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万象の旅物語  作者: 申仁
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第9話 洞窟の兵 前編


 朝日が、窓から差し込んでいた。


 柔らかな光がまぶたをくすぐり、アリアはゆっくりと目を覚ます。

 昨夜は、なかなか寝つけなかった。洞窟のこと。クエストのこと。そして、久しぶりに同じ町にいるディーンのこと。考えることが多すぎて、胸の奥がずっとそわそわしていたのだ。


「……朝か」


 小さく呟き、上体を起こす。


 教会の一室。見慣れた天井。見慣れた木の壁。

 けれど今日は、どこか空気が違って感じられた。


 今日からクエスト。

 しかも、ただの薬草採取や診療所の手伝いではない。町の西にある洞窟。そこに巣食う“何か”の調査と排除。


 アリアは軽く頬を叩いて気合を入れると、ベッドから降りた。


 顔を洗い、髪を整え、装備を確認する。

 銃の整備は昨夜のうちに済ませてある。弾も予備も問題なし。包帯、簡易薬、魔力回復用の小瓶も忘れずに腰のポーチへ。ひとつひとつ確認していくと、不安が少しだけ整理されていくようだった。


「よし」


 身支度を終えたアリアは、部屋を出る。

 廊下を歩き、隣の客室――ディーンの部屋の前で足を止めた。


「ディーン、起きてる?」


 こんこん、と扉をノックする。

 だが返事はない。


「……寝てるのかな?」


 少し首を傾げてから、もう一度。


「ディーン? 開けるよ」


 そう言って扉を押し開ける。


 ――誰もいなかった。


 ベッドは空。窓は開いている。部屋の中に人の気配は残っていない。


「あれ? どこ行っちゃったのかな?」


 アリアは窓辺へ歩み寄った。

 外を覗き込んだ、その瞬間。


「え……」


 目を疑う。


「木が歩いてる!?」


 正確には違う。

 歩いていたのは木ではなく、大木を片手で担いだ人間だった。


 アリアは慌てて階段を駆け下り、そのまま外へ飛び出した。


 朝の冷たい空気が頬に触れる。

 そこでようやく、大木の向こうから聞き覚えのある声がした。


「おー、アリア起きたのか」


「ディーン?……何してるの?」


 驚きと呆れをないまぜにした声になる。


 ディーンは、さも当たり前のような顔で大木を肩に担ぎ直した。


「いやー、神父のおっさんに薪が足りないって聞いたから取りに行ってた」


 アリアは思わず両手で顔を覆いそうになった。


「だからって、こんな大きいのどうするの!」


 まるで母親が無茶をする子どもを叱るみたいな口調になる。


「大丈夫大丈夫」


 ディーンは笑って流した。


 そして周囲を見回す。


「アリア、ちょっと離れてろ」


「え?」


「いいから」


 言われるまま、アリアは数歩下がる。


 ディーンは教会の庭の少し外れに移動した。周囲に人がいないことを確認し、空を見上げるように首を鳴らす。


「よし、このあたりでいいか……よっ!」


 次の瞬間、大木が宙を舞った。


 アリアは息を呑む。

 太い幹も枝もついたままの大木が、信じられない高さまで投げ上げられる。


 ディーンは、それを追うように跳んだ。


 いや、跳んだという表現では足りない。

 身体がふっと消えたように見えたかと思うと、次の瞬間には大木と同じ高さにいる。


 空中で、剣が閃く。


 一閃。

 二閃。

 三閃。


 それは“斬る”というより、“分ける”に近かった。

 幹が均等な長さに切り揃えられ、枝が細かく払われ、一本の巨大な木が見る見るうちに無数の薪へと変わっていく。


 空の高みで、木屑が日の光を浴びてきらめいた。


 やがて、細かくされた薪が一斉に落下を始める。


 だが、その時にはもうディーンは地上に戻っていた。


 着地と同時に剣を逆手に持ち替え、側面で降り注ぐ薪を次々と小突いていく。


 左。

 右。

 上。


 薪はぶつかり合うことなく軌道を変えられ、ひとつの場所へ集められていく。


 雨のように降る薪。

 それを、踊るみたいにかわしながら、一か所に山のように積み上げていくディーン。


 最後の一本が落ちた時には、教会の脇に整然とした薪の山が出来上がっていた。


「……すっごい」


 アリアは、ただそれだけ言うのが精一杯だった。


「これで薪は当面大丈夫だな」


 ディーンは剣を鞘に収めながら、何でもないことのように言う。


 アリアは少し口を開けたまま、しばらく呆然としていた。


「何ぼーっとしてんだ。これ置いたらギルドにいくぞ」


「え!? あ、うん」


 ようやく我に返り、慌てて頷く。


 こうして、朝からとんでもない光景を見せられたアリアは、いつもより少しだけ疲れた顔でディーンの後をついていった。


 ---


 教会を出て、町の通りへ出る。


 朝のアントスは活気に満ちていた。

 パン屋からは焼き立ての香り。八百屋は朝一番の品を並べ、自警団の若者たちは槍を担いで見回りに出ている。


 そんな中を、二人は並んで歩いていた。


 ふと、ディーンが横目でアリアを見る。


「そういえば、アリア今日はいつもの修道女っぽい恰好じゃないんだな」


「え?」


 アリアは少し照れたように笑う。


「今日はクエストだから、動きやすい恰好にしたの……似合うかな?」


 そう言って、くるりとその場で回ってみせた。


 服装は普段のシスター服ではない。

 動きやすさを重視した軽装。ホットパンツに、脚の動きを妨げない短めの上衣。けれど胸元には十字架が下がっていて、彼女が教会の人間であることをさりげなく示している。


 左右の腰には二丁の銃。

 普段よりもずっと戦うための姿だ。


 ディーンは少し考えてから答えた。


「アリアっぽくていいんじゃないか?」


「え、そう?」


 ぱっと顔が明るくなる。


 その時、ギルドの建物が見えてきた。

 入口の前には、すでに二つの影が立っている。


 ひとつは、腕を組んだ大柄な女。

 もうひとつは、背筋をぴんと伸ばした華奢な秘書。


「おー、待ってたよ二人とも」


 フレイが豪快に声を上げる。


「ディーンさん、アリアさん。おはようございます」


 テスタが丁寧に一礼した。


「おはようさん」


 ディーンが軽く手を上げる。


「おはようございます」


 アリアも礼を返した。


 ディーンはそこで、フレイの装備に目を留める。


 片手剣。

 そして円盾。


「その装備で行くのか?」


「ん?」


「あんたはもっと大剣とか斧とかデカい武器を使うのかと思ったわ」


 少し驚いたような口調で言う。


 フレイは大口を開けて笑った。


「アッハッハ! 今日行くのは洞窟だからね~。大剣や斧みたいにデカい装備じゃ壁や天井に引っかかっちまうだろう?」


 剣をくるりと回し、盾を軽く叩く。


「こっちの装備の方がいい立ち回りが出来るのさ」


「なるほどな」


「……しかしディーン」


 フレイがにやりと笑う。


「レディに向かって“大剣や斧が似合う”ってのは失礼じゃないかい?」


 二メートル近い体がぬっと近づいてくる。

 圧がすごい。


「お……おう、悪かった」


 素直に謝りつつ、ディーンは内心で思った。


(どこがレディなんだよ)


 その横で、アリアはテスタを見ていた。


「テスタさんは武器は無いんですか?」


 テスタは一瞬きょとんとした後、静かに答える。


「武器はこちらに」


 そう言って、太ももにあるスリットへ手を伸ばす。わずかに布を持ち上げようとした瞬間、


「わ! 何してるんですか!? しまって下さい!」


 アリアが真っ赤になって慌てる。


「……? かしこまりました」


 テスタはあまり理解していない様子のまま、素直に手を戻した。


 ディーンは軽く肩を震わせる。少し笑いを堪えている。


 そんなやり取りの最中だった。


「ちょっと待ちやがれ!!」


 怒号が飛ぶ。


 四人が振り向くと、そこにはスカー・フールがいた。

 右手にはギブス。顔には露骨な怒り。周囲には取り巻きがぞろぞろといる。


「おい!! ギルドマスター! こいつはどういう事だ!!」


 フレイが露骨に呆れた顔をした。


「どういう事も何も、アタシたちはこれから例の洞窟に行くんだよ。まったく、朝からうるさいねぇ」


 スカーはディーンを指差す。


「こいつは他所もんだろうが! 何でこんなやつを連れて行くんだ!!」


 取り巻きも一斉に叫ぶ。


「そうだぁ!! 納得いかねぇ!!」


 フレイの眉がぴくりと動いた。


「……そんなの、このディーンが強くて、アンタらが弱いからに決まってんだろう!」


 正論である。

 そしてあまりにも容赦がない。


 ぐうの音も出ず、スカーの顔がさらに歪む。


 だが、次の瞬間、何かを思いついたように叫んだ。


「そ、そうだ! こいつらには冒険者の資格がねぇ!! それなのにクエストを受けるのはギルドの掟違反じゃないのか!?」


 鬼の首を取ったみたいな顔だった。


「それでしたら、こちらにございます」


 テスタがすっと二枚のカードを差し出す。


 ディーンとアリアのギルドカード。


「か、貸せ!!」


 スカーが奪い取るようにカードを掴む。

 そして表面を確認した瞬間、顔が引きつった。


「ほ、本物だ……」


 悔しそうな声。


 フレイが鼻で笑う。


「当たり前だろ。アタシを誰だと思ってるんだい?」


 スカーはなおも食い下がる。


 そして、ある箇所を見て高笑いした。


「こいつ、Eランクじゃねぇか!! こんなやつにクエストが務まるわけがねぇ!!」


 取り巻きたちも便乗して笑い始める。


「Eランクが洞窟だってよ!」


「死にに行くようなもんじゃねぇか!」


 その瞬間だった。


 フレイの姿が消えた。


 次の瞬間、彼女はスカーの目の前にいた。


 勢いのまま顔面をわしづかみにし、そのまま地面へ叩きつける。


 叩きつける、というより――植えた。


 頭から地面に突き刺さるスカー。


 周囲は、テスタ以外全員驚いている。


「……まったく、うるさいねぇ。ぐちぐちと」


 フレイの声が低く響く。


「そのEランクに負けたのはどこのどいつだっていうんだい」


 取り巻きたちが一斉に視線を逸らす。


「アンタらも!! 何か文句あるかい?」


「い、いえ……何も」


 全員、下を向いた。


 フレイはふん、と鼻を鳴らすと、さも何事もなかったように踵を返した。


「気を取り直して。テスタ!! こいつら全員、後でEランクに下げておいておくれ! 次悪さしたらギルド追放だ」


 そこまで言ってから、手を差し出す。


 いつの間にか回収していた二人のギルドカードが、その手の中にあった。


「あと、二人にギルドカードを」


「畏まりました」


 テスタが受け取り、ディーンとアリアへ渡す。


「お待たせ致しました。こちらがお二人のギルドカードです」


「やったー! ギルドカードだぁ……!」


 アリアが嬉しそうに掲げる。


「それにしても、いつの間に取り返したんですか?」


 ディーンがあっさり答えた。


「あのオッサンをギルドマスターが倒す瞬間にだろ?」


 テスタが僅かに目を細めた。


「流石でございます」


 フレイがにやりと笑う。


「それじゃ、気を取り直して出発しようかね」


 こうして。


 ディーンにとって、初めての正式なクエストが始まった。


 花の町アントスを背に。

 四人は、町の西にある洞窟へ向かう。


 その奥に待つものを、まだ誰も知らなかった。



申仁です。さぁ…なんでしたっけ?そうだ!!ここまでお読みいただきありがとうございます。記念すべき9話です。この小説をやり始めたのが去年の10月ぐらいなので短いといえば短いし長いといえば長いですね。これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。次回は7月5日投稿です

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