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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百四十三話 偵察が戻ってきた訳だが、なんでそうなったと言わせてもらおうか でござる その一

 その二日後、俺たちは二水の町を出発した。


 もちろん目的地は、二水の町の南東半里の場所にある『(つるぎ)山』――塩泉が有り、為右衛門曰く「賊が立て籠もっている」という場所である。


 山に向かうには幾つもの山々の肌を舐めるように続く細道を進まなくてはならない。二水からしばらくは平坦な道だが、すぐに比較的高度は低いが山道となるのだ。


 為右衛門の言によると、塩泉のある洞窟の入り口に併設して作られている製塩施設で塩は生産されている。そこで作られた塩は、今進んでいるこの道を通って二水に持ち込まれるとの話だった。


 予想通り、生産は現地で完結していたのである。


 この道以外に剣山に入山するルートがあるにはあるそうだが、それらは獣道も同然だそうだ。ここらの者でも迷う危険がある為、めったに使う事はないとの事だった。


 いま俺は、その二水の町から剣山へと伸びている山道を、源太と青竜隊を率いて行軍している。むろん塩泉と製塩施設を『賊』の手から奪い返す為にである。


 ただ、なあ……。


 いまいち気合いが入らない。


 俺のすぐ横で静に跨がっている源太も、いつものクールフェイスこそ崩してはいないが、その身から立ち上る戦気は、戦場でのそれとはほど遠い。発する気配が、明らかに違っていた。まるで、藤ヶ崎の館でのんびり馬鹿話をしている時の奴の気配そのものなのである。


 将二人がこの有様であるせいで、後ろに続く兵たちも、これから賊の鎮圧に向かうとは思えぬ程に気配が穏やかだった。


 そして、何故こんな事になっているのかというと、昨日出していた偵察がすべて戻り、報告があったからである。




「は? もう一度言ってくれるか?」


 聞いた話が想定外すぎて、脳が理解する事を拒否した。


 そんな俺の様子に、報告した方の源太も、どうしたものかと頭など掻きながら困った顔をしている。そう。珍しくその顔に、困惑の表情などを浮かべていたのだ。


「あー、その、なんです? 気持ちは理解できますが、受け入れて下さい。剣山に立て籠もっているという『賊』は子供です」


 だが、その口が語る内容は全く変わらなかった。非情である。


「なんで、そんな事になってるんだってばよ」


 本当にカクンと顎が落ちそうだった。体中の力も一気に抜けた。そりゃ、そうだ。よりもよって子供とかどういう事なんだよとしか、俺の脳みそは考えてくれなかった。


 うちの館に火をかけた糞野郎どもが逃げ込んだんじゃなかったのか? そんでねぐらにしてんじゃねーのかよっ。


 脱力の谷を抜けた後は、そんな怒りにも似た感情が心に噴き上がってくる。一つ状況が明らかになるごとに、話の流れがごろっと変わる。その連続だったから、いいかげん俺も苛立ってきていた。


 とはいえ、源太が悪い訳ではない。もちろん、これらの情報を頑張って入手してきてくれた兵たちが悪い訳でもない。


 感謝の言葉は言えても、文句なんか言える訳がない。


 源太は、そんな俺の心中を慮ってくれているのだろう。俺の様子に気がつかない振りをしながらも、


「なんでと言われてもですなあ……。まあ、大半は子供といっても、俺らの少し下くらいだそうですが」


 と、再度同じ事を口にした。ただし、小さく溜息を吐きながら。源太も、気持ちは同じという事なのだろう。


 そりゃあ確かに、俺たちが将をやっているように、こちらじゃあ元服すれば大人扱いだ。通例だと、十四、五ってところだろう。だから、俺らのちょい下という事ならば、大人と子供のちょうど境目という事になる。


 だが、源太は『大半は』と言った。つまり、それより下もそれなりにいるのだろう。そうなれば、報告が『子供』となるのも頷けた。


 しかしだなあ……。


「いや、それにしてもだな」


 往生際が悪いのは自分でも承知しているが、そんな言葉しか出てこない。


「いちおう首領格のような者もいて、その者は体つきも大きく、それなりに厄介そうな相手だという事ですよ?」


「だけど子供なんだろ?」


「おそらくは。その首領格だけは鬼の面をつけているそうですよ。だから、人相書きも作れなかったとかで」


「鬼の面って……。こちらにも厨二病あるのかよ」


「なんです? その『ちゅうにびょう』って」


 思わず漏れた俺のツッコミに、源太は真顔のまま少々首を傾げてみせた。


「ああ、ああ。いい。忘れろ」


「はあ」


「それで、あちらさんの数やら装備とかはどうなん?」


「はあ。数は確認できているだけで二十二。装備は、町の子供ですから、竹槍や鉈、鋤などだそうです。嗚呼それと、探らせた者が言うには、施設は塩の泉があると思われる窟の前にあって、周囲は粗末ながらも柵で囲われているそうです。そして、施設への入り口は正面のみだそうですよ」


 そう言いながら、源太は胸元の着物の合わせ目に手をつっこんで、中から一枚の折られた紙片をとりだした。それを開き、俺に見せてくる。


 そこには、源太が説明していた内容が簡略的な絵で描かれていた。


「これ、その子供らが作ったのかねぇ。籠もりそうだなあ」


 俺は、絵に描かれた柵のような物を指差しながら言う。それに、正面入り口の両脇にちょっとした小山のようなものが描かれている。わざわざこうして絵にしてあるという事は、はっきりと分かるレベルで、土かなんかが盛ってあるのだろう。『櫓』の代わりだろうか。


 面白い。こちらの人間にしては、発想が柔軟じゃないか。やっぱ子供だからかね。そんなに俺と歳は変わらんけど。


 源太が見せてきた絵を見ながら、正直俺は感心してしまった。


 相手が子供と言われたせいだろうか。思考が賊退治という事を忘れがちだった。


 元の世界の話だが、そういった油断を誘う為に、敢えて子供を使うような外道な手管もあるので、こんな甘い事ではいけないとは自覚している。が、どうしてもなあといった所だ。


「さあ。でも、これを見る限り出てこないでしょうね。それに元々武士ではありませんから、いざ尋常に勝負とはいかないでしょう。おまけに相手が町の子供では、打ち倒してしまえばいいという訳にもいきませんし……厄介ですね」


 困った――と言わんばかりに、源太も渋い顔をしていた。


 まあ、山賊もどきでも武士相手の戦のようにはいかなかっただろう。そういう意味では変わらないし、籠もられるのも想定内だが、相手をさっくりと殺す訳にはいかなくなったのが痛いところだ。


 もちろん殺したところで、俺らが罪に問われる事はない。場合によってはそういう決断もするつもりではいる。


 ただそれは、本当に最後の最後にしたかった。


 子供を殺してしまったら、水島と二水の間の溝は絶望的に深くなるからだ。今度こそ埋めようのない溝となるだろう。


 それを考えると、軽々にそうする訳にもいかないのである。感情を脇に置いておいても、立て籠もった子供らを殺してしまうのは、下策中の下策である事は間違いなかった。


「当然だな。そんな事をしたら、親は怒り狂うぐらいじゃ済まん。呪われるぞ。塩の時なんぞとは比較にならん程の憎悪を向けられるだろう。そこまで行ってしまったら、もう手の打ちようがないだろうな。最悪、俺たちはこの町を滅ぼさねばならなくなる」


 いくら人の命が軽い世界であろうとも、親の子への愛情は変わらない。たとえ、飢饉で我が子を埋めて殺すような事が当たり前にある世界であっても、他人に我が子を殺されてヘラヘラとしている訳がない。


「ですな。いや、参りましたなあ……」


 源太はいつも通りのマイペースな口調ではあるものの、その表情は本気で困っていた。頭に手をやって、ばりばりと掻きむしったりなどもしている。


 そのちぐはぐ具合に、俺は一応ツッコミを入れてやる。


「本当にそう思っているのかよ」


「当たり前です」


 即座の返答だった。


 それにしても、子供とはなあ。


 だが、そう思った時、フッと何かが繋がったような気がした。


「あっ。なあ、おい、源太」


「はい。何でしょう」


 それまで少々物憂げにしていた俺が、急に力強く呼びかけたので、源太は一瞬目を丸くしたが、すぐにいつも通りの顔つきになってそう返事をした。


「茜ちゃんの後はつけさせたんだよな」


「ああ、はい。すみません。その報告はまだでしたね」


 源太はうっかりしていたとばかりに、ポンと一つ手を打った。


 周りでバタバタと兵たちが賊退治の準備に忙しい中、俺たちは殊更のんびりと報告会を続けている。俺たちが慌てるのは、百害があっても一の利すらないからだ。

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