孫娘とおばあちゃん 4
学校の廊下での山田くんとその友達との会話を思い出す。面と向かって好きと言われなかったけれど、盗み聞きだったけど、あれは、嬉しかった。
山田くんはイイ男だった。あたしの男を見る目は確かだと思える。でも祖母は首を振りそうじゃない、と否定した。
「男を見る目ってのは、自分に合っている男かどうか見極める目のことだ。好きなだけじゃ長続きしないよ」
グッサリと胸を一突きだ。お互い好きだったのに、価値観のズレがあたしと山田くんを引き裂いた。
祖母の言葉はいつだってしっくりとあたしの心の穴にハマるのだ。探していたピースのように、ぴったり合う。
「運命の人じゃなかったってことね」
「運命なんてそんな不確かなものに頼るのはやめなさい。自分で見極めて選別する。仕事と一緒だ」
「もう。ロマンがない。おばあちゃんは、なんでおじいちゃんと結婚したのよ。好きだったからじゃないの?運命感じなかった?」
もう死別してしまったおじいちゃんを思い出す。二人は仲のよい夫婦に見えていたけれど。
「政略結婚だったからね。好きとかなかったけど。まあ、結婚してからこの人でよかったかとは思ったね」
「結婚してから好きになったの?運命かもって?」
「拘るね。お年頃なのかい?……強いて運命を語るなら、死別するときにわかるよ。永遠の別れの際にその人を思えばその人が運命だ」
「なにそれ。寂しすぎる。じゃあ、運命じゃない人と連れ添っていたら?」
「別の誰かを思い出すんじゃないか?」
「なんか思い出されなかったらお互い不憫でならないわ」
「そんなものだよ。相性が良ければ運命じゃなくても連れ添うことはできるよ。運命に拘らないことだ。好きな人も、好きな仕事も、自分で選びなさい」
「はあい」
恋話に終止符を打ち、祖母が椅子から立ち上がってあたしの隣に腰を下ろした。
「ところでどの企画書がいい?」
「あ、これ。これいいなーって思った」
あたしは数枚の企画書の中から一枚を手に取り祖母に手渡す。祖母は老眼鏡を掛け直してその企画書を見つめ頷いた。
祖母はあたしの意見を取り入れる。あたしの直感は当たるらしく、今のところ通した企画書で失敗したことはない。
「なるほど。私もこれがいいと思っていた。取り入れよう」
企画書を片付けると、祖母はパソコンも閉じて帰り支度を始めた。今日の後継者教育は終わりらしい。あたしはじいやに電話して、車をお願いする。
電話を切ると、スカーフを巻き春コートを羽織った祖母は、ソファに座るあたしの隣に腰を下ろし肩を抱く。
「失恋は辛かっただろう」
「……うん。まあね」
「普通の女の子になりたいと思っただろ」
「……うん。まあね」
「なってもいいよ」
「え?」
あたしはばっと祖母の顔を振り返る。
「私も若いときは同じ経験をした。庶民の男を好きになって、付き合った。自分が普通の女の子なら、と思ったことがないわけじゃない。でも跡取りの座を他のやつにくれてやろうと思うほどその思いも強くなかった。だから私は今ここにいる。蜂蜜だってそうじゃないか?後継者教育、楽しいだろう。社長になって経営してみたいだろ?」
「……うん。まあね。普通の女の子になりたい気持ちもあるよ。でも後継者教育を捨ててまでなりたいとは、思わなかった」
「そこで提案だ。蜂蜜も四月から大学生だし、身分を隠して一人暮らしして、普通の女の子の生活をしてみなさい。勉強はもちろんだが、友達と飲み明かして道端で朝を迎えたり、合コンしてアバンチュールを楽しんでみたり、恋に溺れてぐだぐだになってみたりしてみなさい。それはきっと良い経験になるよ」
「失敗談にしか聞こえないんだけど」
「その代わり、大学を卒業したら私のところに戻ってきて秘書として働いて、婚約者と結婚して跡を継ぐ。約束できるかい?」
「……婚約者って?」
「話そうと思ってたんだが失恋話の後だから気が引けたんだ。済まなかったね」
「え、え、どこの誰」
「カルガモ商事のご令息だ。蜂蜜の二個下かな」
「大手じゃん。政略結婚っぽい」
「政略結婚だよ。あそこの社長とは昔馴染でね。久しぶりに飲んで楽しくなってそんな話になった」
「酒の席であたしの婚約は決まったの?」
「そんなもんだよ」
「……あ、そう」
「そーゆーことだから、しばらくは好きになさい」
祖母の言葉に呆れながらも、祖母の慈悲深い愛を感じてあたしは約束する、と頷いた。
両親だけじゃない。結局祖母もあたしに甘いのだ。あたしの些細な望みや願いを、どうにかして叶えてくれようとする。あたしは祖母に抱きついて、ありがとおばあちゃん、大好き、と媚を売った。




