそうに舌を一つ鳴らしただけだった。俺の質問には答えずに、その心に噴き上がる感情のままに言葉を俺にぶつけてくる。


「お前らのせいで俺たちの町は寂れた。それだけでは飽き足らず、今度は戦場にしようとしている。さっさと出て行けっ」


『今度は戦場にしようとしている』……か。これはいよいよ臭いな。色々と動きを早める必要があるのかもしれない。


 目の前で声を張り上げる鬼の面に視線を合わせたまま、そんな事を考える。


 それにしても、だ。


 やはりこいつ、まだ幼いところが残っている。多分中坊ぐらいだ。


 体は大人だが、感情を持てあましすぎている。まったく抑えきれていない。感情の激しい人間はいくらでもいるが、なんというかそういうのとも違う。まるで子供が癇癪を起こしているような印象を受ける。


 なら……。


「いや、出て行くのはお前たちだよ。降伏しろ。もっともお前たちには、巽屋為右衛門の土地を奪った罪がある。また、館への付け火の疑いも掛かっている。だから、このまま尻を叩いて見逃してやる訳にもいかん」


 そして、


「諦めろ。俺たちが来た以上、もう万に一つもお前らに勝ちはない」


 と、やや胸を反らすようにしながら言ってやった。うっすらと勝ち誇った笑みを浮かべながら。


 言葉も態度も、超上から目線である。そして、その効果はてきめんだった。


 鬼の面は一瞬面食らったようであったが、すぐに全身をわななかせ、全身から怒気を放ち始めたのだ。その面の下も、鬼面の色に負けず劣らずに真っ赤であろう事が手に取るように分かる程だった。


 絵に描いたようなフィッシュオンである。


「あの糞親父っ。水島の兵を送りつけただけでは飽き足らず、付け火の件まで俺らに擦り付ける気かっ」


 そして、鬼面の男は吠えた。


 擦り付ける?


 やったのはこいつらじゃあないって事か? これが演技だとしたら大したものだと思うが……。ここまでの様子を見ている限り、それはなさそうだ。


 と、なると、だ。


 んー。まともな答えが返ってくるか怪しいが、とりあえず聞いてみるか。


「どういう事だ?」


 尋ねてみたが、あんのじょう鬼面の男――いや、坊主は、まったく聞く耳を持たなかった。


「うるさいっっ」


 こりゃあどうにもならんな。


 一秒でそう察する事が出来た。こちらに飛びかかってきていないのが不思議なくらいだった。


 だが俺は、その事で再び少し感心をした。ちゃんと(かしら)をしているじゃないかと。


 これだけの事をやらかす程に怖いもの知らずで、この通りに短気な癖に、こちらに飛びかかってきていない。それは多分、後ろに子分を引き連れているからだ。


 まだ鬼面の坊主はそのデカい体をわなわなと震わせているが、それでも大事なところだけは忘れていない。少なくとも、上で威張っているだけの奴ではなさそうだというのが見て取れた。


 ただのガキ大将でも、大将としての矜持は持っているようだった。先の藤ヶ崎防衛戦での事を考えれば、余程この坊主の方が大将しているじゃあないかと好感が持てた。


 だから、俺はやり方を変える事にした。


 いいだろう。ならば、そのように扱ってやる。話は後でじっくりと聞かせてもらうとしようか――――と。


「そうか、分かった。降伏する気はないという事だな。ならば、俺たちを退けてみな。お前たちの意思を、この俺――水島家家老、神森武が見届けてやる。悔いの残らぬように、全力でかかってこい。だが一つ約束しろ。力及ばなかった時には、潔く俺の軍門に降れ」


 先程までの挑発する為の表情は捨て、俺は真顔でそう告げる。だがすぐに、鬼面の坊主は言い返してきた。


「勝手な事をっ。だいたい俺たちの倍以上の人数連れてきておいて、なに偉そうな口叩いてやがんだっ」


 攻めは守りの三倍で――が基本だが、そんな事をこの坊主に言っても仕方がない。とは言え、好き勝手言わせておいても不味い。


 俺はフッと一つ鼻で笑い、


「立て籠もっているお前がそんな事を言ってもな。たかだか倍程度に『砦』を囲まれたくらいで泣き言を言っていては、大将はつとまらんぞ?」


 と、そう煽ってやった。


 すると鬼面の坊主は、


「うるさいっ!」


 と再び吠えた。面の奥で光る黒目は、今ははっきりと怒りに燃えている。傷ついた野良犬が怯えながら唸っているような、先程までしていた目の色ではない。


 反応が素直だな――――と、外に漏らさぬように心の中だけで笑った。先程の何とも言えない悲しげな瞳よりは、こちらの方がまだなんぼもマシだった。


「はっはっはっ。まあ、いいだろう。そんなにこちらの数が多い事が気になるなら、分かった。こちらも、そちらと同数……いや、それでは面白くないな。お前が卑怯だと吠えた倍の数を、俺が打ち破ってみせてやるよ。俺たちは、大将の俺の他には、将一人と兵十人。それだけだ。その数でお前らを叩き伏せてやろう」


 俺の言葉に鬼面の坊主は再びカッとなりかけたが、今度は軽く頭を振って自制したようだ。そして、こちらに問うてくる。


「なんで、ここにいない連中の事まで、お前が知っているっ」


 数の事か。頭に血を上らせかけた割には、結構細かい所まで注意が行き届いているじゃあないか。ふむ。折角ここまで大サービスしてやったんだ。最後まで面倒見てやるか。


「なんでだろうな? ほれ、さっさと始めるぞ。南に配している子分たちを、さっさと呼び寄せておけよ。北の砦からはうちの兵はこないぞ。……ああ、それと、田村屋の茜ちゃん。こっちに来てんだろ? 爺さん婆さんから頼まれている。くれぐれも怪我なんかさせんなよ?」


 そう言ってやった。


 だが鬼面の小僧は、とうとう脳の処理量の限界を超えたようだった。


 視線をあちらこちらと走らせている。俺の言っている意味が理解できず、何故、何故が重なってしまっているようだった。


 明らかに狼狽えていた。


 だが、さすがにこれ以上過保護にしてやるつもりはない。


「じゃあ、半刻後に俺たちは攻撃を開始する。せいぜい頑張れ」


 俺は一方的にそう告げて、鬼面の坊主に背を向けた。源太がすぐ側に護衛でついていればこそである。心理的な上下を心に刻みつけてやる為だ。


「源太、戻るぞ?」


「はっ」


 俺が声をかけると、源太はそう短く答えて、俺に軽く頭を下げてきた。


 流石に分かっていらっしゃる。


 阿吽の呼吸だった。やはりこの男は、空気を読まない男であって、読めない男ではない。


 胸の中でそう笑っていると、背中から呟くような声が微かに聞こえてきた。


「あれが神森武か……」


 時は午刻(ごこく)――真っ昼間。まだ初夏だが、この時間帯は体を動かせばさすがに暑い。さんさんと陽の光が降り注ぐ中、本物の兵を使った戦争『ごっこ』を、俺たちは命をかけてする事になった。

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