第13話 閑話 フェニスの里
時は少し遡る。
ディーン・アースが旅立った、その日の朝。
フェニスの里に、爆音が響き渡っていた。
どかん。
どかん。
どかん。
およそ、田舎の隠れ里から聞こえていい音ではない。
鳥は一斉に飛び立ち、畑の作物は震え、洗濯物は風圧で空へ舞った。
そして、里中に緊急放送が流れる。
『緊急事態! 緊急事態! 里の皆様は家から決して出ないでください。これよりフェニスの里は緊急シェルターモードに移行します』
その声と同時に、里が変わった。
家屋の屋根、壁、窓。
石畳、畑の柵、井戸、道端の祠に至るまで。
すべてに淡い光の紋様が走り、透明な防御結界が次々と展開される。
見た目は素朴な田舎の里。
だがその実態は、世界のどんな城塞よりも堅牢な完全防御要塞である。
そして、その要塞化した里の中を、ひとりの男が全力で走っていた。
名は、ジン・アース。
年齢四十二。
白い道着を身にまとった、ディーンの父である。
息子の前ではいつも飄々としている。
余裕があり、底が見えず、何を考えているのか分からない男。
だが今、その顔には冷や汗が浮かんでいた。
「待ちなさい!! あなた!!」
背後から響いた声に、ジンの肩が跳ねる。
追っているのは、彼の妻。
ミリシア・アース。
旧名、ミリシア・ヘクセ。
年齢四十。
真紅の長い髪をなびかせる、驚くほど美しい女性。どう見ても二十歳そこそこにしか見えないが、その実態はフェニスの里における最重要災害指定存在――もとい、ディーンを溺愛する母である。
「ミ、ミリシア!! 待ってくれ! 話せば分かる!」
ジンが必死に叫ぶ。
その周囲で爆発が起きた。
「ぬおっ!」
右へ跳ぶ。
爆発。
「はぁっ!」
左へ滑る。
爆発。
「うわっ!」
斜め上へ跳ねる。
爆発。
ジンは紙一重で避け続ける。
普通の人間なら一発どころか余波だけで消し炭だが、この男は汗を流しながらも避けている。
そのジンを、ミリシアは箒に乗って追いかけていた。
【魔女の箒】――。
空を滑るように飛び、真紅の髪を炎の尾のようになびかせる。
「答えなさい!! ディーンはどこに行ったの!?」
爆発の嵐は止まらない。
ジンは走りながら答えた。
「ディーンは……旅に出た」
瞬間。
ジンの目の前で、今までで最大の爆発が起きた。
「うぉっ!! ヤバ!!」
衝撃波が地面をめくり、土と石と木片が吹き飛ぶ。
ジンもさすがに避けきれず、爆風に巻き込まれて里の外れまで吹っ飛ばされた。
ごろごろと地面を転がり、どうにか受け身を取る。
「今のは危なかったぞ、ミリシア!! マジで死ぬ!」
ジンは抗議した。
だが、箒からふわりと降り立ったミリシアは、当然のように言い放つ。
「あなたがこんなことで死ぬわけないでしょ?」
「クソッ」
論破である。
ミリシアは【魔女の箒】を手元で変形させた。
細く長い杖へ。
【魔女の杖】――。
その先端がジンへ向けられる。
「それより、どうしてディーンを行かせたの!?」
上空に無数の魔法陣が開いた。
そこから、剣が現れる。
一本ではない。十でも百でもない。
千に届くほどの魔法の剣が、空を埋め尽くす。
「ちょっ!? 待った!!」
ジンが両手を上げる。
「あの子は、まだあんなに弱いのに!!」
その声と同時に、魔剣の群れが落ちた。
オリジナル魔法。
【千の魔剣】――。
「ちぃ!!」
ジンが刀に手を掛ける。
着弾。
地面が爆ぜ、土煙が周囲を覆い尽くした。
普通なら、跡形もない。
だが土煙が晴れた時、ジンはそこに立っていた。
傷はない。
彼の周囲だけ、魔剣が存在しない。
斬ったのか。
流したのか。
消したのか。
それを見た者にも、正確には分からない。
「だから話を聞いてくれって! ミリシア!」
ジンは説得を試みる。
しかしミリシアは、きっぱりと言った。
「……あの子を連れ戻しに行きます」
話を聞く気はなかった。
彼女が背を向けようとする。
その腕を、誰かが掴んだ。
「……そこまで」
小柄な老人だった。
グレン・アース。
年齢六十八。
身長は百六十センチほど。
黒の道着から覗く腕は太く、老人とは思えないほどたくましい。
その手で掴まれたミリシアは、一歩も動けなかった。
「お義父さん!」
ミリシアは驚く。
グレンは顎の髭を撫でながら、穏やかに笑った。
「まぁまぁ、ミリシアさん。落ち着いて、座って話そうじゃないか」
その声には、不思議と逆らいづらい重みがあった。
ミリシアはしばらく唇を結んでいたが、やがて【魔女の杖】を指環状のマテリアルに戻し静かに息を吐いた。
「……はい。分かりました」
「ほれ! ジン、お前もそんなところにおらんで早く来んか」
グレンが一喝する。
「俺、結構大変だったんだけどな……」
「何か言ったか!」
「いえ、何にも……」
三人は里の外れの草地に腰を下ろした。
先ほどまで爆心地だった場所とは思えないほど、空は青い。
グレンは顎髭を触りながら話し始める。
「……さて、ディーンのことだが。あれを外に送り出したのは、わしも賛成して決めたことじゃ」
「お義父さん!」
「まぁまぁ、落ち着け。言いたいことは分かる……のう?」
グレンがジンを見る。
ジンは小さく頷いた。
「あぁ……アイツは、今のままじゃこれ以上強くはなれない」
ミリシアの表情が揺れる。
「……そんな」
「あれ以上にするには、外の世界で本気の立ち合いをするしかない」
「それじゃあ、あの子が死んじゃう」
ミリシアの声は、怒りではなく恐怖に近かった。
ジンは少しだけ目を伏せる。
「……大丈夫とは言わない」
嘘はつかない。
「でも、俺たちはそういう一族だ。ずっと前から、そうやってきた。だから……信じて待たないか?」
ミリシアは黙った。
長い沈黙。
やがて、彼女は自分に言い聞かせるように言う。
「……そうね。分かったわ。私たちの子ですものね。きっと大丈夫」
ジンはその横顔を見ながら、胸の奥で呟いた。
(まぁ、あの事が不安だが……何とかするだろう。死ぬなよ、ディーン)
その時だった。
ミリシアが、ゆっくりとジンへ顔を向けた。
「それよりも、アナタ」
「ん?」
「その話し合いの際に、どうして私を呼んでくれなかったの? そうすれば、こんなことにはならなかったのに」
空気が、再び凍った。
「えっと、それは……」
ジンは助けを求めるようにグレンを見る。
グレンはすっと立ち上がった。
「さぁ? わしは知らんぞ」
あっけらかんと言い残し、そのままどこかへ歩いていく。
「あ! 親父!! ずるい!」
逃げた。
実に見事な逃げ足だった。
ミリシアは、とても綺麗に笑った。
「詳しく教えてくれるかしらね~。ア・ナ・タ」
「えっ、ちょっ、待っ――」
その瞬間。
フェニスの里に、再び爆発音が響き渡った。
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しばらくして。
緊急シェルターモードが解除され、里人たちが家から顔を出した。
「あそこの夫婦、またやってるよ」
「こっちは防災訓練になっていいけどさ」
「それでも、毎回これは勘弁してほしいよ~」
そんな声が、里のあちこちから聞こえてくる。
畑の老人は腰を叩きながら空を見上げ、子どもたちは「今日の爆発は大きかった」と楽しそうに話している。
これがフェニスの里。
外界から隔絶された秘境であり、世界の理から外れた場所。
そして――
にぎやかで、少し物騒な、アース家の日常だった。
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第13話 了
中々書き続けるって難しいですね~でも何とか今週は書けました。また次週も書けるように頑張ります




