第1話 昔話
むかしむかし。
まだ世界が、ひとつの名で呼ばれていなかった頃の話だ。
世界は四つに分かれていた。
神々に統べられた白き世界――**天界**。
魔王が支配する黒き世界――**魔界。
その二つの狭間にあり、数多の命が生きる世界――**地上世界**。
そして、それらとは異なる理で存在する、精霊たちの世界――**精霊界**。
四つの世界は、決して完全に交わることはなかった。
互いを知りながら、互いに干渉しすぎることなく、それぞれの理の中で時を刻んでいた。
けれど。
ある日、天界と魔界の間で起きた小さな衝突が、すべてを変えた。
最初は、ほんの小競り合いだったという。
境界を越えた一隊の争い。
使者の不在。
言葉の行き違い。
誰かが剣を抜き、誰かが魔法を放ち、誰かがそれを報復と呼んだ。
火種は、瞬く間に戦火となった。
天界と魔界は争い始めた。
その戦いはやがて、二つの世界だけでは収まらなくなる。
地上世界は戦場となり、精霊界すらも余波から逃れられなかった。
四つの世界を巻き込んだ未曾有の大戦。
後に人々は、その戦争をこう呼んだ。
――**天魔大戦**。
戦いは長く続いた。
天界の軍勢は神の威光を掲げ、魔界の軍勢は魔王の号令のもと進軍した。
地上の国々は踏みにじられ、精霊たちは理を乱され、空は裂け、大地は焼け、海は毒に染まった。
それでも、戦争は終わらなかった。
天界と魔界の戦力はあまりにも拮抗していた。
どちらも勝てず、どちらも退けず、ただ世界だけが削られていった。
そして、長き戦いの果て。
天界と魔界は、ついに禁忌へ手を伸ばす。
戦争を終わらせるため。
敵を完全に滅ぼすため。
互いに、最終兵器を創り出した。
天界の最終兵器――**白雷**。
魔界の最終兵器――**黒炎**。
それらが放たれた瞬間、戦争は終結した。
だが、それは勝利による終わりではなかった。
天界は崩壊した。
魔界もまた、滅びた。
神々の世界も、魔王の世界も、白雷と黒炎の力に耐えきれなかったのだ。
しかし、最悪はそこではなかった。
主を失ってなお、白雷と黒炎は止まらなかった。
白き雷は世界の理を裂き、黒き炎は存在そのものを焼いた。
空が泣き、大地が砕け、海が呻いた。
もはやそれは兵器ではない。
世界を壊し続ける災厄だった。
そこで、生き残った者たちは手を取り合った。
地上の種族。
天界の残党。
魔界の生き残り。
精霊界の者たち。
本来なら相容れぬはずの者たちが、ただ世界を守るためだけに協力した。
彼らは二振りの武器を造り上げる。
白雷を封じるための刀。
黒炎を封じるための剣。
封印は成功した。
白雷は刀へ。
黒炎は剣へ。
二つの災厄は、ようやく沈黙した。
その刀と剣は、とある祠に封じられたという。
だが、世界に刻まれた傷はあまりにも深かった。
天魔大戦が終わってから十五年。
世界は、まだ混沌の中にあった。
マナは損傷し、汚染され、大地には飢餓と紛争が広がった。
理の歪みから魔物が生まれ、人々は怯えながら暮らしていた。
そんな時代に、一人の青年が立ち上がる。
名は――**ヴォーダン**。
彼は自国のために剣を取り、やがて世界のために戦った。
紛争を止めた。
魔物を討った。
飢えた村に食糧を届け、崩れた町を守り、泣き叫ぶ子供の前に立った。
その功績はあまりにも大きく、人々は彼を英雄と呼んだ。
彼が現れる場所には、絶望の中に光が差した。
少しずつ、世界は天魔大戦以前の姿を取り戻し始めていた。
だが。
人は時に、救い主を恐れる。
ヴォーダンは強すぎた。
一人で紛争を終わらせた。
一人で魔物の群れを討ち滅ぼした。
一人で国の軍に匹敵する戦果を上げ続けた。
その力は、いつしか称賛ではなく恐怖を呼んだ。
ある日、国王は彼を玉座の前へ呼び出した。
そして告げた。
――お前は、もはや人ではない。
――国に仇なす脅威である。
――よって、死刑を命ずる。
ヴォーダンは逃げ延びた。
だが、その日を境に彼の中で何かが壊れた。
何故だ。
何故、守った者に恐れられる。
何故、救った者に裏切られる。
何故、世界は同じ過ちを繰り返す。
答えは出なかった。
何度も、何十度も、何百度も問い続けた。
それでも答えは出なかった。
だから彼は、別の答えを選んだ。
人とは愚かな生き物だ。
ならば、滅ぼさなければならない。
三年後。
かつて英雄と呼ばれた青年は、魔王と呼ばれるようになっていた。
世界は再び荒れ果てた。
天魔大戦直後よりもなお深く、暗く、救いのない時代へと沈んでいった。
そんなある日。
魔王ヴォーダンの前に、一人の若者が立ちはだかった。
名は――**レギオン・アース**。
天魔大戦が終結した時代。
女神と鬼神の間に生まれた、天と魔の血を継ぐ者。
レギオンは仲間たちと共に世界を巡っていた。
創世の魔導師――**ティアリカ・インヴェルス**。
赫龍神――**クリムゾン**。
元精霊女王――**グロリアナ**。
エンシェントドワーフ――**ヴァイス・ノル**。
彼らは旅の途中で、かつて祠に封じられた二振りの武器を手に入れる。
黒炎を封じた剣――**黒獅子**。
白雷を封じた刀――**白雲雀**。
二つの災厄を宿す剣と刀を携え、レギオンたちは世界を巡った。
歪んだ土地を鎮めた。
暴走する魔物を討った。
戦うことしか知らなくなった人々に、もう一度手を取り合う道を示した。
そしてついに、彼らはヴォーダンのもとへ辿り着く。
世界を愛し、世界に裏切られた男。
仲間が生きるこの世界を、守りたいと願った男。
二人の戦いが始まった。
それは、人の争いではなかった。
ヴォーダンの魔法は山を削り、剣は大地を割った。
レギオンはそれを躱し、踏み込み、斬り返す。
その一撃は海を裂き、空を震わせた。
戦いは三日三晩続いた。
昼も夜も意味を失い、空には雷鳴と炎が咲き乱れた。
互いの力は拮抗していた。
どちらかが一歩踏み込めば、もう一方がそれを超える。
どちらかが世界を砕けば、もう一方がその先から立ち上がる。
まさに、人智を超えた戦いだった。
だが、その戦いは唐突に終わる。
ヴォーダンの剣が振り下ろされる刹那。
レギオンはその懐へ入った。
白雲雀が閃く。
一筋の白い軌跡が、戦場を斬り上げた。
次の瞬間。
海が割れた。
雲が裂けた。
世界から音が消えた。
ヴォーダンは、仰向けに倒れていた。
血に濡れた体で空を見上げながら、彼は小さく笑った。
「……レギオン」
レギオンは、無言で歩み寄る。
「君なら……僕の気持ちが分かるはずだ」
その声には、怒りよりも疲れが滲んでいた。
レギオンは答えない。
ただ、倒れた男を見下ろしていた。
ヴォーダンは続ける。
「人間は愚かだ……同じ過ちを、必ず繰り返す」
風が吹いた。
焼け焦げた大地の匂いが、二人の間を通り抜ける。
「いずれ、君も世界から拒絶される」
その言葉に、レギオンはわずかに笑った。
悲しそうに。
けれど、どこか納得したように。
「……そうかもな」
「だったら――」
「そうかもしれない」
ヴォーダンの言葉を遮るように、レギオンは静かに言った。
その背には、仲間たちの想い。
その瞳には、滅びかけた世界が映っていた。
「それでも俺は――」
ぱちり、と薪が爆ぜた。
場面は変わる。
木造の小さな家。
暖炉の火が赤々と揺れ、窓の外では雪が静かに降っていた。
古びた椅子に腰かけた老人が、一冊の絵本を膝に広げている。
その隣では、幼い男の子が毛布にくるまりながら、目を輝かせていた。
老人は皺だらけの指でページをめくり、やさしい声で読み聞かせる。
「こうして魔王を倒した英雄は、世界のために戦いました。けれど最後には、国から追い出されてしまいましたとさ」
老人は絵本を閉じた。
男の子はすぐに身を乗り出す。
「ねぇ、おじいちゃん。続きは? 続きはどうなったの?」
老人は困ったように眉を下げ、けれど穏やかに笑った。
「残念じゃが、このお話はここで終わりなんじゃよ」
「えー! なんで?」
「この先、英雄たちがどうなったのかは、誰も知らんのじゃ」
老人の声は、暖炉の火のように柔らかかった。
――あれから、レギオンたちはヴォーダンの予言通り、国から追放された。
その後、彼らがどうなったのか。
表の歴史には、ほとんど記されていない。
時は巡り、一万年。
数多の王国が生まれ、滅び、英雄の名は伝説の奥へと沈んでいった。
彼らについて書かれた記録は、ほとんど残っていない。
ただ一つ。
今もなお、世界中で読み継がれている不思議な童話がある。
題名は――**悲しき英雄**。
製造年も、作者も不明。
なぜか昔から存在し、なぜか誰もが一度は聞いたことのある物語。
子供向けに脚色され、いくつもの部分が変えられている。
それでも、大筋は真実に近い。
魔王を倒した英雄。
世界を救った仲間たち。
そして最後に、英雄は国から追い出される。
その続きは、どの本にも記されていない。
男の子は頬をふくらませた。
「なんか可哀想だよ。英雄さんには、幸せになってほしいよ」
そう言って、男の子は老人にぎゅっと抱きついた。
老人は目を細め、その小さな背を優しく撫でる。
「ふふ。わしも子供の頃、同じことをおじいさんに言ったなぁ」
「えっ、そうなの?」
「そうじゃ。わしのおじいさんも、そのまたおじいさんに言ったらしい」
男の子は少し嬉しそうに笑った。
老人は窓の外へ視線を向ける。
雪の向こう。
深い森のさらに奥。
世界のどこか遠くを見つめるように。
「幸せに、か……」
老人は静かに呟いた。
「たしかに、そうじゃの」
そして、少しだけ楽しそうに笑った。
「でも、もしかしたら――どこかで幸せに暮らしておるのかもしれんぞ」
その頃。
森の近くを通る街道に、一人の青年の姿があった。
旅装束に身を包み、腰には一振りの剣。
風が吹き、外套の裾が揺れる。
青年はふと足を止めた。
まるで、遠い昔話に呼ばれたかのように。
「……ん?」
彼は振り返る。
その先にあるのは、深い森。
そして、まだ誰も知らない物語の始まりだった。
皆様はじめまして申仁と申します。本日は私の初めての作品を読んで頂きありがとうございます。実は私自身文章力が無いので、本文を自分なりに一生懸命書いてからAIに修正してもらってそれをもう一度確認修正のやり方をしております。もしかしたら読みにくいところがあるかもしれませんが暖かく見守ってください。※第一話書き直しました




