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姫様勘弁してよっ! ~異世界戦国奇譚~  作者: 木庭秋水
第三章
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第百四十一話 館からの帰り道で でござる その一




 館の検分を終えた俺たちは、田村屋へと戻るべく、やってきた道を逆方向へと歩いている。西の空は、すでにうっすらと赤らんでいた。来る時には曇っていたのだが、いつの間にか雲は薄くなっていたようだ。晴れ間が見えていた。


「それにしても、現場の人間に忠告しておかなくて宜しかったのですか?」


 横を歩いている源太が、何気ない調子でそう聞いてくる。連れてきた兵たちは、そんな俺たちの後ろを黙って付いてきていた。


「何がだ?」


 俺はとっさに誤魔化した。気付いていないなら気付いていないで、その方が今の段階では都合が良いからだ。そのままにしておこうと思ったのだ。しかし、


「もう惚けなくともよいでしょう。あの館を襲った連中の事ですよ」


 と、源太はしれっとした顔をしたまま、同じ話を続けた。相変わらず、空気が読めるのか読めないのか分からない男だった。


 俺は小さく胸の息を吐きだし、


「なんだ。お前気付いていて、あんな事を言っていたのか」


 と観念して付き合う。無論、あの館での源太の『まるで適当に火を付けてまわった』発言以降の話の事だ。


 だが、そんな俺の言葉にも源太はまったく動じる素振りもない。


「当然です」


 本当に眉の一つも動かさずに、そう言い切りました。


 俺が顔を横向けてまじまじと源太の方を見ていると、奴は口の端を軽くあげて、フッと鼻で笑った。


 ホント、良い性格しているよ……。


 俺は軽く両肩を竦ませてから、そんな源太に問うてみる気になる。


 源太が、どこをどのように見て、その答えに辿り着いたのかに興味があった。俺とは違う部分が見えているかも知れない。それを聞いておきたかったのだ。


「じゃあ、そんな鳥居源太殿にお尋ねしたく思います。宜しいでしょうか?」


 慇懃な一礼の後、丁寧な口調でそう尋ねてやったら、源太は、


「急になんですか?」


 と、やや身構えた。ちょっと動揺していたのが面白かった。少し溜飲の下がる思いだった。先程からかった仕返しである。


 が、いつまでもじゃれて遊んでいる訳にもいかない。雑談の延長ではあるが、非常に重要な話なのだ。俺は、気持ちを引き締め直し、真面目な顔で尋ねた。


「どこをもって、そう思った?」


 単刀直入に聞く。


 俺の態度が変わったのを察し、源太もすぐに雰囲気を変えた。基本的に、こいつは空気が読めないのではない。読まないだけなのだ。


「え? ああ、そうですね。まず、あの館。あれを見れば、疑うなと言う方が無理でしょう。何を目的にして、何を狙ったのか――まったく見えてきませんでした」


 うん。それはその通りだ。


「厩も火を付けられていましたね。ただ、火を放った者がやり慣れていなかった……。いや、やり方を知らなかった。人がいる館に比べれば、厩などはずっと警戒が薄いものなのに、まったく燃やせていない。馬たちには幸いな事でしたね」


「そうだな。それで?」


「それに何も盗まれていないとの事でした。賊の類いなら、何かを奪っていくでしょう。馬だって高いんですよ? これをただ捨て置く賊なんて、あまり聞きませんね」


 ふむ。


「物はなくなっていない。馬も盗まれていない。これでは間違いなく賊の線はないでしょう。大体賊徒なら、こういった事はやりなれているので、ここまで下手くそではありません。だから、単に水島を攻撃してきたのだろうと当たりを付けました。状況的に継直のところか、金崎のところの者に入られたのではないかと始めは考えました。しかし――――」


「しかし?」


「はい。なくはないと思いますが、これも可能性は低いだろうと、すぐに考え直しました」


「なぜ?」


「軍の者ならば確かにこういった事は慣れていないでしょうが、やり慣れていないなりに、やるならばもっと徹底的にやるでしょう。任務ですから。火を付ければ館は燃え落ちるとばかりに、適当に至る所に火を付けてまわった”だけ”という部分が、軍の者がやったにしてはいい加減すぎます」


 ああ、そっか。こちらの感覚だとそうなるな。


 あちらの世界ならば、軍と言えば、こういった事もエキスパートな組織だが、如何せんこちらの軍属は、慣習的にこういった作戦を行わない。故に、普通の兵たちは当然そういった経験を積んでいない。忍びのような者らも存在しているようだが、これらが犯人という事も、今回に関してはないだろう。そういった輩がやったにしては、今回のやりようは杜撰(ずさん)すぎる。


 それにしても厩……ね。


 この部分は俺もおかしいとは思ったが、馬バカの源太らしい着眼点だった。


「犯人どもには、馬たちの十倍は恐怖させてやらねばなりません」


 源太は腕を組んだまま胸を張り、鼻息荒く、そう宣言した。


 むき出しの腕の筋肉をピクピクとさせながら、雲間の夕焼けと、灰色の雲の影で、どこかおどろおどろしい雰囲気の空を眺めていたりする。その空の色は、なぜか源太の背中に見えるオーラのような物と同じ色のように思えた。


 ああ……、うん。頑張って……。


 犯人はご愁傷様だな、これは。とりあえず、やる気にはなっているようなので放っておく事にする。


「お、おー。そうしてやれ。が、とりあえずそれは置いておいてくれ。他には何かあるか?」


 俺が改めて聞き直すと、源太は少し考える素振りをした後、こう言った。


「そうですねぇ。ああ、あとは田村屋の娘の言葉でしょうか」


 ああ、やっぱりお前もそう思っていたのか。


 あの日、茜ちゃんの話を聞きながら源太も怪訝そうにしていた事を思い出した。


「私が聞いた話と違っていましたからな」


 ん? 聞いた話と違った?


 てっきり俺同様に、彼女自身の話の中から、『奇妙な部分』や『らしくなさ』を見出したのかと思ったのだが、そうではなさそうだった。


 俺は続きを促すように、黙って源太の目を見据える。すると源太は、一つ頷いて続きを話し出した。


「藤ヶ崎で行商から聞いた話はこうでした。『かなりの数に襲われたらしい』、『なんでも数十人はいたそうだ』、『そいつらは火を付けた後、(たつみ)門を無理やり押し通って逃げ延びたらしい』です。最近は物騒でいけないねぇと、笑いながら話しておりました」


「ふむ。それで?」


「はい。次に、ここに来る前に伝七郎様より聞いた話では、『目撃された賊徒は、全員黒い着物に顔を布で覆っており人相は分からなかった』、『賊徒は館への付け火を行った後、それぞれが散り散りに(たつみ)門の方へと逃げていった』、『二水からの報告では、はっきりとその数は確認できていない』、『兵たちの話を集めた限りでは、推定で十名前後ではなかろうかと考えられる』――――と、こうです。当たり前の話ですが、今日館で我々が聞いた話と同じですね」


 そりゃあ伝七郎の話は、あそこからの報告だろうからな。


 俺が黙って深く頷くと、源太は俺から視線を外し、腕を組んで地面を見ながら、リズムよく顎をしゃくるように浅く頷き始めた。多分頭の中で、今の話の中に抜けている物がないか、再確認しているのだろう。


 俺はそんな源太の邪魔をしないように、源太がそうしている間は何も言わない事にした。その間に俺も頭の中を整理する。


 残りの情報源の話の内容を、正確に思い出してみた。


 俺が館を襲った賊について聞いたあの日、茜ちゃんがおどおどとしながら俺に語った話である。


 それは、



『襲撃のあった晩、寝ているとあまりに騒がしいので目を覚ました。家の外に出てみると館の方向が赤く染まっていた。付け火だと思って怖くなって家に戻った。しばらくすると五十騎ほどの覆面の男たちが乗った馬が家の前の道を通り、(うしとら)門の方へと走り去っていった。自分はその様子を、隠れてこっそりと覗き見ていた』



 と確かこうだった筈だ。


 俺たちは歩く事を止めた。将二人が立ち止まった事で、後ろを付いてきている兵たちもその足を止める。俺たちは道の真ん中で立ち止まった。


 もっとも、只でさえ人通りの少ないこの道で、しかも今は夕暮れだ。段々と闇も濃くなってきており、もう間もなく夜である。人の姿など、俺たち以外にはまったくなく、道の真ん中で俺たちが立ち止まっていようとも、誰の迷惑にもなりはしなかった。


 話の流れ的にも丁度よいので、このままここでしばらく立ち話を続けようと、俺は考えたのだ。そろそろ源太とは、意見の交換もしなくてはいけないと思っていた。


 何せ、意見の交換と言っても、田村屋でゆっくりと話し合う訳にもいかない。茜ちゃんに不審な部分があるからだ。


 もう大分暗くなって、目と鼻の先にいる相手の顔の輪郭が夕暮れの闇に同化し始めている。周りに味方がまったくいないこの町では、たとえ外でも、この場が内密の話をするにもっとも相応しい場所だと俺には思えた。

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