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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百四十五話 鬼面の少年 でござる

 陣を敷くと言っても、五十人の隊がほんの一時使うだけの物である。天幕すらも必要とは思えなかった。


 周りが崖に囲まれている事もあり、実際の作業は遮る物のない三十メートルの入り口を狭めるだけで良い。どちらかというと、布陣後奇襲を受けて大被害を出さない為に警戒する作業の方が大変である。


 とりあえずは出入りするだけの場所を残して、入り口にいくらかの丸太を等間隔に打ち込み縄を張る。


 これだけで十分だと思われた。なにせ相手は、二十人ほどの町の子供らである。素通りさえさせなければ、それだけでなんとでも対応可能だった。


 その程度の準備だったので、まもなく準備が完了する。


 その様子を眺めていた俺は、同じく横で配下の兵たちの動きに目を光らせていた源太に、


「そろそろかね。作業を始めて四半刻。流石に向こうも気がついているだろうし、そろそろ痺れも切れる頃合いだ。早まった真似をされても困るからな。出るぞ」


 と声をかけた。


「はっ。では、お供致します」


「一緒にか? ……ああ、そうだな。念の為の護衛は必要か。お前一人くらいなら、あそこにいる奴らを変に刺激しないで済むかもな」


 いきなり下手に刺激をしたくないが、俺一人で前に出るのはやはり危険だろう。万が一がある。そう考え直した。必要な危険を冒すのはやむを得ないが、無用な危険を冒すのはただの阿呆だ。


 かといって、あまり大人数でいくのも相手を刺激する。そうでなくとも舐められる。いずれにしても、俺たちにとって良い事ではない。


 だから源太一人というのは、数の上でも、確実性の上でも妥当なところであった。


「じゃあ、頼めるか?」


 と返事をすると、源太は「はっ」と短く答え、すぐに隊の副官を呼んだ。自分が前に出ている間の指揮を任せると、伝えるつもりなのだろう。




 製塩施設のある敷地の門へと向かって、俺は歩き始める。左斜め後ろには、源太も付いてきている。


 陣の入り口を出て、あるていど製塩施設に近づいたところで、中の様子を窺った。


 門までの距離が五十メートルほどになる頃には、流石に俺でも幾らかの人の気配を感じる事が出来たからだ。そのすべては、施設を囲う柵の向こうからだった。


 ニ、三……、四、五、六……。


 感じ取れるものだけ数えてみるが、二十二という数よりは遙かに少ない。


 俺程度の練度では絶対とは言えないので、俺は正面を向いて歩いたまま、ぼそりと呟くように聞いてみた。


「十ぐらいか?」


「はい。十二名じゃないですかね。ほぼ半分です。田村屋の娘の行き先は、やはりここで間違いなさそうですね」


 ややくぐもった小声で、源太は答える。


「その様だな。目の前の賊の頭領との話が済んだら、すぐに南に人をやって確認してくれ。そちらで南からの攻撃に備えていたら『確定』だ」


「はっ」


 後ろの源太には見えないだろうが、俺はニヤリと笑いながら、そう言った。


 その通りだった。源太は俺の問うた意図を正確に把握して答えを返してきた。


 茜ちゃんが消えたあの日、源太が俺に合わせて吐いたブラフに引っかかって、ここに籠もっている者たちにその内容を伝えていたとしたら、北の砦からの増援に備えて南側に人がいる。そしてそこに人がいるならば、彼女があの日どこに消えたのかが確定する。なぜなら、あのブラフに引っかかっていなければ、ただでさえ少ない兵隊をわざわざそこに割く必要はないからだ。


 とりあえず、茜ちゃんの行き先に関しては読み通りであったようで、俺はそっと胸を撫で下ろしていた。


 田村屋の老夫婦から、孫の失踪について、探してくれと頼まれているのである。


 まあ、目の前に官がいる訳だから、孫が突然いなくなれば当然泣きつかれた。だから彼女に泳いでもらう為にわざと行かせた身としては、予想通りの行き先であった事にほっと一息を吐かずにはいられなかった。


 まあ何にせよ、今のところは順調といってもいいだろう。多少読みが外れたりもしたが、問題になるほどではない。


 そんな事を考えながら、足を前に運び続ける。


 すると、門まであと二十メートルもないというところまで近づいた時、門柱というか瓦礫の山の陰から、一人の男――おそらくは男が姿を現した。


 偵察に出した者の報告によると、今この施設に籠もっている者たちの中には、体の小さい者が結構みられるという事だった。それを見て、『皆覆面をつけていて顔を確認できないが、おそらくは子供だろうと思われます』と源太に報告したそうである。


 だが、いま門の陰から姿を現した男の体は大きかった。信吾や源太ほどではないが、背丈もほぼ俺と同じくらいだし、首まわりや腕の太さなどは、俺などよりは信吾らの方に近い。こちらの平均的な体格を考えると、明らかに恵まれすぎな体を持っていた。


 その男はざんばら髪を頭頂で荒縄を使って括り、着さらした着物には不釣り合いな程に上等な胴丸を身につけていた。そしてその手には、まるで剣鉈を大きくしたような、如何にも頑丈そうで凶悪な刃物を握っている。


 これだけでも十分にインパクトのある見た目だろう。しかし、もっとも目を引くのはその顔だった。


 そこには、憤怒の表情を浮かべた真っ赤な鬼の面が光っていたのである。報告では聞いていたが、実際に見るとすごかった。


 …………おおぅ。


 ここまで厨二を体現してくれると、そんな声しか喉から漏れてこなかった。神々しくすら見える。


 ピーク時の俺でも、これが出来たかどうか、ちょっと自信がない。


 俺は、そんな男が仁王立ちしている十メートルほど手前で、歩く足を止めた。後ろの源太も止まる。


「山賊ごっこの頭領にしては、なかなか堂に入った態度だな。褒めてやるよ」


 まるで友人と話しているような声と態度で、俺は辛辣な内容の言葉を目の前の男にぶつけてみる。


「…………」


 だが、男は口を開かない。


 厨二を煩っている頃合いならば、上から目線には敏感に反応するかと思ったが、意外に反応は薄かった。


 十メートル先にて、面の奥で光る黒い瞳には、まったく怒りの色が浮かんでいないのである。


 ちっ。厨二の癖に意外に冷静だな。


 そう思ったが、その目をもう一度観察して、俺はすぐに考えを変えた。


 冷静……。違う。そうじゃない。絶望? いや、違う。なんだ、この目は……。


 目の前の男の目の光りを改めて見た時に、そこに映る感情が異常である事に気付いたのだ。


 自分たちを圧倒する数の敵に囲まれている――そんな時に抱く感情は、恐怖であり、絶望であり、諦観、自棄、あるいは憤怒。そんなものの筈だ。


 だが、男の目がもっとも強く語りかけてくる感情は、そのどれでもなかった。


 あえて言葉を選ぶならば『悲哀』。


 その目は悲しみに満ちていた。


 狩る方がその目をするならば、まだ意味が分かる。だが、現状こいつらには勝機はない。それに……、俺たちを哀れんでいるようにも見えない。


 まるで親に捨てられた子供のような目……。


 少なくとも一人前の大人がするような目ではない。


 がたいはいいが、やはりこの男ももしかしたら子供? 俺らのちょい下くらいなら、このがたいでもあり得ない事はないか。


 とりあえず壮年、老年の線だけは絶対にない。それは雰囲気で分かる。となると、青年か少年となる訳だが……。


 そして、もう一つ。この男は(いくさ)慣れをしていない。


 脳筋なこの世界の事だから絶対とは言い切れないが、寡兵を分けてしまっている。


 たとえ知識がなくとも、戦場の経験を多く積んだものならば、これは感覚的にわかる。それをやると、むしろ生き残れなくなると。


 はっきり言って、この状況で寡兵を更に分けるなど下策中の下策なのだ。心理的には誰もがそうしたくなるものだが、どう考えても一人二人の見張りだけを南に廻して、残りすべてを一隊で使わないと、この局面では生き残る可能性すらもなくなる。


 やはり、この者は『子供たちの』リーダーか。


 少なくとも、継直や金崎の者ではなさそうだ。そう当たりをつけた。


 そう思うと、少し心にゆとりも生まれてくる。


 その目の理由は分からないが、この鬼面はこうして俺の前に立ちふさがり、背中で仲間たちを守っている。もしこの鬼面が子供なら、それだけでも十分の賞賛に値する。 大したものではないかと、そう思えてきたのだ。


 戦場に不慣れな人間がこうして追い詰められれば、絶対に冷静ではいられない。俺も道永と戦った時に経験したから分かる。冷静なフリを通すだけでも、結構大変なものなのだ。


 ただ、である。


 必死に恐怖と戦いながら抵抗しようとしているその姿には、敵でありながらも好意的な感情さえ沸き起こっているが、施政者としてはそれはそれだった。こいつらはすでに、他人の所有地の占拠をしてしまっているのである。やる事をやってしまっていた。


 手心を加えるのにも限度があった。


 子供だろうが、その必死さに好ましさを感じようが、すでに目の前の者たちは、打ち破り捕らえねばならない『罪人』だった。


 でもそれはそれとして、突っ張るというならば、どこまで突っ張り通せるか――その覚悟を見せて貰うとしよう。


 そう思った。これだけの事をやらかしたからには、某かの強い思いがある筈である。それだけは見届けてやろうと思った。


 俺は心の中で小さく一つ笑む。もちろんそれを顔に出したりはしない。


 そして俺は、再びゆっくりと語りかける。

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