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Page.48 会議と法廷

「はあ……。紹介しよう。クララ・アダムスさんだ」

 ヘルメスは大仰にため息をつくと背後の女性を紹介した。


 奥の部屋でどういうやりとりがあったかは分からないけれど、八〇〇年生きた理想屋をここまで凹ませるだけのことはあったようだ。

 ナイトとクララが“仲良し”なのは知っていたけれど、まさかこんな形の繋がりまであったなんて。

 母親がテロリストの片棒を担いでいたなんて、ヘンリーにどう説明すれば……。


「あの~。何度も言ってますけど、こういうことはよくないと思います。ナイトさんもみなさんもおやめになったほうがいいですよ~」

 クララはこの緊張の会談場においても、持ち前の話しほうを崩さないようだ。


 ん? よくないって……。


「クララ。これは全人類のためなんだよ。ヘンリーのためにもなることだ」

 ナイトが弁明する。


「あなたが世の中のためになることをしてるって話は聞いていたけれど、こんなことだなんて思わなかったわ。

 ヘンリーのためだっていうなら、私の相談に乗ってくれるだけでよかったのに……。

 あの子、昨日勝手に抜け出したのよ。それに、最近私を避けてるみたいだし……」


 子のためにならない束縛をしている親のクセには、まともな見解だ。

 どうやらナイトは先走ったらしい。彼女にろくな真実を伝えずに連れてきたのね。


「反抗期だろう? 時間が解決するさ」

 女の肩に手をやりながら言うナイト。

「あの子は私が居ないとダメなのよ。私、帰れるの?」

「朝までには帰すさ。まだ、君には聞いて欲しいことがあってさ……」


「ふざけるな!」

 エヴノが怒声とともに立ち上がった。イスがひっくり返る。

 彼の怒りもごもっとも。

 私はふたりのほうを見ないでぶどうジュースを口にする。渋い。ワインのなりそこないだ。


「おまえは情報を漏らしただけではなく、勝手に連れ込んだのか!」

 さすがにナイトも反論できないらしく、口を曲げて固く結んでいる。


「どうやって連れ込んだ?」

 エヴノが詰め寄る。


「警備員のシフトをニセの台本でいじって、設備を一部停電させたんだ」

「たかが女ひとりのために大げさなことを!」

「アイリスだって来る予定だった。ひとりじゃない、ふたりだ」


「この女は技術屋だし、中央の権限を持っている。

 ここまで来るにも、ひとりでどうにかできたはずだ。そうでなければ要らん!

 引き換え、こっちの女は何の役に立つって言うんだ? 停電までさせて。

 明日には騒ぎになるぞ!? もちろん、この女を帰すわけにもいかん!」


「彼女は大丈夫だ! 信頼できる!」

 にらみ合うふたり。

 そうか。どおりで、ディレクターたちが居なかったり、設備がブラックアウトしていたわけだ。


 私ひとりだったら、正面を切って身分証で抜けられたし、なんならハッキングでもなんでもして強行突破も可能だった。


「やってしまったことは仕方ないですよ。まあ、彼女も社会の犠牲者で、ご子息も同様ですから。義憤もあるでしょう」

 ヘルメスが肩を落として言った。


「はっ。不完全な子供に片親だ。不完全な社会がお似合いだろう」

 吐き捨てるように言うエヴノ。クララは下を向いた。


「さすがに先輩でもそれは!」

 ナイトがいきり立つ。先輩構成員につかみかからんばかりだ。


「情にほだされやがって!

 これは人類を完全に導くための壮大な舞台装置なんだ!

 サブカルティックなエセ芸術でも、下劣なストリップショーでもないんだぞ!?」


「情を否定するなら、人間は滅びてマイドだけが残ればいい! あんたもな!」

 若者たちの言い争いのそばで、クララが震えている。

「ああ、何がなんだか~……あっ」


 彼女はふたりのあいだに視線を泳がしていたが、ようやく私の存在に気付いたようで、顔からさらに色が消えた。


 私は何も言わずにパンを口に入れる。硬い。

 

「おふたりとも、少し頭を冷やしなさい」

 ヘルメスがふたりに言った。


 エヴノは薄笑いで彼を見つめる。


「父の子よ。あなたはナイトのことを高く買っていたようだが、組織を危機にさらしました。

 刑事室長が行方不明になっても私たちの足がつくことはなかったんだし、

 若手ドーム長秘書官ごときが消えても平気なんじゃないとか思いますが?」


「エヴノ君、私はマイドですよ。人間に手出しはできません。

 同様に我々の“父”にも逆らえません。

 各ドームで活動している者は私の同類ですが、実行犯には必ず現地の人間を加えるようにと仰せつかっております」


「無駄な趣向ですよ」

 完璧主義者は吐き捨てるように言った。


「僕たちのボスにまで! 問題があるのは先輩のほうじゃないか!」

 とうとうナイトはエヴノにつかみかかった。

 黒い七三分けが揺れる。しかしメガネの下ではバカにしたような笑いを継続している。


「反抗的だな! 大局的なものの見方ができなければ世界は救えない!

 細部だけを見て全体を完全に近づけることなど不可能だ!

 おまえはまだいいとしても、そのツレの女は不要だ! 殺してしまえ!」


「ひと殺しなんて許さないぞ! ……安心しろ、殴るまでにしてやる!」

 ナイトがこぶしを振り上げる。


「俺を殴ってなんになる。その女が不要なのは変わらんぞ。なに、同志たちが殺せないというのなら、人形たちにやらせればいいだろう! そのための人形だろう!」


「いい加減になさい」

 ヘルメスの頭からディスクのロード音。捕り物劇のときに見せた、身体能力のリミッターを解除する合図だ。

 ふたりはその音を聞くと青くなり、つかみ合いをやめて離れた。


「……さすがに、こんな状態で私を勧誘するのはどうかしてるわ。

 私の研究所のひとたちも自由気ままだけれど、自滅するようなことはしないわよ」


 私もいい加減呆れてしまった。これまで何百年もかけて準備をしてきたはずの計画とやらの先行きは暗い。

 彼らはドーム社会の、Hi-Storyの敵足り得ないのではないだろうか。


「人間の勧誘は“父”の意向です。人間は迷い、過ちを犯すもの。苦難を乗り越えずしてエデンの完成はありえません。ねえ、アイリスさん?」

「それは現在の社会システムでもできることだわ」

「人間自身の手でおこなわれることに意味があるんですよ。Hi-Storyに手取り足取りしてもらうことではありません」

「だからHi-Storyを破壊するっていうの?」

「台本と配役が人間たちを縛り付けています。解放しなければ」

「Hi-Storyの役目は台本だけじゃないわ。何も決めないままHi-Storyを無くすなんてことをしたら、すぐに社会は立ちいかなくなるわよ」

「代案くらい用意してありますよ。旧時代システムの流用ですが」

「旧時代のシステムじゃダメだったから台本システムがあるのに。それに、あなたたちが用意して与えるのなら、Hi-Storyに頼りっきりの今とどう違うの?」


「“あなたたち”ではなく、“私たち”ですよ。同志アイリス。

 ドームの天井が崩壊すれば、オリオン座のシステムには障害が出ます。

 星が破滅の危機に瀕したとき、ひとびとはこの宇宙の欠陥を知るでしょう。

 そうなれば、生き延びるための新たな手をみずから考えなければなりません。

 私たちはその手伝いをするだけ。要は、彼らが自身で変革を望むようになることなんです」


「だとしても、もっと平和的なやりようがあるはずだわ」

「例えば?」

「例えば……ネットの意見交換とか、同志を集めてデモをするとか」

「……中央三層生まれのあなたも、やはりほかのかたと変わらないのですね。お嬢さんは歴史の授業は苦手でした?」

 肩をすくめるヘルメス。


「座学は得意よ。文系理系に関わらず」

「だったら、歴史から学んでくださいよ。封建社会や共産主義で声を上げるのがどのくらい難しく、どのようにして革命がおこなわれてきたのか、ご存じでしょう?」

「言うまでもなく血の歴史よ。それを繰り返すことこそ学べてないと思うけど。だいたい、最近はドーム長を選挙で選ぶようになったし。少しづつ変わってきているわ」

「血は流れませんよ。ひとびとの暮らしが一時的に悪くなるだけで。それに、ここのドーム長は……」


 ヘルメスが座長の息子をちらと見やる。


「そうだ。父さんだ。アレが選ばれたんだよ? 民主制も完璧じゃない。私腹を肥やしてさ。ひとはもっと慎ましやかに生きるべきなんだ。余剰分は足りてない者へ回さなければならない」


 ナイトがつぶやいた。


「個人的に女を連れ込んだおまえが言うかね。与える公平の無欠はありえるが、個々の満足に完全はありえない」

 エノブがぼやく。


「どちらの言うことも正解なんですけどね。

 中心点がバラバラである以上、永久に真円を描くことはできないのです。

 それは人類永遠のテーマです。一度、余剰分を剥ぎ取って、再分配をします。

 互いに支え合わなければ生きてはいけない星です、おのおのが上手く与えあうのですよ。

 こぼれた水同士がつながり集まるように」


 ヘルメスは指で輪を描きながら言った。


「だからって、みんなで作り上げてきたものを壊すなんて」

「お嬢さんは、モノや環境にひときわ恵まれていらっしゃるようですから分からないのかもしれませんが、“足りないことの幸せ”を知るべきですねえ」


「マザーも同じことを言っていたわ……」

 物質的に恵まれた孤児院に暮らす女が言った。


 そういえば私の母も……。


 私はかぶりを振った。今は母のことはいい。正義にノイズは不要だ。

 どうあろうと、テロリズムは肯定されるべきではない。


「そうだ。理解しているひとだっている。不完全な者でも、行き過ぎたヤツよりは答えに近いんだ。支え合えばHi-Story無しでもやっていける」

 ナイトは勝ち誇ったように先輩同志に笑みを見せた。

「ふん。お前もマザーとやらも、与える側の立場じゃないか。傲慢さの性質はHi-Storyと変わらない」

 鼻で笑うエヴノ。


「我々は、あえてその轍を踏もうというのです。誰かが泥の河を歩まねばならない。

 Hi-Storyだって純度百パーセントの悪ではないのです。

 よき教師であろうとも、反面教師であろうとも、学ぶ側の問題なのです。

 しかし、教え子はいずれ巣立たねばなりません」


 ヘルメスがまとめる。


「仮にあなたたちの言いぶんが正しいとしても、三桁数あるドームすべてでこんなことをするっていうの? 現実的じゃないわ」


「この計画の対象はいくつかのドームだけです。実験なんですよ。ただ、切っ掛けとして天井の崩落したオリオン座が好都合だったというだけで。メインではもっと規模の大きなものを計画しています」


「規模の大きなもの?」

 そう、私はこれが知りたかった。単なる狂信者との違い。

 壮大な計画をやってのけるという自信を裏打ちする連中の切り札。


「……うーん。どうしましょう。アイリスさんはまだ心から我々の同志になった感じがしませんからねえ。教えてしまっていいものか」

 ヘルメスは帽子を外して頭を掻いた。


「実際に見せて従わせるのが建設的だと思われます。彼女は“まだ使える”。どのみち、従わないのならここから生きて出すわけにはいかないでしょう」

 エヴノが言った。目は笑っていない。


「従わせるんじゃダメですよ。我々が欲しいのは同志なんですから。

 救うほうも救われるほうも自発的でなくてはね。

 ……まあ、いいでしょう。お教えしましょう。ついていらしてください」


 先ほどとは別のハッチを指さすヘルメス。彼は一歩踏み出すが、振り返ってこう付け加えた。


「アイリスさんだけで結構。おふたりはそこで少し頭を冷やしておいてください。ついでに、余った料理でクララさんをもてなして差し上げるとよろしいでしょう」


 私はヘルメスについて別室へと続く廊下へと出た。


 * * * * *


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