002 何も無いし、怪我するし、また会うし
おそれていた事態が発生した。
性別変化による体質の悪成長、並びに変化。なにかしら起きてしまうだろうとは、途中で気付いていたが、気にしていなかった。
人がいない。対象がいない状態で、暴走することは絶対にない。積もり積もるが、接触するまでの間はなんとかなる。
スライムは予想外過ぎた。まさか、人以外で起きるなんて。動物と触れ合うときも、前世では何回もあったが、それでもこんなことにはなかった。
文字通り、頭がイカれた。暴走するときは、徐々に加速していくのに比べて、今回は急加速。理性という壁が脆く、呆気なく、一瞬のうちに消え去った。
自分でも気付かなかった。そうするのが当たり前かのように、自然とその行動が出てしまった。
覚えている、自分がなにをして、なにを言ったのか。まぁまぁ、頭のおかしいことをエンドレスに喋っていた。酔い方が悪い人でも、ここまではならないだろ....のラインを悠々と超えていた。頭が痛い。
肝心の言われ続けたスライム(被害者)は、逃げた。この場から、ではなく、この世から、の間違い。
僕が目を覚ましたのもそれが原因。ずーっと腕に抱えて、呪詛のように呟いていたら、スライムが消滅した。その結果、相手がいなくなったことで終結。正気に戻った。
今回はたまたま、スライムだったから良かったが、これが人間相手になると話が変わる。おそらく、どんな手を使ってでも、最初に出会った相手を幸せにしようと動くに違いない。
このままでは、甘やかしすぎて、誰かを殺してしまう。
慣れないとまずい。この体になったことで悪化した体質を、全力で対処しなければいけない。
ただし、バグった可能性もある。
スライムを最初に見たとき、僕は子供のようだと例えた。そう見えたというよりも、そう言ったことで、脳内が勝手に勘違いして間違えた。思い込みの可能性。
もう一つが、初めての女性の体に、体質が追いつかなかった可能性。スライムを甘やかしていたときも、まるでスライムが人間かのような話し方をしていた。
脳のバグ、違う方面での暴走。それらの可能性が残っている。
体質は前世のまま特に変わっておらず、ただの異世界初回大サービスだったかもしれない。
少しでもポジティブに考えていないと、スライム相手に甘やかしていたことがショックすぎて、おかしくなりそう。
切り替え。これ以上は脳の無駄遣い。よく分からないが、体の疲れはいつの間にか、なくなっていた。アドレナリンがどばどばと出たからか。
なんにせよ、いまがチャンス。
走らず、騒がず、されど止まらず。歩くスピードを上げ、ぐんぐんと辺りを回っていく。
部屋は入れるところが中々見つからない。置き物でも置いて、登ってあけることも可能だが難しい。あるのは、座板が異様に高い椅子。ギリ登っても届かない高さのテーブル。住む人いないにしても、意味がわからない。この家は、一体どうなっているんだろうか。
ようやく見つけた部屋も、ほぼ何もない同義。空と一緒の状態。置いてあっても、ごく普通の家具とかその程度。
探せど、探せど見つからず。全三階建ての家だとは分かったが、本当にそれ以外に情報が見つからない。
ここまで露骨に何もなく、扉もしっかりと閉められ、物もほとんどない。ひょっとして、なにかを隠しているのでは。
なにかとんでもない秘密がこの家には眠っていて、みたいな。そうじゃないと、もはや説明がつかない。
ちょっとだけ、イラッとした。無駄足をとことん踏まされ、お腹は空いてくる、疲れもこの体だから当に出て限界すら超えている。
眠気を吹っ飛ばして、頑張って探しているのだから、手がかりの一つや二つくらい、見つかってくれてもいいのに。
腕を適当に動かし、はちゃめちゃに物を散乱させる。八つ当たり、どうにもこうにも進まない事態への苛立ち。このままだと本当に飢え死にしてしまっ
「ーーぁ」
鈍い音が脳内に響く。
後頭部に衝撃、固く重いものが降ってきた。
おそらくは投げ捨てた本。あの中で一番重量があり、そのくせ内容ゼロの白紙に絶望して、上に投げたやつ。斜めに投げたのだが、跳ね返ってきたのか。
小さなこの体でなくとも、大怪我に繋がりかねない一撃。ふらふらと頭を抱え、立つのを維持しようとするも、手に力が入らず地面に激突。
ぼやける視界、音が遠くに聞こえ、胃の中のモノを出してしまいそうになる。なんだか今日はついてない。
片手で後頭部に触れると、ぶつかったと思しき部分が膨らんでいたが、血は出ていない。それでも、すぐさま起き上がるのは良い判断とは言えないだろう。
熱くなった頭を冷ます場面だと考え、深呼吸を一つして、じっとその場で倒れる。
.........暇だ。
人と喋りたい。いまのところ、さっきのスライムしか会っていない。それもどこかへ行ってしまった。
異世界、魔法もあるのだろうか。性別が変わるような事態もここにあるんだし、それこそ体質を治せるような魔法があってもよさそう。
前世に想いを馳せてみる。それなりに楽しい人生、体質を気にしつつも、人とのコミュニケーションは欠かさなかった。やつがいなければ、もっともっと楽しめていたのも、また事実だろう。
体質をありきで考えなければいけない人生。ずっと縛りがあるような生活。
何も考えず、何も気にせず、普通に自由に生きられたら、どんなに良かっただろう。なんでもないただ日常を目指すには、道があまりにも遠かった前世。
決めた。今世こそは、体質を治して、自由を謳歌。自分のために生きられるよう、頑張ってみる。
その為にもまずは、目の前の壁を越さなければ。
先程の同客。スライムがまた突然、目の前に現れた。
「1、2、3....10.....30.....えぇ、まだ増える....」
軍勢。さっきが一匹に対して、今度は無数。続々と増え、部屋の半分を既に占めている。
呑まれる気がして、這いずりながら部屋から出てみたが、たぶん正解。どこからか現れて、増えていくスライム達の勢いは知れない。
......不思議と、さっきみたいな感情は沸いてこない。柔らかそうだなぁ、くらいの考えしか思いつかない。
やっぱり、たまたま?女性の体になったときの調整。理由はいくつか挙げていたが、そんな感じ。
にしても。
「寒気?」
溢れるスライム達に対して、尋常ではない震え。無限に近い形で増えているのだから、確かに怖いと思う。
違う。これはそういうやつじゃない。スライム達、あれは、さっきの、あのスライムとはまったく別物ーー!
「...................ぇ」
しゅぅ....と何かが溶ける音が聞こえる。
見えなかった。通り抜ける風、人では出せない速度をもって、射出された音。
見ると、一部分溶けている部分があった。本が、扉が、食器が、テーブルが、壁が。それぞれ同じ大きさの穴を、一直線にあけていた。
視線を前に移す。
無数のスライム達が、皆思い思いに頬を膨らませ、こちらへ向けていた。
体を起こす。
ゆっくり、ゆっくりと。脅威から一ミリでも多く遠ざかるために、後ろに下がる。
もう部屋の三分の二がスライムで埋め尽くされ、どれもが明確な『死』を与えられる。
ゆるやかに、かくじつに、僕の心をも溶かしにきていた。




