#01 用心棒
「ナツカゲ=ナナキ、私を王にしなさい」
その言葉を聞く少し前まで、俺はいつもの店で飯を食っていた。
「ナツカゲさん! いらっしゃい!」
「あいよ」
カウンター席に腰を下ろすと、看板娘のユリハがいつもの笑顔で注文を聞きに来てくれた。
カウンターの向こうで、親父が呆れたように口を開く。
「まったく……カウンター席に座ってんだから、お前がわざわざ聞きに行く必要もないだろ」
「いいの! で、注文は?」
「いつもの」
「はーい!」
ユリハは軽やかな足取りでカウンターの内側へ戻り、支度を始めた。
「やれやれ。お前には専属料理人がいてよかったな」
「おかげさまでね」
俺は煙草を一本取り出し、火をつけた。ゆっくりと煙を吐く。
「今日は賭博の方はいいのかい?」
「今のところ問題ないよ。若い衆だけで何とかなってるし、俺はサボりに来た」
「いいご身分だな」
「おかげさまでね」
「ナツカゲさん! 先にビールです!」
ユリハが俺の前にビールを置いた。
「ありがとう」
「ご飯もすぐに持ってきますね!」
早速料理に取りかかるユリハを見て、親父が目を細める。
「いやあ、よく働くなあ、俺の娘は」
「いいご身分だな」
「おかげさまでな」
親父が自分のグラスを持ち上げる。
俺たちは笑い合い、グラスを軽く打ち合わせた。
「そういや最近、壁の向こうからの客も増えてるみたいだな」
親父は煙草に火をつけながら言った。
「ああ、ウチとしてはいいカモだから、ありがたい限りさ。お客様万歳」
「はっはっはっ。怖い怖い。まあ、ウチにも客として来るから、俺としてもありがてえ話だわな」
親父が笑いながら煙を吐く。
「でも、壁の向こうの人たち、偉そうで私は嫌いです」
料理を運んできたユリハが、不貞腐れたように言った。
「ありがとう」
俺は差し出された皿を受け取った。
「ナツカゲさん、この前もね、私、しつこく口説かれたの」
「それはそれは」
「もう、お盆で頭を叩いちゃいたかった」
「その前に俺がぶっ飛ばしたけどな」
親父が得意げに胸を張る。
「ギア持ちだったら危ないぞ」
「そん時はお前さんを呼ぶさ」
「よろしくね! ナツカゲさん!」
「別途料金はお支払いください」
俺は煙草の火を消し、料理に箸を伸ばす。
「それなら、私とデートでよろしく!」
「そんなこと、お父さんは認めんぞ!」
親父がカウンターを叩く。
「うるさいなあ! 私の勝手でしょ!」
ユリハが俺の背中にもたれかかってきた。
「おい! ナツカゲ! そこをどけ!」
「俺は座って飯食ってるだけだろ」
その時、店の扉が大きな音を立てて開いた。
息を切らした組員が、戸口に立っていた。
「はあ……はあ……ナツカゲさん! 賭博場でギア持ちが暴れてます! 若い衆だけでは、どうにも……」
「すぐ行く」
俺は箸を置いた。
「いってらっしゃい。すぐに帰ってきてくださいね」
ユリハが俺の背中から離れる。
「いってこい、用心棒」
「あいよ」
俺は立ち上がり、二人に軽く手を上げて店を出た。
目と鼻の先にある賭博場へ向かう。
旧帝都劇場の跡地に構えられた賭博場は、人々のざわめきに包まれていた。
中へ足を踏み入れると、客たちの視線が場内中央のポーカーテーブルに集中していた。
「このボッタクリ店が! 全部ぶっ壊してやるよ!」
右手にギアを装着した男が、大声で怒鳴っていた。
その周囲には、砕けたテーブルの残骸とチップが散乱している。そばには数人の組員が倒れていた。
「まったく……」
俺は男に近づいた。
「ナ……ナツカゲさん」
倒れていたディーラーが声を上げる。その声に気づいた男が、こちらを向いた。
「なんだ、テメェ」
「用心棒」
「はっはっはっ! 丸腰の用心棒か。そりゃ傑作だ!」
「お前のギアは回収させてもらう。それを売っても足りない分は、きっちり払ってもらうからな」
「わけわかんねえこと言ってんじゃねえ!」
男の右手に装着されたギアから、蒸気が噴き出した。
「吹っ飛べ!」
男が右の拳を振るう。
俺は身をかわし、男の顔面に右の回し蹴りを叩き込んだ。
「あっ……がっ……」
男の身体が右へ傾き、膝が崩れる。
俺は右足を引き戻して振り上げ、倒れ込む男の頭に踵を叩き落とした。
「ぶぐっ……」
男は情けない声を上げて床に倒れた。身体が痙攣し、それきり言葉を発しなくなった。
場内が静まり返る。
「ハナフダ。怪我人の手当てと、壊れた物の片づけを頼む」
俺は賭博場の責任者、ハナフダに声をかけた。
「は……はい」
「ああ、それと、この男を事務所の牢屋に運んどいてくれ。ギアは忘れずに剥がしとけよ」
「はい!」
組員たちが一斉に動き出す。
それを合図にしたように、場内が一気に沸き立った。
「ナツカゲさん! さすが!」
「いやあ、いいもん見たな!」
「かっこいい!」
歓声や拍手、指笛が場内に響く。
「ハナフダ。被害額を計算して、組長に報告しといてくれ」
「かしこまりました。ありがとうございました、ナツカゲさん」
「あいよ」
俺は賭博場を出て、親父の店へ戻りながら煙草に火をつけた。
あのギア、いくらで売れるかな。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に左手を掴まれた。
目を向けると、金髪を短く切り揃えた女が、俺の手を掴んだままうつむいていた。肩が大きく上下している。
「はあ……はあ……」
「……なんだ?」
煙を吐きながら聞いた。
「やっと……やっと会えた……」
「……」
面倒な話の予感がした。俺はその手を振り払った。
「あっ……待って!」
女に背を向けて歩き出す。
だが、再び左手を掴まれた。
「待ってください! ナツカゲ=ナナキさん!」
「俺に用があるなら、イロハ組を通してくれ」
もう一度振り払おうとしたが、今度は強く握られていて離れない。
「なんだ、お前は?」
「私は……」
女がゆっくりと顔を上げる。
「私の名前はユウナ。ユウナ=ロードレイジです。お久しぶりです、ナナキさん」
青い瞳が、まっすぐに俺を見つめていた。
その瞳と顔立ちに、俺は見覚えがあった。




