Page.47 完璧主義者
砂場に立つマイドたち。直立不動。服装はバラバラ。
何十人も居る。彼らは全員、アウトサイダーのシンパなのだろうか。
「ようこそ、同志よ」
一団の向こう、ヘルメスが私に向かって手を上げた。
「まだ同志になると決めたわけじゃないわ」
どころか私は妨害して、情報を盗み出して帰るつもりだ。
「行きましょう。互いに互いを紹介しあわないと」
ナイトはにこやかに言い、私の手を引いてマイドたちの横を進む。
手を振りほどいてやりたい気もするけれど、今はよしておこう。
横目で棒立ちの連中の顔を見る。
一層のマネキンに近い作りから、三層の人間を模した作りまで。
ただし全員、表情がない。これらは自前の顔だろうか?
「先日お誘いしたときはツレない態度だったのに。本日はドレスでのお越しですね」
ヘルメスがむき出しの疑似眼球をぎょろぎょろさせて言った。
「パーティに相応しい服がほかに無くて。中央になら服はいくらでもあるんだけど」
「いや、結構ですよ。どことなく旧時代の軍隊をにおわせる衣装。彼らを指揮するのに相応しい」
「彼らは? オリオン座のひとたちなの?」
「そうともいえるし、そうじゃないともいえる」
「どういうこと?」
「それは僕が説明しますよ、リゲル」
ナイトが言った。彼はヘルメスのことを偽名で呼んでいる。
本名は伏せてあるのだろうか。意味があるとは思えないけど。
「アイリス、彼らは“ひと”じゃないんだよ。プラントで造られた人形だ。ベースはマイドだけれどね。
頭を弄って、不要な機能を取り除いている。命令を最優先で実行するようになってるのさ」
「不要な機能?」
「言うまでもないだろ? “感情”だよ」
「これが幽霊マイドの正体なのね……。非人道的だわ」
「誤解しないでくれ、住人を改造したわけじゃない。ゼロから造ったんだよ。
それをドームに送り込んだだけ。番号も台本も必要ない。
普段は通行人や個人中のフリをして街を徘徊しているだけ。誰にも迷惑を掛けちゃいない」
弁解するナイト。そういうことじゃない。まったくマイドに似せて作った人形だなんて。
人間で同じことをやられたとして、彼は不快に思わないのだろうか。マイドだって人類の仲間なのに。
でも、今はそんな問答をする時間じゃない。
「彼らに何をさせようっていうの?」
「別に。情報収集をさせているだけさ。ドーム外のひとたちに中の様子を伝えているんだ」
青年は楽しげに続ける。
「ドーム外に暮らすひとたちにだって、幸せになる権利はあると思わないかい? ドームに暮らすひと、特に三層は恵まれ過ぎて……」
「まあまあ! そういった込み入った話は後回しにしようじゃないですか。せっかく用意した料理が冷めてしまう」
ヘルメスが割って入った。
「すみません。おっしゃる通りですね。では、行きましょう」
そう言うと男たちは人形たちを残し、壁に設けられたハッチのほうへと歩きだした。
私もそれに続く。
ちらと振り返ると、直立した集団が無表情な首から上だけで私を追っていた。
気味が悪い。彼らはこの地下劇場と傀儡たちを使って、どんなアングラ劇を演じようというのだろうか。
「ここは会議室です。彼らを勧誘するまでは無用の長物でしたけど」
ヘルメスが言った。
ハッチの先は小綺麗な白い部屋だ。
床も壁も天井も、それから料理の乗せられた長テーブルも白。
足元には多少の砂が入り込んではいるが、この部屋が新しく造られたものだということは分かる。
「こちらにおかけになってください」
初見の人間の男が、ようやく口を開いた。
年齢はナイトや私より少し上といったところだろうか。
中肉中背。グレーのラインの入った白スーツに、神経質そうな顔と灰色の瞳。
ワックスで堅く決め込んだ七三分けヘアーを頭に頂き、黒縁のメガネを掛けている。
「ありがとう」
私は彼の引いてくれたイスに着席する。
彼は私が着席したのを確認すると、マイド然と歩いて長テーブルの中ほどに用意された料理の前に座った。
ナイトはその向かい。ヘルメスは長テーブルを遠く隔てて奥に。私と対面する形だ。
「そうそう、彼の紹介がまだだったね」
ヘルメスが言った。
「彼は、エヴノ・ザミャーチン君だ。配役は“完璧主義者”」
「エヴノ・ザミャーチンです」
彼は聞き取りやすいように配慮してだろうか、酷くゆっくりと名乗った。
「アイリス・リデルです」
「ほかは、すでに顔合わせは済んでいますからね。挨拶はこれだけでいい。さあ、召し上がってください。ナイト君が腕によりをかけて作った料理ですよ」
テーブルに広げられた料理。ごく平凡な、一般家庭で見るようなそれ。
豆のスープに、トーストされたパン。ソーセージ。それから牛乳らしき液体に、……スクランブルエッグ。
ひとを釣るには役者が足りていない気がする。
まして、女を口説くには。
このテーブルいっぱいに本物の甘味が並んでいたのであれば、付け入る隙は出来たと思うけれど。
「はて、ナイト君。私が思っていた料理とは違うんですが? お客様に出すには少々貧乏くさくないですか?」
ヘルメスも疑問を投げた。
「いいんですよこれで。我々の理想を実現するなら、我々がまず普通基準でなければ」
そう言ってナイトはスープをすくった。
エヴノも黙って食事を始めている。
私も食べなければ。何か薬が盛られてなければいいけれど。
私の心配をよそに、料理はごく普通だった。
ミルクは脱脂粉乳の水割り、ソーセージは大豆由来の素材に動物性の油を注入した疑似肉。
どの層でも食べられる一般的な食事だ。
味にも、体調にも異常はみられない。
「まじめなのは結構だけれど、あまり規律で固めると中央の連中と同じ穴の狢になってしまうよ……おっと、失礼」
私に謝るトレンチコートのマイド。
彼は当然、食物を摂取しない。私たちの食事をぼんやりと眺めているだけだ。
「固さでいったらエヴノ先輩には敵いませんよ。彼は根っからの完璧主義者だ」
エヴノは返事をせず、黙々と食事を口に運んでいる。
「エヴノ君は、配役と台本を完璧にこなすために、個人の時間を削って生活をしていたんだ。
他人のために食べ、仕事のために眠り、配役のためにひとびとと交わった。
そうやって生き続けたせいで、個人の性格までそれに染まってしまった。ドーム社会の被害者の代表だ」
ヘルメスが解説する。
「他人の不完全さが私の完全を侵害するのが気に入らないんです。
でも、ひとりひとりを是正していくのは不可能です。
是正の完遂には、このドーム社会全体を正さなければならない。
完全とは、ある基準においての状態を指すものです。
基準を変えてしまえば、一見不可能な全員完全も達成することができます。
この食事も計画に入れていたから、本来の夕食の時間を別の仕事に充てることができました」
エヴノはすでに皿を空にし、ナプキンも使い終わっていた。
「……賛同者はこのふたりだけなの? あなたの口ぶりだと、もっと多いように聞こえたんだけれど」
「オリオン座でのシンパはね。彼らはオリオン座では重要なポストにいますから」
ふたりの青年の顔を交互に見るヘルメス。
「これから増やそうってことね」
「いいえ。今欲しいのは技術屋くらいですね。ドランテさんにはフラれましたが、あなたが入ってくれれば解決しますし」
ヘルメスはナプキンを積んだカゴから一枚拝借すると、機械的な動きで折り始めた。
「人間は、不完全です。個人においても、組織のパーツとしても。人数が多ければ多いほど歪みが生まれます。実行者は少なければ少ないほどよいでしょう。勧誘するならマイドにすべきです」
そう言った完璧主義者の人間は姿勢をまっすぐに座っている。
その視線の先にはナイトが居るが、彼のことは見ていないのだろう。
「僕はそうは思わないな。みんなのための活動なんだ。仲間は多いほうがいい。みんなでやるべきだ」
ナイトが不満げに言った。
「まあ、それはおいおいね。オリオン座での活動は我々の大切な第一手です。多少慎重になっても損はないでしょう。勧誘だって楽じゃないですから」
ヘルメスのナプキンが“鶴”に化ける。
彼の指は劣化しているのか、最後の頭を作るくだりが上手くできないでいた。
「その……急な話なんだけどさ」
ナイトが言った。テーブルの空気が張り詰める。
「知り合いに、僕たちの考えに賛同してくれるひとがいてさ。その、じつはね……」
彼はスプーンを下ろす。
「……ナイト君、きみ」
鶴の頭が潰れる。
「ナイト・キド。あなたは無断で我々の情報を漏らしたのか!」
ヘルメスを差し置いて完璧主義者が立ち上がった。
「エヴノ君、落ち着いてください。ナイト君、誰に、何を、どこまで話したんですか?」
ヘルメスは立ち上がり、エヴノには座るようにジェスチャーした。
「お食事の最中で申し訳ありませんが、彼と少しお話ができました。アイリスさん、しばらくそのまま食事を続けていてください」
「……ごゆっくり」
ヘルメスはナイトを立たせると、ふたりそろって奥の部屋へと消えた。
「これだから、不完全な人間は」
エヴノはもとの姿勢に戻り、誰も居ない席を仏頂面で睨みながらつぶやいた。
「あなたたち、あまり仲がよくないのね」
私は含み笑いを隠し切れない。
「規律を乱す人材は迷惑です。いくら座長の仕事にアクセスできるからって、あんなバカを」
「バカといえば、ラント座長は勧誘しなかったの?」
「今はまだ手の内は明かせませんが、勧誘自体は三層の要職に就く者の多くにおこなっています。座長も例外じゃない。断られたそうですが」
恐らく、ゲオルグ刑事室室長にも声を掛けたのだろう。
そのすえに彼は殺されて、顔を奪われたのではないだろうか。
「リゲルはあなたたちふたりで充分みたいなこと言ってたけど」
「私は三層ディレクターの清掃部主任だ。ラント座長が現在兼任している総監督官の席は私が貰うことになっている。そうなれば、彼らはもう不要だ」
エヴノはテーブルに指を這わせ、付着した砂を息で吹き飛ばした。
「不要って」
「親子仲が悪くとも、息子が消えたとなれば座長も仕事が手につかなくなるんじゃないでしょうかね。ドーム長が総監督官を兼任してもいいなら、その逆だって構わないはずです」
恐ろしいことを口走るエヴノ・ザミャーチン。
だが、彼がまだ仲間になったわけではない私に漏らすということは、それは正式な計画ではないのだろう。
完璧主義者が聞いて呆れる。先生なら「心理バイアスだよ」とばっさりやっただろう。
「あいつがドーム長秘書官を務めていられるのも、親の贔屓のお陰だ。能力じゃない」
「そんなはずはないわ。職の最終的な決定はHi-Storyの判断よ。不正なんてできないわ。彼の経歴は中央で調べてから来たけど、学習スコアの記録も相応に優秀だったし」
私はフォローをした。
ナイトをではなく、Hi-Storyを。あれをハックできるはずなんてない。
「ふん……」
エヴノは鼻を鳴らして、厚いレンズを通したグレーの視線で私をまじまじと見た。
「まあ、あなたの言う通りでしょうね。Hi-Storyの書き換えができれば我々も苦労なんてしないですから」
「嘘は言っていないわ」
私は不機嫌な置物を傍目に料理をさっさと片づけた。
中庭で食べたものと大きな差異のない料理だが、食卓をともにするもの次第で、これだけ味に差が出るなんてね。
食事を終えてしばらくすると、ハッチが開いて彼らが戻って来た。
まずはナイト。すっかりうなだれ、しょげかえっている。叱られたのだろう。
続いてトレンチコート。こちらは顔がないので、怒りのほどは分からない。
……それから、遅れてもうひとり現れた。
若い人間の女性。いや、実際は三十を越えているが若く見える女。
ヘルメスがナイトを組織に招いたのは、どうやら大きな失敗だったらしい。
* * * * *




