第3話 ディーン・アース
森の匂いが、風に混じっている。
街道は細く、ところどころに轍が残り、旅人の数を物語っていた。
その道を、ひとりの青年が歩いている。
ふと、彼は足を止めた。
「ん?」
振り返る。
誰もいない。森がざわめくだけだ。
「今、誰かに呼ばれたような……気のせいか」
肩をすくめ、再び歩き出す。
「それにしても、親父のヤツ急すぎるんだよな……」
ぼやきながら、三日前の出来事を思い出した。
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三日前。
フィニスの里。
空気が澄み、時間の流れすら外界と違うと錯覚するような場所。
その中心にある修練場で、ディーンは木刀を握っていた。
対するは父、ジン。
動きは軽い。
だが、一瞬でも油断すれば叩き伏せられる。
打ち込み。
受け。
返し。
数合で、ディーンは地面に転がっていた。
「……まだ甘い」
ジンが淡々と言う。
「うるせぇな……」
立ち上がろうとした、そのとき。
「……ディーン」
声色が変わった。
「お前、外の世界に修行に行ってこい」
間が、止まる。
「……は?」
ディーンは木刀を下ろした。
「急に何言ってんだよ。まだ里の掟であと二年は出れないだろう?」
里の掟。
一定の年齢と修練を経るまで、外界への立ち入りは禁止。
ジンは目を逸らさずに言う。
「……確かにな。だが今回は里の代表たちと話し合って特例でお前だけ行かせることになった」
「なんだそれ?」
理由を問いただそうとした瞬間、別の疑問が先に浮かぶ。
「……母さんは知っているのか?」
空気が、重くなった。
風が止まったような錯覚。
ジンが一瞬だけ視線を逸らす。
「……母さんか……まぁなんとかする」
その言い方で、すべて理解した。
(母さんに言ってないのかよ)
心の中で呟く。
ジンは無理やり話を進めるように続けた。
「とにかく、今日の夜には旅に出ろ。母さんにはバレないようにな」
「いや、バレるだろどう考えても」
「なんとかなる」
「ならねぇよ」
だが、父の目は本気だった。
ディーンはそれ以上、何も言えなかった。
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回想が終わる。
再び、森近くの街道。
「親父大丈夫かな? 母さんに殺されてないかな……」
少し考え、鼻で笑う。
「……まぁ自業自得だな」
空を見上げる。
腹が鳴った。
「それにしても……腹が減ったな。丸2日何も食べてない」
言った瞬間だった。
前方から、慌ただしい音。
荷車を引く商人が、必死に鞭を振るっている。
その後方――
巨大なイノシシ型の魔物。
【ビッグボア】。
牙は湾曲し、体長は三メートル近い。
突進力は凄まじく、民家を一撃で吹き飛ばすといわれる魔物だ。
「た、助け――!」
商人が叫ぶ。
次の瞬間、ディーンは二人の間に立っていた。
「なぁアンタ、調理器具持ってるか?」
「……は?」
商人は目を瞬かせる。
「はっはいありますけど」
「じゃあこいつの調理は任せたぜ!」
ビッグボアが咆哮し、突進する。
地面が抉れる。
その勢いを――
ディーンは片手で受け止めた。
衝撃が腕を伝う。
だが、膝は沈まない。
力の流れを読んで、方向を変える。
真上。
ビッグボアの巨体が持ち上がる。
「何だって!? ビッグボアの突進は凄まじく民家を一撃で吹き飛ばす程なのにそれを持ち上げた!?」
商人の叫び。
ディーンは軽く息を吐き――
そのまま真下へ叩きつけた。
大地が震える。
ビッグボアは動かなくなった。
ディーンは手を払う。
「よしっ! これで飯がやっと食える。オッサン調理を頼んだぜ」
「は、はぁ……」
商人は呆然と頷いた。
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焚き火の前。
焼ける肉の匂いが広がる。
ディーンは、ほぼ一人でビッグボアを平らげつつあった。
(どんだけ食うんだこの人は……ビッグボアを食べきる人間なんか普通いないぞ)
商人は内心で震える。
「先程は危ないところを助けていただきありがとうございました」
「俺の方こそ旅の途中で腹が減っていたからちょうどよかった」
肉をかじりながら答える。
「旅ですか? どちらまで?」
商人の問い。
ディーンは一瞬、遠くを見る。
「行先は決まってないが……そうだな、とりあえずは【アントス】って街に行こうと思っている。知り合いがいるんだ」
ほんの少し、口元が緩む。
(10年ぶりだな……アイツ元気かな?)
焚き火が、ぱちりと鳴る。
物語は、再会へ向かって歩き出していた。
皆さんこんにちは申仁です。今回は予約投稿というのにチャレンジしてみました。できているでしょうか?少し不安です(笑)ここからも皆さんに読んで頂けるよう頑張りますので宜しくお願い致します。次回は5月17日投稿です




